徐々に明らかになる何か
エイジは本を手に取り閲覧スペースに向かった。
机に座り本を開き、貪るように読み進める。
本をめくって早々に衝撃的な内容が目に飛び込んできた。
"ヴィスバルト島は代々「魔女」の血塗られた歴史と戦い続けてきた。
その島に住む民族は呪われし一族と呼ばれ、これまでの歴史の中で幾度か「魔女」を生み出して来た。
「魔女」は自らのエアロの均衡を崩し力を暴走させる。
その力は邪悪で強く、鋭い凶器となって周囲の人々を危機に晒す。
「魔女」の邪悪な力により失われてしまった尊い命は数え切れない。
「魔女」の出現を阻むこと、出現した場合に早急に息の根を止めることは人類にとって最優先の課題である。"
"「魔女」の出現は公式な記録に残っているもので、これまでの歴史で3回ある。
バーリース暦1689年。
バーリース暦1871年。
バーリース暦1953年。
いずれも多くの犠牲を払うこととなった。
「魔女」の出現は神が人類に与える課題の1つなのかもしれない。"
エイジはぱたりと本を閉じた。
魔女――
呪われし一族――
ユウがそのような一族の一員だとは到底信じられない。
しかし何かが、何かが引っかかる気がしてならない。
自分は何か大事なものを見落としているのではないか――
エイジは晴れない気持ちで図書館の通路をゆっくりと行ったり来たりした。
その時ふと、足元の棚に納められた1冊の本が目に入った。
「選ばれし者達 厄災と救済」
エイジは本の帯に記されたそのタイトルに目が釘付けになった。
自分がこの世界に来てから幾度となく言われた言葉。
選ばれし者。
エイジは自分がヘッドの息子だということがわかりすっかり腑に落ちた気持ちになっていたが、再びその言葉はエイジを揺さぶり始めた。
少し前かがみになってその本を手に取る。
ずしりとした重さが手に伝わった。
再び机に向かい、エイジはその本をめくった。
"世界を危機から救った英雄たちがいる。
彼らは「選ばれし者」と呼ばれた。
この世界はこれまで何度か、大きな「厄災」に見舞われ存在を根底から揺るがされてきた。
「厄災」は邪悪な力に支配され、その力のままに殺戮の限りを尽くした。
世界の名だたるエージェント達がその厄災を止めるため勇敢にも立ち塞がったが、無残にも引き裂かれ踏みにじられて行った。
誰もがその力の前に為す術がなく、絶望に打ちひしがれていた。
そんな世界を救った英雄たち。
彼らは天より与えられしその黒き炎で厄災を焼き尽くした。"
"世界を大きな危機に陥れた「厄災」はこれまでの歴史で3度姿を現した。
初めての厄災、バーリース暦1689年。
二度目の厄災、バーリース暦1871年。
そして現時点で最後、三度目の厄災、バーリース暦1953年。
これは同時に、世界を危機から救った選ばれし者達もこれまで3人現れたことを意味する。
彼らが厄災の出現と時を同じくしてこの世界に存在したことは奇跡的な出来事である"
ん……これは……
エイジはハッとしてそのまま本を机に置き本棚へと走った。
位置ははっきりと覚えている。
真っ直ぐにお目当ての本へと辿り着いた。
「ヴィスバルト島と魔女の歴史」と書かれたその本を手に取り、すぐに元いた机へと引き返す。
本を机に広げ、隣で開かれているもう1冊と交互に見比べる。
「やっぱりだ……!」
エイジは舌唇を強く噛み締めた。
◆◇◆◇
「ボス!」
アレフが声を上げてブライスに駆け寄る。
「どうした」
「これを見て下さい。さっきみんな宛に届いたメッセージなんすけど……」
ブライスはアレフが差し出した液晶画面を覗き込んだ。
"しばらく仕事はお休みさせて欲しい。
世の中が大変な状況で、わがままなことを言っているのは重々承知してる。
でもどうしても確かめなくちゃならないことがあるんだ。"
「あいつ……」
ブライスはじっと画面を睨みつけたまましばらく動かなかった。
◆◇◆◇
エイジは海の上を走る船の中にいた。
船は波を切り飛沫を上げながら目的地に向かって進んでいる。
この先に自分の待つ答えがあるはず――
看板から水平線を眺めながらエイジはそう感じていた。
船は3時間ほどの航海を終え、目的の港に到着した。
エイジは看板からボードを渡って港の波止場に降り立った。
着いた――
ここがヴィスバルト島。
図書館での衝撃的な読書体験の後、すぐさまエイジが答えを求め向かった島。
島の空は歓迎とは言えないような薄暗い色をしていた。
エイジは手元のポータルマップを頼りに島の道を進む。
島は面積的には大きいが大自然が多くを占め、人が集中的に暮らしているような町はあまり多くはない。
その中でも最大の中心地と言われる集落、通称クロノス村がエイジの目的地だ。
港から歩いて15分ほど進んだ所にバス乗り場がある。
このバスがクロノス村へのメインの移動手段だ。
エイジはしばらくしてやって来たバスに乗り込みクロノス村を目指した。
バスはくねくねとした道を進み、やがて大きな木の前で停まった。
バスの電光掲示板には"クロノス村"の文字が表示されている。
エイジはバスを降り、木の向こうに張り巡らされた柵を越えて村の中に足を踏み入れた。
村の中にはぽつりぽつりと民家や露店が点在しているが、不気味なくらい静かだ。
全く人の気配がない。
エイジは大きめの3階建ての木製の家の前に立ち、玄関の扉をコンコンとノックした。
中からの反応はない。
周囲の数軒の家にも同じようにして回るが、やはり反応はない。
おかしいな――
エイジがそう違和感を感じ始めた矢先、パン!という音がした。
すぐさまエイジは身をかわした。
地面にバレットが当たって散った。
パン!パン!パン!
続けてバレットがエイジを狙って続々と撃ち込まれる。
パキン!パキン!パキン!
エイジは全てのバレットをシールドで弾き返した。
その隙に背後の家の影から1人の男が飛び出し、エイジに向かって木製の棒を振り下ろした。
ぱしっ!
エイジは難なくその棒を右手で受け止める。
そのままぐるっと体を回転させて男の背後に回り込み、左手で男の首を締める体勢を取った。
一瞬で雌雄は決した。
グッ、と言う声が男の口から漏れる。
「やめろ!」
エイジは声を張り上げて辺り一帯に呼びかけた。
「俺はお前たちに危害を加えに来た訳じゃない!どうしても確かめたいことがあってここに来ただけだ。無駄な争いはやめよう!」
しばらく静まり返る一帯。
やがて、物陰から男たちがぞろぞろと現れてきた。
皆独特の民族衣装のようなものを身にまとっている。
「お前は一体何をしに来た」
先頭の男がエイジに挑むような口調で話しかけた。
不信感が全身から見て取れる。
「さっきも言っただろう、どうしても確かめたいことがあるんだ。恐らくこの島でしか確かめることは出来ない事実を」
「お前は一体何者だ」
「ただのエージェントだ。だが今は仕事は全く関係ない。個人的な思いで来ただけだ」
エイジは男の目を真っ直ぐに見つめた。
「お願いだ、この村の代表と話がしたい。俺をその人の元へ連れて行ってくれ」




