旅路
「すごいじゃない、エイジ!」
食卓の反対側にいるナンシーがエイジに賛辞を送る。
「ルーキーがエージェントサミットに呼ばれるなんて、滅多にないことなのよ」
仕事を終えたジョーカーパークスの一同はダイニングスペースに集まり、食卓を囲んでディナーを取っている。
話題はエイジがエージェントサミットに招待されたことで持ち切りだ。
それもそう、このエージェントサミットは全世界から選りすぐられた者達のみが参加を許される、言わばエージェント憧れの場なのだ。
その場に居合わせることだけで大きなステータスとなる。
ルーキーながらその場所への立ち入りが許されたことは快挙と言っていい。
「今年の場所はいったいどこなんだ?」
オニールから質問が飛ぶ。
「アレクサンドリア。ここからだと大分遠いな」
「ほう、アレクサンドリアか! 国境を越えて遥々ご苦労なこったな」
「まあでも、飛空船で行けばあっという間っしょ」
アレフが手元のソーセージを口に運びながら会話に入る。
「そうなんだけどな、せっかくだし空路は使わずゆっくり行こうかなって。知らない景色をじっくり見る良い機会だし」
「わあ、素敵じゃない! 年末で仕事も一段落するでしょうからゆっくり旅するのが良いわよ」
「ああ」
エイジはにこりと笑顔を見せた。
同時に心の中には一抹の恥ずかしさを感じていた。
というのもエイジがアレクサンドリアまでゆっくり旅をしたいというのには、知らない世界を楽しみたいという他に大きな動機があったからだ。
◆◇◆◇
ステーションの入り口でエイジはぼんやりと街の空を眺めていた。
冬空は晴れ渡り、一面に青い世界が広がっていた。
こうしてゆっくりするのも久しぶりだな――
エイジはすっかりくつろいだ気分になっていた。
すると、
「お待たせー」
こちらに手を振りながら小走りで近付いてくる少女がいた。
「お久しぶりです」
少女はエイジの前に辿り着くと小さく敬礼ポーズを取った。
「おう、久しぶり」
ユウに最後に会ったのは実に半年近くも前に遡る。
“邪気狩り”のミッション以降、お互い一心不乱に仕事に取り組んでいた。
連絡はと言えば、たまにメールや電話でやり取りするくらいで直接顔を合わせることはなかった。
「まさか私達が招待されるなんてね」
ユウはどこか他人事のように言う。
あの12月初旬の夜、エージェントサミットへの招待状が届いたあの夜、ユウからも久しぶりのメールが届いていた。
ねえ、なんでか私に招待状が届いたんだけど、もしかしてエイジも?
そこからは話が早かった。
せっかくだし2人でゆっくりアレクサンドリアまで行こうかと、自然と2人旅をして目的地を目指すことになった。
その約束をして以来、エイジはこの日が来るのを心の中で密かに楽しみにしていた。
「うーんと、パスはいったんここまででいいんだよね」
ユウが運行パネルの中の1つの駅を指差す。
「そうだな、そこからは海路。船旅だ」
「楽しみだね、なかなか豪華な客船も取ったしね」
2人はパスを購入しステーションの改札を抜ける。
そしてパスに記載された番号のホームへ向かった。
ホームで待つこと10分、銀色のフォルムの電車がやって来た。
プラチナの車体が青空から差し込む太陽の日を浴び輝いている。
電車の中は年末ということもありかなり混んでいた。
「うわー、予約せずに乗れてラッキーだったね」
ユウは車内を見渡すと思わず言葉をこぼした。
2人は隣り合わせに座り、窓の外の景色に目をやった。
しばらくすると車内に発射を告げるメロディーが流れる。
いよいよ出発だ。
音も揺れもなく車体は前に進み始める。
2人は景観の鑑賞もそこそこに、よもやま話に花を咲かせ始めた。
お互いに話したいことは積もるほどにあった。
エージェントになってからどんなミッションに取り組んだか。
オフの日は何をして過ごしているか。
まだ10代の2人だ、そんな他愛もない話がこの上なく楽しかった。
楽しい時間は光陰の如く過ぎ去る。
電車はあっという間に目的地へと辿り着いた。
ここからは船に乗り換えだ。
電車を降り、ステーションを出た2人はマップを頼りに港へと歩いて向かった。
頬を撫でる潮風が近くに海があることを仄めかす。
やがて市街地が途絶え、2人の前には水平線が姿を現した。
海は深いコバルトブルーに染まっていた。
「綺麗な海ー!」
海を見たユウがはしゃぐ。
エイジも不覚にもテンションが高まった。
商業船、観光船、クルーザー。
港には船が複数並んでいる。
その中でも一際大きないわゆる豪華客船がエイジ達の乗り込む船だ。
船の名前はセントビンセント号。
セントビンセント号は堂々と存在感を放って港の中央に鎮座していた。
「すっげえ船」
「私達これに乗るんだね……」
2人はその迫力に圧倒されながらその船を見上げた。
感嘆もそこそこに、乗船口へと向かう。
お洒落で高貴な洋服に身を包んだ人々に挟まれて少々肩身の狭い思いをしながら、2人は船に乗り込んだ。
2人が乗り込んで10分としない内に、セントビンセント号は汽笛を上げゆっくりと水の上を走り出した。
目指すは大海原を越えた先の都市、アレクサンドリアだ。
2人は別々に取った個室に荷物を置くと、船のデッキに出て海を、船旅を満喫しようとした。
船は風を切って進む。
切り裂かれて頬に当たる風が心地よい。
「うーん……!」
ユウが空に向かって両手を上げ伸びをする。
「気持ちいいね」
「ほんとな」
客層はバラエティに富んでいる。
アレクサンドリアは世界的に見てもトップレベルに大きい都市だ。
政治・経済・娯楽。
その街が抱える機能は多種多様だ。
当然、様々な目的の人が集まり行き交う街だ。
エイジはアレクサンドリアの街をこの目で見れることに胸を躍らせていた。
◆◇◆◇
空が次第に暗くなり、船の中にもぽつぽつと明かりが灯り始めた。
やがて辺りは黒色に塗りつぶされ、船がその闇の中でぽつんと火を灯すようになった。
客船の豪華なディナーを終え、エイジとユウは再びデッキに出て来た。
「美味しかったね」
「うん。何使った料理なんだろ」
2人は柵にもたれ掛かり青暗く揺らめく海を見つめる。
「明日の昼にはアレクサンドリアに着いてるんだもんな」
「なんかあっという間だったね」
エイジはこれまでの旅路を頭に思い浮かべて感傷的な気分に浸った。
「アレクサンドリアは、初めてかな」
「えっ」
気付くと、ユウの隣には1人の老人が立っていた。
いつ近づいてきたのか全く分からなかった。
エイジは少し頭を後ろに引いてその老人の顔を見た。
「あっ、あんたは」
見覚えのある顔にエイジは驚いた。
「ほっほっ、覚えてくれていたかね」
音もなく隣に現れたその老人は、ポートリアのカジノで火花を散らしたゴアだった。