邪気狩り
「まあ初めての実戦でのミッションだ、そんなに気にするな」
ミッションからオフィスに帰るとブライスはそうエイジを励ました。
ナンシーやオニールら、スクエアの他メンバーも同様だった。
エイジは自分の実力不足をはっきりと痛感していた。
アカデミーでの生活とは全く異なる世界がそこにはあった。
アカデミーでの首席なんて、何の意味もない。
もう一度、初心に帰って自分を鍛えなければ。
それからのエイジは、不満の一つも漏らさず黙々と仕事に取り組んだ。
リサーチ、資料作成、そして些細な雑用に至るまで、エイジはどんな仕事でも積極的に取り組んだ。
そして初めは単調に思えた仕事も、徐々に苦にはならなくなり、次第に楽しさすら感じるようになっていった。
思えばこれまでの人生、自分が何の為に生きているのか、その答えを探しながら無意味に時間を消費するだけだった。
誰かから必要とされ、わずかばかりでも貢献することが出来ることにエイジは喜びを覚えていた。
そんなエイジの姿勢に、“アカデミーの首席、かつファミリアヘッドの実息”というこれ以上ない話題性を持ったルーキーに最初は懐疑的な目を向けていたスクエアメンバーも心を開き始めた。
「よう、頑張ってるな。どうだ調子は?」
そんな風に他愛もなく話しかけられる機会も増えていった。
エイジは着実にジョーカーパークスに溶け込み、一員として認められつつあった。
そしてスクエアに加わってからあっという間に三ヶ月が経過し、これまで主にサポート業務をこなしていたエイジに早くも大役が巡って来ることとなった。
エイジはブライスに呼び出され、オフィスの戦略会議室に来ていた。
部屋の中にはエイジの他にブライスとアレフ、そしてオニールとナンシーも集まっていた。
「エイジ、どうだ仕事には慣れて来たか?」
メンバーが集まると早々にブライスが切り出した。
「まあまあかな」
「えらく謙虚じゃないか。みんなからは、頼もしくなったと良い評判を聞いているよ。そんな君に、とても重要なミッションをお願いしたいと思っている」
「どんな?」
エイジは緊張と高揚を感じながら、努めて冷静にその言葉を受け止めた。
「今回のミッションは君がいなければ務まらない。君のその黒いエアロが必要だ」
ブラックエアロ。
アカデミーで知ることとなった己の特異的な能力は、すぐに封印されることとなった。
エアロの概念を大きく覆すものであったからだ。
そのエアロは、人を攻撃し傷つけることが可能だったのだ。
エアロの絶対の特質、それは何かに害を与えるものではないということだ。
自分達を助けることはあれど苦しめるものではない。
それがこの世界で認識されているエアロだ。
だからこそエイジは苦しんだ。
自分のこの力が何なのか分からなかった。
幸いにもエイジのエアロを扱う力は徐々に開眼し、その黒いエアロは完全に封印したままで何不自由なくその後のアカデミー生活を送れるようになった。
首席として卒業したという事実がその何よりの証拠だ。
その封印した力を、再び使うことになるとは――
「このミッションは少し特殊な案件だ。俗に、“邪気狩り”と呼ばれるものだ」
「久しぶりだな、この邪気狩りも」
オニールが片肘で頬杖をつきながらぼそりと言う。
「本来エアロは理性を持って扱われるものだし、人体に害を及ぼすものではない。しかし世の中にはどうしても例外というものが存在してしまう。エアロが悪性のものに変容し、人を乗っ取ってしまうことがある。そうなったエアロを“邪気”と呼ぶ」
ブライスは手元に邪悪な色をした光を灯してみせた。
「こいつに乗っ取られた人間は残虐な思考にとらわれ、人の心を失ってしまう。しかし表立って暴れる者は僅かで、大多数の者は水面下でしたたかに暮らし、人目につかない所で残酷な行為に走る。聞いたことはあるだろう、サイコパスと呼ばれる人種だよ」
確かに表世界にいた頃にもそういう人間がいることは聞いたことがあった。
サイコパス特集として放送されたテレビ番組を目にしたこともある。
こちらの世界でもサイコパスという概念が共通して存在することに、エイジは少し驚いていた。
「そのサイコパスに宿った邪気は通常であれば消えることはない。仮にその保持者を殺したところで、邪気はまた別の憑依者を探してさまよう。しかし君のその黒いエアロがあれば話は別だ」
ブライスは手元の妖しげな色をした光をふっと消してみせた。
「君のエアロは邪気にもダメージを与えることが出来る。ダメージを受けた邪気はしばらくさまよう力を失う。ここでもう1人のキーパーソンが必要となる。邪気を体内に吸収し浄化できる、浄化士と呼ばれる者だ」
ブライスの口から語られたのは驚くべき内容だった。
「邪気を吸収? 浄化?」
俄かには信じられない話だ。
そんなことが出来る人間がいるのだろうか。
「その特殊な力を持った一族がこの世界にはいる。その内の1人は、君のよく知っている人物だ」
誰だ?
エイジの顔は少し強張った。
「ニシミヤ・ユウ。彼女は浄化士の一族の出身だ」
ユウが――
「本当に?」
「ああ、本人はまだその事について伝えられていないがね。今回のミッションはニシミヤ・ユウの所属スクエアと合同で取り組むことになる。そこで初めて彼女は自分の秘めた力を知ることになる。驚きはするだろうが、何を隠そう世界を危機から救う尊い力だ」
「俺が攻撃して、ユウがその邪気を浄化する……」
「そうだ。君達がいるからこそこのミッションは可能になる。君が選ばれし者と呼ばれるのも、こういうわけさ」
◆◇◆◇
エイジは飛空車の窓から外の景色に目を向けていた。
灰色の雲が空を多い、雨が途切れることなく降り続けていた。
両スクエア合同での戦略会議も終わり、ミッション遂行の日を迎えていた。
サイコパスのその男がいるとされるビルまでエイジ達は飛空車で移動しているところだった。
選ばれし者――
その言葉がエイジの頭の中で幾度もぐるぐると回っていた。
「どうしたエイジ、表情が晴れないな。緊張でもしているのか」
「いやまあ、ミッションがミッションだからな」
「難しく考えすぎるな。君は自分の役割に集中してくれればいい。それ以外のお膳立ては私達に任せてくれ」
ブライスにそう言われると本当に信頼感があるから不思議だ。
「どっちかって言うと、俺ってよりはユウの方かな気がかりなのは。邪気を吸収して浄化するなんて、ほんとに出来るのかなって」
「あの子は紛れもなくその力を持っているよ。それも、一族の中でも飛びぬけた力を持っている。君達は奇跡の2人なんだ」
「奇跡ねえ……」
エイジは再び窓の外の暗い景色に目を向けた。
雨の中を飛空車は淡々と進んでいく。
車は中規模の街に入ると高度を下げ、着陸態勢に入った。
街の中心部にあるカーポートの上に着陸すると、エイジ達一行は急ぎ足で近くのカフェに駆け込んだ。
カフェの地下に降りると、そこは貸切られており他の客の姿は見えない。
「ルフェリアンのメンバーもすぐ到着する」
ブライスがコートをハンガーに掛けながら一同に伝える。
そして待つこと数分、ルフェリアン・スクエアの面々が地下に降りてきた。
「ごめんブライス、お待たせしちゃったかしら」
先頭の女性がカジュアルにブライスに話しかけた。
「全く問題ないよ。私達も今来たばかりだからね」
「あら、良かった。そうだ、挨拶しなくっちゃ」
そう言うと女性は皆の方を改めて見た。
「皆さん始めまして、ルフェリアンと申します。スクエアのボスをやってますわ、こう見えて。おほほほ。後ろの2人も私のスクエアのメンバーよ。さ、自己紹介しましょうか」
後方の1人の男性が前に進み出る。
「どうもー。ジョンソクです。この度はよろしくお願いしまっす」
やけに陽気な男性だ。
そしてもう1人は、見間違えようもない。
「初めまして、ニシミヤ・ユウです」