ブライス・ジョーカーパークス
「久しぶりだな」
縦に長いエアカーに乗り込むと、奥の座席からブライスが話しかけてきた。
「ああ」
エイジはそれに軽く応じ、ブライスとは斜めに向かい合う形で座席に座った。
エージェント総会が終わってまだほとんど時間も経っていなかった。
ブライス・ジョーカーパークスへの所属が決まったエイジは、早速スクエアのオフィスに案内されることとなった。
総会後に指定された乗車エリアに向かうと、リムジンのような縦に長い高級車が停まっており、中には運転手の他にはブライスが1人で乗り込んでいた。
エイジが着座したことをミラー越しに確認すると、運転手は「では、出発しますね」と声を掛けて車を飛ばした。
音や振動は全くなく、自然に滑らかに車は動き出した。
それだけでハイテクノロジーの高級車であることが分かった。
「どうだい、気分は?」
「まだふわふわしてるよ」
「ははは、それは無理もない。何せ、自分の父親と初めて対面したわけだしね」
「まあね。何ていうか、オーラあったな、親父」
「そうだろう。私達を率いるカリスマだからね。君が注目を浴びる理由も分かっただろう」
そう言うと、ブライスはエイジの方に身を乗り出してそっと右手を差し出した。
「そして君はプレッシャーにも負けず見事にアカデミーを突破した。改めておめでとう」
エイジはその手を握り返す。
「ただの合格じゃない、首席合格」
にやりとブライスに軽い笑顔を見せる。
ブライスもそれに余裕のある笑みで応える。
「そうだ、だからこそ君はうちに来ることになったんだ。私達はファミリアを先頭で引っ張る存在なんだ。少数精鋭の実力者集団さ。何せベストエージェントの私が率いているわけだしね」
確かに総会でのブライスは圧倒的な存在感を放っており、その立ち振る舞いからは王者の自信と余裕が漲っていた。
「それに、君は黒いエアロを持っている」
「……どうしてそれを?」
「当然さ、君が生まれた時から私は君のことを知っているからね。その黒いエアロを携えた、君のクラウドとはもう話をしたかい?」
「いや、まだだ……」
エアロと、その力の源である内なるもうひとりの自分・クラウド。
その2つについては講義で入念に学び、エイジもエアロを自由に操れるようになっていた。
しかし、他の生徒達が体内のクラウドと対話が出来るようになり、その力を引き出せるようになる一方で、エイジだけはクラウドが目覚めることはなかった。
「あせることはないよ。君のエアロとクラウドは人とは違ったものだから」
「俺は普通じゃないのか?」
「良い意味でね。それにクラウドが目覚めてなくたって、君はもう十分エアロを使いこなせてるしね。主席卒業がそれを物語っている」
「ならいいけどな……」
「スクエアのみんなも君に期待してるよ。オフィスに着いたらみんなでパーティーでもして親睦を深めよう。みんな良い奴だから安心してくれ。運転手さん、オフィスまで急ぎ目でよろしく」
「かしこまりました」
車は一層スピードを上げた。
そのまま車は空の中を風を切って進み、ぐんぐんとポートリアの街を後ろに置き去りにした。
◆◇◆◇
リムジンは1時間ほどの空の旅を終え、夕闇の中でまばゆく光を放つ街の中に着陸した。
「さあ着いた。ここが俺達のオフィスだ」
リムジンを降りるとそこには白い外壁に囲まれた円形の建物が広い庭の中にそびえていた。
4階建てで、建物の直径は50mほどだろうか。
素人目に見てもセンスの良い建物だ。
「ダイニングスペースに行こう。主役の到着をみんな待っているよ」
ブライスに付き従う形で玄関をくぐり、そのまま1Fのダイニングスペースに辿り着いた。
部屋の中を覗くと、5人の男女の姿が目に入った。
当然ながら見ず知らずの人間ばかりだが、その中に1人だけ、馴染みのある顔があった。
アレフだ。
アレフはエイジを見つけると、おお!と声を上げて駆け寄ってきた。
「久しぶりじゃねえか、エイジボーイ」
「ああ」
相変わらずの高いテンションに少し苦笑いが漏れる。
しかしこのアウェイの空間に知り合いがいるというのは心強いことだった。
「いやあやっぱりお前はやる男だと思ってたよ。え、首席だって? さすが俺達が迎えに行っただけあるってもんよ」
アレフは愉快そうに笑っていた。
エイジはアレフに合わせながらも、改めて部屋の中を見渡した。
暖色を中心にコーディネートされ、洒落た雰囲気の部屋だ。
部屋の中央には大きな円卓が置かれ、それは10人で囲んでもまだ少し余裕があるくらいの大きさであった。
その円卓の上にはなかなか豪華な食事が用意されている。
表世界で見たこともあれば、ちょっとお目にかかったことのないような料理も用意されていた。
「ケンゾー、今日もうまそうじゃないか」
ブライスがキッチンにいる男に声を掛ける。
「でしょう? 今日は新入り君がいるってんで、ちょっといつも以上に張り切っちまいましたよ」
「楽しみだ」
ちょうどその時一人の女性が部屋の中に入って来た。
その女性はエイジを見るなり賑やかな声を張り上げた。
「あら、エイジ! もう着いてたのね!」
その声の主はジェシカだった。
「え、ジェシカ? あんたもここの?」
「そうよ、私もこのスクエアの一員よ。ビックリしたでしょ?」
エイジはエイジに向かってウインクを投げかけた。
「さあみんな、立ち話はそこら辺にして席につこうじゃないか。腹、空いてるだろ」
ブライスが椅子に座りながら号令をかける。
円卓を囲んで話をしていた面々も席につく。
エイジもそれに続き、アレフの横の空いている席に座った。
「さあ、いただきますと行く前に、みんなに紹介しなきゃいけないな。アレフの隣に座っている新顔の少年がサクラバ・エイジだ」
8人の視線が一気にエイジに集中する。
みな興味津々な目線をエイジに投げかけている。
「今日から我がジョーカーパークスの一員として生活することになったから、みんなよろしく頼むな。じゃあエイジ、自己紹介してみようか」
唐突な振りに面食らいながらも、エイジは何とか言葉を探して口を開く。
「どうも、サクラバ・エイジです。んーと……まあ、足引っ張らないように頑張るんで、よろしくどうぞ」
「アカデミー首席のくせして随分控えめなんだな。最近の若者はみんなこうなのかい?」
ブライスの横に座っている、屈強そうな肉体をした男が口を開いた。
綺麗に整えられた髭が勇ましい。
「誰だって見ず知らずの人間に囲まれたら控えめにもなるでしょうよ、オニール。初めまして、エイジ。私の名前はナンシーよ。よろしくね。このスクエアに入って10年は経つ古株だから、分からないことがあったらなんでも聞いてちょうだい」
ブロンドヘアーの女性がエイジにニコリと笑顔を向ける。
エイジはそれにぎこちない笑みを返した。
「二人ともこのスクエアに入って長いんだ。歴で言うとツートップだな。随分前からスクエアを支えてくれている功労者さ」
ブライスが注釈を加える。
「おいおい、まるで俺たちがじじいばばあみたいな言い方はやめてくれよ、ボス」
「実際似たようなもんじゃない。今更若作りしたってしょうがないでしょう」
「けっ。まだまだ負けねえぞ、俺は」
ブライス、オニール、ナンシーの絡みは自然で淀みがなく、長い付き合いであることがそのやりとりからも伺い知れる。
「残りのメンバーも紹介しておこう。まず、オニールの隣にいるのがケンゾーだ。料理がめちゃくちゃうまくて、今日のごちそうだって用意してくれたんだ」
ブライスが再度仕切り直す。
紹介を受けたケンゾーが口を開いた。
「もちろんシェフが本業ではなく、普段はちゃんとエージェントとしてしっかり働いてるから、そこは心配しないでくれよ新入り君」
ケンゾーがにこりと歯を見せた。
「そしてもう1人、ジェシカの隣に座っているのがブルックリンだ。絵が上手くて、芸術家としての一面もある多彩なエージェントさ」
「……どうも」
「ははは、普段は口数が少ないが仲良くなれば色々な話をしてくれる面白い奴さ。ぜひ仲良くなってくれ。さて」
ブライスが円卓全体をぐるりと見渡した。
「これまでの俺達7人にエイジを加えた8人が、新生ブライス・ジョーカーパークスだ。みんな、よろしく頼む」
「おうよ」
「はい、楽しみね」
卓を囲んだ会話は盛り上がりを見せ、エイジにとって初めてとなるスクエアでの夜はあっという間に更けていった。