港町と老人
卒業生発表からから一晩明けた翌日の昼前に、エイジら卒業生はとある教室に集められた。
昨晩は卒業の可否を問わず、皆で朝まで騒ぎ語り合っていたため、眠そうな顔をした者も多い。
エイジも例に漏れずその一人で、欠伸を必死に噛み殺していた。
パン、と部屋の扉が開きホーキンスとホフマンが部屋の中に入って来た。
2人も昨日とは打って変わってリラックスした雰囲気を漂わせている。
「おはよう、諸君」
教壇に立ったホーキンスがにこやかに話し始めた。
「改めて、アカデミーの卒業本当におめでとう。君たちは晴れてエージェントとなることが決まった。将来有望なみんなに我々も大きな期待を抱いている。ここで学んだことを大いに活かして活躍して欲しい」
ホーキンスはそう言うと、右手をかざして後ろのスクリーンの表示をオンにした。
スクリーンには、何やら大きなホール会場とそこに集ったたくさんの人々が映し出されていた。
何かの映画祭みたいだ、とエイジは表世界でテレビ越しに見た光景を思い出した。
「私の後ろに映っているのは、我らがファミリアのエージェント総会の光景だ。1年に1度、ファミリア内の全エージェントが一堂に会するビッグイベントだ。講義でも習っただろうと思う」
確かに講義の中で総会についての言及があったことをエイジは思い出した。
その1年で優れた成果を収めた個人やチームを表彰する場でもある、と教官が言及していた気がする。
「君たちはエージェントとして活動するわけだが、まずはどこかのスクエアに所属してキャリアをスタートさせることになる。先輩達に習って仕事を覚えていくわけだ。その後は、そのスクエアに残り続ける者、他に移る者、独立して個人で開業する者などキャリアは様々だがな」
ホーキンスはテンポよく話を進める。
「そして君達がキャリアをスタートさせるスクエアはこの総会の場で発表される。新たにエージェントの仲間となった君たちの紹介と併せてな」
はい、とカイゼルが手を挙げた。
「なんだねカイゼルくん」
「スクエアの所属はどのように決められているのでしょうか?」
「君らにしたら当然気になるところだね。これから各スクエアのトップを集めた新人ドラフト会議が開催されるんだよ。そこで、各スクエアは事前に決められた順番に欲しい新人を指名していく。スクエア間の交渉も同時に行われるわけだがね」
まるでプロスポーツの世界のようだ。
「ドラフトの実施が3日後、そしてエージェント総会の実施は8日後だ。総会会場は港町ポートフォリア。ここからは少し離れた場所にある。詳細はまた追って連絡するので、それまでは大いに羽を伸ばしてリラックスしてくれ」
◆◇◆◇
「うわあ、すごーい」
地上が近付き機内から街を一望すると、ユウは歓声を上げた。
港町ポートリア。
そこは古くから娯楽の盛んなリゾート地として栄えていた。
上空からもその華やかさが伺い知れた。
この街が、1年に1度ファミリアの全エージェントが集うエージェント総会の舞台だ。
エイジら新人エージェントはホーキンスらアカデミー教官陣と共に飛空挺でポートリアに向かっていた。
いよいよ街が眼下に近付き、やがて広々としたスペースに飛空挺が着陸した。
機内アナウンスが無事ポートリアに着いたことを告げる。
皆続々と荷物を手に機内から出て行く。
エイジとユウは最後尾から3・4番目とかなり最後の方に機内を出た。
飛空挺から顔を出すと、心地よい潮風がエイジ達の頬を撫でた。
カラッとした天気もまた快適だ。
こりゃあ良い――
エイジは一瞬にしてこの街が観光地として愛される理由を理解した。
この街にくるだけで誰もが幸せな気分になれる、そう言われるのも納得だ。
機内から地上へ続く階段を降り、送迎用のエアバスに乗り込んだ。
「みんな、いるかね」
ホーキンスが車内を見渡しながら問いかけた。
「さて今からホテルに向かうことになる。各自フロントでキーを受け取って部屋に荷物を預けてくれ。その後は明日の総会まで自由行動だ。せっかくポートリアに来たんだ、目一杯楽しんでくれ。明日は18時半から開場するから、それまでにアリーナの前に集合するように」
ホフマンの説明が終わると、エアバスはホテルへと向かって進み始めた。
◆◇◆◇
エイジはホテルの部屋に着くと荷物を置き、すぐに部屋を出てユウ、フォックス、オーリーとロビーで落ち合った。
卒業試験でチームを組んだ面々だ。
共に必死にゲームに臨んだメンバーの間には強い絆が生まれており、自然と一緒にいることが多かった。
「よし、行くか」
エイジが号令をかけ、4人はホテルを出てポートリアの街に繰り出した。
街にはネオンがきらめき、街中に踏み込む人々の欲望を煽っていた。
エイジらは屋台で簡単に腹を整えると、物珍しそうな顔で街の中を練り歩いた。
「すごーい……さすがリゾート地って感じだね」
「こりゃあ舞い上がっちまうのも分かるな」
「全部の店に入ってたら夜が明けちゃうな」
一通り街を見て回った後、エイジが他のメンバーに切り出した。
「なあ、カジノ行こうぜカジノ! ポートリアと言えばカジノだってガイドブックに書いてあるの見てから、行きたくて仕方なかったんだよな」
「カジノ? なんか怖そうだね……」
「大丈夫だって。普通の観光客もよく行く娯楽施設らしいから」
「カジノか……面白そうじゃん、賛成!」
エイジに率いられる形で、4人はこの街の名物・カジノに足を踏み入れた。
街の華やかさにさらに輪を掛けて、煌びやかな景色が中に広がっていた。
豪勢で巨大なシャンデリアが天井から吊るされ、光を煌かせている。
すっげえ、どんだけ金かかってるんだろう―
エイジは場内を見て圧倒された。
しばらくうろうろと中をうろついた後、エイジらは内心ビクビクしながらカジノに挑戦し始めた。
勝ったり負けたり、少々の赤字を出しながらもエイジはカジノの魅力にとりつかれていった。
夜も峠を越えた頃、エイジはブラックジャックの卓に付いていた。
かれこれ6~7ゲームはもう戦っている。
エイジは隣に座る一人の老人と熾烈な争いを繰り広げていた。
「ブラックジャック。今回は私の勝ちだな」
「くそっ。もう一回」
「少年、ここいらでちょいと休憩しようじゃないか」
老人はエイジを連れてバーカウンターへと向かった。
「ブランデーとクールライムを1つずつ」
老人はバーのマスターにオーダーした。
「ほれ」
マスターから渡されたクールライムを老人はエイジに差し出した。
「ども」
エイジは素直にそれを受け取った。
「やるじゃないか少年。若いのに、ここまで私と張り合える者はそうそういないぞ」
「今日が初めてなんだけどな、このゲーム」
老人が驚いた顔を見せる。
「なんと、初めてとは。これは驚いた」
そう言うと手元のグラスに口をつける。
「いやあすごい若者がいるもんだ。君は何をしにポートリアへ? もしかして、新人さんかね」
「新人? エージェントのこと?」
「そうだ」
「ご名答」
「ほほ、それはそれは。卒業おめでとう、を言わねばなるまいな」
老人はグラスをくいと持ち上げ、エイジに向かって差し出した。
エイジもそれに併せて手に持ったグラスを差し出す。
「未来ある若者の門出に、乾杯」
カラン、とグラス同士が綺麗な音を立てた。
「私の名前はゴアだ。正式にはゴア・ローレンス。もし迷惑でなければ、君の名前を聞いても良いかね」
「ああ。俺の名前はエイジ。サクラバ・エイジだ」
それを聞いたゴアの目が少し見開かれたように見えた。
「なんと……」
ゴアが小さな声を漏らした。
そしてエイジの顔をまじまじと見つめる。
「もしや、君のお父さんの名前は……?」
「サクラバ・ガイ。そうだよ、このファミリアのヘッドだ。俺はまだ会ったことすらないけどな」
「そうかそうか……」
ゴアが再びグラスに口をつけた。
ブランデーを口に含みながら目を閉じて目の前の景色を黒色に塗り潰す。
「いよいよ時代が動き始める時が来たということか」
ゴアが再び目を開けた。
エイジの方を見てクシャッとした笑みを見せた。
「じゃあ明日の総会で、父上と初の対面ということになるね。どうだい、楽しみかい?」
「よく分かんねえよ。思い出があるわけでもないし」
「まあ、そうかも知れないな。だがきっと、会えば何か特別な感情を感じるはずさ」
「どうだろうな」
ゴアとエイジは手元のドリンクを飲み干すと、再びカジノ卓へ戻ってゲームに入り込んだ。
夜はまだまだ長い。
総会前夜のポートリアの夜はゆっくり、ゆっくりと更けていった。