交戦
「なんだ!?」
一同に戦慄が走る。
「バレットだ! みんなかがめ!」
エイジが声を張り上げて指示を送る。
慌てて皆ベンチの影に身を隠した。
続けてベンチに大きな音とともに衝撃が走る。
間違いない、明らかにこちらを狙って放たれたバレットだ。
くそ、つけられていた―
エイジは思わず舌打ちを打った。
「狙われている。どこかのチームに。ずっと前からつけられていたんだろう」
エイジは簡潔に状況をチームの面々に伝えた。
「だがこれは考えようによってはチャンスだ。返り討ちにすれば、虹玉を奪える。奴らが虹玉を奪われていないチームだったらの話だがな」
エイジはこの状況にありながらも至極冷静で前向きだった。
「さすがリーダー、頼もしいぜ」
「でも、どうしよう。ここからじゃ全然状況が分からない……」
ベンチの隙間からユウがちらりと向こうを見やるが、相手の姿は見えない。
なんか懐かしいなこの状況―
エイジはまだこの世界に来る前のことを思い出していた。
ブライスがあっという間にアイを救い出したあのシーンが脳裏に浮かぶ。
あの時の自分は何が何だか分からず、柱の影に隠れていることしか出来なかった。
「見てろよ、ブライス」
今の自分はあの頃の自分とは違う。
アカデミー生活を経て、エイジの中には確かな自信が芽生えていた。
「ん、何か言ったか」
「何でもねえよ。ただの独り言だ」
エイジは軽く質問を受け流すと、3人の方を振り返った。
「よし、やられっぱなしじゃ癪だ。反撃開始と行くぞ」
「そうこなくっちゃ」
「はい、リーダー」
フォックスとユウが調子を合わせる。
「作戦はどうする?」
オーリーは至って冷静だ。
「オーケイ。まず、ユウ。お前はスパークを敏感に感知するのが得意だ。奴らは出来る限りスパークを抑えているだろうが、お前が本気を出せばきっと感知出来る。ここで集中して奴らの居場所を随時俺達にテレパってくれ」
「うん、オッケー」
「オーリー、お前にもここから後方支援をお願いしたい。お前はスパークでモノを作り出すのが得意だ。やつらの近くに何かモノを出現させてかく乱してくれ」
「任せろ。お安い御用だ」
「そしてフォックス、お前は俺と一緒に前線での実戦部隊だ。お前の機動力・戦闘力を思う存分活かしてくれ。“手錠”をかけて身動き取れなくしてやれ」
「ういっす。あいつらみんな逮捕してやんよ」
「よし、それじゃあ30秒後に俺が合図をしたら作戦開始だ。みんな頭ん中で予行演習頼むぜ」
◆◇◆◇
「よし、いくぞ!」
エイジの声とともに、フォックスが右、エイジが左からベンチを勢い良く飛び出した。
すぐさま2人は“シャドー”に入った。
バン!
バン!
前方からバレットが打ち込まれる。
しかしエイジとフォックスにはかすりもしない。
2人はさらにギアを上げた。
『よし、分かった! 斜め右、25メートル先の茂みに2人』
ユウの声が脳内に響いた。
『それから、左の柱の影にもう1人。あと一人は公園の外にいるみたい』
『了解。フォックス、クロスだ。俺が茂みに向かう』
『おーけい』
エイジは右斜め前、フォックスは左斜め前に素早く踏み込み、2人はX字を描いてすれ違った。
◆◇◆◇
「くそ、奴ら何てスピードだよ。全然かすりもしねえ」
茂みの中の2人、リーとマルコスはあせっていた。
目にもとまらぬ速さで移動するエイジとフォックスのスピードは想像以上だった。
目にとらえることが出来るのは2人の過ぎ去った残像のみだ。
「とらえた!」
マルコスが声を張り上げてバレットを撃ち込んだ。
「やったか!?」
リーは茂みから顔を少し覗かせて前方をにらんだ。
「くそっ、やられた!」
マルコスが悔しげな声を上げた。
マルコスが見事バレットを撃ち込んだのは、エイジそっくりの容貌をした人形だった。
人形はぱたりと力なくその場に倒れる。
「くっ……」
もはや2人は完全に姿を消し、どこにいるのか検討もつかなかった。
見失っただと……
リーの額には嫌な汗が滲んだ。
『落ち着け! 冷静さを失うな』
リーダーのルイスから叱咤が飛ぶ。
『ああ、言われなくても分かってるよ。なあ、マル―』
リーは茂みの中に再び顔を引っ込め、マルコスの方に向き直り絶句した。
「よう、しばらくだな」
そこにいたのはサクラバ・エイジ。
背後から左手を回してマルコス口を塞ぎ、右手に握ったライフルはリーのこめかみに音もなく当てられていた。
「しばらく大人しくしててもらうぜ」
エイジはそう言うと手早く2人に“手錠”をかけて動きを封じた。
「お前、ここまで凄くなってたのか……」
“手錠”をかけられすっかり意気消沈したリーがぼそりとこぼした。
「まだまだ、こんなもんじゃねえさ。お前らなんて3割の力で十分だ」
2人は力なくその場に座り込んだ。
「さて―」
エイジはすぐさま意識をもう一方の交戦地に向けた。
『フォックス、こちらは完了だ。そっちはどうだ?』
返事がない。
『おい、フォックス』
再びの沈黙。
エイジは一抹を不安を覚えた。
そのまま時間が過ぎる。
しびれを切らしたエイジはその場を離れようとした。
『……わりいわりい』
ようやくフォックスの声が脳内に響いた。
『ちょっとお取り込み中だったもんで。こっちも無事逮捕完了だ』
『そうか、それなら良かった。さすがだな』
『こっちは一対一だからな。数的不利をものともしないお前の方がすげえよ』
『どうだか。まあまだ終わってねえ。あと1人残ってる』
『2人とも、さっすが』
ユウの声が割り込んできた。
『ねね、もう1人がこっちに向かって近付いて来てるみたい。足取りはゆっくりだけどね』
エイジは公園の入り口を振り返った。
確かに、少女が1人こちらに向かって歩いて来ている。
遠巻きながらエイジはその顔に視線を向けた。
「ミッチェル、か」
あまり接点はなかったが、かつて一度だけ演習で同じグループになったことがある。
『参りました。降参よ』
ミッチェルの声がエイジの頭の中に響いた。
◆◇◆◇
「俺達の負けだ。虹玉は受け取ってくれ」
エイジチームとルイスチームは争いを終え、輪になって集まっていた。
ルイスが黄色の虹玉をエイジに差し出す。
「ありがたくいただかせてもらうよ」
エイジはその虹玉を受け取った。
「しかし、参ったな。まるで歯が立たなかった。さすが選ばれし者が率いるチーム、というところか」
「だからそれ、やめろって」
エイジは聞き飽きた言葉に怪訝な顔をしてみせた。
「悪い悪い。だが、確かに今回は俺達の負けだがまだゲームは終わっちゃいない。明日の17時を迎えるまで、どのチームにもまだチャンスがあるんだからな。俺達は諦めないよ」
「そうこなくっちゃ。これまで頑張ってきたんだからな」
フォックスが笑顔で応じる。
「ありがとう。では俺達はここらへんで失礼させてもらうよ。健闘を祈る」
「ああ、お前達もな」
エイジはルイスとがっしり握手を交わした。
ルイスに率いられ、リー、マルコス、ミッチェルは公園を後にした。
「これで、とりあえず俺達が合格する確率は2倍になったわけか」
オーリーがルイス達の後姿を見送りながらつぶやく。
「まあな。でも全ての虹玉を集めない限り、合格は約束されない。先のなげえ話だ」
エイジはその手に握った虹玉をじっと見つめた。
「速報! 速報!」
タイミングよく虹玉が速報を告げ始めた。
「本日2回目の虹玉のチーム移動があった模様です。繰り返します――」




