ライジング・サン
それからのエイジは見違えるように講義にのめり込んだ。
みっともない自分。
何も出来ない弱い自分。
そんなものはもうこりごりだった。
エイジは憑き物が取れたように講義に没頭した。
そして、その努力の成果は着実に現れた。
入学して1ヶ月半後の第一次論述試験では全体で9位の成績を取り、翌月末の第二次試験ではさらに順位を上げ5位にまで上り詰めた。
以前のエイジからは想像も出来ないような成績だ。
「5位!? すごいじゃんエイジ!」
エイジとユウは一緒に第二次試験の結果を見に来ていた。
液晶画面に映し出された順意表を見るやいなや、ユウが大きな声を上げて喜んだ。
「うるせえ、嫌みかそれは」
エイジの2つ上、総合3位の欄には“ニシミヤ・ユウ”の文字が並んでいる。
「いやいやいや、だって最初の抜き打ち試験の時は最下位あたりウロウロしてたじゃん。そこから一気にここまで上げるのはほんとに凄いよ」
ユウが熱を込めて話す。
何だか自分のこと以上に嬉しそうに見えるのが面白い。
エイジもユウに褒められてまんざらでもない気持ちだった。
しかし――
エイジは目線をもう2つ上に向ける。
“総合1位:カイゼル・ジョイス”
カイゼルは2回連続での圧倒的ナンバーワンだった。
「カイゼル、ほんとすごいよね……私もかなり頑張ったつもりなんだけどな」
ユウも同じ箇所を見つめながら呟く。
「口だけ野郎かと思ったのにな」
「おいおい、誰が口だけだって?」
後ろからつっかかるような声が飛んで来た。
振り返るとそこにはカイゼル・ジョイスが立っていた。
「随分と舐めたことを言ってくれるじゃないか」
「てめえは地獄耳かよ」
「たまたまここに居合わせただけだよ。まあ、こうやってわざわざ見に来なくても結果なんて最初から分かってるんだがね」
カイゼルは興味のなさそうな顔で順意表を見上げている。
「おや」
その目がふと1点を見つめてとまった。
「5位、サクラバ・エイジ……か。これはこれは」
カイゼルがエイジをにやりとした顔で見つめる。
「たいした進歩じゃないか、サクラバ・エイジ。短期間でここまで上がってくるなんて、君はやっぱり選ばれし者かもしれないな。ハハハハ」
「偉そうにしてやがるが、もう時間の問題だぜ」
「それはどうかな……でも僕は嬉しいよ。これでやっと面白くなってきたじゃないか。その調子だよ、サクラバ・エイジ」
カイゼルはそう言うとくるりと踵を返し、そのままその場を後にした。
「相変わらずだね、カイゼル」
「あいつ、ぜってーぶち抜いてやる」
エイジは飄々と歩き去っていくカイゼルの背中を睨みながら、決意を新たにした。
◆◇◆◇
そして講義は座学形式が終わり、いよいよ実践演習へと移っていった。
教室を離れ、アリーナと呼ばれる大きな建物に講義の場は移された。
アリーナに入ると、そこは1面が真っ白で統一された正方形状のだだっ広い空間となっていた。
床も壁も天井も白で、窓一つない。
ずっとここに閉じ込められたら発狂でもしてしまいそうだ。
「さあ、みんないるかな」
教官が生徒に続き1番最後にアリーナに入って来た。
「オーケイ、みんないるみたいだね。さて、皆さんと顔を合わせるのは初めてだね。私の名前はホフマン。これから君たちの実践演習を監督させてもらうよ。よろしくな」
ホフマン教官はにこやかな笑顔で簡単な自己紹介を行った。
「筆記試験ご苦労さん。みんな優秀な成績だったみたいじゃないか。優秀な世代だって、先生達褒めてたぞ」
ホフマンは目を細めて軽くぱちぱちと拍手をする。
「だが、ここからはまた話が違うぞ。いくら机の上でお勉強が出来たって、実践で通用するかは全くの別問題だ。みんな、再度気を引き締めなおしてくれ」
ふと、隣のユウがぽつりと言葉を漏らした。
「鬼のホフマン……」
「え?」
「なんかそんな言葉を耳にした覚えがあってね……今、先生の名前を聞くまですっかり忘れてたんだけど、ホフマンって名前を聞いて思い出したの」
「鬼? あの人が?」
「私の聞き間違いかもしれないけど……」
2人は改めてホフマンを見つめ直した。
「びしばし、いくぞ。ついてこいよ」
そう言うとホフマンは不敵に微笑んだ。
◆◇◆◇
鬼のホフマン――
その言葉はユウの聞き間違いではなかった。
ホフマンのレッスンは初回から過酷を極めた。
武術、エアロの扱い、身のこなし、様々なジャンルでホフマンは高い要求を躊躇なく課した。
その要求に応えられない場合、ホフマンから容赦なく怒号が飛ぶ。
「おらあ! 何してんだお前、ぜんっぜんダメ! もう1回!」
すんなりと課題をこなせる者はほぼいなかった。
これまでの講義は前座でしかなかったのだと思い知らされた。
皆必死の思いでレッスンに食らいついていた。
レッスンが始まり1週間が経った頃、集合時間になっても姿を見せない生徒があらわれた。
そのままその生徒は姿を見せることはなかった。
「あいつ、ついていけなくて飛んだらしいぞ」
そんな噂が広まるまでそう時間はかからなかった。
聞けば、毎年何人もここで脱落し最終試験にすら辿り着けないと言う。
次の1人になってたまるか――
皆プライドをかけてホフマンの過酷なレッスンにしがみついていた。
そんな中、ホフマンの課す課題を涼しい顔でこなす男が1人いた。
カイゼル・ジョイスだ。
座学での講義に続き、この実践形式でのレッスンでもカイゼルはずば抜けた存在となっていた。
カイゼルの動きは、最早プロのエージェントと見間違うほどに洗練されたものだった。
あいつ、何であんなに何でもさらりとこなしやがるんだ――
エイジは悔しい思いを抱えながらも、心の底ではカイゼルを認めざるを得なくなっていた。
エイジのパフォーマンスも決して悪くはなかったが、まだまだカイゼルのレベルには及んではいなかったからだ。
しかし、日に日にエイジの動きは格段に良くなっていった。
元々持ち合わせていた天性の身体能力に、誰よりも真剣にレッスンに臨み、レッスン外の時間もトレーニングを怠らない努力が結びつき、化学反応とでも呼べるような急速な成長を見せ始めたエイジに誰もが思わず目を見張った。
「エイジ、凄いね。俺は実践派だって前に言ってたけど、ほんとにそうだったんだね……」
ユウがレッスン中のエイジの動きを見て、思わずそんな言葉を漏らした。
「なんか、最近ますます体の動きがいいんだよな。重力軽くなったりでもしてんのかな」
「そんな馬鹿な」
ユウがくすりと笑う。
「元々身体能力が高いってのもあるだろうけど、エアロの力をうまく使いこなせるようになってるんだと思うよ。鬼に金棒だね」
確かにエイジの動きは表世界のそれとはすっかり違うものとなっていた。
エイジは己の成長を実感し、日に日に自信を深めた。
そしてホフマンのレッスンが終盤を迎える頃には、それまで遥か先頭を走っていたカイゼルに、エイジはすっかり肩を並べる程にまでなっていた。




