贈られた言葉
「おや、あんたは……」
男はブライスの姿を目にし、独り言のように呟いた。
「エージェント・ブライス、まさかあんたが現れるとはね」
「お前達、自分達が何をしているのか分かっているのか……? まだエージェントとして認められてもいない生徒達が集うこのアカデミーを襲うなど、鬼畜の所業だ!」
ブライスが男に向かって一喝した。
烈火の如き怒りを隠そうともしないブライスは、これまでの姿からは想像もつかないものだった。
「俺に言われても困るんだがね。これは偉大なる目的のための道のりだから」
「冗談もそれくらいにしろ! 何が偉大なる目的だ」
ブライスの顔は怒りに歪んでいた。
「ブライス……どうしてここに……?」
「……たまたま近くでのミッションを終えたところでね。急にSOSを受けたものだから飛んで来たんだが……」
ブライスは地面に横たわるリンに、険しい顔目を向ける。
「ちょっと遅かったね、エージェント・ブライス」
「黙れ!」
ブライスは男に射るような視線を向けた。
「そんな怖い顔をするなよ。あんたと今ここでやり合う気はないんだから」
すると男は、額に手を当てて誰かと通信を始めた。
「あ、もしもーし。ちょっとまさかのエージェント・ブライス登場で困っちゃってさ。あ、そっちも大変なんだ? 分かった、それじゃあしょうがないね」
男は通信を終えるとこちらに向かって口を開いた。
「さすがだね、エージェント・ブライス。あんたの仲間も続々と集結してくれたお陰で、こっちはいい迷惑だ。残念だけど今回はおいとまさせてもらうよ」
男はそう言うと一瞬で闇の中に姿を消した。
ブライスはその後を追うことはせず、素早くリンの体の横に移動してかがみ込んだ。
「リン……!」
エイジも痛む体に鞭を打ってリンの側に向かった。
真上の月だけが、静かに変わらず皆を照らし続けていた。
◆◇◆◇
「みんな、揃ったようだね……」
ホールに集まった生徒達に向かって、ホーキンスが口を開いた。
場内は水を打ったようにしんと静まり返っている。
「みんなも恐ろしい思いをした通り、昨晩我がアカデミーをテロ集団・グラハムが襲った。開校以来初めての、到底許すことは出来ない卑劣な行為だ。しかし奴らの襲撃は、駆けつけてくれたエージェント達のお陰で幸いにも短時間で食い止められた。彼らに心から感謝の念を捧げよう」
ホーキンスはそう言うとしばらく間を取った。
「しかし、奴らがすぐに引き下がったことをただ喜ぶことは出来ない……皆に悲しい知らせを伝えねばなりません」
場内の生徒達は呼吸を忘れたかのように息を詰め、壇上のホーキンスを食い入るように見つめている。
「グラハムの1人の銃撃を受け、リン・フェリックスが命を落とした」
◆◇◆◇
生徒達がホールに集まりホーキンスの言葉を聞く中、エイジはアカデミーのとある一室の椅子にぐったりと腰を降ろしていた。
机を挟んで向かう正面には、ブライスの姿があった。
「リンのことは、本当に残念でならない……」
ブライスの言葉が虚しく部屋に響く。
エイジは下を向いて俯いている。
「私があとちょっとでも早くあの場に着いていたら……」
「俺のせいだよ」
エイジが俯きながらも口を開いた。
「俺が弱いからだ……俺がブライスみたいに強ければ、リンは死ななくてすんだんだ」
「何を言ってるんだ。君は何も悪くない……そう自分を責めるな」
下を向いて俯くエイジの目から、大粒の涙が垂直に落ちていった。
「俺、悔しいよ……何も出来ない自分が悔しい……何がヘッドの息子だよ、なあ?」
ブライスの目が少しだけ見開かれた。
「……そうか、知っていたか。そのことはその内私の口から伝えようと思っていたんだがね」
そう言うとブライスは手元のカバンの中に手を入れ、丸い水晶のようなものを取り出した。
「何を……?」
「これはボイススフィアと言ってね。声をこのスフィアに込め、自由に再生することが出来るんだ。このスフィアには……君の父親、サクラバ・ガイから君宛てに贈られた言葉が録音されている」
「えっ……」
「あいつが俺の存在を知る時が来たらこれを渡してくれ、とヘッドから私に託されていてね。その時が来たということだ」
ブライスはエイジに向かってスフィアを差し出した。
「さあ、受け取ってくれ」
エイジはゆっくりと手を差し出し、そのスフィアを受け取った。
この中に、親父の声が……?
「スフィアに向かってエアロを送るんだ」
エイジは右手にスフィアを包んで念を込めた。
すると、スフィアがぱっとエメラルド色に光り出し、中から野太い男の声が響き始めた。
『よう、エイジ。元気にしてるか?』
初めて耳にする声。
だがどこか懐かしくすら感じるのが不思議だった。
『俺はお前のことを知ってるが、お前は俺のことを知らないだろう? これでもまあ、列記とした血の繋がった親子なんだぜ。だからまあ、めんどくさがらずに俺の話を聞いてくれ』
声の主、ガイはマイペースに話し続ける。
『お前は今、エージェントになるためにアカデミーに通っているところだろう? はっきり言って俺はお前に期待している。ヘッドである俺の息子なんだ、中途半端なエージェントになるわけがねえ。それにお前には、世界を救う特別な力が眠っている。俺にもない、お前だけの力だ。世界はこれから大きな危機に直面するだろう。その時にお前の力が絶対に必要になる。だからエイジ、いや、息子よ――』
『俺と会うその時までに、ぶっちぎりのすげえエージェントになっていろ。いいか、これはお前の父親からの唯一の言い付けだ。後にも先にも、唯一の俺からの命令だ。ははっ』
『立派なエージェントになったお前と会えるその時を、楽しみに待ってるぞ。じゃあな、息子よ』
その言葉を最後に、スフィアは声を出すことも、光ることもぱったりとやめた。
「これが、俺の親父……」
「どうだ、なかなか豪快な男だろう。これが我れらがファミリアのヘッド、サクラバ・ガイだ」
エイジは父親から贈られた言葉をじっくり噛み締めていた。
「俺、なるよ。ぶっちぎりで凄いエージェントになってやる。自分の親父をがっかりさせるなんて、男じゃねえもんな。それに……もう誰も、俺の弱さのせいで失いたくねえ……あんな惨めな思いはもう懲り懲りだ」
「エイジ……」
「今度親父に会うことがあったら、言っといてくれ。あんたの想像以上のエージェントになって、息子が会いに来るってな」




