託された思い
「え……2人は知り合いなのか?」
「ああ、何たって私は彼から君を託されているのだからね。彼とはもう長い付き合いになる。今は訳あって君と一緒にいることが出来ないが、既にしっかりこちらの世界に戻って活動を再開しているよ」
そうだったのか――
ここまでずっと引っ掛かっていたが、やはりホーキンスが自分をかくまい面倒を見ているのにはしっかりとした理由があったのだ。
「パパ、こう見えても昔はバリバリのエージェントだったのよ」
「まじかよ?」
「ははは、随分昔の話だ。今はその面影すらなくなってしまったよ」
「またまた、謙遜しちゃって」
「よせよせ。さて、エイジくん」
ホーキンスがエイジに向き直って改める。
「私達の思いはもう既に分かってもらえていると思う。私達は君に、立派な一人前のエージェントになってもらいたい」
エイジを見つめるホーキンスの瞳はまっすぐで、濁りがなかった。
「そして、ただそれだけじゃない。君はその中でも唯一無二のエージェントになれるし、ならねばならない。この世界のために……だって君は、選ばれし者だから」
「選ばれし者……? どういうことだよ……もしかしてそれは、俺が果たすべきとか何とか言われてる使命とも関係あんのかよ?」
エイジはまくし立てるかのようにホーキンスに問いかけた。
ちょうどその時、部屋の中に浮かんでいた電子パネルに唐突に映像が映し出された。
パネル内の映像は、建物が倒壊し粉塵や炎が立ち込めている街を映し出していた。
街の中には、血みどろになって地面に突っ伏している人々の姿もあった。
これは一体……?
凄惨な光景にエイジは言葉を失った。
そのパネルからナレーターらしき人物の音声も流れ始めた。
「緊急速報です。ポヌ―ツの街が、国際テロ集団・グラハムのテロ襲撃を受けて壊滅状態となりました。テロ行為はちょうど2時間前に開始され、グラハムの面々は無慈悲に街を蹂躙しました。犠牲者の数は数十人に登ると見られています。他の住民は直ちに街を離れ、避難しています。この残虐非道な行いに対して、政府は臨時集会の招集を決定しました――」
テロ行為……!?
この世界でもそんなことが起きているのか――
「またあいつら……ひどい……ひど過ぎるわよ……」
ジェシカは画面を睨みつけて怒りを露わにした。
「本当に……酷いことだ……」
ホーキンスもやるせない表情を浮かべている。
3人ともしばらく、画面から伝えられる速報を固唾を呑んで見つめていた。
「……エイジくん」
ホーキンスはパネルから目を外し、エイジを見つめた。
「この世界は今、大きな危機に直面している……そしてその脅威は日に日に増しており、やがてとてつもなく大きな波となってこの世界を覆おうとしている。この危機を脱するために、君の力が必要なんだ……選ばれし者である君の力が必要なんだ。どうか、私達に力を貸してくれないだろうか?」
「ちょっと待ってくれよ……俺にそんな力あるわけ……」
「いいや、君には確かにその力が眠っているんだ。しかしそれを活かすも殺すも君次第。どうかこの世界を救う為にその力を貸して欲しい」
本当に俺なんかにその力が……?
エイジにはそれは到底信じられないことだった。
ただ――
「……どうしてもそれは信じられねえ……でも、こんなひでえ映像を見せられて何も感じないほど俺は薄情じゃない……」
エイジはゆっくりと言葉を絞り出すように話した。
「本当に俺が何か役に立てるのか……?」
「ああ……君の力が必要だ」
ホーキンスの目をエイジはじっと見据える。
「……分かった。世界のためだか何だか知らねえけど、良いよ、やれるとこまでやってやるよ……それが、俺の運命なんだろ?」
「ありがとう……本当に」
ホーキンスはそう言うと椅子から立ち上がり右手を差し出した。
「なんだよ、握手なんかいらねえよ」
「いいんだ、私の自己満足に過ぎない。感謝の気持ちを伝えさせてくれ」
「ちっ」
エイジはしぶしぶ立ち上がって右手を差し出し、ホーキンスの手を握った。
「君の勇気と覚悟に敬意を表する。これから大変なこともあるだろうが、君ならきっと乗り越えていけるはずだ」
「どうだか……」
2人は再び席についた。
「……さて、これからの話をしなくちゃいけないわね」
ジェシカが冷静に仕切りなおす。
「ああ。さっきも言ったがエイジくん、エージェントは誰もがなれるものではない、選ばれし存在だ。公式にエージェントとして認められるためには、専門の育成機関を卒業する必要がある」
「なんか、学校みたいだな」
「まさにそう。その機関はエージェントアカデミーと呼ばれている。誰もが入れるわけではなく、セレクションを突破した将来有望な若者のみが入学を許される。そしてまた、誰もが卒業出来るわけでもなく、最終試験を突破出来る者の方が少ない」
「なんか、ほんとにエージェントになるのって大変なんだな。じゃあ俺も、そのセレクションを受けなきゃいけないってこと?」
「もう今年のセレクションはとっくに終わってるわよ。来週の頭が入学式だからね」
「えっ……来年まで待つってことかよ?」
「安心したまえ。君の入学はずっと昔に決まっていたよ。それこそセレクションが行われるずっと前からね。君はそういう特別な存在だということさ」
「入学に間に合うように、ブライス達が迎えに行ったの。偶然このタイミングだったわけじゃないわ」
やはり自分の運命はずっと前から知らないところで知らない誰かに決められていたらしい。
「そういうわけで来週からはエージェントアカデミーに通ってもらうことになる。そこでエージェントとして認められるべく自分を磨いて欲しい。大切な仲間もきっと出来るだろう」
「また急な話だな……」
「アカデミーでは寮生活になるからこの家にいるのも今週いっぱいになるわ。それまではせっかくだから私がこの世界のことを色々教えてあげるわね。こう見えても人に教えるのは得意なのよ。あちこちお出かけもしてみましょ」
また息つく暇もなく、慌しい日々が始まりそうだ。




