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デス・エージェント―死の代理人  作者: 金城 ユウ世
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エージェント

 エイジは「この人は?」とでも言いたげにホーキンスにちらりと視線を送った。


「彼女は私の娘だよ。名はジェシカ。これから仲良くしてやってくれ」


 その意図を汲むかのように、ホーキンスはエイジにその女性のことを紹介した。

 ホーキンスが言い終わるや否や、ジェシカはすっとエイジの前に寄って来た。


「こんにちは、エイジ。堅苦しいのはやめにしましょ。私のことも気軽にジェシカって呼んでね」


 ジェシカはエイジに笑みを投げかけた。

 ほんの僅かなやり取りで、彼女の社交性の高さが十分にうかがい知れた。


「さ、じゃあ君の部屋を紹介するわね。付いて来て」


 ジェシカはエイジの手を取ると、ぐいっと引っ張る形でエイジを先導した。

 階段を上り、2階へと進む。

 2階フロアの隅にある部屋の前でジェシカは立ち止まった。


「さ、ここが君の部屋。シンプルな部屋だけど、好きに使ってちょうだい」


 エイジは促されるまま部屋の中へと入った。

 部屋は十分な広さはあるが木製の机とベッド、本棚が備えられているのみで、確かにシンプルな造りになっていた。


「ここまで長旅で疲れたでしょう。まだ夕飯まではしばらく時間があるからここで休んでていいわよ。準備出来たら起こしに来てあげる」


 そう言うとジェシカは「バイ」と言いながら手を振って部屋から出て行った。


 エイジは荷物を降ろしてベッドに腰掛けた。

 体中からどっと疲れが吹き出してきた。

 思えばもとの世界のアジトを出て以来、もう丸一日しっかり横になっていない。

 エイジはそのままベッドに倒れこみ目を閉じた。


 俺は今どこにいるんだろう――

 

 こちらにやって来てから目にした刺激的な景色が頭の中に浮かぶ。

 思考がうまくまとまらない。


 いいや、また起きてから考えよう――


 エイジはすっぱりと考えることをやめた。

 やがて睡魔がエイジを襲い、エイジは素直にそれを受け入れた。

 


◆◇◆◇



「起きろー!」


 部屋に響き渡るその声でエイジは目を覚ました。

 頭をかきながら体を起こす。

 声のした方を見ると、ジェシカが部屋のドアをがばっと開けながら立っていた。


「おはよう、よく寝れた?」

「うーん、まあまあかな」

「まあまあって何よ、ふふふ」


 ジェシカが愉快そうに笑う。


「晩御飯、用意してあるからみんなで一緒に食べましょう」


 晩御飯――

 

 その言葉を聞いたエイジは、思い出したかのように急に空腹感を感じた。

 そう言えばアジトを出発して以来、しばらくまともにご飯を食べていなかった。

 タイミング良く、ぐうとエイジのお腹が音を発した。


「ははは、良い返事ね。きっとお腹空いてるだろうと思って美味しいものたくさん用意してあるわよ。さ、行きましょ」


 ジェシカに付いて1階のダイニングルームに降りると、既にホーキンスが椅子に腰掛けていた。

 広々とした部屋だ。

 部屋の中央には木製のシックなテーブルが置かれ、それを取り囲むように椅子が6個ほど置かれていた。

 部屋の奥はキッチンに直結している。


「ここでいつもご飯を食べてるの」


 そう言うとジェシカはキッチンの方に向かった。


「やあ、お目覚めですかな。長旅で疲れていただろう」


 ホーキンスが、部屋に入って来たエイジを見て声をかけた。


「さあこちらに腰掛けるといい」


 ホーキンスは椅子を1つ引いてエイジに着席を促した。

 エイジがその椅子に着座すると、料理の皿を持ったジェシカがやって来た。


 ジェシカはてきぱきと食事の準備を進める。

 あっという間に料理と食器が手配され、いつでも食べ始められる状態が整った。


「ありがとう、ジェシー。今日はいつにも増して豪華だね」

「当たり前じゃない。エイジの歓迎ディナーなんだから」


 一通りの準備を終えたジェシカが席に座った。

 確かに目の前に準備された食事は色彩も豊かで美味しそうだ。


「さあ食べよう。遠慮はいらないよ。食べたいだけ食べてくれ」

「いただきまーす!」


 ジェシカが先陣を切って料理に手を付け始めた。

 エイジも少し躊躇した後、フォークに手を伸ばした。


 口に運ぶ料理はどれも絶妙な味付けだ。

 文句なしに美味い。


「うまい……!」


思わず感想が口をついて出て来た。


「ほんと? お口に合ったみたいで良かったわ」

「ああ。こんな料理食べたことないって。料理、得意なんだな」


 エイジはしばらく料理に舌鼓を打ち夢中になった。

 何しろ久しぶりのまともな食事だ、食欲はどんどん溢れ出てくる。


 ホーキンスとジェシカはエイジの食いっぷりをほほえましく見つめ、時折2人で他愛もない会話を交わしていた。


 食事がひと段落した頃、コホンと軽く咳をついてホーキンスが切り出した。


「エイジくん」

「ん……?」

「改めて、ようこそアトランティスへ。心から歓迎するよ」

「私もよ。ようこそ、エイジ」


 ジェシカが同調する。


「この世界は、君の暮らしていた世界と似ている部分もあれば、全く違う部分もある」

「ああ……ここに来るまでに十分痛感したよ」

「ほほほ、まあそうだろうね。じゃあ、果たして何がこの世界をこの世界足らしめているのか……それが何だか分かるかい?」

「……いや、さっぱりだな」

「この世界をこの世界足らしめているもの……突き詰めるとそれは、1つの不思議な力に行き着く」

「不思議な力……?」

「うむ。その力がこの世界では至るところで駆使されている。その力があるからこそ、表世界では到底考えられないような事象が現実のものとなっているんだ」

「車が空を飛んだり?」

「ははは、分かりやすい例だね。まさにそうだ。車だって飛ばすことの出来るその力を、人々は“エアロ”と呼ぶ」


 ホーキンスは傍らに置いてあるグラスに手を伸ばし、水を少しばかり口に含んだ。


「ここでは詳しい話は避けるが、この世界では皆一様にその力を多かれ少なかれ身に付けている。エアロを身に付けていること、それがこの世界での存在の条件だ」

「でも、俺はそんな力持ってねえぞ……」

「あなたは立派にエアロを持っているわ。まだその力は秘められていて、存分に活用されていないだけ」

「そうなんだよ、エイジくん。君は驚くほど強いエアロを秘めている。だからこそ君を狙うような連中も現れたわけだ。本当に困ったものだよ」


 ホーキンスはふう、とため息をついた。


「さて、少し話を戻させてもらうが、このエアロは原則的には使用の用途が限られているんだ。ざっくり言うと、日常生活を快適に過ごす範囲での使用しか基本的には認められていない」

「みんなが好き勝手に使い回すようになったら世の中大混乱しちゃうものね」

「そうだね。だが、この世界にはこのエアロを日常生活を超えた範囲で使うことを許された者達がいる。彼らはその力を駆使し、一般人では解決が難しいような難度の高いミッションを請け負うという使命を負っている」


 エイジの脳裏には2人の男の姿が浮かんだ。

 その2人はもちろん、ブライスとアレフだ。


「その選ばれし者達はまとめてこう呼ばれる……」


「エージェント……」


 エイジはホーキンスの語りに自然と口を差し込んでいた。

 ホーキンスはにやりと笑いエイジに向けて少し顔を近づけた。


「ふふふ、ご名答。特殊任務遂行集団、エージェント。この世界では誰もが憧れる存在さ」


 ホーキンスは心なしか少し嬉しそうな表情を浮かべた。


「エージェントになれるのはほんの一握りの選ばれし者達なんだ。恵まれた身体能力、明晰な頭脳、そしてエアロを自在に扱うスキル。要素を挙げればきりがない。そしてエイジくん、君はそのエージェントになる素質を持っている。しかも、天性のものと言って良い」


 エイジの脳裏にはアジトでブライスと2人で話した場面が浮かんでいた。

 ブライスの言葉が、脳内で鮮明に繰り返される。


「お前は、エージェントとなる運命だ……」


 エイジは脳内に響くその言葉を口に出した。


「元の世界でこの前、知り合ったばかりの男にそう言われた……お前はエージェントになって果たさなきゃならない使命がある。お前が決断しなければ、お前の大切な人達はずっと危険な目に合い続けるって。それで俺はこの世界に来ることになったんだ」


 ホーキンスはエイジの言葉にじっくりと耳を傾けた後、少し間を置いて口を開いた。


「その男の名はブライス、そうだろう?」

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