アンダーステーション
エレベーターに乗って3分ほどが経過した。
たった3分に過ぎないが、エレベーターの搭乗時間としては常軌を逸した時間だ。
俺達はどこまで下がっていくんだろう――
エイジは少し空恐ろしい気持ちがした。
このままでは地球の中心部にまでも到達してしまうのではないか――
そんなことまで頭に浮かび始めたが、その時ようやくエレベーターが到着を告げる音を鳴らした。
透明だったランプもオレンジ色に点灯している。
「待たせたな、到着だ」
ブライスがこちらを振り返ることもなく言葉を放った。
扉が開く。
その先に見えたのは、まさに宇宙空間。
一面に星達がまばゆく輝いていた。
ブライスとアレフはその宇宙空間に足を踏み出した。
二人が足を踏み降ろす地点はぽっと直径50cmくらいの円の形で光り始め、足を離すと再び光は消える。
そして二人それぞれの頭上には球体の物質が浮かび、下に向かって光を放っている。
その明かりに照らされ、宇宙空間を進む二人の姿ははっきりと捉えることが出来る。
「何やってんだエイジボーイ、早く来いよ」
神秘的な光景に思わず見とれていたエイジに向かってアレフが呼びかけた。
エイジは慌ててエレベーターを降り、宇宙空間の中を進み始めた。
小走りで歩を進め、先を行く二人に追い付いた。
二人は黙々と歩を進める。
目的地も分からないまま、エイジはそれに付き従う。
そのまま5分ほど歩き続けたタイミングで、エイジは痺れを切らしてアレフに声を掛けた。
「なあ、俺達どこに向かって進んでるんだ……? ここは宇宙……?」
「ああ、そっかお前にはそう見えてんのか。んーと……ボス、ボーイに見せてやってもいいですかね?」
アレフはブライスに何かの許可を求めた。
「ああ、別に構わんさ」
ブライスが答える。
見せる――?
一体何を――?
エイジが頭に疑問符を浮かべているのをよそに、アレフは右手を頭の右上に掲げ、パチンッと指を鳴らした。
次の瞬間、3人の頭上を中心として、放射状に宇宙のような景色が消え全く異なる明るい景色が広がり始めた。
その様は暗闇の中で大きな花火がはじけて広がっていくかのようだ。
エイジの前に姿を現したのは、まるで空港の構内のような景色であった。
それも、とても洗練された流麗な仕様で、まさに近未来の建物といった出で立ちだ。
あちこちに電子パネルのようなものが設置され、その横にはゲートが備えられている。
「ここは、空港……?」
「いいや、違うね。これは駅さ。裏鉄道のな。万が一普通の人間がやって来た時のために、宇宙みたいな幻想を見せてるのさ。どうだ、駅の中はいけてるだろ」
エイジの言葉にすかさずアレフが反応し、いたずらな笑顔を見せる。
「すげえ……何ていうか、めちゃくちゃハイテクでお洒落な感じ」
「ここから我々はアトランティスへと旅立つ。たくさんゲートが置かれているのが見えるだろう? アトランティスにもたくさんの地域があり、目的地に応じてゲートを選ぶんだ」
少し先を行くブライスが説明する。
「俺達のゲートはもう少し先だ。その前に、ちょっとここで待っていろ」
そう言うとブライスは少し先にあるインフォメーションエリアのような所に向かって歩き出した。
そのエリアは構内の中心に位置し、円形の受付スペースとなっている。
何人かの受付の女性がその円の中で等間隔で並び、あらゆる方向からの来客に対応出来るようになっている。
ブライスは受付に着くと、正面の女性に向かって話しかけ、いくつか言葉を交わした後パネル上にサインでもするかのように指を走らせた。
女性が笑顔でお辞儀をしてブライスに何かを手渡すと、ブライスはこちらに振り返り戻ってきた。
「これが切符だ」
ブライスはそう言うと2人に鳥の羽根を手渡した。
「これが切符……?」
「ああ。未知なる世界に飛び立つ翼だ。よし、じゃあ行こうか。ゲートは14番、あそこだ」
ブライスは2~30メートルほど先に位置するゲートを指差した。
電子パネルには確かに14の数字が見える。
そしてその下には大きく「バーリース」の文字。
バーリース――?
これから向かう地名だろうか。
エイジは歩き出す2人について14番ゲートへ向かった。
各ゲートの横には制服を着た駅員のような男が立っていた。
ブライスら3人が近づくと、14番ゲートの駅員の男が軽く一礼をして3人を迎えた。
ゲートの前には腰ほどの高さの台が置かれ、台の表面は電子パネルのような形状となっている。
ブライスはゲートに到着するや否や、そのパネルの上に先程の羽根を置いて手をかざした。
すると、ゲートを左端から右端へぐるっと一周するように光が駆け巡った。
通行可能の合図だろうか……?
ブライスが手を離すと、その下に置かれたはずの羽根はすっかり消えていた。
「その少年は見ない顔だねえ」
不意に駅員の男がブライスに話しかけた。
「そうなんだよ、新しい仲間が増えたんだ。名前はエイジ。これから世話になることもあるだろうからよろしく頼むよ」
「ほう、エイジ君とな。新しい顔ぶれというのはいつも楽しいものだなねえ。今後が楽しみだ」
駅員の男はどこか楽しそうに微笑んでいる。
「久しぶりだなオランド。こいつの名前は覚えておくことをおすすめするぜ」
アレフも親しげにそのオランドと呼んだ駅員に話しかけた。
このゲートを通る人たちにとってオランドは馴染み深い存在なのかも知れない。
「ほう……もしや、例の彼か?」
「さっすが、ご名答」
「なんと……いよいよその時が来たということか」
オランドはエイジの顔をじっと見つめた。
その瞳には心なしか近親者を見つめるような親しみが込められているように感じられた。
「初めましてエイジ君、私の名前はオランドだ。君に会えて嬉しいよ」
オランドはエイジに向かって右の手をゆっくりと差し出した。
「どうも……」
エイジは簡単な返事とともにその手を握り返した。
オランドはエイジの手の上にそっともう1つの手を重ねた。
「ほっほ、名乗るほどの者でもないから名前なんて覚えてもらわなくて構わんよ。とにかく君の顔を見ることが出来て良かった。ありがとう」
初対面の相手に心当たりのない感謝を伝えられ、エイジは返答に困った。
「すまないがしばらくここを使うこともないかも知れないんだ。オランド、達者でな」
「それは寂しいねえ、ミスターブライス。アトランティスで頑張ってくれ。幸多きことを祈っているよ」
オランドに別れを告げてブライスらはゲートをくぐって歩き出した。
いよいよアトランティスへの出発の時が近付いてきたようだ。
ゲートを抜けてしばらく歩いた先に鉄製の扉が待ち構えていた。
3人が近付くと扉は自動的に左右に開いた。
扉の向こうは駅のプラットホームとなっていた。
ホームとホームの間には、線路ではなくレールが敷かれており、まるでリニアモーターカーでも走るかのようだ。
レールの前後は丸い空洞の中につながっており、その先は暗闇となっていて先を見通すことは出来ない。
ホームには出発を待つ人々の姿がちらちらと見える。
全部で15人ほどはいるであろうか。
ベンチに腰掛けて待つ人々を眺めていると、唐突にホーム全体に軽やかなメロディーが流れ始めた。
「さあ、夢の列車の到着だぞ」
そう言うとアレフは口笛を吹いてみせた。
レールが通じる空洞から光が差し始めた。
その光は徐々に大きくなり、やがて全身が銀色に輝く細長い乗り物が姿を現した。
きらりと光る流線型のフォルムは、向かい来る全てのものを華麗に受け流すことが出来るかのようだ。
裏鉄道……?
これは全然鉄道なんかじゃない……!
エイジはその近未来的な姿に息を呑んだ。
「これがアトランティスへの唯一の交通手段、通称ファーレンハイトだ」
横からブライスの言葉が飛ぶ。
「全部で3両から成っているんだが、初めて渡航する者は一番先頭の車両に乗る決まりになっているんだ」
「そうなのか?」
「だから悪いがこいつには1人で乗ってもらう必要がある。しばらく別行動になるが、まあ心配するな。大人しくしていれば勝手にあっちの世界に運んでくれる」
「さびしくても泣くんじゃねえぞ、エイジボーイ」
「うるせえよ。ただ乗り物に乗るだけじゃねえか」
「頼もしいな。じゃあここらでいったんお別れとしよう。じゃあな、また後で」
そう言うとブライスはアレフを引き連れて最後尾の車両へと向かって歩き出した。
エイジは少しその2人の後姿を眺めていたが、すぐに振り返り先頭の車両へと向かった。




