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デス・エージェント―死の代理人  作者: 金城 ユウ世
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渇きと衝動


 俺は一体何の為に生まれて来たのだろう。

 俺はこの世界に存在している必要があるのだろうか。


 拳が、空を鋭く切り裂きながら自分の顔を目掛けて迫り来た。

 半身になってその拳をかわす。

 息つく間もなく、別の拳が再び自分を狙って襲いかかる。


 夢とか希望とか幸せとか、そんなものは全て空虚なまやかしに過ぎないのだろう。

 この世界に必要とされた者達の、持て余した心を満たすために作られた麻薬のようなもの。きっとそうに違いない。


 自然と体が反応し、その拳を再度ぎりぎりの所でかわす。こんなのは慣れたものだ。

 ペットボトルのキャップを開け、ゆっくりと水を口に含むのとさして変わりない。

 思わず口の端が上がり嘲笑的な笑みが溢れた。


「くそっ……舐めてんのか!」


「調子乗りやがって……!」


 目の前の2人が顔をしかめながら毒づいた。


 ああ?

 調子に乗ってんのはてめえらの方だろ?

 薄っぺらな威勢でいい気になってんじゃねえ。


 胸の奥から燃え上がる炎のように衝動が込み上げる。

 体中の血が一斉に沸き立ち、脳内の回路がバチッと切り替わるのを感じた。


「おらあああ!」


 2人に向かって素早く踏み込み、手始めに左の男のみぞおちに拳を見舞う。


「ぐほっ……」


 男は苦しげな声を上げ、腹を抑えて丸まった。


 まだだ――


 下から拳を突き上げて顎を打ち抜く。


「うがあっ」


 男は勢い良く後ろへ倒れ込んだ。

 無様に腹と顎を押さえてのたうち回っている。


 じろり。

 もう1人の男に目を向ける。

 目の前の光景に男は顔を引きつらせているが、それでも果敢に向かってきた。


 その心意気は買ってやろう。

 だが勇敢と無謀は紙一重だ。


 男の拳はまるでそうなることが予め定められていたかのように、顔の横で虚しく空を切った。

 懐に踏み込み、男の肩を両手で掴んで腹に思い切り膝蹴りを入れた。


「がっ……!」


 男は膝から崩れ、腹に手をあてがい苦しそうに喘いだ。

 勝負の行方はあっという間に決した。


「みっともねえな」


 眼下に無様に這いつくばる2人の男を見下ろしながら吐き捨てる。

 込み上げていた衝動は急激に収束していった。

 そのままくるりと踵を返し、路地裏を出るとまるで何事もなかったかのように街中の道を歩き始めた。



◆◇◆◇



 あーあ、またやっちまったな――


 河川敷の上の道を歩きながら軽い自己嫌悪に陥る。

 はあ、と小さく溜息をついた。


 こんな毎日に何の意味があるのだろう。

 春に高校に進学してから早くも半年が経とうとしていたが、学校での時間は退屈以外の何物でもなかった。

 授業中に教師の口から語られる内容は、耳を右から左に素通りして行くだけだ。

 部活にだって入ってはいないから、退屈な授業を終えると意味もなく街をうろつき回るだけだった。


 道中で立ち止まり、右手にある河原の斜面を降りる。

 そのまま斜面の中腹で草の上に腰を下ろした。


 いつも、授業後に学校からまっすぐ家に帰るという選択肢は毛頭なかった。

 学校と同じで家も退屈な場所に他ならない。

 それに、どうせ家に帰った所で誰もいやしないのだ。


 父親は自分が物心つく前に亡くなったと聞いている。

 それ以来、母が女手一つで自分を育ててくれたわけだが、その母も忙しそうに働き回り家を空けていることがほとんどだった。

 退屈な学校と空っぽな家を往復する毎日に彩りはなく、いつも心の中にぽっかりと穴が空いているような感覚を拭い去ることが出来なかった。


 足を投げ出し、両手を頭の裏で組みながら斜面に寝っ転がった。

 見上げる空は相変わらずどこまでも果てしなく続いている。


 そうした日々の空虚さに対する反動でもあるかのように、言いようのない荒んだ衝動が沸き起こる時があった。

 街を1人で宛もなく歩いていると、年頃の不良達に絡まれることも珍しくはない。

 半ば、内心自分自身でそれを望み、挑発的な雰囲気を醸し出していることも否定できない。


 売られた喧嘩は喜んで買っていた。

 内なる衝動に任せて相手を殴り、蹴り飛ばした。

 一度スイッチが入るともう自分を制御出来ない。

 喧嘩の腕前だけは誰に教えられたわけでもないのに、幼い頃から天賦の才能を持っていたと言って良かった。


 だが、相手を叩きのめした後には、それまでと変わらない空虚な気持ちが待っているだけだ。

 それでもまた、懲りることなくそうした衝動に身を任せてしまう自分がいる。


 今日もまた――


「ふう……」


 目を閉じて視界を遮った。

 夕焼け空の残像が瞼の裏に張り付いたが、次第にそれは薄れて真っ黒な世界が広がっていった。


「エーイジー!」


 頭上から自分を呼ぶ声が聞こえた。

 カシャン、と自転車を止める音が聞こえ、その声の主が斜面を降りてきた。


「なんだよ、アイ」


 アイが頭の上から自分を覗き込んでいた。


「帰り道で偶然見つけちゃった。それにしてもエイジ、この河川敷好きだよね」

「そうか……?」

「よくここでぼうっと夕日眺めてるよね。大体そんな日は何かあった日なんだけど……」


アイはエイジの横に腰掛けておかしそうに笑った。


「ねえ、もしかして今日も何かあった?」

「うるせえな、何もねえよ」

「あー、絶対ウソついてる。もう何年の付き合いだと思ってるの、甘く見ないでよね」


 彼女の名前はイチノセ・アイ。

 エイジの小学校時代からの幼馴染だ。

 社交性が高く友達の輪も広いアイは、クラスでも人気者だった。


 それとは対照的に、自分の殻に閉じこもり人を寄せ付けない雰囲気も醸し出しているエイジには友達が少なかった。

 だが、アイとは不思議と気が合った。

 どうやらアイもそれは同じようで、幼馴染ということも相まって2人は自然と一緒にいることも多くなっていった。

 アイはエイジが心を開いて飾らずにいられる数少ない存在と言って良かった。


「また喧嘩でもしたんでしょ?」

「……絡んで来たのはむこうだからな」

「懲りないなあほんと……もうやめてよいい加減。大きなトラブルに巻き込まれてからじゃ遅いんだからね」

「いいよ、どうなったって」

「よくなーい!」


 アイがこちらに身を乗り出し、右手の人差し指をエイジの顔の前に立てて抗議の意を示した。


「私が悲しんでも良いって言うの?」

「分かった分かった、もうしません」

「ほんとかなー。いつもそう言ってるからなあ」


アイは疑わしげにエイジの顔を覗き込む。


「ほんとだよ」

「じゃあ、これ」


アイはそう言うと、今度は右手の小指を立ててエイジの方に近付けた。


「指切りげんまん」

「いや……俺達もう高校生だぜ……」

「いいの! こうでもしないと君はまたすぐ暴れちゃうんだから」

「勘弁してくれよ……」


 エイジは嫌々ながらもアイに押し切られる形で右手の小指を立て、アイと指切りをした。


「はい、指切りげんまん。約束だからね!」

「分かった分かった」


 アイは満足そうに前に向き直った。


「喧嘩よりも楽しいことなんていっぱいあるのに……そうだ、ねえ明日の放課後って空いてる?」

「どうしたんだよ急に……」

「どっち? 空いてる?」

「まあ空いてるけど」

「やった、じゃあ一緒に映画観に行こ! 最近評判のやつがあってね、観に行きたいなーって思ってたの。みんな口を揃えて面白かったって言ってるからもう気になっちゃって」

「映画か……しばらく観てないな」

「よし、決まりだね! じゃあ明日の放課後、18時に駅の近くの映画館前に集合ね。私その前にちょっと用事あるから現地に直接集合で」


 相変わらずの即断即決だ。

 そのさっぱりした性格がまた居心地が良かったりするのだが。


「分かった」

「楽しみ!」


 アイはそう言うとちらっと携帯の画面を見た。


「あっ、もうこんな時間……急いで帰らなくちゃ」


 アイは素早くカバンを持って立ち上がる。


「じゃあ今日はここでね。ちゃんとまっすぐ家に帰りなさいよー」

「分かってるよ」

「どうだかー」


アイはそのまま斜面を軽やかに駆け上がり自転車にまたがった。


「また明日ねー!」


こちらに軽く手を振り、アイはそのまま自転車に乗って走り去って行った。



◆◇◆◇



「ターゲット、サクラバ・エイジ。先程自宅へと帰宅しました。時刻は午後19時27分」

「ご苦労。ターゲットの明日の予定は分かったか」

「はい。明日は18時に駅付近の映画館前にイチノセ・アイと待ち合わせ予定です」

「分かった。では当初の予定通り、作戦は明日決行だ」

「ラジャ」

「頼むぞ。いよいよだ……」

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