プロローグ 私が街に暮らす理由
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大通りに面した居酒屋の中、自分がいつも座るカウンターの席に座っていると、酔っぱらった労働者達が寂し気な雰囲気と共に静かに酒を飲んでいる。
こうして居酒屋に居ると街の事がよくわかる。酒が入ると人は気が緩み色々な事を話すからだ。
――最近の話題はもっぱら、このハルシュ国の国王イルドについての話だろう。
民に愛されていたイルドが病に倒れ他界し、国中が悲しみに包まれている。
それと同時に、今までイルドが築き上げた近隣諸国との平和な世にも影響があるのではないかと民は憂いている。
そして民の不安が一層強まったのは、新国王になるはずの王子が、王位を継承しないという噂が街中に流れているからだ。
王子は、存在こそは民に知らされているが、式典や公務で民の前に出たことがなく、民の間でも王子がどんな人間か知るものはいない。
この噂は半分正解で半分間違っている。
新国王になるはずの王子は王位を継承しない。――そう。今はまだ。
しばらくはイルドの側近であった者が国王の代理を務めることになっている。
王子はいつかは国王の座につくことになるだろう。
国王不在というこの事態に悲しんでいる者ばかりという訳ではない。
この事態を好機と捉え悪事を働こうとしている者もいると聞く。イルド在位中から国家転覆を目論んでいた反乱組織が暗躍し始めたり、近隣諸国も、イルドが中心となって結んでいた平和条約を見直し、この国の豊かな資源を狙っているという動きも見られている。
私、メイルは、ハルシュを守る義勇団「イルガード」に所属していることもありそういった動きは自然と耳に入ってくるのだ。
イルドはよく「民の幸せを思うなら民の言葉に耳を傾けよ」と教えてくれた。
そのためにイルドはよく、城を出て街を歩き民の話しに耳を傾けた。時には居酒屋に立ち寄り民と共に酒を飲んだという話も聞く。
民に愛される理由はこういった姿勢にあるのかもしれない。
私はイルドが民をどれほど思っていたか、民にどれほど思われていたかを知っている。
なぜなら、イルドの国王としての仕事をずっとそばで見てきたからだ。――そう。王位を継承しない王子、つまりそれは私、メイルなのだ。
――時に王子として。――時にイルガードの一員として。
イルドが亡くなる数日前、私はイルドに「必ず、ハルシュの平和と民の幸せを守る」と固く誓った。
イルドが亡き今、私は、誓いの通り、このハルシュを守り、ハルシュの民を幸せにできる国王になりたいと思っている。
私が国王になる日。――つまりそれはイルドが築き上げた平和な世を再び取り戻した日なのだ。
そのために私はイルガードの一員として身分を隠して街に暮らし、民と共にハルシュを守る事にした。