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6.嗚呼、また夜が来る

日常パートです。一日一話更新


「ちわっす」


 一日とは早いもので、意識せずに時間の流れを感じていると、すぐに過ぎ去ってしまうものだ。6時間目も終わり、すぐにでも岐路に尽きたい心境ではあるが、文化祭実行委員という肩書きがそれを許してくれなかった。

 放課後の夕焼けに照らされてはしゃぐような声を上げながら部活に明け暮れる生徒達を尻目に、校舎の二階の端まで歩を向ける。

 校舎は三つあり、すべてが四階建てであり、職員室などの重要な教室は各階に教科ごとに分かれている。

 三番目――もっとも西に位置する校舎の二階にある部屋、会議室。扉をくぐると、そこにはほとんど顔の知らないメンバーがそろっていた。

 顔を知らなくて、メンバーとはおかしな話だが、なんとなく彼らには砕けた空気があった。知り合い同士の堅苦しくない空気。

 何人かはこちらに挨拶をしてくれた。少しは知っている顔だった。

 教室と同程度の広さである。部屋の中央には縦長机が四つ南へ向けてならべられており、縦横に椅子が置かれていた。

 椅子の前には学年とクラスが書かれている。

 一礼して自分のクラス、『二年B組』の席に着き、脇に携えた鞄を置いた。


「え〜と、B組の故烏クン、と……これで全員?」


 席について辺りを見渡す暇も無く、けだるげな女性の声が響き渡った。

 それに応えるように会釈する。

 『三年A組』と書かれた席に座っていた女性の声のようだった。その女性は 手元にある資料を広げて、人数の確認をとっている。

 白眉芳乃を見た後ではかすんでしまうが、かなりの美人だった。

 少し眠たげな――どこか投げやりな目線を差し引いたとしても端正な顔立ちだということに疑いを挟む余地が無い。

 むしろその、マイナスにしかならなそうな目線が彼女にかかればおしとやかな印象に変わってしまうほどだ。

 抜群のプロポーションにさらさらの長い黒髪を持つ、紛れも無い美人だった。


「みたいですね」


 それに応えたのは透き通ったボーイソプラノだった。

 自然にそちらに視線がいく。

 『一年C組』と書かれた席に座った少年。

 背は低め、端正でまっすぐな顔立ちをしている。

 どこか聞き覚えのある声だった。


「ん?」


 思わず首をひねってしまう。

 その声の主を思わず凝視してしまった。


「あ――」


 不意に脳裏で、ある記憶が再生される。

 昨日、校舎裏――


(そうだ、白眉芳乃に告白してた……)


「世界って狭いねえ……」


 予期せぬ邂逅に小声で嘆息してしまう。それと同時に覗き見した罪悪感がむくむくと出てくるのが解った。

 幸いにも議題が提示されたらしく話し声がいろいろ出ていたので、独り言は聞かれることはなかったのが唯一の救い。

 まあ偶然とはこんなものだろう。

 意識を切り替える。気にしていたとしてももはやどうしようもないことだ。

 開幕の話題は終了したらしい。

 何事か書留られた黒板の内容をとにかく脊髄反射的に書き写し、耳を傾ける。


「では、次に文化祭のミス・コンテストのことですが……」


 その瞬間、確かに空気が変わった。

 参加している全員からほとばしる妙な期待感。

 思わずのけぞってしまいそうになる身体を押さえる。


「……あの、流香りゅうかさ……いえ、湖島こしま先輩」


 そんな状況で、『2年A組』と書かれた席に座っている女子がおそるおそると手を上げた。

 ヴィジュアルは普通。ショートカット。

 親しいのか、一瞬、親しげな口調で名前を呼び、慌てて堅苦しく訂正する。


「何?」


 呼ばれた名は『三年A組』の――この議会の進行をしている女性の名前だったらしい。

 女性――湖島流香はけだるげに顔を上げて、質問した少女を見据える。


「白眉さんは……この企画に、参加してくれるのでしょうか?」


 その言葉が、キーポイントだったらしい。


「そうです! ミスコン成功には『アブソリューター』の力が無ければ……」


「です! 彼女が出ないミスコンなんて、炭酸の抜けたコーラみたいなもんですよ!」


 あちこちから疑問の声が飛ぶ。教室中がにわかに活気付き始めた。

 先ほどのぐでっとした空気とは明らかに違う。

 というか――


(こいつら、実はこれだけが目的だろ……)


 明らかに熱の入れ方が違う。


(まあ、それでも……)


 あの、白眉芳乃を見たのなら当然のことなのかもしれない。

 油断すると頭に浮かんでくるあの美しさは、あの存在感は、あの、顔は――


「反則、だよなあ……」


 場が、しん、と静まり返った。

 心臓が跳ね上がる。


(しまった!? 口に出てたのか!?)


 独り言をいう人間――さぞかし怪しい人に見えたことだろう。

 恥ずかしい、穴があったら入りたいとはこういう気分だろうか……

 割と本気でへこみかけた時、みなの目線が向いているのはこちらではないことが解った。


「……金城」


 向かい側の一年が呆然とした声を出す。みなが注目しているのは、『一年C組』の、白眉芳乃に告白したあの少年だった。金城、というのが彼の苗字らしい、名前かもしれないが。


「みんな、おかしい。それはおかしいよ。まるで白眉さんの都合も考えてない」


 静かに、強い口調を持って少年は言葉を発する。


「白眉さんが出たいっていうならともかく、周りが勝手に白眉さんの行動を決めるのはおかしいことじゃあないか」


 決して強い口調ではない。だが、こめられた深い意思が言葉に印象を与えている。必死なのだろう。真摯さが伝わってくる。


「それはそうだけど……でも、企画の成功には目玉が必要なんだよ。ミス・コンテストなんだから、一番の美人が出てないと皆も納得できないだろう?」


 『二年A組』の席に座る男子が反論を口にする。


「それはいい。それは良いんです。けど、議題が進んでないでしょう。みんな聞いてるだけじゃあないですか。そうじゃなくて、出場してほしいなら、誰かが依頼しに行かなきゃならないと思います? それは誰にするか、ってことじゃあないのかなと」


「むう……」


 その反論に金城少年は理路整然とした意見で応えた。教室中が複雑な声を上げる。

 まあ、確かに順当な意見ではある。だが――


(まっすぐすぎる意見ってのはねえ――)


 甘い。あの白眉芳乃に話しかけるということがどれほどのハードルなのか、彼には理解し切れてないだろう。

 高すぎる美貌は誘蛾灯と同時に障壁ともなってしまう。美人に話しかけると気後れしてしまうのだ。

 つまるところ、この熱狂振りは誰もが自分のリスクを軽減したいが故に、誰かに彼女を誘わせる義務を作るためのもの。

 白眉芳乃を必要としているのは多数派だというアピール。

 こうなれば後は『自主的に』または『民主的に』多数決でも何でも誰かを動かすことが必定となる。

 自主的に、というのはこの場合存在しない。

 となると、民主的にという方法しか残らず――

 義務に後押しされたといって昼休みでも取り巻きの多い白眉芳乃に話しかけられるという大義名分。

 自分は行動せず、白眉芳乃を水着審査などもあるようなミスコンに参加させるという目的を達成できる可能性。

 この甘すぎる二つの果実のどちらかを得られる状況に持っていけるのである。

 この流れになるのは当然といえた。


 と、そこまで蚊帳の外といった態度をとりながら傍観していたが、不意に、信じられない言葉が発せられた。


「ああ、でも確か故烏クンが誘ってくれたんですよね? 白眉さんを」


「へ?」


 二年C組の女子生徒が小首をかしげながら質問してきたのだ。完全傍観モードだった精神が、突然、水を浴びせかけられたかのように凍り付く。

 心臓が跳ね上がる。一体なんなのか、と危うく質問しそうになったところではた、と気づく。


(あ、やばい……白眉さんにミスコン誘ったってことになってるんだよな、俺……)


 クラスの追撃を辛くも乗り越えた一世一代の嘘を思い出して頭を抱えたい気持ちをなんとか押さえ込む。


(ばれる? 俺が嘘ついてること……)


 まずい、非常にまずい。


「ええ、ただ相手は僕のこと覚えてないかもしれませんよ?」


 なるべく『すげなく断られた』風体を演じながら苦笑を表情に浮かべてみる。


「あ〜まあ、彼女こういうイベントに興味なさそうだもんねえ……」


 相手はこちらの言葉を疑うことなく受け入れているようだった。

 ばれてない。嘘だとはばれてない。

 と、すれば……


「じゃあ、僕がもう一回頼んでみましょうか。今度は皆さんの意見だ、っていうことも含めて伝える感じで」


 この発言の教室中の空気が一気に加速した。


「ああ、そうだねえ、一回話しかけてるわけだし、二度のオファーってのはこちらの誠意も伝わりやすいかもしれない」


「うん、いいねえ。ありがとう故烏クン」


 あちらこちらから惜しみない『ありがとう』が送られる。

 それに照れたそぶりを見せながら、胸中で深いため息が連続していた。


「では、続いて、各クラス、クラブの出店の――」


 熱気が徐々に収まり、祭りの後のような気だるさが支配する教室を、最初に指揮をとった、『三年A組』の湖島先輩が牽引していく。

 だらけた空気の中で、雄平の脳はめまぐるしく今後の展開を予想し始めた。

 ふと、視線を感じる。

 そして、気づいた。『1年C組』の少年から、複雑な感情のこもった視線が送られてきてることを。


(やれやれ……)


 ……どうやらまた厄介なことになりそうだ。




 後の会議はグダグダに終了した。結局、具体的なことは現場に放り投げることで意見がまとまり、終幕を見る。

 ……こんな人たちが未来を作ってっていいのか? とちょっと心配になってしまった。

 まあ、しかしそんな心配などしている暇は無いのだ。白眉芳乃にもう一度コンタクトをとる。これは自動的に達成される。なんせ『夜』に入れば彼女とは逢える。これは問題ではない。

 問題は別にある。

 噂というのは広がるのが早い。自分と白眉芳乃の逢瀬(と呼んで良いのか迷うが……)がこんなに早く広まったのは間違いなく目撃者がいるからだろう。

 人間はえてして会話に関する欲求に弱い生き物である。まあ、自分の知った秘密の大きさに言い出せないパターンもある。

 しかし、あの場に居た人間は自分が芳乃に逢っていたと明かされたとき、驚きではなく、納得の視線を送ってきたのである。

 これはもはや予断や余裕を許さない状況まで噂が広まっているのが妥当であろう。

 希に噂の修正の依頼を出したのが功を相したのか、幸いにもこちらの不利益になるような、捏造はなはだしい噂はまだ広まってないようなのが救いである。

 広まっているならそもそも最初に自分の名前が出たときに、追求されているだろう。

 つまるところ問題は別にある。

 それは――


「あの、故烏先輩……」


 誠実そうな声。

 まっすぐな口調。


「はいはい? 何?」


 不思議そうな顔を作る。

 話しかけてきた少年は、白眉芳乃に告白した、一年C組の――


「白眉さんとはどんなお話をしたんですか?」


 あの、少年だった。


「ん〜……そうだねえ、ええっと……」


「金城といいます。金城洋介」


「金城君、か。ええとね、何でそんなことを?」


 少年の顔は疑念と好奇心の入り混じった複雑な表情をしていた。まあ、それはそうだ。実質的に断られたとは言え、仮にも告白は『返事待ち』の状態なのだ。しかし告白した当日、別の男といい雰囲気のスポットで密会していたなどと――


(そりゃあ、気になるよなあ……しかし……)


 顔も名前もほとんど知らないであろう他人に躊躇いながらもまっすぐに声をかけられるというのは――


(本気だねえ……)


 アイドルに対する憧れのような感情の延長ではない。恋心。本当に人を好きになるということ。

 ここまでの力を出せるということは、彼の思いは本物なのだろう。人を好きになるということは本当に、強い思いを生み出す。


(だからなあ……あんまり敵に廻したくない)


 ふと心に何か引っかかる。何か昔、こんな気分になったことのあるような――そして、その時の自分は、それに――


「僕、白眉さんに告白したんです」


 はっきりとした口調で放たれる声に、吹き飛びかけた思考が現実に引き戻された。


「はあ……そうなのか」


 思わず曖昧な受け応えになってしまった。しまったと心の中で舌打ちする。


「……驚かないんですね」


 どきりとする。


「十分驚いてるよ……あんまり驚きすぎて声が出なかっただけ。それに大きな声上げると変に思われちゃうかもしれないしねえ」


 場所は日の落ちかけた校舎の廊下。部活が終わる時間であり、着替えなどの為に人の気配が結構ある。


「あ……」


 それに気が付いたのか少年は恥じ入るように顔を伏せた。真面目にもほどがある……とは思わなかった。行動に誠意がある。しかし彼はふざけられるところはちゃんと崩せる人間だった。

 話し合いの時にあれだけのことを言っておきながら文句を言われなかったのは彼の人柄によるものだろう。会議室で話し合いが終わった後に、同じ一年生と笑顔で談笑していた彼を思い出す。


「いやいや、かまわないよ。それにしても驚いたなあ……いや、俺は白眉さんのことをほとんど知らなかったんだけどね、昨日会ってみて解ったよ。なんでここまで人気があるのか」


 次に浮かぶのは喫茶店で話した時の白眉芳乃の顔。しかしその顔はすぐに消え、『夜』の時の彼女の顔になる。

 猛々しく、美しく、華麗に、溌剌と――。

 『流麗雹華』という脆く儚い仮面を撃ち捨てて、動く彼女の顔。そして最後は昨日の登校の時に見かけた顔だ。

 哀しげに微笑を浮かべる。雹華な花。

 何を恐れているのだろう。

 何を畏れているのだろう。

 その悲しみは、怖さに胸を押しつぶされる悲しみだ。

 自分も、過去味わったことが――。

 過去?


 不意に、立ちくらみがした。


「……先輩?」


 まただ、また思考に没していた。金城少年の心配そうな声に引き戻される。最近、思考に没入して会話がおろそかになることが多い気がする。


「あ、ああ。すまない。やっぱり白眉さんを誘うの引き受けなければ良かったんじゃないかな、って思って」


 勤めて明るく声を出す。また、思考が逃げていく。

 ……大切なもののような気がするのに。


「……それは、僕が変なことを言ったからですか?」


 聡い。そして、敏感すぎる。

 人が人に悪意を簡単に抱かせることをを知っている。


「あ、いや。そういうわけじゃない……周りに乗せられる形で決められたから、後悔してるだけ」


 取り繕うようにそう返した。とにかく告白の話題を避けなければならない。

 何せ目撃していたのだ。その現場を。ボロが出てしまう可能性がある。

 それに――

 彼の語る白眉芳乃と自分の持つ白眉芳乃のイメージは異なりすぎていると思う。


「そうですよねえ……あそこで先輩の名前出すなんて……完璧に決まっちゃいますよねえ……」


 苦笑しながら話す金城少年の顔に悪意は無い。

 自分の好きな人のところへ男が行くというのに、一切無い。


「いや、正に正に。あの空気は無いと思うわ」


 茶化すような口調で笑いあう。いつの間にか、ほとんどが初対面だという事項が頭から抜けていた。

 しばらく話すうちに会話がとんとんとキャッチボールされていく。いつの間にか二人で雑談に夢中になっていた。


「だからあれですよあれ。ドッキリっていうんですか? ああいうのはちょっと無いと思うんですよね? 水の中に突き落とすとか高所恐怖症にバンジーやらせるとか。結構マジで死に掛けるのとかあるじゃないですか……とか言いながら笑っちゃうんですけどねえ」「いや、わかる。アレは無いと思うわ。俺やられたらマジ切れするよ絶対。あれでギャラ五万切ることもあるらしいぜ?」「マジですか?」「マジらしいぞ……しかし、他の番組になると最近暗いニュースばっかりだなあ」「いや、そういうもんだと思いますよ? 暗いニュースのほうが事件性があるから追いやすいですし。人間ってのは以外に幸福を見せ付けられるとむかつくんじゃないですかね?」「ああ、なるほど。確かに不幸なニュース見て『怖いねえ』とか言ってる奴らって平気な顔でいじめとかやってたりするもんな。絶対気にしてないよなあ」「まあ確かに矛盾が多いですねえ。今の世の中」「だよなあ。どうなってしまうことやら」「頑張って変えてみましょうよ! ……先輩が」「丸投げかよ!」「いや、これは信頼ですよ! もっとも高潔な感情!」「うわ。詭弁って始めてみたよママン……」「僕は部活で忙しいので無理です」「身勝手だなおい!? てか部活やってるんだ?」「ええ、卓球。まあ試合とか出るほど本格的じゃないですが」「ふむう、楽しい?」「ええ、楽しいことは楽しいです。しかしまあ……どの部活にもあることでしょうが先輩が厳しい。つかぶっちゃけウザいと思うこともあったり……」「ま、宿命だな。俺帰宅部。最強だぜ俺の部活は」「いや、最強すぎますから。誰も勝てませんて」「戦う相手がいないからな」「正にそのとおり。……先輩はなんか部活やろうとか思わなかったんですか?」「いやいや、理由があってだな」「ほうほう」「家の馬鹿両親は両方とも単身赴任なんだよ。子供一人置いてだぜ? 信じられるか?」「ええ!? ハードすぎませんか?」「そうなんだよ、家事って意外ときついのよこれが。炊事はいろんな器具や調味料がややこしいし、掃除は範囲や手順が意外と多い」「ほへえ……」「ま、一人暮らししてみれば解るさ」「ですか……ですよねー」


 楽しかった。正直に、楽しかった。会話なんてそういえばついぞしたことが無かったのを思い出す。語り足りないほど言葉が生まれてきて、不意に切なくなった。

 ――希。

 いつもそばに居てくれる友人の顔が浮かんだ。本当に、ありがたいのだと思った。誰も居ない家に居て、それでも寂しさから眼を逸らせていられたのは、希のおかげであることは間違いない。

 そして、白眉芳乃。今日あったとき、もう少し踏み込んで話してみようかな、と思う。あの空間で、独りでいることは絶対に駄目だと思うから。


 一気に話し、息が続かなくなって、金城少年と同時にひと息をついた。少し沈黙が広がる。外を見るとかなり暗くなってきていた。

 人の気配が無い。


「……先輩」


 不意に、金城少年が口を開いた。その声音は先ほどの雑談の時と違う。眼を伏せ、真剣な顔で、金城少年は言葉を発する。

 強い口調だった。


「僕が白眉さんのこと好きになったのは――『流麗雹華』――学校の人気者で、美人だから彼女に欲しいとかそういう気持ちじゃなくて……眼が、凄く寂しそうだったからなんです」


 その言葉に、脳髄が電撃を受けたように衝撃を受けた。


「寂し、そう?」


 気づいていた。金城洋平は見抜いていた。彼女の視線を、彼女の秘められた意思を。思わず、オウム返しに聞き返していた。


「はい。上手くは言えないけど、たくさんの友達と一緒に居る時も、なんていうかどこか別のことを思ってるんですよ」


「……」


「ただ、同情ってわけじゃないです。これだけは言って置かないと……僕は自分が同情されるのが嫌いな人間ですから」


「ああ、そうなんだろうね……」


「理解したいんです。白眉さんの痛み。そして、分かち合ってあげたい。半分にしてあげたい。背負ってあげたい。そういう気持ちが沸いてきたんです。心の奥から。人と会話している時にさえ消せない痛みは、独りで背負うにはあまりに重いですから……」


 同情になってしまうのかもしれませんが、と沈痛な面持ちで金城少年は締めくくった。


「すごいねえ、君は……」


 多分、ここまで言える人はそう居ないだろう。強い思い。だけどその想いは……その強さは――


(人を、潰すぞ?)


 思わず口にでかかった言葉を思わず飲み込んだ。ひどく傲慢な思考だったと反省する。一人の少年の心を尽くした思想に、あまりにも一般論ですげない解答だったからだ。

 自分の言葉じゃないような気がする。一度も恋をしたことの無い自分が、思いを計るというのか。しかも、まだ何も知らない白眉芳乃の気持ちを――。

 それは筋違いだ。


「すいません、こんなこと聞いてもらって……」


 ふと、外を見るともう日が傾いていた。燃えるように赤い空気が、冷え冷えとする黒い夜気に変わりつつあった。


「ああ、いや。いいよ。俺も楽しかった」


 自然に顔がほころぶのを抑えることが出来なかった。


「はい、じゃあ僕はこれで……また、明日」


 こちらの微笑に応えるように金城少年は笑顔を浮かべ、手を振りながら、背を向け歩き出した。残された体で会話の熱をかみ締めるように笑みを浮かべる。

 外の闇が視界に入った。これからこの暖かさとは無縁の場所へ行くのだ。

 ――嗚呼、また夜が来る。




次は戦闘パート

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