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2.朝に

投稿するのが恥ずかしいです。でもこういうのを超えてうまくなりたい。


「ってオイ!」


 故烏雄平は目覚まし時計をぶん殴りながら思いっきり叫び声をあげた。

 うららかな朝日がとてもまぶしい健康的な朝である。


「はあ!? ええ!? 何これ!? いや、わかってたよ? わかってま〜し〜た〜よ? けどねえ……けどねえ」


 凄い脱力感が肩にのしかかる。

 電灯の下で眠りに付いたのだ。まさかあの少女が運んでくれたのか? と思ったが家を知ってるわけもなく、

 つ、ま、り、は、


「夢オチぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 悶えながらベッドに転がる故烏雄平、高校生二年生(17)。


(……うわ、きっついって)


 我に返る。

 自分のビジュアルを想像して頭痛がするってどうなんだろう、と本気で頭を抱えつてしまう。

 いたたまれなくなってベッドから起き上がった。

 頭を触ってふと頭の違和感に気がつく。八畳ほどの広さである洋風な自分の部屋を見渡し、机の上にある鏡を引っ張ってくる。

 案の定すごい寝癖が付いていた。さっき転がりまわった代償である。

 鏡に映るのは、髪の毛がぴょんぴょん跳ねまくっている以外はこれといって特徴の無い男、つまり自分。背は高くもなく低くもなく、顔は一年時にバレンタインの時告白を受けたので、そこそこであることはまあ、客観的な考察としてあると思う。

 ……ちなみに交際はお断りした。

 いや、告白の文句が『彼氏がムカつくからあなたに乗り換えるわ。そこそこかっこいいし』って……

 ブルーです。非常にブルーです。


「しっかし……何なんだあのわけのわからん夢は……」


 美少女とボーイミーツガールする夢である。


(夢分析したらどんな診断が帰ってくるんだろ〜な……)


 想像してなんか怖いことになりそうなのでやめた。

 暴れる寝癖をなんとか調節し、クローゼットを開ける。そこには同じような服が並んでいた。その中から適当に一枚服を選び、パジャマから着替える。

 学校は私服がOKである。だが自分は、ファッションをいちいち選ぶ手間は至極面倒くさいと感じてしまう性格だった。

 裸になると朝日がじりじりと痛い。


(もう11月だってのに……)


 着替え終わってからまた大きく伸びをして、ため息をつきながら扉を開けて階段を下りる。二階建ての一軒屋には自分以外の人の気配がまったくしない。

 理由は実に簡単。

 父親は単身赴任。母親は父親についていった。あの歳になっても仲が良すぎる両親ってのは正直どうかと思う。


「はあ……」


 ため息をつき時計を見た。七時二十分。まだまだ時間は有り余っている。

 そんな時、玄関のチャイムが鳴った。


「はぁい?」


 こんな時間の来客に少しいやな予感がしながら、来客用の高い音程の声を出して、ぱたぱたとスリッパを鳴らし出ると、


「おはようにゃ〜」


「変態なら間に合ってます」


 扉を閉める。


「ああう! 嘘嘘! ちょっとノリ悪いよ雄平!」


 脳がカチ割れるほどのボーイソプラノ。ゴッドテノールとでも言うべきか。


「ていうか何の用だよ希?」


 しぶしぶながら扉を開けて声の主、上石希かみいしのぞみを睨みつける。

 その声の持つイメージに寸分たがわず女性然とした容貌の持ち主である。

 つやつやと、嫉妬されたとぼやいていたほどの黒髪を肩の辺りまでたらしていて、ぱっちりとした眼に優しげな雰囲気を発散していた。

 何の変哲も無い服もこいつが着るとモデルが紹介する夏の新しい流行物かというくらいに映える。

 背も低く、男性ホルモンのバランスがどうなんだろうと心配するほどの美少年っぷりである。というか……女性顔すぎる。


「何って失礼だな、雄平は。もちろん朝のエスコートに……」


「変態は間に合ってます」


「ああう……また閉めるなよぅ!」


 もう一度扉を閉めようとするが、希は扉をしっかりと押さえて強引にあけている。


「上目遣いは止めろ! つかなんだその無駄なスキルは! お前はアレか。押し売り業者か!」


 その殺人的な可愛さに思わず胸を高鳴らせてしまったのは一生の不覚として胸にしまいこんでおく。


「失礼な! 僕は健全たる一般高校生だというのは同じクラスである雄平が一番良く知ってるじゃない!」


「一人称が素で『僕』な上に入学早々に男から告白を受けるようなヤツがまともか!」


 呆れた顔で頭を抑える。先ほどの自分の変態っぷりを軽く凌駕(自分主観でだが)されると頭を抑えたくもなってしまう。


「その話は駄目だよぉ……ていうか何で知ってるのさ!」


「いや、学校中のうわさだったし」


「うそぉ!?」


 仰け反りながら驚愕の表情を浮かべる幼馴染に苦笑する。

 希とは家が近所であるためよくつるんで遊んでいた。

 家族ぐるみで仲がいいため、彼の情報は結構親御さんから聞いてるわけで、本当はまったく知られない。


「のぉう……」


 苦悩する幼馴染を無視しながら苦笑する。


「んで……何の用なんだよ本当に」


 ため息をつきながら希に問う。


「ちょっと雄平……マジで忘れてる?」


「……何かあったか?」


「うわマジだよこの人!」


 指を指されながら頭を抱えられる。

 ……なんか腹立つな。


「今日は、雄平にご飯を作ってもらう日じゃないか!」


「…………………」


 そんな日は、無い。というか朝飯を喰う習慣が無い。ゆえに、


「さあて、いこう」


 無視。 


「ちょっとちょっとぉ! 何爽やかに僕の存在を無視してるの!?」


「ああ、居たっけ」


「散々受け応えしてその反応……完敗だよ……って普通に無視してる!? 嘘嘘!」


「ああん?」


「本当は雄平の両親が近々帰ってくるらしいからそれを言いに……ってもうあんなところに!? 放置? 放置なの? これは何のプレイですか!」


「あ〜はいはい」


 家の両親は希の母の部下でもある。だが二人は忙しい。帰るといっておきながらドタキャンなんてザラだ。

 後ろでわめく希に苦笑しながら学校へ向かう。

 今日もいつもどおりの朝だ。

 もう、見た夢のことは忘れていた。

 ――学校までは。







 衝撃。

 外傷を受けたわけじゃなく単に驚いたという意味合いなわけだけど。


「? どうしたの、雄平。口をあけて馬鹿全開だよ?」


「さりげなくファニーだな希……」


 なんとか希に返答するがほとんど希の声は聞こえていない。

 ふわり、と長い黒髪が舞う。

 どこかあどけなさを残す顔立ち。凛とした雰囲気。

 紺色のタイトなスカートに白い服の出で立ち。

 制服が自由なこの学校にしては控えめなその格好はしかし内面から放出されている魅力によって異質なほどの存在感を放っている。


「なんで――あの娘――?」


 目の前を歩いていた少女は、夢に出てきた少女だったのだから。


「夢、だったよな?」


 思わず自問自答が口をつく。


「? 何、雄平。もしかして……」


 その様子を見た希がいぶかしげにこちらを見据えてきた。


「え、あ、いや。……って何だよその笑いは?」


 思わず眼を逸らすと其処には底意地の悪い笑みを浮かべる希の顔があった。

 少女を凝視していたことを知られ、恥ずかしくなる。

 声がどもってしまったのは不覚としか言いようが無い。


「いや〜まさか雄平が。あのリアリスト雄平くんが女性に興味を持つとはねぇ……」


「女子に対して憧れを向けられないのはお前の所為じゃねえか!」


 はっきり言ってしまえば目の前で意地悪げに笑う女性より『美人』であるこの友人を見て理想が高くなってしまう。

 男のランクがこいつなのだ。『特別な女性』としてみるには周りに立つ人々がくすんで見えてもしょうがない。

 ……面喰いなのか俺は。


「いやあ……まあけど妥当かなぁ。あの『流麗雹花アブソリューター』なら……」


「ちょっとまて、なんだそのアブ……なんたらってのは?」


 急に真剣な顔をしてぶつぶつと独り言を言い出す友人の言葉には、なにやら意味の解らない単語が含まれていて思わず聞き返してしまう。


「雄平……本当に知らないんだねぇ……」


「何だその常識だと言わんばかりの口調は」


 呆れ顔になる親友を見て少し腹が立つ。


「この学校きっての有名人なんだよ彼女――『アブソリュター』、白眉芳乃はくびよしのさんは」


「白眉、芳乃……」


 だが、すぐにそんな怒りも消し飛んだ。


(――笑った)


 夢の中には無い彼女の姿だった。

 隣にいる友人らしい女の子と笑いあっている。

 その周りには沢山の友人たちが寄り添っていた。

 けど、その笑顔は――なぜか哀しそうだった。


(一体……何がどうなってるやら)


 混乱する頭を落ち着けるように、雄平はため息をついた。

 何の意味も無い行動だけど。隣で何事か言ってくる希を無視して校門を抜けた。









「同じ学年かよっ!」


「雄平、知らなかったの?」


 教室に入って、思いっきり突っ込みを入れる。隣で冷静に希が話しかけてくれるがそれどころではない。同じ階層の隣の教室に入っていくのを目撃してしまったのだ。

 あの後、希にいろいろと白眉芳乃のことを聞いてしまった。希の話を聞くとにわかには信じられないような人間であるらしい。

 容姿端麗な上に面倒見がよく人気がある。そしてたいていの勉強、スポーツはこなす。一年の時皆勤賞をとっており、さらに下級生の相談によく乗っているという。そんな人間がいるのかと苦笑するしかないスペックだった。


「まあ雄平はクラスの中とか他人に興味なさそうだもんね〜」


 希が呆れたような口調で肩を叩いてくる。


「そりゃあそうだけどな……いまだにクラスの人間の顔と名前が一致しないし」


 さりげなく失礼な科白だが無視。思考を白眉芳乃に戻す。

 あんな美人を見忘れるだろうか?

 学校行事だってある。あの絶対的な存在感を隠せるものなのか。


(どうも……釈然としないな)


 しかし現実に彼女は存在するわけだし、クラスに入っていくのも見た。あれを夢だというならもう完璧に精神を病んでいる。病院に行くしかない。

 まあ――確かに自分が知らないのは無理もないのかもしれない。クラスとほとんど係わり合いを持ってないのだ。友人と呼べるのは希くらいしかいない。

 話しかけられれば反応はするし、クラスの行事には協力する。けどそれは儀礼的なものであって友情やなんだのという行動ではないのは自分も相手も解っている。

 一人でいいというわけではない。しかし過剰に人付き合いをしたいわけでもない。馬の合うやつ以外に無理に話そうとは思わない。みんな独自のコミュニティを持っていて、今更それを破ろうとも思わない。

 だからこそ人付き合いに乏しいというわけだ。


(『夜』か――)


 白眉芳乃と会った夢のことを思い出す。へたりこんだ道路の冷たさ、毛玉の触手が起こした風圧。恐怖、焦燥。どれをとっても現実感が溢れすぎている。

 あの夢で居た空間を、『夜』だと白眉芳乃――に似た人かもしれない――は言った。

 そして、『もう、恐怖を闇に押し付けることはできなくなった』と。


(比喩的だな……夢に整合性を期待するのが間違ってるのか?)


 夢、そうあれは夢なんだ。そう思おうとしても何かが引っかかる。あの圧倒的なリアリティ。あそこまで鮮明に、死にいたる絶望を見させることができるのだろうか?

 そして何より――


(なんなんだ……あの空間に居たときに感じた『懐かしさ』……)


 胸中でため息をつく。

 そう、あの空間に居たとき強烈な近視感を感じたのだ。死を近くに感じた極限の恐怖の中で自分は茫漠とした懐かしさをあの瞬間感じていた。


「…………はぁ」


 結局のところ解らない。現実的に言えばあれを『夢』だと割り切ってしまえばいいのだろうが、どうしても雄平にはそれができなかった。理性では解っているのに胸の奥のほうから染み出してくるように『あれは夢じゃない』と訴えかけてくるのだ。


(夢じゃなければ説明が付かない……)


 ベッドで寝ていたこと。

 彼女の物理法則に反した動き。

 そして――あの化け物。

 あれは現実なんかじゃとても説明が付かないことだ。


「わからねえ……」


 ため息をついて机に突っ伏してしまった。考えても答えがでない問題のような気がしたからである。


「雄平?」


 心配そうな希の声が聞こえてくる。先ほどから静かだと思っていたがどいうあら心配してくれていたようだった。

 少し嬉しい。やはり持つべきものは友だなと思う。


「ごめん、ちょっと話しかけるのを躊躇うほどキモかった」


 前言撤回。


「お前はもう帰れ!」


「ちょっとした冗談じゃないか!」


 普通にショックを受けたので思わず怒鳴り散らしてしまった。希は驚くように体を仰け反らすジェスチャーをとりながら反論してきた。


「はあ……」


 その態度に脱力する。


「なんだよぉ雄平。今日はなんか付き合い悪いよ? そんなに芳乃さんのことが気になる?」


「ん、ああ……」


 生返事はしかし最悪の方向に受け取られる。


「え、えええええええええええええええ!? 雄平がそんなに女の子のことを気にするなんてっ! もしかして……恋?」


「はあ?」


 その言葉の意味を把握して慌てて否定する。


「ちょっと待て! なんでそういう話になってるんだ!?」


「いや、だって雄平、冷静に考えてみてよ? 昨日まで『女? ナニそれ食べれるの?』って言ってた雄平がいきなり女の子のことを気にし始めて、しかもこの親友たる僕の話に空返事ですよ!? これはもう『友情より恋』という世の中の男性のエゴイズムレイヤー!」


「飛躍しすぎだ馬鹿野郎! ってか俺はそんな失礼なことは言ってねえ!」


 目の前で体をくねらせながら勝手なことを言う希に机から思いっきり立ち上がって雄平は否定する。


「むう……二十人中十九人は同じ結論に達すると思うんだけどなあ……」


「何の統計だ……」


 首をかしげて心なしか不機嫌な希を雄平は半眼で睨みながら、脱力して机に突っ伏した。


「……どう? 文化祭も近いし、校舎を一緒に廻ってもらえば? 意外といけるかもよ?」


「はぁ? 俺は文化委員で実行者の立場だぞ? んな時間あるか」


 野次馬と化した希の声にもはや視線を合わせて会話する意味も見出せず、雄平はため息をつく。

 その瞬間、甲高い授業のチャイムが鳴り響いた。


「ちぇっ……チャイムが……一時間目なんだっけ?」


 名残惜しそうな顔をしながら、希は苦笑する。


「古典」


 ようやく終わってくれたことに安堵を覚え、やる気なく次の授業を教える。


「ありがとっ」


 希は追求もせず、手を振りながら、あわただしく席に戻っていった。


「……惹かれてる、ねえ」


 心にあるのは暖かいような感情でもなく、動悸があるわけでもない。漫画のような展開ではないのかもしれないけど――


「これを恋というなら随分小さいな」


 苦笑しながらいい捨てるには十分な感情だった。












「あいつらは催眠術の訓練でも受けてるのか? ……眠い」


 授業が終わり、出て行く教師を見つめながら雄平はため息をつきノートを閉じた。

 疲労とかそういうものとは一切関係なしに教師たちの声は眠りへの国のパスポートを無料大盤振る舞いである。どれだけ寝ても眠くなってしまう授業には言葉に力があるのだと信じたくなってしまう。

 教師の単調な話口調とか、自分のモチベーションの低さが原因なのだろうか――と無駄なことに頭をひねっていることに気づき雄平は苦笑する。

 とにかく六時間目が終わったのだ。後は掃除をして帰るだけである。


「ああ……めんどくせぇ……」


 ため息をつきながら支度をして教室を出る。希は違う班ですでに掃除に出かけたようだった。希は友達が多い。自分とばかり話してるわけにはいかないだろう。

 階段を下りて靴箱へと向かう。上履きを履いて校庭へ出る。もう気の早い連中は部活の準備を始めていた。

 校庭を横切り体育館へと向かう。中学、高校と同じような体育館だったので大きさはわからないが、決して小さいことはないだろう。

 そう思いながら体育館を横切り裏へと向かう。

 ここが掃除場所の分担だった。


「なんでこんなところ掃除するんだ?」


 閑散とした場所である。木が生い茂っていて、落ち葉が次々とたまっている。確かに掃除のしやすい環境ではあった

 落ち葉は不毛に降り続ける。いっそ木を伐採すればどうだろうと一瞬考えるがいろいろ問題が多そうなので即却下する。結局は益体の無い思考である。雄平は再びため息をつき、箒を手に掃除を開始した。

 肌寒さは感じるものの、うららかな天気である。11月にしては確実に暖かい。


「地球温暖化の影響か? 意外といいことなのかもしれん……」


 別のことに気をとられるとついつい箒を動かす手が止まってしまう。

 いつの間にか来た、同じ班の奴らはもう落ち葉を一つにまとめるところまできていた。


「むう……」


 自分の手際が悪いのかと自己嫌悪。掃き方にコツでもあるのだろうか? それとも熱心さとかそういうメンタルな部分での問題なのだろうか?


「ちりとりここに置いとくよ?」


 名も知らぬ(しかし見覚えだけはある)クラスメイトに黄色いちりとりを渡されて適当に礼を言う。

 うむ、礼節こそ社会性。

 そんなことを考えながらふとクラスメイトを見ると寒がりなのかマフラーを首にしていた。

 皆が帰ったことを確認して、雄平は近くの茂みにある、綺麗で座り心地のよさそうな石に座り込んだ。

 茂みに雄平の体は隠れる。これでサボっていても怒られまい。もうみんな帰ってしまっているのだから意味が無いのかもしれないけど。

 ふと横を見ると遠くに校庭が見える。運動部がランニングを開始する姿があった。

 もう放課後と呼ぶべき時間になってしまったようである。

 隣の体育館や、校庭では部活を行う人たちの元気のいい声が聞こえてくる。

 どこかその声は弾んでいる。文化祭が近いからだろうか……校舎側から伝わってくる文科系クラブの熱気は中々のものがあった。


「しっかし……よく寝たはずなんだが…………眠い……寝すぎか?」


 授業中に爆睡したはずなのだがまだ眠さを感じる。

 ふらつく頭に少し不安を感じながら、昨日、あのバケモノに襲われたことが原因なのかと頭をひねる。

 そして、あの空間で出会った少女――白眉芳乃。気になって観察していたが、まったくに希の言うとおりの人物だった。誰にも分け隔てなく優しく、かつ人付き合いはあまり深入りしない程度に予防線を張っている。

 おまけに男子には近寄りがたいオーラを発散させており、それが高嶺の花だとさらに魅力となっているという完全無欠っぷりである。

 完璧超人ではあるが、どこか歪な感じが否めないのは自分がひねくれている所為だろうか? それとも――


(あのバケモノを倒すところを見ちまったからか?)


 まあいくら考えても情報が少なすぎる今だせる結論は、結局のところ『理解不能』しかないわけで――立っていることに疲れて、茂みの裏にある石に座り込んだ。

 ちょうどすっぽりと体を隠すような大きな茂みだ。これで先生が来ても安心なはず。

 そうやって安心して、眠ろうかなと考えた瞬間、二つの足音が聞こえた。


(やばっ……先生か?)


 二人分だということに違和感を覚えたが、とにかく用心に越したことは無い。念のため、思いっきり身をかがめ少しでも見つかる確立を減らそうと努力する。

 二つの気配が止まる気配を見せた。身をさらにちぢこめる。

 一秒――五秒――十秒――

 立ち去る気配も無く、かといって立ち去る気配もない状況に流石に不審さを覚え、雄平は茂みからほんの少しだけ顔を出し、状況を確認しようとする。

 視界に飛び込んできたのは、茂みからほんの数メートル離れた場所で対峙するする二人の人間だった。


「白眉、芳乃と…………男? 誰だ?」


 眼を凝らしてみてみるとそれは夢の少女――白眉芳乃だった。

 相手役は一切手入れの無い髪を切りそろえており、誠実な印象を抱かせる男だった。整った顔立ちをしているのが茂み越しでもわかる。背は白眉芳乃より少し高い。顔は知らない。身につけている上履きから見るに、年下の一年生のようだった。

 そんな美少年は俯きながら芳乃に眼を合わせようとしていない。

 それを困ったように芳乃が見つめているのが現在の状況である。


「なんだなんだ?」


 思わず身を乗り出してしまう。漂う空気がなにやら深刻である。


「あの……」


 最初に口火を切ったのは少年のほうだった。

 白眉芳乃は黙ったまま美しい表情を崩さず少年を見据えている。


「今日は……こんなところに呼び出してごめんなさい……」


 まず少年は大きく頭を下げた。


「いきなりお手紙を渡して……」


 心なしか少年の瞳が潤んでいるように見える。


「気にしないで、ここに来ることを選択したのは私の意志だから」


 ふわりと白眉芳乃は微笑んだ。完璧な微笑である。

 少年の顔がもの凄い勢いで紅く染まった。

 その反応を見て雄平は一つの結論に達した。


(なるほど、これは――)


「あの……芳乃さんっ!」


「はい」


 少年の居住まいが正される。それに呼応するように芳乃の佇まいが変わる。

 少年の眼には怖いくらい情熱を込められており、強い意志が少年の体からみなぎっているように感じられた。

 この儀式は――


(告白、か)


「僕と……付き合ってくださいっ!


 予想は見事に的中する。

 少年は頭を深々と下げて、懇願するような声で告白する。顔は今にも炎が出そうなほど真っ赤である。

 対する白眉芳乃のほうは困ったような表情を浮かべながら平然と――少なくともそう見えるように――立っていた。


(慣れてやがるな、白眉芳乃)


 そう思えるほど白眉芳乃の佇まいは堂々としていた。これが演技なら相当な面の皮の厚さだな、と雄平は思う。

 だが、顔は戸惑っているような表情をしており、考え込むように視線は相手の目をはずれ、地面を向いている。

 不意に自分が今の状況を面白くと思っていないことに気が付いた。

 おそらくこの状況のせいだと思う。この甘ったるい雰囲気。初恋などいまだにしたことのない自分にとってこの緊張感とかまっすぐな思いとかいうのは異質な感情である。

 わけのわからない感情にはさまれているこの状況は辛い。非常に辛い。

 白眉芳乃と少年の間には沈黙が続く。ものすごい居心地の悪い空気だった。


「あの……」


 その空気に耐えかねたのか、少年は芳乃へと果敢に声をかける。

 芳乃はその声にあわせて、意を決したように口を開いた。


「ええと……御免ね、急のことだから驚いちゃって」


 表情そのままのことを言う。


「それで、返事なんだけど……」


 さらなる緊張が空気を縮こませる。もはや胃が痛いくらいほどの緊張感である。


「すこし、考えさせてくれない?」


(でたっ! 体のいい断り文句っ!)


 不謹慎だが思わずそう思ってしまうほどそつのない断り文句だった。


「そう、ですか……」


「御免ね……いきなりだったから」


 項垂れる少年は自分の告白の結末が見えたのだろう。それを見ながら白眉芳乃はすまなそうな表情と声で謝罪する。


(傷に塩を塗ってるんじゃないのか……?)


 そう思ってしまうほど少年はがっくりと項垂れていた。まさに『アブソリューター』の名に相応しい断り方であった。


「待ってますから……返事!」


 そういって少年は体を反転させ、校庭へとダッシュで行ってしまった。

 まさに青春の走りというべき全力疾走である。


「可哀想だなあ……」


 聞こえない程度の小声でつぶやく。

 白眉芳乃はその少年を見て嘆息しながら――。


「で、そこで覗いてるのは誰かな? 新聞部?」


「なっ!?」


 思わず驚いて立ち上がってしまう。がさがさと茂みが揺れる。


「――つっ!?」


 だがしかし驚愕したのは白眉芳乃もだった。


「貴方……っ」


 ぽかんとした表情である。先ほどの毅然とした態度とのギャップに思わずこちらの驚きは幾分か鎮火されてしまった。


「いや、スイマセン……ちょっと掃除のとき居眠りしちゃって……決して下心があったわけじゃ……」


 だがまだ動揺しているようだ。口調はしどろもどろ。これでは覗いていたといっているようなものだ。実際無実だというのに。

 白眉芳乃はそんな俺を呆れたように見つめながら、ため息をつく。


「…………本当に居眠りしてただけ?」


「ええ、証拠として箒とちりとりがほらここに!」


 足元に在る掃除器具を振りかざしこれでもかと言わんばかりに事故だと言うことをアピール。必死で言い訳する。寝てはないが大方間違ってはない。


「…………私に、何か聞きたいことがあるんじゃない?」


 どきっ、とした。

 もちろんそれは彼女の美貌にではなく、

 その、質問に。


「どうやら、あの場所に居たのはやっぱり貴方らしいわね……」


 緊張が顔に出ていたらしい。こちらを見ながら白眉芳乃は大仰にため息をついた。


「『覚えてる』ってことは、もう駄目かぁ……あの場所に入る人が居るなんて……」


 そしてあのときのような悲しそうな顔で――。


「質問があるならどうぞ。『夜』に巻き込まれた人間はもう逃げられないから。知ってる限り教えてあげる――」


 そう、言った。



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