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1.出会う

一年くらい前に終わらせた作品、眠らせておくのも損だと思い投稿してみます。お見苦しいところはお許し下さい。叩くのではなくスルーの方向で。


 ――夜。

 時間の半分を占める闇の世界。

 闇とは人の心を恐怖に縛り付ける。

 浮かんでくる不安。

 一日の半数を締めた広大な時間は文明の進化のなかで灯りと共に消え去ったはずだった。

 そう。文明は闇を切り裂いた――はずなのに。

 この空間は何だろう? 何故、光が月明かりしかないのだろう?

 ひたすらに暗くて、暗くて――

 故烏雄兵こがらすゆうへいは問う。

 あまりの非現実さに怒りすら感じながら、



 嗚呼――目の前のバケモノはなんなんだ?






「うぁああああああああああああああああああああああっ!?」


 絶叫。それが自分の口から迸ったと理解したときにはあまりにも遅すぎた。

 異質な空間に存在するあまりにありえない存在。電灯すらなく、月さえもなく、真っ黒で何も感じられない、暗い暗いこの空間に、それは確かに顕在していた。

 地面ににへたり込む。凍えるような冷たさが下半身にじわりとしみこんでくる。


「〜〜〜〜〜っっ!?」


 絶叫さえ出す間もなかった。

 絶望は前にある。怖い怖い怖い怖い――っ! 逃げられない――っ!

 体が動かない。圧倒的な恐怖で、足が動くのを忘れている。豪風が顔面を打ち据える。生理的な嫌悪感に、ただ単純に純粋に、恐怖と嫌悪が募る。


 そいつはただ、『落ちてきた』だけだっていうのに。


 目の前に立つ獣を呆然と見据える。


 ――黒い毛玉。


 間抜けな形容だが端的にその存在を表していた。

 ただ、大きさが桁違いである。小柄な自分の体の五倍はあるだろう、と雄平の冷静な部分が指摘する。


(だからどうした?)


 現実感が無い。脳の中が危機感と幻想で切り離されてしまった気分。これは夢なのかと必死に自問自答する。

 無駄だった。圧倒的な現実感がそんな疑問をたやすく吹き飛ばす。

 なんの因果でこんなことになっている? 今日は平凡な一日だった。今日は何も変わらない一日だった。

 幼い頃からの友人と他愛の無い話をして、くだらない高校の授業を受けて、ベッドに入って――


 ベッドに、入って?


 違和感が膨れ上がるように増大する。

 じゃあ、これは夢なのか? その思考は一瞬、酷く感情を冷静にさせた。一秒にも満たない間だったけど、冷静になってしまったが故に、実感が募ってしまう。

 肌を裂くように吹く風が、血を踏みしめる感触が、そして何より――痛覚がある。

 凍えるような空気を噛み締めるようにすいながら結論する。

 これは、夢じゃない。

 そう、思考が止まった瞬間、目の前で毛玉が無数の触手と化した。


 無数の触手が自分に向かって疾走してくる。五倍もある毛玉の触手だ。その重量、全長たるや半端じゃない。その威力は風を巻き起こし、肌を打ち据えた。

 その風圧によって、着込んだジャンパーだけでなくその下に着込んでいたTシャツも、ズボンも吹き飛ぶようにたわめく。自分はこんなものを着た覚えはないのだが、もはやそんなことは問題ではなかった。


「な――っ?」


 呆然と、まるで痴呆症のような声がする。

 いつの間にか放った言葉だった。

 ああ、これは自分の声か。なるほど、無様だ。無様なものには無様な死が相応しいのかもしれない。あれを喰らったら死ぬ、と断言できる。

 銃弾のような一撃は寸分の狂い無く自分を狙っていて――


(そうか……あの生物はああやって『攻撃』するのか)


。時間が遅くなったように感じた。何故か嫌に落ち着いた気分だった。あきらめとは違う不思議な感覚。まるで、いくら考えても解けなかった問題が不意に解けたような『ああ、なんだ』といった感情だった。

 わかる。目の前の生物を見て理解した。これは『殺すため』に存在してる存在だ。『なんとなく』に存在している自分じゃ、勝てない。


「――くっだらねえ」


 遺言じみた言葉と共に、血が体から――串刺しにされたモズクのようになって――


 ――斬、とどこか間抜けな音がした。

 激痛はこない。


「え?」


 おそらく自分は人生で一番間抜けな顔をしているのだと思う。


「なんで――ここに人がいるの!」


 猛々しい声の筈なのに、どこか微笑ましくなるような、そんな声だった。柔らかい、けど何か無理をして自分を隠しているような――そんな女の子の声だった。

 ――女の子?

 疑問を口に出そうとした瞬間、眼を奪われた。


 あまりにも可憐。あまりにも無垢。その感想がが脳髄に瞬時に叩き込まれる。

 鮮烈なイメージが焼きつくようにうねりを上げる。そう、それは――あまりに美しい少女だった。


「ここは、ここには――っ!」


 少女は悲痛な面持ちで、目の前の化け物を見つめながら声を荒げる。だけど、その声は黒い毛玉にではなく自分に向けられているようで。


(なんで……そんなに哀しそうなんだ?)


 そこまで考えてはっとする。


(俺は、あの生物に攻撃されて……)


 慌てて体をまさぐる。血の染みはひとつも無い。周りを見やるとそこには『圧搾された』触手が散らばっていた。

 まるで何かに誘われるように少女を見る。

 やはり――綺麗だ。流れるような黒髪を腰までたらしていて、白を基調としたカジュアルな服装に身を包んでいる。肌は月光を反射するように白く――どこかあどけなさを起こす顔立ちと不思議に調和している。

 そして、『ある一点』少女を完璧に現実感のない虚構の世界の住人に仕立て上げていた。


(あれは――なんだ!?)


 それは、お世辞にも背が高いとは言えない少女の二倍はあろうかという『布』だった。それはひたすらに白く、なまめかしいほどの質感を感じさせる。

 まるで天女の羽衣のように。


 そうだ、あの布が自分に向かってくる針を『吹き飛ばした』のだ。

 理解が追いつくと同時に少女は再び布を手元に戻していた。もはやこちらに一瞥もくれない。

 少女から発散される、ひどく人間じみた気配が消えた。少女の体がステップを踏むように揺れる。刹那、少女が『掻き消えた』。

 錯覚だ。わかってはいる。それでもそう形容するしかない。瞬間移動のように少女が黒い毛玉の前に現れて――

 鈍器で電柱をぶったたいたような音が響き渡った。

 少女の布がハンマーもかくやという勢いで毛玉を殴打したのだ。その布は意思を持っているかのように早く、毛玉に絡みつく。布が黒い毛玉に絡みついた瞬間、眼に飛び込んできたものは想像を絶する光景だった。


 『放電現象』。


 夜の闇を引き裂くように雷光が縦横無尽に乱舞する。剣のように、槍のように、空を突くように、大地をえぐるように。

 少女の速さと打撃力が渾然一体となり、凄まじい衝撃が大地を揺らす。それに追従するかのような雷撃が毛玉を焼き尽くさんと駆け巡った。

 焦げ臭い空気が鼻腔を突く。毛玉が音も無い叫びを上げた――少なくともそう自分には感じられた。

 瞬間、毛玉の体から再び無数の触手が放たれた。


「あああぁぁああああああっ!」


 少女が猛然と声を荒げる。それと同時に布から放たれる雷光も勢いを増していく。一瞬で触手が焼き飛ばされた。まるで幻想の光景だ。

 現実感をなくした感情が訴える。


 ――綺麗だ。


 少女は悲痛な顔を崩さない。ただ、何かに取り付かれたように意思だけは強く、無心に、鬼気迫る表情で布を振り回す。まるで貫く槍のように、撃ち崩す銃弾のように彼女の手に携えられた純白の布は毛玉を襲った。


 気配が爆ぜる。触手は網の目のように絡み合い、一つの『編み物』を作り上げた。それは彼女が操る布の前に立ちふさがり、攻撃をはじき返す。布が網にかかった瞬間、空気を焼く雷撃の音が掻き消えた。

 その網はこの空間を象徴するかのように黒く、そして複雑怪奇な文様のように作られていて、純白に輝く布を一瞬のうちに内部へ取り込んだのだ。

 なおも放電が続く布を。


「くっ――!?」


 すかさず布を跳ね上げるも遅い。喰われたような痕を残して、布の残骸がなんとか生還を果たす。

 ――招かざる客を連れて。

 毛玉が編んだ網も、また布と共に彼女へと飛んでいた。それは釣られた魚のように彼女へと迫り行く。だが釣りにしては些か大仰で在りすぎた。


 死を呼び込む釣りであるのだから。


 瞬間、網目が触手の雨と化した。複雑に絡みあった網目一瞬で分解し無数の漆黒の触手に変化したのだ。


「こんなものっ!」


 彼女は叫びながら残骸の布から雷を発し、触手を焼ききった。だがそれは彼女に隙を作ってしまう結果となる。


 少女は雷撃を出すと同時に布を大きく振っていた。雷撃を発した後の隙だらけの彼女に迫るのは先ほどの触手の雨を超える――豪雨。

 風圧が雄平の体にまで届くほど、苛烈な死を生む暴風雨。だが、彼女は臆さず笑みさえ浮かべて見せた。

 振り切った布を、『放す』。


 彼女の驚くほど白く細い腕から放たれた布は空中で瞬時に『矢』と化した。先端が刃のように鋭く尖り、一瞬にして全体が硬質化したのだ

 その矢の速さはまさに光速と呼ぶべき速度だった。光の体躯を持つ布はその体のとおり一陣の光となり、空間を疾走したのだ。

 それは錯覚のように、さながら幻影のように――

 眼窩に線をひかれてしまったようだった。視界に止めることが出来るのは軌跡のみ。嵐のような触手が全てはじけとぶ。光の一閃が正確に毛玉へとひかれていた。


 ――ぉ、お、ぉおおおぉおぉぉぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉおっ!!!!!!???


 刹那――凄まじい、まるで光の攻撃とも言うべき強烈な光が毛玉から発せられた。

 眼が一瞬にして生理反応で閉じられる。強く、熱く、そして猛々しく――音と光が全感覚を貫くように叫び声を上げる。

 目をあけたとき、眼前には燃え盛る巨大なたいまつがあるだけだった。

 自分にとって無限にも等しいほどの時間がやがて終わりを迎える。そう雄平は実感した。


「――――はぁ……」


 小さく声を上げ、少女は安堵の吐息をついた。そのため息と復活する年相応の雰囲気に一気に現実に引き戻される。

 奇怪な怪物のことを聞かなければならない。ここは何処なのか聞かなければいけない。


「あ――……」


 だが、口を開こうとすると金魚のようにぱくぱくと口を閉じたりすることしか出来ない。


(なんて、聞けばいい?)


 その自問自答が口を閉じさせた。そうだ、何も聞けない。どうやって話しかければいいか、このことを聞いていいのかわからない。これは自分のように平凡な高校生のかかわる事件の範疇を超えている。

 そんな自分をいつの間にか少女は見つめていた。

 心が高鳴る。

 ――吊橋効果ってやつか?

 なんとか心を落ち着かせようと試みるが駄目だった。わからない。ごちゃごちゃする。


「ここは――『夜』」


「え?」


 いつの間にか少女はこちらを向いていた。こちらの意に反して、少女が先に口を開く。予想していた言葉とは何もかもが違った。思わず問いかえしてしまうほどに。


「電灯が、科学が闇を切り裂いたの。もう、恐怖を闇に押し付けることはできなくなった」


(なん、だ――?)


 不意にぐらりと体が傾いだ。


「だからここ、『今の夜』が出来た。魔がいる、恐怖の坩堝」


「君は――」


「帰って……お願い」


 ――なんで、そんな泣きそうな顔を――

 瞬間、


「つっ!?」


 急激に眠気が襲ってくる。意識が揺らぐ。


(なん、だ――?)


「夜が閉じる。少しの間だけ」


 少女の言葉は子守唄のように耳の裏まで染み渡ってくる。

 何故か、それは懐かしくて、


 ――意識が途絶える。

 夜が、消えていく。圧倒的な浮遊感。気持ち悪い。

 残ったのは、とても美しい――哀しそうな少女の顔。




少女が何処かに連れて行ってくれる。それはいつから始まった幻想なのだろう。きっと誰かが求めたからそれは幻想として昇華された。だけど僕たちはいつの間にか自分ひとりで前に進むことをリアリティが無いと言い捨てるようになった。

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