にじゅうろく
「御屋形様、これはどちらへ?」
「この花は花瓶に生けてね。
宴席に等間隔で配置ね。
あ、パニマ様の御席は中央の上座で。
私はその隣に。
出来れば少し大きめな物を準備するように。」
「御屋形様〜!
芋と人参と牛蒡と豆と青野菜の下拵えが先程茹で終わりました。」
「ご苦労様、大人数でやると早いわね。
味付けは任せて!
後は盛り付けになる頃に呼ぶから、他を手伝って来て下さい。」
「御意のままに!」
パニマと家康が秘密の会話をしている間。
千早は料理と配膳や盛り付けの指示と、宴の飾り付けや宴会芸披露の順番を指示しながら、パタパタと慌しく動く。
日本人の前世の記憶がある分。
おもてなし料理などは、率先するように自ら作る事にしていた。
同年代の娘より料理のレパートリーが幼い頃から豊富だったと思う。
もっとも、最初は包丁にすら近付けさせて貰えなかったのはご愛嬌か?
一通り準備が終ると、千早はパニマ様達を呼びに向かった。
ふと、中庭にクレアさんが佇んでいた事に気付く。
ここに住み着いたパニマ様の加護持ちなので、ご招待したのだ。
いつ見ても、神秘的な姿の彼女はとても目立つ。
そんな彼女が、誰かと話をしていた。
邪魔してはいけないと思い。
私は中庭を通らず、迂回して移動した。
それはある意味正解で、ある意味失敗だったのかも知れない。
迂回した廊下から中庭が良く見える。
先程は木陰で見えなかったが、反対側に近づくと相手の男性が見えて来た。
「…家康様?
ふーん?あんな顔するんだ…。」
口を動かさず、呆然と心の中で呟く。
少し困ったような照れたような表情で頭を掻く家康様に、何故かクレアさんは半眼ジト目で説教していたりするのだが。
クレアさんの表情は先程も今も、千早からは長い髪に隠れて良く見えなかった。
何も見なかったフリをして、千早はパニマ様の居る部屋に向かった。
少しだけ不機嫌な気持になったが、直ぐに我に返って頭を振る。
そして、おおきく深呼吸してからパニマ様の居る部屋に声を掛けた。
「パニマ様、宴の準備終わりました。」
すると、障子をスパーンと開けるパニマ。
「分かったよ、今行くよーん。」
はしたないのだが、多分時代劇の影響だろうな。
勢い良すぎて障子が半分戻ってるし。
どんだけ力入れたんだ?
「…パニマ様、障子は和紙と木枠なので凄く簡単に壊れちゃうから乱雑な扱いは駄目ですよ〜。」
「うん、知ってた!
作った事あるしね!
でもやりたかった。
後悔してない。」
知ってたんかい!
まぁいいや、止めても楽しいことは止めないのがパニマ様クオリティだからね。
ハッ!?
どうしましょう!
ツッコミが足りません。
ボケ担当が増えて行く事案。
「おーいヤマハとやら、宴の時間じゃ〜!」
ふいに中庭の家康様ことヤマハに声を掛ける。
「馬鹿それ喧嘩売りに行くヤクザ系統なセリフ!」
あ、ツッコミが帰ってきた。
「コラコラ、中庭に音声遮断掛けてあるとはいえ、気をつけろよ家康。」
「誰のせいだと…。」
ふと家康様と視線が絡む。
だが私は即座に視線を逸らせ、パニマ様に向き直る。
「ではパニマ様、こちらへ。」
家康様に背を向けて、宴の席に案内した。
後ろでバツの悪そうな家康様と、楽しそうなパニマ様が居るとも知らず。




