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メール屋さんのハイテンション  カウントゼロ

 とうとう、とうとうこの日が来た。

 前回の転生であたしが吸血鬼に襲われた日…


「…の翌日の、あ~さがきたっ!」


 あまりの嬉しさに部屋で一人で歌を歌いながら万歳をする。そう、今日は前回の転生であたしが死んだ日の翌日なのだ。つまり、あたしは死亡フラグを回避したってことなのだ!

 うっそうと繁った木々に囲まれて日当たりがあまり良くないこの部屋の窓から差し込む光だって、今日はなんだか4割増しでキラキラしている気がする。なんだったらコウモリの鳴き声だって、小鳥の歌声に聞こえてきそうだ。


 思えば、前々世で間違えて命を失ってから長かった。なんせ30年間かかったのだ。心はすっかりアラサー…いや、記憶がある長さで言ったらアラフィフなのである。

 特に今回の人生では、とりあえず昨日を乗り越えるために生きてきた。学園時代は今までにないほど何を捨てても勉強したし、イーリス守護部隊に入ってからは、クビにならないよう、また下手に異動になったりしないよう、目立たないように粛々と、でも真面目に仕事をこなしてきた。

 これからは、部屋に帰ってからカレンダーを見て…この日が来るまでをカウントダウンしなくてもいい。今日と同じように何もありませんようにと祈り、翌日が来ることをちょっと恐れながら寝なくてもいいのだと思うと、やっと人生をスタートすることを許された気がして、涙が出た。

 これからは、成人したらお酒を飲んだって、働いて貯めたお金で大きな買い物をしたっていい。できれば、結婚もしたい。そんなイケメンだったり稼ぎが良かったりしなくてもいいから、慎ましやかに一緒に生きていける優しい人。でもそんな素敵な人があたしのこと好きになってくれるかな。なんてったってオタクで45年間喪女だし。しかもこの世界にはアリサやカイリーやエレノアみたいな超絶美少女がごろごろいる。

 そうだ、早く目が覚めたことだし、今日はちょっとメイクでもしよう。今後こうやっておしゃれとかも覚えていかないと。確か15歳の誕生日にアリサにもらった化粧道具があったはずだ。




「あれ、今日はちょっと化粧してるんだね」

「何、色気づいちゃってんのよ」


 いつもどおり遅めに食堂に行くと、ちょうど入り口のところでアリサ、カイリー、ウィル、マックの四人組と出会う。ちなみに、前者はカイリーで後者の手厳しいのはアリサだ。


「え!?変!?」


 あんまり会ってすぐに…なんだったら食い気味で2人に言われたものだから不安になる。どうしよう、今日はこの顔でもう午前の配荷で社内一周回ってしまったのだけど。


「や、変ってことはないけど…」

「変ってこと は !? はって事はやっぱ駄目!?」

「あ、駄目ってことじゃなくて…」


 前世ではまったく、前々世でもグロスくらいしかしなかったあたしは不安になる。朝化粧したときはうまくできたつもりだったんだけど、実は傍から見たら良く漫画とかであるオカメみたいになっちゃってたらどうしよう…。

 カイリーに迫るように確認しているあたしは後ろからアリサにベリッと剥がされる。


「大丈夫だから、とりあえずご飯取りに行くわよ」


 アリサに促されて食事を受け取ると、そのままの流れで5人一緒のテーブルにつく。あたしはテーブルの端っこに座ろうとしたのだが、なぜか女子二人に挟まれ、目の前にはウィルが座った。


「あたしがあげたやつでやったんでしょ?」

「そうそう!今年のお誕生日にもらったやつ。すごいね!あれ使いやすいね!」

「やっぱり、今まで使ったことなかったか…当たり前でしょ、初めてのあんたでも使いやすくて、かつ絶対似合うやつをチョイスしてんだから失敗するはずないじゃない」

「さ、さすがでございます…」


 どうやらいっちょまえに女性だったんだなぁと思った化粧の出来は、あたしの女子力ではなく、アリサ様の高い女子力のおかげだったようだ。


「で、なんで今日はおしゃれしてきたんだよ?」


 むしゃむしゃと口の中に入っているものを租借しながらマックが聞いてくる。う~ん…なんでと言われても、本当は昨日死ぬはずだったんだけど、頑張った結果生き残れたんです。なんて言えない。


「え、なんとなく?」

「なんとなくで今まで一切色気のなかったあんたが急にするはずないでしょう。ほら、吐かないとあんたのから揚げ食べちゃうわよ」


 あたしを詰問することに夢中なのか、それとももうそんなに気にしてないのか、ウィル達の前でも猫を被ってないアリサは言い切るより早く、あたしの皿の上のから揚げを一つとって食べてしまう。


「あ~~~!本当に何もないんだってばぁ!」


 もともと五個しかないから揚げをこれ以上取られてたまるかとお皿を自分のように引き寄せる。自分だってから揚げ定食頼んでるのに、なんてヤツだ。


「怪しいなぁ、もしかして恋とか!?わー!うそー!」


 カイリーが右からそう言うと、お茶を飲んでいたウィルがごふっと噴出した。お皿を引き寄せておいてよかった…そんなに飛んだわけじゃないけど、なんとなくそんな風に思う。マックはお腹を抱えて笑っているし、いくらあたしが喪女だとはいえ、恋愛話が出て来るだけでこんなに笑うことないと思う。

 カイリーも自分の事に関しては超絶ニブチンなのに、やっぱり女性なのか人の恋愛話は嬉しそうに聞いて来るなんて…こっちは下手に刺激して意固地になっちゃいけないと気を使ってウィルとマックとの関係を追及しないであげてるのに、このやろう…。


「何、あんた今日デートなの」

「ないない、ないよ~。今日もいつもどおり仕事してそのまま部屋に帰るってば」

「じゃ、今日会う人の中に好きな人ができたとか!?」

「必ず会うのなんて主任と警備員のおっちゃんぐらいだってば」

「あ、わかった!最近来た人の中で好きな人ができた!」

「最近来たのって、極東支部から戻ってきた司令部のマルサンとか?」

「確かに、あの人はイケメンだわねぇ…ちょっと年上だけど」


 残念ながらあたしはそのマルサンって人は、顔どころか名前すら知らない。仕事で見た覚えもないから、手紙とか社内便がまだ来たことないくらい最近戻ってきたのだろう。

 勝手に盛り上がる3人を横目にウィルたんは黙々と鰆のポワレを食べている。ここ数ヶ月荷物を持ってきてくれるようになってからサシで話すことも増えたのだが、あまり興味はなさそうだ。そりゃあそうか、浮かれすぎて生まれ変わったような気がしていたけれど、所詮あたしはモブだった。


「で、実際のところはどうなのよ?」


 あたしが誰が好きという話から、最近異動してきた誰はイケメンだ、誰は遊び人らしいからカナが騙されているんじゃないかなど、本気とも冗談とも取れないテンションで盛り上がる話に否定するのも諦めて、黙々と食を進めていると、アリサがそう振ってきた。


「んー…笑わない?」

「事によるわね」


 そうすぐに返してくるアリサはすでにうっすら笑っている。絶対笑われそうだなぁと思いながらあたしは口の中のものをしっかり飲み込んでから口を開いた。


「相手とかいるわけではないんだけど、そろそろ恋とかしたいなぁと思って…」


 そう言うと、今度はウィルだけではなく全員がぶはっと噴出す。特にマックは大きく米を噴出してカイリーの皿まで飛ばし、カイリーは怒りながらも笑っていた。


「なにそれ、そんなに素直に色気づいてる子初めてみた!」

「もういい!」


 ひー苦しいとお腹を抱えてて笑いながら言われたアリサの一言に恥ずかしくなって、残りのご飯をかきこむとあたしは逃げるようにお盆を持って席を離れたのだった。


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