めきめき
男性陣に浮き輪やパラソルの片付けをまかせ、女性陣は夕飯を作ることになった。
メニューは買い出しに言ってくれたアリサが考えていて、唐揚げとパスタとサラダ。それに、買い出しに行ったお店で勧められたレシピのアクアパッツァだ。
普通にそこそこできるレベルのアリサとあたし。やっぱり手際が良くなくて見ててハラハラするけど、味付けと盛り付けはたぶん一番センスがあるだろうエレノア。そして……。
「カイリーが料理うまいなんて知らなかった」
意外なことに、一番手際良く慣れた手つきで魚を捌いていたのがカイリーだった。すでに処理が終わった魚はトマトとアサリと一緒に厚手の鉄鍋に入れられ、今はオーブンの中でじっくり蒸し焼きされている。
「そう?あたし、酒場の娘だから、ちっちゃい頃に結構手伝ったりしてたし、嫌いじゃないんだよね。自炊することも多いし」
手元をたいして見ずに、パスタ用のニンニクをみじん切りしながらカイリーが言う。
「あ、そうなんだ。知らなかった!」
驚いて他の二人を見ると、二人は知っていたようだ。何も気にせず手を動かしている。
「あんまり、みんなで集まった時も料理しないしねぇ……あたしの料理を食べて!って振る舞うのってなんか恥ずかしいんだよね。帰省して、店を手伝ってる時とかは全然いいんだけど」
照れたように笑う。カイリーは女の子っぽい一面があるのに、それを見せるのが苦手な子だと言うのは小説を読んでいた時の印象だ。
「なんとなく、振る舞うのが恥ずかしいのはわかる気がする」
「カナん家もパン屋さんだもんね〜」
「周りはそんなこと気にしてないって言うか、貰ったら嬉しいもんだけど」
アリサが唐揚げに衣を揉み込みながら言う。
「意地っ張りな照れ屋さんなんですわ。もっと女の子らしい面を見せたら、マルサンだって……」
「わわわわーー!」
エレノアの一言にカイリーが、今まで全く手を止めなかったカイリーが、作業を止めて遮るように大きな声で叫んだ。
「そうよねぇ」
「え!?」
同意するアリサと驚くように言うあたしがハモり、お互い顔を見合わせた。
「えっ!?てあんた……」
呆れたような視線を向けるアリサと、真っ赤になるカイリーを見てあたしは目を瞬かせる。
「え!?ちょ、カイリーってマルサンさんのこと……」
「わーわーわーわー!」
これでもかと言うぐらい顔を赤くしたカイリーが間近でしーっと口に指を当ててくる。言おうとした「好き」と言う言葉をかき消してはいても、その様子では肯定しているようなものだ。
「そ、そうだったんだ……」
小説ファンとしては当たり前にウィルとマックの間で揺れ動いて、どちらかとくっつくものだと思っていたから驚きだ。読み進めたところまででは出てこなかっただけかもしれないが、マルサンさんの名前を見た記憶が全くないから、彼は所謂モブキャラなんだと思う。メインキャラがモブキャラに恋をするなんて、自分の時もそうなんだけどやっぱりちょっと違和感を感じる。
「内緒ね!ぜーったい内緒!」
「内緒も何も、傍から見ればわかりやすすぎますけれど」
エレノアの呆れたような声に、アリサが頷く。相変わらず、みんなの様子に驚いて声もないあたしに、アリサがおばちゃんのように手を上下に振りながら口を開いた。
「もうね、小学校の男子を見ているようなのよ。あの温厚の塊みたいなマルサンにだけ、反抗的で喰ってかかって。そのくせ司令部にいなかったら目に見えてがっかりするし。打ち合わせに来てもマルサンのデスクをチラチラチラチラ気にして」
「会議の時も一番に行って場所取りしますわよね」
「ああああ!もう、やめてよ!!わかってる、わかってるから!」
カイリーは耳を塞いでその場にしゃがみこんだ。
「そ、そうなんだ……」
小説ファンとしては、アリサだけでなく、カイリーまでも恋愛をしていて、しかも相手がウィルとかマックとかじゃないとは驚きだ。いや、ウィルだったらちょっと困るけど。
「ほら!カナは気づいてなかったじゃん!」
「そんなの、カナだからですわ」
「そうよ。超絶ニブチンなんだから、ここにバレるレベルだったら相当よ」
先ほどまで二人の矛先はカイリーに向けられていたはずなのに、飛び火した。散々な言われようで、なんだかちょっと落ち込みそうだ。
「うぅ……。確かにカナは他人に興味ないもんねぇ」
「え?」
カイリーがぽつりと呟いた。先ほどから驚きっぱなしであるが、またも驚かされて声が漏れる。
他人に興味がないなんてことはなくて、むしろ登場人物のみんなには興味ありありなのだけれど……。あたし、そんな冷たい人間に見えているのだろうか。ショックを受けたのが顔に出ていたのだろう。カイリーが慌てて口を開く。
「あ、違う!語弊がある!いい意味でだよ、いい意味で。なんて言うんだろ、ベタベタしないし、無駄に詮索とかしないし。それでいて良くわかってくれてる感じ。マックがいなくなっちゃった時とかさ」
「出会った頃からそうだけど、一見冷たいっつーか、さっぱりしてんのよね。ちょっと俯瞰しすぎてるというか、人生枯れてるというかなんというか」
カイリーの言葉にアリサが同意する。アリサに出会った頃なんて、今よりずっとそうだったろう。
死亡フラグをへし折りたくて、とにかく勉強して、イーリス治安部隊に就職して生き延びることしか頭がなかった。実際は就職しただけじゃ回避しきれていなかったけれど、何を捨ててもそこにかけていたのだ。今回の人生では、アリサに出会うまで友達らしい友達がいなかったのも事実で、覚悟していたことではあるけれど直接そう評価されているのを聞くと、やっぱり少し傷つく。あたしがもっと器用だったら両立できたのかもしれないと悔やんでも、もうどうすることもできないのだけれど。
少しだけ俯いて、から揚げに添える用のレモンに包丁を入れた。甘酸っぱい香りに頬の後ろと目の頭が少しだけじんとする。
「やめてよ。なーに落ち込んでいるのよ」
俯くあたしの顔を少しだけ覗き込んで、アリサが笑った。苦笑とかじゃなく、爆笑レベルで。
「そこが嫌だとか、責めたりしてるわけじゃないんだから。そういうところも含め、あんたのこと好きだからみんな友達やってんでしょ。カイリーは跳ねっかえりだし、エレノアはどこまでいってもお嬢様思考だし」
「アリサはおせっかいだしね」
カイリーが合いの手をいれたのを聞いて、アリサとカイリーは向き合って大きく歯が見えるほどに笑った。
「でも、最近変わられましたわ」
エレノアがサラダの盛り付けを完了し、満足そうに手を拭きながら。
「職種変えられたかもしれないですけど、訓練とか仕事とかに対しても受け身じゃないですし」
「エレノアが一番そうだよ!学園で六年間一緒だったけど、ほとんど話したこともないくらいで、むしろ嫌な貴族様だと思ってたし。意外に気さくで、こんなに付き合いいいなんて思わなかった」
「一緒に成長したんですもの。ね」
エレノアがあたしの肩を叩く。一緒に、というと箱庭事件のことだろう。あの事件は悪魔が引き起こしたものであるから、けして良かったなんて思ってはいけないし、お互い口に出したことはないけれど。エレノアはあの事件以降、以前より一層人に興味を持って関わってくれるようになったし、あたしは少しだけ消極的じゃなくなった。だから、あの事件に巻き込まれた事をあまり悪いと思っていないことは、二人ともちょっとした秘密として胸にしまってある。
その時、ちょうどオーブンからチンッと高い音が鳴った。それが聞こえていたかのようにマックがキッチンに顔を出す。
「お、いい匂いすんな」
「もうできますわよ。みなさん集めてくださいまし」
「おう。片付けも終わったし、寝てるラース起こしてくるわ」
「じゃあ私はテーブルセットでも始めますかね」
エレノアの言葉に、アリサがから揚げを揚げるため、カイリーが既に茹でてあったパスタと具材を炒めるために並んでコンロに向かう。あたしは鍋敷きとミトンを取り出すとオーブンに近寄った。
女子トーク多くてすみませぬ




