ささめき
マックが言い出した海に行こう計画は、アリサ主導で着々と準備され、奇跡的に全員揃って二連休を合わせることができた。
行き先はアリサの出身国にある有名な海水浴場。エレノアの実家が所有する別荘プラスプライベートビーチ案もあったようだが、マックが出店も海の家もないなんて面白くないと却下したそうだ。その話を聞いて、この世界にも海の家があるんだとちょっと驚いたのは秘密である。
メンバーはアリサとあたし、カイリーにエレノア。男性はマックとウィルに加え、ガルデンさんとなぜかラースが来ることになった。なんでラースが来るのとアリサに聞いたら、「男女のバランス悪いじゃない、声かけたら来るって即答したし」と言っていた。
「おー!結構人がいるね!」
リビングのカーテンを開けると、カイリーが嬉しそうに声をあげた。広い窓の外には目に痛いくらい青々しい空と海が広がっている。
アリサがお父さんに頼んで予約してくれたコテージは、浜まで一分とかからないぐらい海のすぐ側にある二階建ての白い建物だった。少し年季は入っているが、清潔感があり、きちんと手入れされているのが分かる。一階にはキッチンと大きな窓のある広いリビングダイニング、二階には寝室が四つあるようだ。ビーチにバカンスに来た人のために作られており、お風呂が外のドアからも入れるようになっていたり、庭の扉を開けるとすぐにビーチに出れるようになっていたりする。
「でも良くこんな素敵なところ準備できたね!」
「そう?結構急だったから、あんまり広いところなかったのよねぇ」
「え、嘘!これで!?」
あたしも驚くと、エレノアとアリサは当然という顔をしていた。むしろ、こちらが驚いたことに驚いているようだ。普段仕事をしているとなかなかないけど、やっぱりこういうところに庶民と貴族の差を感じる。
「いやいや十分過ぎるくらいいいとこだろ。それより、早く海行こうぜ」
本部から既にハーフパンツ型の水着を着てきたマックは、この場で上に着ているシャツを脱ぎだしそうな勢いだ。
「そうね。じゃあ、部屋割りだけど、カナとあたし、エレノアとカイリー。ガルデンとラース、マックとウィルで使って。着替えてまた集合ということで」
アリサについて二階にあがり、部屋に入る。淡いパステルグリーンの壁、上品な花柄で統一されたファブリック、壁についている花の形をしたランプ、一部屋ごとについている半円型のバルコニー。どれをとっても素敵な部屋にあたしは思わず「かわいい!」と声を上げた。アリサは笑って頷くと、手前のベットの足元に自分の荷物を置く。
「ほら、さっさと着替えよ。マックなんて三十秒で支度が終わりそうじゃない」
アリサの言葉に頷いて、あたしも奥のベットにカバンを置く。
アリサと先週見に行った服屋には、転生前の日本にあったデザインの水着がほとんど全てあった。布の小さすぎるビキニとか、逆にぴっちりした半袖半ズボンのボーダースーツ水着しかなかったらどうしようかと思っていたが、普通にワンピースからビキニ、タンキニまで可愛いデザインがあって安心した。
うんうん唸りながら二時間以上悩み、最終的に、アリサの「こういう方がスタイルよく見える」「普段隊服ばかりなんだから、少しぐらいギャップを作らないと」って言葉に背中を押されて、三回目の人生にしてはじめてビキニを買ってみたのだ。色は明るいオレンジ色でスポーティーな印象だけど、形は大きめの三段フリルをあしらっていてかわいいやつ。試着してみると、やり続けている訓練のおかげかお腹も足もすらっとしていて、自分でもなかなか恥ずかしくないかなと思えた。一ヶ所、ブカブカな部分を除いて。
あたしの周りには、アリサやエレノア、カイリーと言った前々世で言う「外国人」のが多い。そのため、名前も姿形もほぼそのまま転生したあたしは、周囲ではちょっと珍しがられる日本人らしい手足の長さと......胸の小ささをあわせ持っていた。いや、貧乳じゃないよ!周りが大きいだけです。
とにかく、アリサの試着姿を見てそのスタイルの良さに驚愕し、次に自分が試着をしてみてさらに驚愕した。もともと形作られているカップと胸のところに隙間があり、ぱかぱかするのだ。店員さんに「お客様細いから」なんて気を使われながら、パットをもう一枚サービスで縫い付けてもらいようやく安心して着れる水着になった。
少しだけ、寄せるように胸を集めながら着、日焼け止めも塗ってから鏡の前に立つ。ビキニを着るなんてちょっと気恥ずかしいけど、我ながらなかなか似合っている気がする。
「あらやっぱりいいじゃない」
後ろから鏡を覗き込むように見ながらアリサが言う。嬉しくて、思わずえへへと笑顔になった。そういうアリサは黒に金の金具がついた面積の少ないビキニを着ていた。結構きわどい水着に見えるが、公式イラストでサービスとして着せられたりしていたのだろうか。惜しげも無く曝け出されたぼんきゅぼんの白い肌が目に眩しい。いまさら比べて落ち込んだりしないけど、やっぱりちょっと羨ましい。
「上なんか羽織るの?」
「あ、Tシャツ持ってきた」
そういって、カバンからTシャツを取り出して見せると、アリサはうーんと唸って自分のカバンから何かを取りだす。
「こっちにしなさい」
投げて寄越したものを受け止めて広げる。それは、柔らかいカジュアルな白いシャツだった。軽くて薄く、少し透けてみえるタイプのやつだ。
あたしが首を傾げると、彼女はにっこりと笑って言った。
「そんなしっかりした布のTシャツよりも、そういうヤツの方が脱ぎ着しやすいわよ」
「アリサは?」
「あたしはパーカー持ってきてるから」
そう言って少し丈の長いパーカーに袖を通す。前は締めないようだ。特に逆らう理由もないから、あたしはお礼を言うと渡されたシャツに袖を通し、アリサに倣って羽織るだけにした。
「うん。いいじゃない。じゃ、行こうか」
アリサに促されて、一階に下りると、リビングにはすでにカイリーとエレノア、ラースとガルデンさんがいた。
「あれ、マックとウィルは?」
「俺、場所とってっから!って言って、ウィルを連れて先に行きましたわ」
エレノアの言葉に窓の外を見ると、確かにマックらしき人影ともう一人が二つのパラソルの下にいた。
庭へ出て、エレノアが施錠の魔法をかける。先ほど見えたパラソルまで歩いて行くと、レジャーシートとパラソルで場所が取られているだけではなく、氷の入ったバケツにお酒やジュースの瓶が冷やされていたり、浮き輪が膨らまされていたりと万端の準備がされていた。
「お!やっと来たか!」
マックの言葉に、板状の浮き輪を膨らましていたウィルがばっと顔を上げてこちらを見る。その勢いと、じっとこちらを見る目力が強すぎて、あたしは思わず歩を止めた。一瞬、みんなより遅れたあたしにアリサが振り返る。
「カナ、びびってんじゃない」
からかうように笑いながらアリサが言って、ウィルがはっとした顔をすると、膨らましていた浮き輪を置いて立ち上がり、たいした距離もないのにこちらに駆けてくる。
「先輩!」
「あ、え、うん」
あと二十センチでぶつかるというくらい近すぎる距離でウィルが立ち止まり、あたしを見下ろしてくる。あまりの近さにあたしは視線をさげた。ウィルは紺色のハーフパンツの水着の上に、ジップ式の黒い半そでスイムスーツを着ているため、特別露出が高いわけではないけど、真ん中ぐらいまでしか締められてないスイムスーツから彼のしっかりとした胸板が少しだけ見えて、むしろやらしく見える。
「あ、あの……」
無言の間に耐え切れず、声をかけると彼は少しだけ赤く見える顔でこちらを見ていた。
「あ、はい。似合ってますね。素敵です」
にっこりと笑って言ってくれる。アリサに褒められた時は誇らしさにも似た嬉しさがあったのに、ウィルに水着が似合っていると言われるとただただ恥ずかしいのはなぜだろう。なんだかムズムズして耐えられなくて、あたしはまた俯いた。顔が熱い。きっとあたしは今真っ赤だろう。
「いちゃいちゃすんのはいいけど、立ちんぼしてねーでこっち来いよ」
マックの苦笑した声が聞こえて我に返る。顔を上げると、全員がこっちを見て笑っていて、あたしはより一層、顔が熱くなるのを感じた。
一通り泳いだ後に、砂浜でも遊んで、また泳いで。もうそろそろ空の色も変わり始めるかという頃、最後に競争しようぜ!と張り切るマックとカイリーに連れてかれたウィルを見送って、あたしは先にパラソルのところまで戻ってきた。
日が移動して正直ほとんど影になってないそこには、ラースが一人で寝転がっていた。
「あれ?他のみんなは?」
あたしが声をかけると、顔にかけていた帽子を取ってラースがこっちを見る。
「エレノアはちょっと疲れたからコテージで休むってついさっき帰りました。アリサとガルデンは先に夕飯の買出しに行くって言ってたっす」
「あ、ごめん。じゃあ、ラース一人でここいててくれてたんだ」
「いや、部屋で寝るのも、ここで寝んのも一緒っすから」
そう言って身体を起こすと、ラースはバケツの中からビールの瓶を取り出し、蓋を開けた。きんきんに冷えているであろうそれをごくごくと飲むのを見て、あたしもジュースを手に取り蓋を開けた。ラースの横に腰掛け、置いておいたシャツを羽織ってからジュースに口をつける。ちらりとラースの横顔を盗み見ると、彼はじーっと海の方を見ていた。
「ごめんね」
「なにがっすか?」
「いや、なんか、アリサに無理やり誘われたイメージがあって。……今、部屋で寝るのもここで寝るのもって言ってたから」
小さな声で言って、またラースの方を伺う。彼はこちらを見て少し目を瞬かせてから、ほんの少しだけ微笑んだ。
「んなの、カナに謝られることじゃねぇっす。確かに、借りがあるからアリサに誘われたら断れねぇってのはあるっすけど、俺、海とか来たことねぇし、こんな砂浜でのんびり酒飲んで昼寝するのも初めてだし、楽しいっすよ」
「そっか。良かった」
「カナはなんでも卑屈に考えすぎっす」
自覚があるから、苦笑するしかなくて、あたしはジュースを一口大きく飲みこんだ。ラースは何か思い出したように、あ、と言う。
「どうしたの?」
「そういえば、さっきエレノアとも同じ話してたんっすよ。ちゃんと話すの正直はじめてで、俺、エレノアみたいなお貴族様こそこんなとこにお付もなく来るイメージなかったから、良く来ましたね、楽しめてますかって、聞いたんっす。そしたらあの人少し照れて、「友達とこんな風に遊ぶの始めてですけれど、こんなに楽しいと思いませんでしたわ」って言ってたんっすよ」
「ほんとに?」
「っす。その後すぐに、「こんな人が多いところじゃ無いほうがもっと良かったですけど!人に酔ってしまいますわ!」って帰っちゃっいましたけど。ツンデレっすね」
その光景が思い浮かぶようで、あたしは思わず笑顔になった。エレノアも随分変わったなぁと思う。いつぞやのメイドさんの言葉じゃないけど、どんどんあたし達に関わろうとしてくれること、そして一緒にいることを楽しそうにしてくれているのを見るとやっぱり嬉しい。
「そういえば、アリサに恩があるっていうのは?」
「ああ……。そういえばカナには話したことなかったっすか。極東支部の事」
「こっちに異動してくる前にいたところ?マルサンさんと一緒の」
「っす。そこに現地で採用した後輩がいるんっすけど、アリサにそいつ本部に呼べねぇかなぁって相談してるんっす。マルサンもまだ異動してきてまだ浅くて何もできないし、アリサが一番話聞いてくれそうだってアイツが言い出して」
「へぇ。異動できそうなの?」
「っす。まだいつとかは決まってないっすけど、できなくはなさそうだって。やっぱアリサはさすがっすね」
今までに見たこと無いほどの嬉しそうに破顔するラースに、あたしは少し驚いた。アリサが昔、マルサンとラースがこそこそしててカップリングが妄想できて仕方ないみたいな事言ってたけど、この話だったのだろうか。
彼は嬉しそうな表情のまま、海の方に目をやると瓶に残ってたビールをぐっとあおって、バケツの横のごみ袋に入れた。
「じゃ、俺はちょっと酔っ払ったんで先に失礼するっす。あ、そういえば、来てよかった事、もう一個あった」
立ち上がって、伸びをし一歩コテージの方に進んだラースが言う。何だろうと思って振り返って見上げると、ラースがにんまりと、少しだけアリサに似た笑みを浮かべていた。
「カナの水着姿とか見れて、目の保養っす」
じゃ、と後をしたラースに急にどうしたんだろうと驚いていると、ここ最近しばしば感じる不吉な雰囲気を背後から感じる。振り返るのが怖いけど、振り返らないわけにもいかない。
「……ウィ、ウィル。冗談だから。からかわれただけだから、絶対」
じとりとラースが言った方を睨んでいるウィルをなだめるように言うと、彼は信用なさそうにラースの後姿を数秒見つめた後、あたしの横に腰掛けた。……やっぱりまだ怒ってるのかちょっと怖い。
おびえているあたしの様子に気づいてくれたのか、一瞬はっとした顔をしたウィルは慌てていつもの笑顔になってくれる。その様子にあたしは内心ほっとして、彼に話しかけた。
「競争は終わったの?」
「途中で棄権してきました」
また少しだけ怒ったような色が混じった声で言われた。なんだか気まずくて、あたしは体育座りをして小さくなる。
「あ、あの、先輩がどうとかではなくて……」
ウィルが慌てたように言う。
「その、先輩が可愛い水着着て、ラースさんが変な気を起こしちゃったらどうしようとか思って……不穏になってきたら、あんなこと言われてるし」
しょぼしょぼという効果音が聞こえそうな顔をして、ウィルが俯く。叱られた犬みたいでかわいいななんて、気まずいと思ったことも忘れて微笑んだ。
「大丈夫だよ、そんな心配しなくても、あたしなんかにそんな気になるはずないって」
周りに金髪ぼんきゅぼんのアリサ、お嬢様系美少女のエレノア、健康的な美人のカイリーがいるのだ。こんなぺたんこちんちくりんに変な気を起こすはずがない。
ないない、と手を左右に振るとその手をウィルにがしりと捕まれた。
「なんか、じゃありません。先輩は可愛いんです!」
もう片一方の手も取られ、両手を両手でぎゅっと包み込まれる。滴が垂れる前髪の隙間からじっとこちらを見ている薄紫色の彼の目があまりに近くて、思わずどきっと胸が大きく鳴った。
「華奢な体つきとか、大きな目とか、柔らかそうな髪の毛とか、ふわっとした白い肌とか、小さな爪とか、動きなんかもう全部可愛いし、水着も似合ってて、シャツがちょっと大きいところなんかも可愛くて……」
「も、もういいから!あ、そういえば!」
ものすごい近い距離で見つめられて、褒めちぎられるというか、なんかそこまで言われると恥ずかしくて仕方ない。途中で遮って、先の言葉も考えていないのにとりあえず言葉を発した。ウィルは手を握ったまま、なんですかと少し首をかしげて微笑み、こちらを見てくる。何か思いつかなきゃ!と、少し俯いて目を泳がせると、少しだけ開いた彼の胸元が目に入る。
「あ、そうそう!今日スイムスーツ着てるのって……」
「ああ、胸に陣があるからです。あんまり変に目立つのもあれだし、やっぱり見てて気持ちがいいものでもないかなと思って」
苦笑いを浮かべた彼の少し困ったような様子に、あたしは思わず目を伏せた。原作じゃ、彼はそんな痕を残さなくても良かったのかもしれないと思うと、やっぱり申し訳なく思う。つい、じっと左胸を見つめてしまったあたしに、ウィルは優しい声で言う。
「見ますか?」
茶化す風でもなく、でも、つとめてなんてことないように言う彼に、あたしは少し迷ってから頷く。彼はにっこりと笑うと、握っていた手を少しだけ自身の方に引き寄せ、あたしの左耳に口を寄せた。すぐ目の前に、スイムスーツの隙間から彼の鎖骨が見える。潮のにおいに混じって、少しだけ男の人特有の汗の匂いがした。
「ここじゃまだ人も多いですし、マック達も来ましたから、また後で。夕飯後に庭から出てすぐのところで落ち合いましょ」
頬に彼の熱を感じるほど近くでゆっくりと囁いて微笑むと、ウィルはすっと身体を離して立ち上がった。
「おい、お前ら、いちゃいちゃしてんじゃねーぞ!」
「なんだよ。さっきは、してもいいって言ってたじゃないか。で、どっちが勝ったんだ?」
砂浜から戻ってきたマック達と普通に話すウィルの言葉が遠く感じる。左耳の中に彼の吐息が残っていそうですごく熱い。
「カナ、顔真っ赤だよ」
長い髪から滴を垂らすカイリーに、顔を覗き込まれて笑われても、左耳に残るセクシーボイスの余韻が強すぎて、あたしはただただ力なく頷くしかなかった。
いちゃいちゃできてますか、できてませんね……あわあわ。




