ゆらめき
「ちょっといい?」
昼ごはんを食べに食堂に来ると、ちょうど話さなくちゃと思っていた目的の人物を見つけた。日にちはまだまだあるが、善は急げだ。伸ばしている金髪が背中にあたるのを感じながら一直線にそちらに向かうと、私は目的の人物に声をかけた。
「……珍しいな。目立つぞ」
今日の魚定食である、しめ鯖を口に入れて咀嚼して、飲み込んでから小さい声でそう言う。
私とウィルは今まで業務内容以外で、こんなに人が多い場所で二人で話すことは避けてきた。自分で言うのもどうかとは思うが、お互い、持ち前のビジュアルや能力のおかげで学園にいた時から目立ち、不要な噂話や恨みを買ってきたタイプだ。お昼時間でこんなに込み合う食堂で二人で食事を取るなんて考えられない。今までは。
「もうそんなの気にしないでいいぐらい、見せびらかしてるでしょ」
そう、相手方には悪いと思うが、ある意味私もウィルも意図的に見せびらかしている。私とガルデンが付き合っていることは、惚気ているフリをして最初に触れ回るようにした。ウィルとカナに関しては、付き合う以前からウィルが周りを牽制し、カナが好きなことをアピールを周囲にしていた。おかげで、この組織の中でカナに手を出そうなんて人はすっかりいない。あ、そんなことない。一人例外の、ボッツさんがいたか。
結局、ほれ込んでいるのが自分の側だったとしても、付き合っている本人達の関係性なんて周りは知らないから、変に恨みを買ったりするのだ。勝手にこちらをカリスマ化した人達が、なんであの子が、釣り合わないんじゃないかとか都合のいい妄想をして、偽者の正義感を建前に余計なことをされても腹が立つ。こうやって、自分の方が惚れこんでいるという事をとにかく周囲にアピールするのが、相手を守り、不要なトラブルを少しでも減らすことに繋がるのだというのがお互い一致した見解である。
ウィルは納得したのか、小さく頷くと、目の前の席に目をやった。私はそこに持っていたお盆をおいて椅子を引く。
「アリサは、また肉定食か」
「私にしてみたら、魚定食ばっか選ぶあんた達が不思議だけどね。あ、あんたはあれか。カナを見続けて好みがつられちゃってるのか」
からかうつもりで言ったのに、ウィルはもう一切れ鯖を口に放り込むと当たり前とでも言うように頷いた。こういう予想を上回るほどの素直なところがあるから、この王子は憎めない。遠くから見て、カップリングを想像しているのは別として、スカしてるし計算高そうだし、実際話したら鼻持ちならないイケメンだろうと思っていたのに、こんな面倒まで見ちゃうなんて、随分絆されたものだなぁと思う。もちろん、カナが悩んでいることだっていうのもあるけど。
「で、どうしたんだ。なんか話があるんだろ」
私がいただきますと手を合わせチキン南蛮に手を付け始めたのを見てから、ウィルが聞いてくる。
「カナのこと」
そう言うと、ウィルは驚くでもなく少しだけ俯いたように見えた。昨日、みんなで集まった時に私がカナを連れ出したのもわかっていて、予想はしていたのだろう。
「で、なんで付き合い始めたらがつがつ行かなくなってるのよ。普通別でしょ」
私の見立てによれば、カナが悩んでいる問題は、彼女がきちんとウィルに向き合って積極的になれば簡単に解決する問題なんだけど、残念ならがあの奥手は悩むだけ悩んでそんなところに行き着きそうにない。
それよりも、ウィルが積極的でなくなっていることが、あたしにとっては不思議なのだ。彼女が箱庭に捕まる前、ガンガン行こうぜ!的なアプローチをすると決心していた彼の今の行動が引っかかる。変なところを紳士ぶっているのか、両思いになったことで満足しているのか。それにしては、今までどおり……いや、今までどおりどころか今まで以下の行動になっていることが気になる。
「……うるさい」
「私だって、カナがまたうじうじしたりしなきゃ、他人の恋愛事に口出ししないわよ」
気まずそうに不貞腐れて言ったウィルを冷たい目で見ると、自分でも行き詰った感があるのか彼はしぶしぶと口を開いた。
「……先輩、付き合ってるって言ってたか?」
私はその言葉に首を傾げる。じっとこちらを見てくるその顔を見て、やっぱり美形だなぁなんて思う。好みじゃないけど。
「うーん……言ってないわね」
少し考えてそう言った。確かに思い起こしてみるとカナの口から告白したとか好きな人といった単語は聞くけれど、付き合ってるとか……ましてや、“彼氏のウィル”なんて単語を聞いたことはない。
「ちょっと待って。告白したって聞いたんだけど、付き合うって話になってないの」
「おおよそ、アリサがインカムで聞かせてくれたままの内容だよ」
ウィルが言うには、職種変更したのはウィルにつりあうようになりたいからだという話をされただけだというのだ。
「嬉しかったけどさ、なりたいから頑張るねって言われたら……」
「オーケーなのか、待ってってことなのか、どうしていいかわかんなくて待ってるってわけね」
ウィルはさらに俯きつつ頷いた。そろそろ90度を超えてしまいそうで、彼の首が心配になる。私は思わずはぁとため息を吐いた。
「今でも十分幸せなんだよ。幸せすぎるんだけどさ……」
「好きあってるんだったら、あれこれしたいわよねぇ」
同情的に呟いた私に、彼は大きく頷いて箸を揃えて皿の上に置いた。すぅと大きく息を吸った音が聞こえたので、なんだか長くて面倒くさそうだなと思い、私はチキン南蛮の一番大きい塊を口の中に放り込む。
「でも、先輩は先輩だから、せっかく両思いになったのに、なんか今がっついてまだあたしつりあってないのにとか悩まれても困るし。いや、でも、そもそもつりあうようになりたいとかなんですかって言いたい。俺の方がずーっと好きで、好きだ好きだって言ってて、先輩も好きになってくれたんならそれでいいじゃないですか。むしろ俺がつりあう男になれたからこっちを見てくれたんじゃないのかって聞きたいよ。学園の時だって、よく視線感じてて 、すげぇ目があって、昔優しくしてくれた先輩だってこっちは気になったのに、気にしたら気にしたで実際向こうはまったく俺のことに興味なさそうで、俺から話しかけたり関わろうとしてもむしろ避けられるか素っ気ないくらいだし。最近だって手を繋ぐのはいいけど、それ以上に近寄ろうとしたら困った顔して」
ばーっとまくし立てる王子に適当に相槌を打ちながら、咀嚼する。おかず一切れどころか、それに見合う量のご飯も食べることができるだけの長い時間があった。とりあえず、言い終わってうなだれるウィルを見て、私は口の中のものを飲み込んだ。
一言で言うと不憫。もし二言目を言っていいならこいつら面倒くさい、だ。
双方の話を聞くとお互い考えすぎでしょとしか言いようがないが、今回のことに関してはちゃんと伝えてないカナが悪くて、ウィルの方が可哀想な気がする。
(緊張してるだけだと思うけど……)
面白い、というよりは面倒くさそうな話にあたしは思わず頬を掻いた。これをあたしが楽しむには、いったいどうしたら面白いだろう。だって、好き勝手やってる中でみんなに幸せになってもらいたい。ただのいい人になっちゃって恩を売るなんてまっぴらごめんだ。
(さてさて、どうしようかな……)
久しぶりの難問にあたしはそんなことを考えながら、ウィルににっこりと微笑みかけた。カナと同じで少しまずいと焦った顔に、あたしは嬉しくて心から微笑んだ。
番外編なので他者視点まぜまぜにしてみました。




