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メール屋さんのお仕事 カウントスリー

「ちわー、郵便物持ってきたぞー」

「はーい、いつもありがとうございます」

「あ、今日ノルドのやつは休みの日か」

「そうですよ。今週主任は今日と日曜日の二日がお休みですね」


 警備のおじさんから郵便物の入った袋と、別途書留の封筒を受け取る。外部からの郵便は日曜日を除いて、毎日届くがその中でも今日はちょっと配達量が少ない水曜日だ。


 あたしの仕事は週休一日ないしは二日で、休みは基本的に不定期だがこの水曜日と日曜日はほぼ必ず出勤になる。メール室は主任とあたしの2人しかおらず、主任の休みを確保するため、あたし一人でもなんとかこなせるその2日は出勤するしかない。

 戦闘職種やアリサの所属する司令部なんかの実働部隊は、ほぼ24時間365日で稼働しているのだから、日曜出勤があっても夜勤が回って来ることがないことは幸せなだと思う。


「そうか、まあもうずっとやってることだし、大丈夫だと思うけど、カナちゃん一人なら気ぃつけて検査するんだぞ」

「はーい。いつもありがとうございます」


 人の良い笑顔を浮かべるおじさんを見送って、あたしは普段主任が使っている机に向かった。




 メール室の仕事を簡単に説明するとこんな感じである。


 午前中は前日の夕方までに回収して仕分けした組織内の書類や配達物を各部署に届ける。これが基本的には各自のデスクやデスクがない人にはロッカーまで届けなくちゃいけないから、ちょっと時間がかかる。2年以上やってだいぶ部署や人の場所を覚えたけれど、それでも、人の異動が多い春先とかはいちいち自分で地図を作って対応したりしないとあたしは結構間違えてしまう。

 それらの配達に2時間~2時間半ほどをかけてメール室に戻ると、だいたい外部からの郵便が入り口の警備室に届いていて、警備員の人が届けてくれる。そこから昼食の時間までは主任は郵便の保安検査をし、あたしは支部に出す方の社内便を整理して出荷準備をする。それがひと段落したら昼食なのだが、大抵の場合はちょっと遅めになり、時間通りの部署とは合わない。比較的空いてる食堂で昼食をとって戻ってから、午後は外部からの郵便を各所に届けつつ、各部署にある郵便と社内便の混ざった出荷BOXを回収する。その後、外部郵便と翌日届ける社内便にわけて整理し、外部郵便と支部に出す社内便を警備室に預けて一日の仕事はおしまいだ。

 基本的には毎日同じ仕事だけど、これにちょいちょいイレギュラーな仕事が入ってくる。急なお届けものとか、全支部に届けなきゃいけない荷物の梱包の手伝いとか。

 

 そして、普段の仕事の中でもっとも難しいのが、これ。外部郵便の保安検査である。


「うわぁ…あやしい…あからさますぎて、ちょっと面白いくらいだわ」


 警備の人から受け取った郵便袋から出した真っ黒な封筒に赤い封蝋。宛名は白い文字で書かれている封筒が…もごもごと僅かに蠢いている。なんだろう、たとえるなら中にたことか大量の芋虫とかが入ってそうな動きだ。もちろん、そんなの入ってないと思うんだけど。


 主任特製のマスクとゴーグル、手袋をしたあたしは気合いを入れるとその封筒に向き直った。


 呪文を唱えると、ゴーグルがうっすら光って封筒の中がうっすらと見える。

 中身に目を凝らすと、緑のインクで描かれた魔法陣のような物から生えたタコだかイカだかの足のような…いや正直に言うとエロい漫画で見るようなイメージの触手が、窮屈で出してほしそうに動いているのが見えた。絶えまなく蠢くそれは、ずいぶん元気だ。

 魔法陣の内容を読みとろうと再度目を凝らしてみる。どうやら、宛先の主が封筒を手に持つと、かけている魔法が発動するようになっているようだ。なかなか高位の者がかけた魔法なのか、魔方陣には発動条件が書いてあるだけで、実際に発動する魔法がなんだかまではわからない。

 開封したら、中から大きなたこがでてきて、この触手でつかまって頭から食べられちゃうとかだろうか。できれば卑猥なやつではあってほしくない。…そういう薄い本も何度か見たことはあるけどさ。


「はい、封印」


 横にあったハンコを特殊な液につけて封筒に押す、できるだけ中に染み込む様にしっかりと液をつけた。いつものだいたい3割増しくらい。

 そうしてしばらくすると見ていると、封筒は徐々におとなしくなり、最後には普通の薄っぺらい封筒になった。

 宛名と送ってきた人の名前、考えられる封書の内容や処置した方法などを二枚写しになっている連絡票に書くと、一枚は社内便のボックスに、もう一枚は封筒とともに専用の袋に入れる。

 この袋と警備の人から受け取った袋は同じ素材と製法でできており、これも主任特製である。




 イーリス守護部隊は悪魔相手に戦う特殊な集団だが、その所在地を隠しているわけではない。確かに近い町までも普通にあるけば一週間はかかる険しい山奥にはあるものの、隊員証か許可証があれば近しい町から魔方陣でワープして一瞬でこれるし、普通に住所を公開している。

 しかしそのオープンさ故に、外部からの変な郵便はほぼ毎日届く。悪さをして隊員に成敗されちゃった悪魔の親類から呪いのメールや嫌がらせの荷物がくる時もあれば、どこぞの助けてもらった令嬢から恋のまじない(という名の呪い)のメールがくることもある。

 警備も結界も強くて、直接は手が出せないイーリス守護部隊に一矢報いるには、手紙を装って仕掛けるのが一番手っ取り早く思いつくのだろう。



 普段は主任が自分の魔力を使って感知したり封印したりしてくれてるけれど、主任が休む時は私が保安検査もするしかない。

 まっっったく魔力がないあたしは主任が作ってくれたマスクを通すことにより、ほんのわずかではあるが呪文に魔力を帯びさせる。発動の呪文を唱えて、ゴーグルで感知と透視をし、手袋で結界を張り、スタンプで封印をする。さらにその上に主任の作った特性の袋―これには内側に結界が張ってある―に、怪しいブツをしまって、研究室に解析と最終的な処置を頼んで、完了だ。

 いつも気だるげでやる気のない主任だが、こんな道具をあたしのために作ってくれるぐらい、頼れる優秀な人なのである。…まぁ、本人が休みたいだけかもしんないけど。




「よぅし、完了!はー肩こったぁ…」


 その後も魔力を封印されちゃうような普通(?)の呪いから、夜な夜な寝言で女の名前を呟くようになっちゃうまじないだったり…何が目的なのか、開けた瞬間に着ている服や下着が蝶々になっちゃう呪いなんてのもあった。もし保安検査がないと受け取った人は、服になった蝶々が飛んで行っちゃったらみんなの前で真っ裸だ。ま、宛先が男の人だったからまだいいけど。


「気になるのはこれよねぇ」


 目の前には綺麗で高そうな封筒が三通。別に呪いはかかってない。気になるのは、それらがここ最近ですごく見慣れたということである。


 三通の差出人はすべて異なるが、宛先は全て一緒だ。


「ウィルたんはさすがだねぇ」

「僕がどうかしましたか?」


 誰もいないと思って呟けば、背後から急に声がかかって「ぎゃあ!」と驚く。慌てて振り向けば、そこには渦中の人、ウィルがいた。どうしよう、“たん”とかつけて言っちゃった。


「…驚かせてすみません。支部に荷物を送るように言われて…ちょっと重かったのでもってきたんですけど」


 そういう彼の腕の中にはなかなか大きいダンボールがあった。


「あ、あぁ!ごめんね、わざわざありがとう」


 荷物を受け取ると確かになかなかの重量だ。伝票を一通指差しながら見て、抜け漏れがないことを確認すると、あたしはそれを台車の上においた。


「はい、お預かりしました!仕事で忙しいところ、ありがとうね!」

「いえ…で、僕の何が流石なんですか」


 笑顔で見送ろうとしたのに突っ込まれた。ちぇ。やっぱり聞こえてたか。特に何も言われなかったから大丈夫だと思ったんだけど。


「いやぁ、あんまりあたしが気にしちゃ駄目なことなんだろうけどさ」


 そう言いながら三通の封筒を差し出すと、彼の綺麗な紫色の目がやや見開かれた後、少しだけ頬が赤くなったように見えた。そう、3日と開けずに来るこの三通の手紙は、魔法はかかってないから中を見ることはできないが、どこからどう見てもラブレターなのである。

 何とも言えない表情を見せるウィルにやっぱりそうかぁと思いながらそれを差し出すと、彼はなぜかじっと手紙を見るだけで受け取ろうとしない。


「…あの…やっぱり気になりますか」

「そりゃあねぇ」


 裏に書いてある差出人の名前には三つとも覚えがある。

 一通はこの組織の戦闘職種の中でもセクシーナンバー1とも言われるお姉様だし、もう一通は二巻の娼婦十字架事件で情報提供してもらった娼館の女主人からだし、最後の一通は学園ではあたしと同級生で、アリサと並んで二大美人と称された大人っぽい女の子だ。

 そして何より気になるのは毎回とは言えないけれど、ウィルからも彼女らに返事が出されていることである。彼の名前が書かれたシンプルだが品の良い…女性受けしそうな薄紫の封筒の宛名が娼館の女主人だった時は本当に驚いたものだ。


(確かに、小説でもちょいちょい女性に好かれてるキャラだったけどさ…)


 でもそれは、強くていい人でイケメンという三つ揃った主人公だからだと思っていた。それがまさか三通ものラブレターに返信するプレイボーイだったとは。返事がたまになのは焦らしプレイかなんかなのだろうか。


「あ、ごめんね、こんなこと覚えられてたら気持ち悪いよね!」


 いくら同僚、隊内のメール室とは言えども、仲介しているだけ。こんな宛名とか頻度とかプライベートなところまで確認して見られているなんて気持ち悪いだろう。


「いえ、気持ち悪くないですし、気になるようでしたら止めます」

「え、いやいや!そんなそんな!プライベートには立ち入らないし、誰かに言ったりしないから大丈夫だよ!」

「でも、気になりますよね?」


 心なしかしゅんと落ち込んでしまった彼に、あたしは慌ててぶんぶんと手だけじゃなくて首を振る。いくら同時進行だとか相手が全部セクシー系だとか引っかかる部分が多々あるとはいえども、彼の恋路を邪魔する権利はあたしにはない。

 必死に否定した甲斐あってか、ウィルは笑ってくれた。あ、すごい綺麗過ぎて、よだれでそうになっちゃった。危ない危ない。でもこんな間近で見れるとは眼福だわー。


「そういえば、今日はもう一人の方いらっしゃらないんですね」

「主任のこと?主任は今日お休みなの」

「あ、そうなんですね。毎週水曜日なんですか?」

「不定期だけど、だいたい水曜日か日曜日だねぇ…」


 一人だと大変ですね、何か手伝えることがあったら何でも言って下さいねと言ってくれる彼は、社交辞令であったとしてもやっぱり優しなぁと思う。ちょっとほっこりしながら、司令部に戻る彼を見送った。




 その後、水曜日と日曜日には、彼や彼が良くいる司令部の荷物はウィルが持って来てくれるようになってしまい、彼の優しさに恐縮する一方で、こういうところが彼がプレイボーイ…もといモテる理由なのだと怖くなったのは本人には言えないので内緒である。

カウントが一個飛んでるのは間違いでも、めんどくさがりでもございませぬ…

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