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メール屋さんの秘密事情  作者: いたくらくら
第二章 メール屋さんの恋事情
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プロローグ(おしまい!)

 あたりがほんの少し明るくなった頃。薄曇りの空を雲が流れる。遥か遠く地平線まで続く赤茶色の土に覆われた荒野のその景色にあたしはもう何度目かわからないが、ほぅ、と息をついた。この岩の上に座って二時間は経っているが、それでもこの感動は収まらない。


「カナ、どうしたの?」


 あたしが乗っていた岩の下からカイリーが声をかけて来る。


「ううん、なんかちょっと景色に感動してて」


 そう言うとカイリーは怪訝な顔をした。


「こんなに何もなくて、天気も悪いのに?」

「うん。長年生きてきたけど、生まれてはじめてこんなスケールが大きなの見たから」

「おおげさだなぁ!」


 へへへ、と笑うカイリーが思う以上に、あたしの中ではおおげさな事なんだけどなと心の中で思いながら、笑い返す。地元や学園、イーリス治安部隊本部の狭い世界でしか生きてなかった今世だけでなく、前々世でだってこんな広大な景色見たことない。


「そろそろ交代の時間だよ」


 魔法を使って岩に飛び乗ってきたカイリーに頷き、逆にあたしは飛び降りた。腕の時計を見ると時刻は五時。一時間くらいは休めるだろうか。耳につけてたインカムに手を当てて呪文を唱え、通信をオフにすると、カイリーに手を振って、ぐるりと岩の周りを歩く。

 座っていた岩のすぐ横、さらに大きな岩の中にできた窪みような洞穴に入った。四人がゆうに寝転がれそうな広さのそこには、ウィルとマック、先輩かつ彼らのチームリーダーであるロスさんが寝ている。


「先輩」


 寝ていたかと思ったウィルが起き上がる。寝起きだからかあまり目が開いておらず、声も小さくて少しかすれ気味だ。いつものキラキラオーラ全開じゃないけれど、気だるげなセクシーさと幼い可愛さがあって、いつも通り鼻血ものだ。本当に主人公ってずるいな、なんて思う。

 半分だけ体を起こした彼は、寝たままの二人を見ると、壁際を空けるようにマックの隣に寄った。


「ごめんね。起こした?」

「いえ、大丈夫です」


 ぽんぽんと空けた場所を叩いて促されたので、あたしはその場所に腰をおろして、体育座りする。


「寝ないんですか?」

「うん、あと一時間で出発でしょ。寝ちゃったら逆に起きれなくなりそう」


 正直言うと初任務の緊張で眠れそうにないだけなのだけど。いえ、すみません、取り繕いました。本当に正直に言うと、好きな人……ウィルの横で、しかも体も触れるか否かのすぐ近くで寝れるだけの強い心を持ち合わせていないだけです。




 マックが復帰した翌日、アラン司令部長に正式に異動を希望する旨を伝えてからは早かった。一週間でラースに引き継ぎをし……とは言っても彼はもう十分一人でやれるようになってたのだけれど……翌週にはあたしは諜報部隊の一員となった。

 諜報部員は全部で百名弱。四人一組のチーム行動を基本とする戦闘部員とは違い、任務によってチーム編成は変わる。また、たとえチームを組んで任務にあたっていても、基本的には一人での行動が多い。

 研修という名目で基本的な知識や役割、ちょっとしたコツみたいな『いろは』を本部で教えられたのは二日間だけで、後は実施で覚えろと放り出されることになった。諜報部員自体の人数が少ないのと、任される任務の範囲が広く長期化しやすいことで、この職種は慢性的に人手不足なんだそうだ。

 初回の任務だからできるだけ負担の少ないところと検討された結果、荒野に最近出来たという街の調査に行くことになった。砂漠や荒野などにジプシーや遊牧民族が街を作るっていうのは珍しいことではないそうなんだが、唐突にできたにしては驚くほどの大きい規模で、かつ、自分たちでは街ではなく国を名乗っているらしい。元々そこの土地を有する国との関係も危ういらしく、有事の時のための調査と予めすぐに向かえるよう魔法陣を張りに行くという危険のない仕事だ。

 本来だと一人でも十分ではあるが、一番近い転送陣から四日かけて荒野を抜けなければ着かないところにあるというのことで、戦闘職の班と一緒に行くことになった。それがウィル達の班だと知った時はアリサが気を使ってくれたのだろうかと、なんだかちょっと悪い気がしたが、それでも気心しれたこの組み合わせにしてくれた事に感謝した。……最初だけ。


「……そうですね、じゃあコーヒーでもいれましょうか」

「え、いいよいいよ!」


 起き上がった彼を止めようと思わず慌てて声をあげると、彼はあたしの唇に人差し指を当てる。


「起こしちゃいますよ」


 にっこりと有無を言わさない笑顔で、小鍋やカップなどを持った彼は先に洞窟を出てしまった。突然、唇に彼の人差し指が当てられたことに動揺して何も言えなかったあたしは、一瞬置いてその後を追う。

 洞窟の裏側、岩と岩の影に腰をおろすとウィルは手早く小鍋に水の魔法と火の魔法を唱えて湯を沸かす。


「今日中にはつきますかね」

「あ、うん。そうだね。残りの距離を考えると、お昼頃にはつくんじゃないかな」

「そしたら、先輩がまず一人で入るんですよね。心配だなぁ……」

「まぁ、いきなりぞろぞろ行っても警戒されちゃうかもしれないし。一応この辺のジプシーの服装を持ってきたから、頑張って迷い込んだ人のフリして、すぐに拠点になるとこ借りるね」


 意気込みを表すようにこぶしを作るあたしに、ウィルはため息を着く。


「でも先輩、本部を出てからあんまり寝れてないみたいだし。まだ任務はこれからなのに、やっぱり、こう、危ないんじゃないかって……」

「そ、そんなことあるかも、しんないけど……でも」


 寝れなかったのは初任務で緊張してるのも、野宿が慣れてないのもある。でもそれ以上になにより、やっぱりさっきみたいな状況で寝れないのだ。なぜか寝るとなるとカイリーかウィルの横にされるのがいけない。カイリーの横なら寝れるけど、ウィルの横は妙に緊張してしまう。マックの隣?今ならちゃんと爆睡できる気がします。

 だから、出発した時には感謝したこの組み合わせも、二日目になるとちょっと厄介かもと思っていた。好きな人にドキドキして睡眠が取れず、仕事になんないとか情けない。できるできないは置いておいて、仕事にはちゃんと真面目に取り組めているタイプのつもりだったんだけどな……。

 情けなくて、少し涙目になったあたしにウィルは慌てた顔をする。


「す、すみません。つい、その……先輩が心配で……」

「ううん、それはわかってるから。ありがとうね」


 外に出てから随分と……それこそ過保護なまでにウィルが気にして構って助けてくれているのはわかっている。わかっているけれども、でも、あたしがなりたいのはそういう状態ではない。


「あのね、ウィル。聞いて欲しいんだけど」


 決心して口を開く。ウィルはこれ以上無いほどの優しい笑顔であたしを見ている。透き通るまでの紫色の瞳がとても綺麗で余計に胸が早打つのがわかる。

 あたしが職種変更をした理由を話したら、彼は驚くだろうか、怒るだろうか。もしかしたら、重たくて引いちゃったらどうしよう。

 それでも、あたしは彼の隣にいるならば、そうしたいと思ったのだ。本の中のあたしが憧れたヒーローに釣り合うヒロインにはどんなに頑張ってもなれないのかもしれないけれど、努力をせずにいたくはない。


「実はね、あたしが職種を変えたのってね……」







 こうして、ようやく被害者モブからたぶんサブキャラぐらいまで格上げされたはずで、そしておこがましくもヒロインを目指すあたしが、荒野の街でまたもや事件に巻き込まれちゃうのはまた別のお話。


fin.

お付き合い頂きありがとうございました!

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