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メール屋さんの秘密事情  作者: いたくらくら
第二章 メール屋さんの恋事情
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ものがたり

 アリサに、「お願い」をしてから、五日がたった。



 探索用の道具ができた当日にマックを含む捕まっていたイーリス治安部隊の隊員を全て救出した後、各地に散らばった隊員達は、他の箱庭の持ち主に気づかれないよう秘密裏に箱庭を見つけては、中に囚われていた人たちを救出・保護、そして使った人を確保していた。時には複数人を飲み込んでいたのか、衰弱してはいるが生存している被害者と体力が持たなかったのであろうすでに死んでいる被害者を同時に吐き出してくる箱庭もあった。

 イーリス治安部隊は日に日に箱庭の発見数を増やしては言ったが、昨日夕方頃から発見数が鈍り、見つけたとしても中からは死体だけが出てくるケースが増えた。優先的に捜査を行う場所を、直近で消えた行方不明者がいる地域や複数人が消えている地域にしたため、そろそろそれらのケースはほぼ捜査が終わって、残りの『消えてしばらく経っていてかつ箱庭が一度しか使われてないケース』に当てはまる事件にまで移行した証拠だろう。救出というより、回収と使用者の確保というフェーズに移った今、人員や捜査用の備品に余裕が出てきたこの日、アリサに伝えていたあたしのお願いは叶うことになった。




 箱庭の中で着ていたのとまったく同じ戦闘服に身を包んだあたしは、目的の部屋をノックする。時刻はまだ朝早く、中にはまだ一人しかいないはずだ。


「はーい」

「すみません、おはようございます」


 扉を開けて、中に入ると目的の人物はちょうどコーヒーを飲んでいるところだった。


「あら?カナさん!?もう来られるようになったんですか?」


 一瞬の驚きの表情の後、にこやかに笑いながら立ち上がってこちらに来る彼女に、あたしは背中を向けないように後ろ手で扉を閉めた。あたしの格好や様子がいつもと違うと思ったのか彼女は足を止める。


「いえ、今日はお話があって来ました。アナスタシアさん」

「……どうされたんですか?」


 きょとん、と言う言葉がとても似合う可愛らしい表情と動作で首を傾げたアナスタシアさんにあたしは首を振った。あたしのその様子にアナスタシアさんは少し黙った後、またにこりと笑った。


「とりあえず、座ってください。お茶淹れますね」


 席を立ったアナスタシアさんを見て、言われた通りに勧められた椅子に腰掛ける。


「その服、かっこいいですね。イーリス治安部隊の戦う時の服でしょう?制服も素敵ですけど、カナさん似合ってますね」


 じっと彼女を見つめている視線に気づかないはずは無いのに、なんてことないように普段通りに彼女は朗らかに話を続ける。


「異動されたのって諜報部隊でしたっけ。カナさん、検査の時も感知とか投資とかそういう魔法はもともとレベル高かったですもんね。異動されて、やっぱりすぐ慣れたでしょ?」

「いえ、異動はしてません」


 お茶を片手にこちらに来た彼女は、あたしの目の前にカップを差し出すと向かい合わせになるように座った。あたしの言葉に驚きも疑問も返さない彼女から眼を離さないまま、カップを受け取り、両手で包み込むように持って鼻へ近づける。いつもここで飲んでいたものと同じ匂いがするハーブティーだ。液色を見る限り、とても濃く淹れられているのがわかる。

 ゆっくりとカップを机に戻すと、一度手を離し、右手をかざして魔法を呟く。詠唱が終わって手を離すと、あたしの目には、お茶の表面が微かに波立ち、ぼんやりと薄く青白く光って見えた。

 それを見ていたアナスタシアさんは机に肘をつき、苦笑する。


「取りなしようのない感じですね」


 彼女はため息を吐いて、諦めたように苦笑した。あたしは、ポケットに入れていたガラスをテーブルの上に置く。


「これは、行方不明者が出ていた一連の事件に使われていた魔道具……箱庭を発見する道具です。先ほど、失礼だとは思いましたが学園の許可の下で寮内の貴方の部屋に調査に入らせていただきました。入り口に入る前からこれが反応し、調査の結果、キッチンの床下から箱庭が見つかりました。すでに押収して、今は本部にあります」


 今は何の反応もしないその砂の入ったガラスを、アナスタシアさんは興味深そうに見つめる。


「さすがイーリス治安部隊よね。技術力が高いわ。そもそも、なんで私が、その箱庭を持っていると思ったのかしら」


 右手でガラスを傾け、中の砂をさらさらと流しながらアナスタシアさんは言う。全面的に肯定をする言葉にあたしは自分が追い詰めておきつつ、ショックで胸が痛んだ。


「箱庭に入る時の条件は、対照者に箱庭に触れさせながら、中に閉じ込めるように念じること。助かった被害者の人やエレノアは箱庭の持ち主に近づいた記憶や箱庭で触れた記憶があったんですけど、あたしにはなかったんです。そもそも、支部に異動したボッツさんに会った記憶もなかった。それで、自分がいつ消えたのかを考えたんです」


 アリサに学園から帰ってこなかった、と言われて一番に怪しいのは学園からの転送陣だ。しかし、転送陣にはいつも警備の人がいるし、そうそう書き換えられるものではない。念のため確認したが、学園にある転送陣にはやはり書き換えられた形跡はなく、その日あたしが使ったという履歴もなかった。もちろん、それはボッツさんも一緒だ。


「ボッツさんがこちらに来たわけでもなく、あたしがボッツさんのいるところに転送陣で行ったんじゃないとすると、いつあたしはボッツさんのところに行ったんでしょう?それで思い出したんです。あの日、学園の転送陣の部屋に入ったときに体が重たくなったことを。……箱庭の中で体験したので、本当かどうか分からないけれど、異空間に異動するときに感じたのと同じ感覚でした」


 あたしは一息つくと、アナスタシアさんの目を見る。彼女は相変わらず微笑んでいて、逆にあたしが泣きそうだった。


「学園から帰るとき、アナスタシアさんはいつもあたしを転送陣の部屋まで送ってくれた。あなたが魔方陣に続く部屋自体を異空間に繋げたとしか考えられない。そう考えて貴方を疑いはじめれば、あとは引っかかる点がいくつも出てくる。あたしが箱庭の中でいつの間にか普通に異動していたこと。異動するなんて話は、貴方とベルグ教授しかしていないはずです。後はこのハーブティー。ボッツさんの箱庭の中にいた時にもこれと同じものを飲みました。いえ、これと同じものしか飲まなかった。独特の香りのするハーブティーです。コーヒーや水、普通のお茶と言ったスタンダードな飲み物じゃない」


 彼女はいつも、あたしの分だけ別にしてこのハーブティーを淹れていた。あたしがベルグ教授にコーヒーを出された時、彼女はそれを下げてわざわざこのハーブティーを出してきた。異動すると言った時、特別濃いものを飲まされた。それを思い出せば、どうしてそこまであたしにこれを飲ませることに執着したのに疑問が沸く。


「それで、お茶に魔法を?」

「魔力に反応する何かしらの物体が入っていれば光る魔法です」

「そう。やっぱりそういうの、詳しいのね。飲んでくれたらどうにかできるかななんて、自分可愛さが裏目に出ちゃったかな。普通のコーヒーだすかちょっと迷ったんだけどね」


 髪を、細い指でくるくる少しもてあそんだ彼女はまるで悪戯をしかられた子供のように笑った。


「どうして……」

「どうしてなんて、そんなのおおよそ他の加害者と一緒よ。どうせ、ボッツももう捕まってて尋問されてるんでしょ?でもそのカナさんの様子だと、あたしが貴方のことで協力したってことは言ってなかったのかな。ただの下種だと思ってたけど、案外いいヤツなのね」


 確保の後、尋問されたボッツさんは確かに箱庭を手に入れた経緯を話していた。

 休みの日に実家に泊まっていたら夜中に突然悪魔に渡された。使い方を教えられて、ボッツさんは片思いをしていた相手……これがつまりあたしなわけだけれども…を入れたいと思ったらしい。異動届けを出し、わざわざ人のいない支部に行ったのも気兼ねなく箱庭を使うためだそうだ。そうして彼は、色々な準備をしてあたしを箱庭に閉じ込めた。エレノアが閉じ込められたのは、あたしを箱庭に入れるための実験的なところで、本当は情報部員の女性、できれば腕っ節の弱い女性であれば誰でもいいと思っていたらしい。あたしがしばらく学園に来れないといいに来た日、アナスタシアに、あたしを夕方には転送すると言われて、焦って試したそうだ。


「あの箱庭、普通はね、被害者の行動を見ていたいという気持ちからこの箱を使うみたい。人間、その人が好きであれ、嫌いであれ、知られてるなんて少しも思っていない行動を見るっていうのは心くすぐられるみたいね。盗聴や盗撮することが常習化した人って何が楽しいかわかります?そこに性的な意味合いだけを求めているわけではない。自分はなんでも知っているという気持ちになって、その人を見透かして見下して、結果、自分の方が上だって言う自己承認欲求を満たしているんです」

「でも、あなたの箱庭からは、誰も……死体も出てこなかった」

「それは、私が箱庭の他の使い方に気づいたから。人を飲み込む魔道具は、人形遊びをする箱庭でもあり、心理を表す箱庭でもある。この箱の中では自己表現ができるの。自分の思ったとおりに動いて、自分が思ったとおりに返す、全面的に自己肯定してくれる世界だもの。人間の信じ込む力ってすごいのね。アリサみたいになりたいって思ってその設定で箱庭の中の時間を過ごして、出たいと願って箱庭を抜け出す。そうすると、どんどん現実でも『こう言っていいんだ』、『自分はこう言う事できるんだ』って思い込んで、本当にできるようになるんだもの。おかげで、私は窮屈な家を出ることもできたし、学園に戻って研究に携わることもできたわ」

「じゃあなぜ、ボッツさんに手を貸したんですか」


 彼女の話だけを聞くと、箱庭は彼女を良い方向に導いただけだ。


「最初に言ったじゃない。おおよそ他の加害者と一緒だって。ボッツはカナさんのことが好きで閉じ込めたかったんでしょう?そこで一緒に暮らしたいみたいなこと言ってたわ。箱庭の中に入り続けていれば、そのうちお互い死んでしまうのにね」


 一息おいた彼女は、あたしではなく、誰も居ない扉の方を向いて言った。


「私ね、幼稚舎の頃からウィル君が好きだったの」


 扉を隔ててその先にいる人にも聞こえるように、やや大きな声を出された言葉に反応はない。彼女はあたしの方を向いて、続けた。


「でもボッツみたいな……箱庭の中で一緒に心中なんて真っ平ごめん。せっかくなりたい自分に成れたんだもの。現実世界で幸せにならなくっちゃ。でも彼、学園時代からずっと好きな人がいた」

「なんで……」

「何で知ってるのって、見てればわかるよ。私もずっと見てたように、彼もずっと見てるんだもの。それこそ分かりやすすぎるぐらいに。だから、アリサととも仲良くしてたの。貴方のことを知るために。正直、知れば知るほどなんでこの子って思った」


 アナスタシアさんがゆっくりと立ち上がる。それにあわせるように、あたしも立ち上がると数歩後ずさり彼女から距離をとった。彼女は、ハーブティーのカップを片手に取ると、同じだけ距離を詰めてくる。


「ねぇ、カナさん、おとなしく箱庭の小さい世界の中でボッツと心中してれば良かったのに。本当にムカつく女ね」


 じりじりと寄られ、なおも数歩下がると、扉のすぐ横の壁に背中がついた。アナスタシアさんを見つめたまま、後ろ手で扉開けようとするけれど、こういうときに限って気持ちが焦り、ノブをつかめない。


「何にも興味ありませんみたいな顔して澄ましちゃって。たいしたことないのに、ウィル君に好かれて、アリサとも仲良くて。なんの苦労も障害もなく、みんなと同じイーリス治安部隊に入団して。そのくせあたしは可愛そうですみたいな顔して、うじうじうじうじ暗くてさ。ウィル君のことだって、ずっと彼の気持ちを引き伸ばして弄んでるんでしょ、カマトトもここまで極まれ…」

「……そこまで」


 がちゃりと扉が開けられて、少し引っ張られ、耳が塞がれる。背中に体温を感じる。塞がれる前に聞こえた声がウィルの声だったから、あたしを半分抱きしめているようにしているのは彼なのだろう。

 ほとんど音の聞こえない状態で、後ろも振り向けずにアナスタシアさんを見つめる。ぱっと明るく嬉しそうな顔をした彼女は、あたしの顔の少し上を見ながら何か数言口にした。しばらくの間があり、彼女は頬を染めたまま、諦めたように微笑んで頷き、持っていたカップの中身を一気に煽って、ゆっくりと床に倒れた。

 あたしの隙間から、カイリーとエレノアが走りよるのが見える。耳から手を外されたあたしは一瞬後ろを振り返ってウィルであることを確認した後、それに続く。


「大丈夫、眠っているだけだよ」


 カイリーの言葉にほっと胸をなでおろすと、あたし達は彼女を本部へ連れて帰ったのだった。


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