決心②
アラン司令部長にアリサ、マルサンさんやガルデンさんなど司令部のメンバー十数人と、ボッツさんを確保したということでウィル達の班、そしてあたしとエレノアで会議は行われた。
はじめのうちこそ、司令部長のすぐ近く、会議室の一番正面のやや扉側に座らされて緊張をしていたが、会議ではエレノアとアリサが率先して喋ってくれたのであたしは文字通りただ座っているだけで良かった。先ほどアリサに説明した内容を再度エレノアが話し、アリサがそれに対して本部で把握している情報を捕捉する。一通り、説明が終わり、会議もおおよそひと段落ついたかなと言うところで控えめなノックの後、扉が開けられた。
「失礼しゃーっす。速達っす」
相変わらず気だるげな声を出しながら入ってきたラースの姿を見て、あたしは目を瞬かせる。実際に会ってないのは二、三日程度ではあるが、なんだかひどく懐かしい気がして、嬉しい。思わず声を出しそうになったのを抑えていると、あたしの視線も気にしない様子で、司令部長のところまで書類を持って来る。
「ご苦労」
「っす」
ぺこりと頭を下げるとそのまま踵を返して扉に向かう。そのまま出て行くのかと思いきや、あたしの後ろを通り過ぎる時にぽんと肩を叩かれた。驚いて振り返ると珍しく少しだけ微笑み、聞こえるか否かの大きさで「おつかれ」とだけ呟くと、何事もなかったかのように会議室を出て行った。気にとめてくれたのが嬉しくて、少し口が緩むのが自分でもわかる。
ラースから受け取った書類にざっと目を通した司令部長はそれを隣に座っていたマルサンさんに渡す。
「第四研究室より、回収した魔道具の探索方法の解析が概ね済んだらしい。これから、解除方法の解析と並行で、感知魔法で同じものを探すための何かしらのツールを作りはじめるとのこと。明朝までには試作品ができあがるそうだ」
「ツール自体は、最高で日に四十~五十個程度生産できるようなものにするとのこと。不眠不休で働いてもらえば、四日ぐらいで稼動する班の分は用意できそうですね」
アラン司令部長の言葉を聴いて、書類を見ながらマルサンさんはにっこりと笑いながら言った。それに無表情に頷く司令部長も相まって、もう司令部自体が恐ろしい。
「この製造計画に合わせて隊の編成とシフト、派遣場所の計画を組む。まずは隊員が消えたところ、続いて直近で被害者が出たところだ。消える頻度と人数が集中している場所に関しては複数人の関与や悪質性が高いとも考えられるため、編成を厚めにすること。マルサン」
「かしこまりました。ガルデン、これまでの被害者データは纏まってますよね。緊急性と危険度を出し、派遣人数のバランスを一度考えてみてください。私は今動ける人数の確認と最適な編成の素案を作ります。他の者はアリサをリーダーとして戦闘部員・諜報部員などへの伝達、その他装備品の準備などの内部調整をお願いします。もちろん、通常のオペレーション業務もありますので、人数割りは任せます。では、二時間後に再度ここに集合ということで」
アラン司令部長が頷いて会議室を出て行ったのを見ると、全員が慌しく会議室を出て行く。それを見送った後、エレノアはゆっくりと立ち上がった。
「さて、ではあたくしも明日からに備えて、体力回復に努めますわ。いい加減、お風呂も入りたいですし。カイリー、アリサにそう伝えておいて貰っても良くて?」
「エレノアも参加するの!?」
驚いたあたしに、エレノアは何を当たり前をと言わんばかりに呆れたような視線を寄越す。なんかあたし、エレノアにはいつもこんな目で見られてる気がする。
「当たり前ですわ。あたし達が少しやつれていると言われたということは、箱の中に居れば居るほど衰弱するということ、もしかしたら最悪死亡する可能性だって考えられるということです。初動で調査に関われる人数は多いに越したことはありませんし、そもそも魔道具にたかが二、三日捕まっていたくらいで休むなんてありえません」
「う……ごめん」
「まぁまぁ。エレノアは事件にも慣れてるし……ってカナも今回二回目か。内勤なのにねぇ」
「確かに。カナさんって巻き込まれ体質なのかしら」
エレノアに不吉なことを言われてあたしは慌てて首を振る。ミステリの主人公じゃあるまいし、そんな体質真っ平ごめんだ。
「先輩も今日は休んだらどうですか。お疲れでしょうし、やっぱり顔色良くないですよ」
いつの間にか席を立っていたウィルにぽんと肩に手を置かれる。座ったまま彼を見上げると、なぜか複雑そうな顔をしていた。そんな顔をするほど、体調が悪そうに見えるのだろうか。あたしは思わず頬を抑えた。
「あ、うん。ありがとう」
あんまり心配をかけてはいけないというのと、エレノアの言っている事ももっともだと思ったので、あたしも素直に従うことにした。
ウィルとカイリーを司令部に残してエレノアと二人で司令部を後にし、居住棟に向かいはじめると、歩き始めてすぐにエレノアがポツリと呟く。
「しかし、カナさんも罪作りというかなんというか……」
明らかに聞こえるような音量の呟きだったので、すぐに「なんのこと?」と聞き返したが、返ってきたのは先ほどと同じような呆れた視線だけだった。
翌日、いつもよりだいぶ朝早くに目が覚めたあたしは食堂によってから第四研究室に向かう。
「おはようございます~」
「あら、カナちゃん!大丈夫なの?」
挨拶しながら部屋に入ると、一番に振り返ったアムネムさんが作業から手を離さないまま言ってくれるのをきっかけに、第四研究室の面々が次々に心配の言葉をかけてくれる。
「ご心配かけて、あと、昨日のうちにご挨拶に来なくてすみません」
「無事でいればいいのよぉ」
ひらひらと手を振るアムネムさんに近寄る。徹夜明けなのだろう、いつもは綺麗に整えられている髪の毛は乱れ、ひげも生えている。あと何より、いつもいい香りがするのに、今日はやっぱりちょっとおじ様らしい匂いがした。……マルサンさん、無休でって言ってたもんな。あのいつも通りの笑顔で言い放ってたのが恐ろしい。
「これ、お詫びも兼ねて差し入れです」
食堂で購入した人数分より多いぐらいの栄養ドリンク的なものとおにぎりが入ったを渡す。
「あら、ありがとう。今日から復帰するの?」
「はい、こんな時に休んでもいられませんし、今日は皆さんが作ったものを司令部に速達したり、いろんな班に振り分けたりお忙しいでしょうから」
「偉いわねぇ、助かるわぁ」
「エレノアの受け売りですけどね」
へらっと笑うあたしに、アムネムさんは「すぐにそれができるところが偉いのよ」と笑い返してくれてから、立ち上がった。
「早速で悪いんだけど、これ試作品という名の完成品。もう変えるつもりもないけど、一応司令部にお伺いって形で持ってってくれる?」
渡されたのは手のひらサイズの透明なガラスでできた丸くて平べったい、シャーレのようなものだった。中が空洞になっており、砂が入っている。少し傾けて見たが、砂はさらさらと中をすべるだけだ。
「あの箱庭が近くにあると反応がある方向に砂が波打つようになってるの。ほら」
アムネムさんが少し振り返って手を後ろに伸ばし、あの箱庭の封印を解くと、砂がざーっとその方向にウェーブしはじめる。偏るでもなく、波打ち続ける様は手のひらに乗る小さな海を見ているようで面白い。アムネムさんが封印の呪文を呟くと、波は止まり、砂は重力に従ってさらさらと平らに戻った。
「後は発見後、簡単に処理できるように、中に居る人を魔道具から解放する魔法と封印魔法を同時にかけられる魔方陣の札をセットで持たせるわ」
「あ!中から出る方法わかったんですか?」
「ええ。ちょっと実験して強制的に吐き出させる方法はね」
実験してという言葉にみんなの視線が一人の研究員の人に集まる。きっとあの人が中に入れられたのだろうが、当の本人はなぜかすごいニコニコとしていた。
「とは言っても、カナちゃん達が出てこれた方法は分からないのよねぇ……。入れるのは簡単だったのよ。箱庭に触れさせている状態で、こいつを入れたいって口にすれば一瞬で消えたの」
「いや~、箱庭の中は天国だったなぁ…」
「人形の女の子にもてて嬉しいか。しかも紙で作ったやつだぜ」
「俺の目には、現実と変わらない世界で理想の嫁が三人もいるハーレム状態でしたもん。あああ、せめて俺のために作ってくれた肉じゃがとエビチリとラザニアを食べてから出てきたかった……」
がっくりとうな垂れる彼に集まる視線が同情的なだけではなく、やや羨ましそうに見えるのはそう言うことだったのか。
「くっだんないこと言ってないで、さっさと量産するわよ!早く作ればその分早く解放されるんだから」
アムネムさんの一言で、みんなため息を吐きつつ机に向かう。あたしも、預かった道具を念のため配達用のカゴに入れると、第四研究室を後にして司令部に向かった。
「アリサ~」
司令部に入って、いつもの位置にいるアリサを確認し近寄った。彼女もその様子を見る限り徹夜明けのようだ。
「おはよう。あんたもう大丈夫なの」
「うん、全然なんともない」
そう言いながら、アムネムさんから預かった道具を差し出し、使い方と先ほど見たことを説明する。アリサは数度両手で転がすように確認すると、あたしが持ってきたカゴにまた戻した。
「うん、わかった。じゃあ、引き続きお願いって言っといて」
「司令部長とかに確認しなくていいの?」
「これは任されてることだし、アムネムさんが仕切ってやってくれてるんだったら間違いないでしょ」
そう言ってアリサが再度手に取った書類には、拡大された地図と文字が書かれている。
「それ、派遣先?」
「そう。派遣先と人数の投入計画。今日中に隊員の救出はしたいから、お昼までに十個はできてると助かるって言っといて。あと、手間だろうけど、一個できる度に持ってきてくれると助かるかな」
「うん、それは全然大丈夫。まかしといて」
そう言いながら彼女の手元を覗き込む。あたしがあんまり長いこと書類から視線を離さないのがわかったのか、アリサは首をかしげた。
「何、どうしたの?」
「うーん、あのさ、変なお願いかもなんだけど……」
「言ってみなさいよ。物によっちゃあ聞かないし、面白そうだったら聞いてあげるから」
叶うかどうかは分からなくて、言うか言わないか逡巡しているあたしに、アリサはいつもの調子で言ってくれる。あたしは一度決心するために息をついて大きく吸うと、昨日から考えていたことを相談するために口を開いた。
けしてラース贔屓ではないはずなのに……




