支部会議
その後、支部に帰りつくと既にボッツさんが司令部に報告をしていたようで、本部から来た十数人の人たちがちょうどマック達救助者を搬送するところだった。狭い支部にかなりの人数がいて、近寄ることも儘にならないが、人の隙間からちらりとマックの赤毛が見える。厚手の毛布に包まれており、これから担架で運ばれるようで、顔は見えない。
「では、十九時から本部と通信会議ということで」
司令部に所属しているこの場を仕切っているらしき人がボッツさんにそう告げると、本部から来ていた人たちは担架を担いでどんどんと本部に転送陣を使って戻っていく。あっという間に彼らがいなくなると、いつもの静かな支部に戻った。
「あ、みなさん、おかえりなさい。お疲れ様でした」
ボッツさんが今気づいたかのようにあたし達を見る。
「ただいま戻りましたわ」
「今、皆さん分お茶をいれますね。一服したら報告会議を始めましょう」
代表でエレノアが返すと、おのおの作戦会議をする時に座る場所に腰掛けた。特別場所が決まっているわけではないが、それぞれになんとなくずっと前から決まった定位置がある。あたしもいつもの通り腰掛けるテーブルの真ん中の席に腰を下ろした。横にはエレノアが座り、ケン達はすぐ後ろの壁際の席に座る。
あまり質の良い物ではない硬い椅子だが、それでもぐっと体が沈みこむ気がする。よほど疲れていたのだろうか。あたしはその力に逆らうことなく、背もたれに身体を預けた。
「はい、お疲れ様でした」
ボッツさんが、テーブルの上にお茶を出してくれる。いい香りのするハーブティーだ。正直今は、水でもなんでもいいから冷たいものを一気に流し込みたかったが、せっかく出してくれたものを無下にするわけにはいかない。熱そうに湯気をたてていたため、飲んだかもわからないくらい少しだけ口をつけた。
「では、調査時の状況を教えてください」
大量の紙とペンを用意してそう言ったボッツに、もともと打ち合わせなどはしなかったがエレノアが口を開いて、黒い家の中に入ったときからの話を始めた。
「以上が、私達が出てくるまでの話ですわ」
エレノアは順番立てて、時にはその場所を探索しはじめた正確な時刻までも交えて話す。良く覚えていられるなと驚くぐらい、誰が何をしたか、きっかけになる発言をしたかと言ったことまで詳細に話していて、あたしたちが途中で口を出すようなことはなかった。
「ありがとうございます。調査時の行動については完璧ですね。これから他に、調査時の印象などみなさんにお伺いしてもよいですか?」
ボッツさんが言った質問に対して、ケンとビターとクロードは顔を見合わせる。彼らはしばらく唸った後、特にないよというように首を横に振った。
「そんなにありませんの?なんでこんなに調査に時間のかかった事件の犯人があんなにあっさり倒されたか、とか不思議でしょう?」
エレノアが呆れたように言う。それを見てたケン達は肩を竦めた。
「だってさぁ、あの悪魔しゃべってるの聞いてても子どもみたいだったし。一応、ビターが不意打ちが成功してやっつけられたんだし、あんなもんなんじゃない?」
「本当にそう思っているんだったら、あなたたちの脳みそは随分素直過ぎるんじゃありませんの!?頭使って任務にあたられてます?」
一応ケン達の方が年上だと言うのにも関わらず、エレノアは強い口調で叱るように言う。その剣幕にあたしは思わず肩をすくめて縮こまった。かなりキツい言葉だと思うが、それでも特に気にしたようすのない彼らは、よほど人ができているか、エレノアと信頼関係が構築されているのだろうか。
頭の後ろで組んでいた腕をグッと上に挙げて伸びをしながらケンがワザとらしく不貞腐れた顔をした。ビターもクロードもエレノアの顔を見ないあたり、特に反論は無いようだ。
「まったく!カナさんはどうですの!」
急にこちらを振り返って言われて、あたしは一瞬戸惑う。今日はじめて大きな任務に関わったあたしに不自然なことを問われても比べるものがなくて、自分の思ったことがこの場の発言として相応しいのかどうかわからない。前々世の中学校での委員会とかで、「何か意見は?」と振られて、思うことはあっても「特にありません」と答えるあの雰囲気と一緒だ。
「えーっと……」
エレノアの期待したぎらぎらとした目に見つめられてその勢いに少したじろいでしまい、「特にない」と口を開きそうになって、良く考えようと一度口を噤んだ。
そうだ。前々世からの中学校の委員会とは話が違う。あれから通算30年以上も生きててそのまま成長してないというのはどうか。そして、あたしはモブであろうと脇役であろうと、今この物語の登場人物なのだ。ここで発言することが例え間違っていたりたいした事じゃなかったりしても、言わないよりは随分とマシなのではないだろうか。
「あ……」
「おっと、そろそろ通信会議の時間ですね。本部と繋ぎますので少々お待ちください」
決心して口を開きかけると、ちょうど時計を見たボッツさんがそう言って、しゃべることができなかった。思わず少し恥ずかしくなって下を向く。
エレノアがボッツさんを睨むけど、彼はそれに苦笑を返しただけで、本部と通信するための魔方陣やらの準備をはじめた。エレノアは面白くなさそうに口を尖らせていたが、一転してにっこりと笑って準備中のボッツさんに話しかける。
「……ボッツさん、この会議には私達も必ずでなければなりませんの?」
「まぁ、ある程度ヒアリングはしたから必須ではないけど……」
「では、カナさんの具合が悪そうなので、私達は疲れたので失礼いたしますわ」
驚く間もなく、「さ、行きますわよ!大丈夫ですか!?」と言うエレノアに引っ張られ、あたしはその場を後にした。
つかつかと歩いて、階段を登り、あたしとエレノアの二人で使っている女子に割り当てられた部屋に辿りつく。彼女は普段では絶対にやらないことだが、バタンと大きな音をたててやや乱暴にドアを開けた。先ほどの会議を抜け出してしまう行動も含め彼女がこんなに感情を行動に表すところを見るのが始めてであたしは驚きを隠せない。いや、以前から言葉は辛辣な時もあったけれども。
「エレノア、あたし別に気分悪くない……よ?」
「そんなの、わかってますわ!」
ふん、と息を着いた彼女は腕を組んで自分のベッドに腰掛ける。それにならってあたしもベッドに座った。やや硬くて寝心地がよくないそれではあるが、座った途端にごろんと仰向けに寝転がってしまいたい衝動にかられる。やはり、自分は初任務で疲れているのだなと思った。
「なんですの、あれ」
「なにって?」
「ボッツさん含め、全員ですわ!全くあたし達の話を取り合う気がまったくないじゃありませんの!」
履いていた窮屈なブーツを脱ぎ捨て、まとめていた髪をほどくと、彼女はがしがしと頭を掻いた。豊かな栗色の巻き髪がさらさらとほぐれていく。
「あんな会議出たって無駄ですわ!」
「うーん、確かに」
「そうでしょう!?」
あたしも靴を脱いで腰やら手やらに着けていた装備を外す。その開放感に幸せを感じ、あたしは我慢していたのをやめてベッドの上に転がった。
「カナさんは、先ほど何を言おうとされてましたの?」
「えーっとねぇ…」
ごろんと寝返りをうってエレノアの方を見る。
「なんか今回の事件めちゃくちゃ時間かかってた割りは、あの悪魔そんなにすごいやつには見えなかったなあ……とか。あと、マック達は助かったけど他の人はどうなったのかなぁとか」
ささいで素朴なあたしの違和感ににエレノアなら答えを返してくれるかと思ったが、彼女はしばしば思案顔で無言になる。
「そうですわよね、マック達は元に戻ったのに、棚にあった人形達は何も変化ありませんでしたわね」
「あの棚の人形がそのまま戻ったら、辛いものがあるけどねぇ……」
体の一部が損傷し、目玉や内臓が飛び出たあれが、そのまま戻ったとしたら……部屋いっぱいになるであろうそれを想像するだけで恐ろしくて、あたしは横を向いて寝転がったまま足を抱えて縮こまった。
「異空間との連絡路が閉じていたのに、戻ってこれたのも不思議ですし……やっぱり、再度調査に行きたいところですわね」
呟いたエレノアにあたしは少し迷ってから、うんと頷いた。それを見た彼女はしばし無言で考え込んだあと、自分のインカムの魔力を切り、またブーツを履き始める。寝転がったままそれを見ていたあたしに彼女は手を伸ばすと、なぜか「今はおやすみなさいね」と言ってあたしのインカムの通信も切った。何をしているのだろうとただただ見つめていると、いつもの冷ややかな視線を投げかけてくる。
「何をしてますの、善は急げですわ。幸い休むと伝えてますし、インカムを置いて行けます。あんな頼りにならないどころか、意見を丸めこもうとする方々なんて足手まといですわ。窓から行きますわよ」
そう言って部屋に残っていたアイテムをかき集めるように腰のポーチしまうと、今度は柱に部屋の備品で備わっていた避難用のロープをかけ始めた。
こんなに無茶をする子だっけと驚いて飛び起き、目を瞬かせながら彼女を見ていると、彼女は小声だが強い口調で「早く」と言った。
「あ、うん」
思わず返事をすると、彼女は満足そうににっこりと笑ってロープの端を外に投げたのだった。