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メール屋さんの秘密事情  作者: いたくらくら
第二章 メール屋さんの恋事情
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何の家②

「なんだこれ、気持ち悪い」


 ケンが吐き出すように言う。他のみんなも同調しつつ、おのおの壁面の棚に近寄り目を凝らした。

 十畳ほどの広さのその部屋は、四方の壁が四、五メートルの高さはあろう天井まですべて棚になっており、グロテスクな見た目の人形がたくさん置いてある。それ以外は部屋の中央にテーブルが一つ置いてあるだけであり、他に家具はない。

 人形は中にはダイニングで見たような動物の形をしたものもあるが、おおよそが人の形をしている。日本人形・ビスクドールといった種類からフィギュアやブロック人形といったものまで多種多様ながら、小指程度のものから手のひらサイズのものばかりで、大きいものは一つもない。そのどれもが何らかの破損や傷を負っており、いくら人形であるとはいえ気味が悪くてあたしは入ってすぐに足を止めたままになってしまった。

 ケンが手に魔法をかけると目線の高さにあった一つの人形を手に取った。柔らかそうな布の素材でできた、赤ん坊のような髪の毛の無いその人形は、上半身だけになっている。腰の部分からは足でも綿でもなく、これまたご丁寧に布で作られた内臓が垂れ下がっている。ケンが振るたび、その内臓がぶらぶらと揺れ、人形と分かっていても、見ているのが辛い。


「趣味悪いね」

「まったくですわね」


 他の三人よりも棚から距離を取り、周囲に警戒するように見て回ったエレノアは入り口近くに立ちんぼになっていた私に近寄ってきた。


「カナさん、突っ立ってないで、ちゃんと目を凝らしてくださいまし」

「あ、うん。ごめん」


 あたしは透視と感知の魔法を唱えると、どこかに隠されたトラップや空間が無いか確認する。

 壁一面をぐるりと見渡しても気味が悪いと言うだけで、特別目に付くようなところはない。最後にテーブルに目を向けると、青い大きくて平たい箱が目に付いた。本部に届く手紙に仕掛けられている魔方陣などとは違い、はっきり何があるのかは分からないが、わずかながらに魔力を感じる。あたしが良く見ようとテーブルに近寄ると、エレノアも横についてきた。他の三人もそれぞれいた場所からこちらを振り返る。

 テーブルの箱には蓋がなく、中には白い砂が敷き詰められていた。その中央には黒い板のようなもので仕切りがつくられており、その囲いの内側ではミニチュアの食器が置かれたテーブルで動物の人形達が食事をしている。まわりには数体の人形が散らばっているが、中には壁際とは違い、普通の……グロテスクでない人形も混じっていた。


「これは……?」

「箱庭、みたいですわね」

「はこにわ?」


 右から覗き込んだエレノアが呟く。ケンが小さくそれを復唱したのを見て、エレノアが口を開く。


「小さな箱の中にミニチュアやおもちゃを置く遊びですわ。一部では心理療法としても活用されてますの」

「無意識として持っている感情を箱庭に表現し、それを使ってカウンセラーと対話をすることで精神分析や抑圧的な状態に置かれていた感情を開放をしたりするものだね」


 近寄ってきて箱の中を覗き込んだクロードが言う。ふむ、と顎に手を当てて考え始めた彼をちらりと見ると目が合い、エレノアとクロードの三人で同時に頷いた。


「考えることは一緒、ですわね。これが鍵でしょう」

「そして、これの様子からするに、僕らはもうこの箱庭の中にいるということだね」


 はぁとため息をつくと、クロードは右手に持ったままだった剣のグリップを軽く握りなおした。


「どういたします?」

「迂闊に手は出しにくいけどなぁ……。持って帰って分析する?この場で叩き割る?それとも遊んでみる?」

「遊んでみるってなんですの。持って帰って分析したいところですけど、ここがすでに箱庭の中だとしたら持って帰れるかどうかも怪しいですわね」


 エレノアは腕についていた時計に目をやる。つられて覗き込むと、時刻はすでに十五時二十五分を超えていた。


「しょうがないですわね。ケン」


 いつの間にか近くに来ていたケンに呼びかけると、ケンは待ってましたとばかりに目を輝かせた。犬がおもちゃを見せられて、待てと言われているときのようだ。


「30秒後にひっくり返してくださいまし。クロード・ビターは何かあった時用に構えて。箱庭に結界が張られていたり、魔法が掛かっていたりした時のためにカナさんは箱庭に対して封印の魔法を。私は皆さんに防御の魔法をかけますわ」


 全員が箱庭から距離を取る。クロードは剣をビターは右手を突き出し、エレノアとあたしは彼らのやや後ろに控えた。両手を箱庭の方向に伸ばして、テーブル周辺全体に魔法を封じる呪文をかける。詠唱が終わってもビターを見習って、右手はそのまま箱に向けておいた。


「にじゅうはーち、にじゅうきゅー、さーんじゅっ!」


 声を出して数え終わった瞬間に、ケンは右手で剣を構えたまま、左手だけで箱庭を奥へと投げ飛ばす。中に入っていた人形や砂が舞い散る中、動物の人形たちだけが重力に反して上へと進み、一箇所に集まったかと思うと、破裂音と共に人の姿になる。

 いや、人ではない、人型の悪魔がいた。

 男性の姿形はしているものの、背が三メートルはありそうな大きさのそいつは、黒のタキシードを着て、メガネをかけている。ゆっくりと顔を上げると、人のものとは思えない血管がぼこぼこと浮いた、薄紫と赤の斑色した顔野中で酷く目立つ、睫毛の無い大きく飛び出た目でこちらを睨んだ。


「がやがやがやがやうるさいなぁ。こういう遊戯は静かにやるものだよ」

「だまれ!」


 ケンが、持っていた片手剣を突き刺すように飛び掛ると、悪魔はさっと背中を小さく丸めて、天井を背に浮くと、体育座りのように足を抱えてこちらを見た。何年も寝かせた垢のような酸っぱいにおいが鼻につく。


「乱暴だなぁ、もう。新しい登場人物が出てきた時はまずしゃべらせるのが人形遊びのルールだろう」


 悪魔がしゃべるたびに、目とは対照的に小さい口からぽたぽたと糸を引いてよだれが垂れて落ちてくる。私達にかかりはしないものの、その不快さにエレノアが顔をゆがめた。


「……自己紹介だけなら、お時間を差し上げても結構よ」


 右手を悪魔の目に向けたまま、エレノアが言った。


「そうだよそうだよ。どうせ遊戯の中じゃ正義が勝って悪魔が死んじゃうんだってお父さんが言ってたもの。だから僕に別に時間をくれたっていいじゃないか」


 薄紫色をした瞳を瞬かせて、悪魔はにたぁ口角をあげて笑う。よだれが垂れている口から緑色のコケのようなものが生えた歯が大きく覗き、エレノアはより一層顔を歪めると、ビターの腕を引っ張って自分より一歩後ろに下がらせた。


「でも僕には名前はないんだ。必要ないからお父さんがつけてくんなかったから、ないんだ。やっていいのは、この部屋で箱庭を作って遊ぶことだけ。でもさ、どうせいろんな世界を作るんなら、いっぱいキャラクターがあったほうがいいでしょう?僕、たくさん集めたんだよ、ここにあるの全部」


 天井を背に体育座りをしたような体制のまま、悪魔は話す。


「箱庭の中だったら、僕だって学校に行くこともできたし、恋をすることもできた。子供だって生まれたよ。生まれたときからもう大きかったけどね。最近はまっている設定はヒーローになることかなぁ。お姉さん達イーリス治安部隊って言うんでしょ?僕、お姉さん達のお仲間と一緒に悪魔をいっぱい倒したよ。悪魔役の人形はみんなボロボロになっちゃったけど」


 体育座りの両腕より狭めるように肩をすくめた。それをじっと見つめるエレノアの影でビターが手を動かし、ごく小さい声でぶつぶつと何かを呟いている。ビターを自分の後ろに下げさせた理由をここで初めて理解したあたしは、静かに一歩動いてクロードの影に隠れ、同じように呪文を呟きながら空中に指で小さく魔方陣を書く。


「でもやっぱりお姉さん達のお仲間に手を出しちゃあ駄目だったんだねぇ……。失敗失敗。あ、僕ね悪魔をやっつける時は火の魔法がいいと思うんだ。やっぱりね、炎の魔法って、ハデでヒーローっぽくて、かっこいいでしょう?」


 ケラケラと屈託なく笑う悪魔に、エレノアは冷たい目線を向けるとずっと上げていた右手を下ろす。胸に手をあててにっこりと笑うと、彼女は小さく礼をした。


「趣味、近況、好みまで聞きましたからもう十分お知り会えましたわね。お好みに添えるかどうかは分かりませんけど!」


 エレノアがそう言って横に飛びのいた瞬間、彼女が立っていた場所から二メートルはあろう長い棘が何十本も勢い良く飛び出し、天井にいた悪魔に向かう。あたしは、ほぼ同時に用意していた結界の魔法を詠唱し、魔方陣を書いていた指を頭の上で小さく振り回した。

 悪魔は自分に向かってくる棘を避けることもできたであろうに、にんやりと笑いながら微動だにせずそれを見ていた。

 勢い良く天井に向かった棘は悪魔に刺さると、さらにそれを押し込むように、ぎりぎりと、ぐりぐりと悪魔の体の中に入っていく。見えない手の平が押し込んでいるかのように棘が悪魔の体の中に進むと、笑っていた悪魔も最初は小さく、徐々に大きく叫び声をあげた。身体を貫通してもなお棘は上に向かうことを止めず、天井にどんっと悪魔の体ごとぶつかってやっと止まる。

 赤ん坊のような高い声の断末魔の叫びがしばらく響き、何十分にも感じられる長い時間の後、天井に縫い付けられてびくんびくんと痙攣していた悪魔の体がおとなしくなった。棘が刺さっている部分から、真っ赤な血が棘を伝ってぼたぼたと落ちてくる。もともとはビターが使った魔法の余波を防ぐためにと私が張った結界の魔法が屋根になり、血がすぐ近くの頭上で透明な壁にあたってびちゃりと大きな円を作ってはじけた。直接自分たちが被ったわけでは無いが、それでも頭の上を鮮やかな血が滴り落ちてくるのは、胃から何か出てきそうなほど気持ち悪い。


「悪い、俺、草魔法が一番得意だからさ」

「別にかまいませんわ、あんな悪趣味な注文聞かなくて。とりあえず、ここもどうなるかわかりませんから、早く彼らを連れて出ますわよ」


 人形を投げ飛ばした方向を見ると、イーリス治安部隊の制服を着た人が三人倒れていた。その中に、良く見た赤毛を見つけて、慌てて駆け寄る。


「マック!」


 あたしは思わず、うつ伏せに倒れている彼に飛びつき、その様子を確認する。目を覚ます気配はないが、背中が小さく上下しているので、死んではいなさそうだ。ほっとすると目にじんわりと涙が浮かんでくる。


「カナ、とりあえず、出るぞ」

「うん」


 あたしはごしごしと目をこする。エレノアに指示されて、全員の足元に魔法をかけると、救助者を抱えた男性三人の前に立ち、もと来た水の張った洞窟を先頭を歩いて進んでいく。水に足を取られて歩きづらいが、それでもできるだけ早足でその一本道を歩いた。ほどなくして天井の高い部分に出る。


「少し休憩する?」


 後ろを振り返って聞いたあたしに、成人男性を抱えた男性陣は安心した表情で頷いたが、最後尾を勤めていたエレノアが首を振った。


「駄目ですわ。先ほどよりも水位が上がってます。いつどうなるかわかりませんもの。ここで一度休憩して永遠に休憩することになるのと、外に出るまで頑張るの、どっちがいいんですの?」

「……頑張ります」


 汗だくになった顔を肩でぬぐいながら言ったケンの言葉に、ビターとクロードも頷くとあたし達は階段を上る。あれだけ長くて気が狂いそうだった階段は、百段くらいを上ったところであっさりとダイニングにつながる扉についた。

 ダイニングと玄関を抜けて、外に出る。入るときはまだ高かった太陽が、すっかりと落ちており、町はオレンジ色に包まれていた。


「あ!ようやく戻ったか!」


 もう一班のリーダーが駆け寄ってくる。ケン達が人を抱えているのを見て、目を見開くとインカムに向かって叫ぶ。


「ボッツ!エレノア達がいなくなってたヤツを救助したぞ!これからそいつらを先に連れて帰らせる!」


 同じ班の他の三人が近寄ってきてケン達から救助者を受け取ると、本部に向かっておぶって走っていく。それを見送ると、三人は床にしゃがみこみ、ケンは道端に大の字になって寝っころがった。


「まったく、情けないですわね」

「いやいや、エレノア嬢。あんだけ歩き回った後に、図体のでかい成人男性抱えて水の中、階段歩き回ってごらんよ。さすがに疲れるっても……ん……」


 ふぅとため息をつきながら顎をあげて家の方を見たケンの動きが止まる。それに釣られて家の方を振り返った先にはあたし達が出てきたはずの家はなく、白い壁と赤い屋根の可愛らしい建物が建っていた。


「いや、しかし、無事に帰ってこれた。黒い家が一瞬で無くなった時は、異次元に閉じ込められたかと思ったぞ。時間も過ぎてたし、突入しようと思って飛び込んだら、中はただの個人塾だし」

「まじかよ」

「ああ。とりあえず、一般人のお屋敷に武器構えて飛び込んじまった手前、誤魔化しといたが気まずいんだ。できれば、この場はさっさと退散したいんだが、お前ら歩けるか」


 恥ずかしそうに頬を掻く彼に促されて、地面にへたり込んでいた三人は勢いをつけて立ち上がり、すぐに歩き始めた。エレノアと並んでその後ろについていく。彼女は腕の時計を確認して言った。


「確かに時間は過ぎてしまいましたわね。情けない。でも、意外に呆気なく助けられましたわね」 


 余裕そうに言うエレノアに「いつもこれ以上にもっと大変なの!?」と返すと、彼女はふふんと笑って今まであった任務の大変さを語り始めた。

 今回の疲れと彼女の話で気分が悪くなってしまい、やっぱり戦闘職種や諜報職種みたいな戦うお仕事には向いてないなぁと思ったのはまた別の話。

まだ続きます。あと四分の一くらいでしょうか。

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