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メール屋さんの秘密事情  作者: いたくらくら
第二章 メール屋さんの恋事情
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何の家①

「では行きますわよ」


 結局最初に見つけた班が調査した方がいいんじゃないかという結論に至り、エレノア班とあたしが屋敷の中に入ることになった。あたし達はみな手袋などの装備を追加し、頭には念入りに防御魔法をかける。


「では、再確認いたしますわ。最前線はケン、その後ろにカナの順で入ること。もしも二手に別れなければいけない時は、ケン、カナ、あたくしと、ビターとクロードで別れましょう。逆に言えばそのメンバーとは何があっても離れてはなりません。何もなくても一六◯◯には調査中止いたします。では、行きますわよ」


 エレノアの指示に全員頷く。ケンがあたし達に先立って黒い建物に近づいた。あたしもそのすぐ後に続く。

 先ほど手を伸ばした距離から一歩内に入ると、ぐっと肩に重みがかかる。体に力が入り、手袋の中で手のひらがじんわりと汗が浮かんだ。この嫌な感じに、逃げ出してしまいたくなる気持ちをグッとこらえる。


「大丈夫ですわよ」


 はじめての大仕事に緊張しているのがわかったのか、後ろにいたエレノアが声をかけてくれた。建物の入り口を開けているケンの背中を見ながら、振り返らずに御礼の意味を込めて頷き返す。


「開けるよ」


 小さく呟いたケンの後ろに続いて建物の中に入る。

 中は黒いカーテンに阻まれてか一切の明かりがなく、開けた扉から入ってきた光だけでは、目を凝らしてもうっすらと壁のありかがわかるだけだ。

 あたしの後ろにいたエレノアが灯りの魔法を唱えると彼女の顔の横にゴルフボールほどの光の球が現れる。大きさこそあまりないが、何かを見るに十分な程度にはあたりが明るくなった。それを確認したのか最後尾にいたクロードが扉をしめると、灯りや音だけでなく、その場に流れる気のようなものまでが外界と遮断されたのがわかった。

 エレノアの灯りで周囲を見渡すと、そこは六畳ほどの広さの玄関だった。天井は吹き抜けになっており、この建物が見た目通り、二階建てであることがわかる。左手には緩くカーブした螺旋階段が二階へ続き、他には右手に小さな扉がひとつ、正面に大きな扉がひとつあるだけだ。広さといい構造といいこの辺のやや裕福な一般家庭の家といった雰囲気である。また、意外なことに建物の中は黒ずくめということはなく、壁は普通に白色で床は赤の絨毯が引かれていた。


「どうやら、中が別の場所に繋がってたり、異空間になっているということはなさそうだね」

「扉を開けたら別の場所、ということもありますからまだ安心はできませんわ。ボッツ、聞こえてます?」


 エレノアは耳につけたインカムを押さえながら話すと、自分のインカムからもジジッという音のあとにボッツさんの声が聞こえた。


「若干の魔力干渉はあるようだけど、とりあえず通信具合は良好です。みなさんの位置情報もたぶんずれていません」


 その情報に少しほっとしていたら、エレノアがしばし考えたあと口を開いた。


「中が外から見た通りなのでしたら、この狭さで五人で行動するのは少々非効率ですし、動きづらいと思いますの。戦力をやや分散することにはなりますが、先ほど決めた通り二手に別れて調査をするのはどう思って?」


 左手でインカムを耳に対して押し付けたままだから、ボッツさんに言っているのだろう。あたしを含むその場にいた誰も返事を返さないでいると、少しの間が空いたあとボッツさんの声が聞こえてくる。


「そうですね。ただし、あまり離れ過ぎない方がいいと思います。せめて同じ階にはいるようにしてください。扉をくぐるのと同様に、階の移動というのも別空間と繋ぐ仕掛けが施しやすい場所ではありますから」

「わかりましたわ」


 エレノアがインカムから手を話すのを見て、ビターはさきほどエレノアが唱えたのと同じ魔法を唱える。あたしも同時に透視の魔法を唱えておいた。ビターの顔の横にも光の球が浮き、あたしの詠唱が終わったのを見て、クロードは入り口右手にあった小さなドアを、ケンは正面にあった大きなドアに手をかけた。聞き手とは逆の手で勢いよく開けると、その動作とは対照的にゆっくりと中に入る。

 彼のあとに続いて部屋に入ると、そこはリビングダイニングだった。やや手狭そうに大きなソファがおかれていたり、木彫りの彫刻が施されたガラス棚に数点だけ高級カップが並べられたりしている様子を見ると、玄関で受けたやや裕福な一般家庭の家という印象とまったく同じように思う。真っ暗という以外は綺麗に整頓されているような印象を受けるが、ドアを開けた時から不快な匂いとベタベタと糖分が纏わりつくような粘度の濃い空気に包まれていた。

 六人程が座れるようになっているダイニングテーブルに目を向けると、モデルルームのように綺麗にスープ皿が並べられている。なんとなくそのテーブルが一番気味悪く感じたため、こわごわ近寄りながらスープ皿の中を確認すると、綺麗な陶器の底が見えた。血のスープなどを想像していたあたしは、ほっと肩を下ろす。ふと、置かれている椅子を見ると、そこにはうさぎのぬいぐるみが置かれていた。


「なんでぬいぐるみ?」

「こっちには熊の置物があるぜ」


 六脚すべてにバラバラの人形が置いてあるのを確認し、首を傾げる。手をかざしてみても何の魔法がかかっているわけではない。一通りテーブルの周辺を引っくり返して調べた後、何もないことを確認すると、三人で固まって室内の全体を見て回った。怪しそうなものはすべて手にとって見たが、ひとまず簡単に確認しただけでは何事もなさそうだ。


「となると、もう一個奥の部屋かね」


 ケンはそう言ってダイニングテーブルの奥にある扉に目を向ける。位置から考えるとキッチンだろうか。あたしはじっと目を凝らしたがやはり吸血鬼事件で来た黒い手紙のように何も見えなかった。


「ごめん、やっぱり何も見えない。でも、確かに家を見たときの印象とひどく似てる感じがする」


 そう口にしていると、後ろからビターとクロードが入ってきた。


「向こうの部屋は普通に客間だった。一通り調べたけど何もなかったぞ」

「でもこちらはすごいね。酷く体に纏わりつく空気だ」


 不快そうに眉をしかめてクロードが言う。


「ということは、やっぱりあちらの部屋が怪しそうですわね」

「じゃ、とっとと行きますか」


 ケンがドアノブに手をかける。時計回りにノブを回すと自分が触ったわけではないのにぬるりとした生暖かさを感じた。がちゃりと音をたててドアを開けると、キッチンがあると思われたそこには地下に伸びる階段があった。あたしたちは無言で目配せをするとケンを先頭に階段を降りる。

 降り始めすぐこそまっすぐのびていた階段は、途中から十数段先も見えないほど急に曲がっていた。その長い螺旋階段は降りても降りても終わることもなく、もう十数分は降り続けているだろうか。時間も高さの感覚もないほど下を目指し続けていると、エレノアとビターの魔法の灯りは先ほどと変わらない筈なのに、どんどんとまわりが暗くなっていくような錯覚に陥る。

 視界が明瞭でなくなると階段の両壁が自分に迫り、いつか挟み潰されてしまう気がしてあたしは思わず両手を横に伸ばして手をついた。誰も何も言わないところをみると、みな同じように感じているのかもしれない。

 先ほど前は手のひらだけだった汗が背中にもじんわりと汗が浮かんでくる。階段を降り続けているせいというよりは、純粋に恐怖から来る嫌な汗だと思う。冷たい感覚が服の中を一筋走った。


(早く、ついて……!)


 祈るような気持ちで思うと間もなく、前を歩いていたケンが「あっ」と声をあげた。数段転げるような勢いでかけ降りた彼に続くと、だたっぴろい洞窟のような場所に出た。広さもそうだが、驚くほど天井が高い。


「ここは……」

「天井とかを見ると、人為的に作られた場所のようですわね。その割りには広すぎますけれども」


 頬に貼りついた一筋の髪の毛を払いながらエレノアが言う。彼女の声は洞窟の広さに反響し、わんわんと数重になって聞こえた。確かに彼女の言うとおり、天井には木のはりのようなものが渡らせてあり、ここが自然に出来た場所でなく人工的な場所だと物語っていた。


「まだ先があるみたいだよ」


 ケンが指差した方を見る。確かに洞窟の奥には直径三メートル程度の横穴があり、先に続いているように見えるが、その横穴の少し手前から水が張っていた。

 あたしは水際ぎりぎりにしゃがみこむと手を水面にかざす。手のひらに意識を集中しながら魔法を唱えると、水の中に指をいれてゆっくりと振った。驚くほど透明な水は指の間をさらさらと流れるだけで特別変わったものは感じない。


「……とりあえず、これ自体に魔法がかかっていることはないみたい。何らかの触媒になりうる可能性は否定しきれないけど」

「とは言いながら、足をつけて歩くのは危なさそうですね」


 ビターはそう言うと空気を丸めるような動作しながらやや長い呪文を唱えた。すべて詠唱を終えると人差し指で全員の足元を順番に指す。


「長靴みたいな結界を張りました。中に入ってもとりあえず足には触れません。膝より上まで水が来るようだったらまた考えましょう」

「ありがとう。では、みなさん行きますわよ。ただし、広さもあるこちですし、嫌な感じも増しています。いつ戦闘が始まっても動けるように、隊列はケンとクロードを前、中ほどにカナとビター、後方に私に変更します。ボッツ、それでもよろしいですわね」


 エレノアがインカムに語りかけるも、インカムはジジッと通信しているかのような音をたてただけで、ボッツさんの声は聞き取れなかった。彼女ははぁとため息をつくと、腕の時計を確認する。


「一五○○……上を調査していた時間も考えますと、十五分くらい階段を降りていたことになりますかね。一六○○には一度戻ることを考えますと、一五二五には途中であっても折り返しますわよ」


 思った以上に時間がないことに気づいたあたしたちは急いで横穴の奥に向かう。ケンとクロードは鞘に納めていた剣を取り出して右手に構えて足を進めた。

 先ほどの階段ほどいつまでも続いたらどうしようと思ったのだが、恐れていたよりは短い距離で横穴の最奥に辿り着く。そこには階段の前にあったのと同じ扉がはまっていた。

 クロードが一度みんなを振り替えって目配せし、無言で頷くと、勢いよく扉を引く。ケンがその隙間から飛び込むのに続いて部屋の中に入ると、あたしは中を見て思わず固まった。

 けして広いとはいえないその部屋の中には、臓器を大きく飛び立たせたり、身体の一部を破損したり、体同士が不自然に結合された、どうみても悪趣味としか言えない……


「人形……?」


 そう、人形が天井までずらりと並んでこちらを見ていたのだ。

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