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メール屋さんの秘密事情  作者: いたくらくら
第二章 メール屋さんの恋事情
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メール屋さんの職種変更

「カナさん!」


 咎めるように名前を呼ばれたと思ったと同時か少し早く感じたくらいに、あたしの横を風が勢い良く過ぎて行く。はっと意識を戻すと目の前にいた人が黒い影になり霧散してそのまま空気に溶けて消えた。消える前一瞬の耳まで避けたような口の笑みに、心臓を掴まれたかのようにどきりとする。


「何をぼーっとされてますの。今の町人は明らかに悪魔でしたでしょう。下等な悪魔だったからいいものの、強かったら死んでますわよ」


 険しい顔をしたエレノアがあたしが持っていた印象よりだいぶ低いヒールを鳴らして近寄ってくる。ダイバー素材のハイネックにアーミージャケット、スキニーなズボンを履いた彼女は巻き髪をポニーテールにし、いかにも戦闘用といった出で立ちだ。


「え、あ!ごめん!」

「まったくですわよ。あなたはたいそう目がいいと言う理由でこちらに配属になりましたのに、ぼーっとされてては、いいとこなしじゃありませんの」


 片頬を膨らまして怒るエレノアにもう一度ごめんと言って頭を下げると彼女は呆れた様子でため息をついた。


「で、悪魔にも気づかないくらい気になることがございましたの?」


 そう言われて、あたしは何に気を取られたんだっけと考えた。なんとか思い出そうと周りに目を凝らす。顔を右に向けたところで、一つの館が目に止まった。


「あ、あそこ。あそこだけ、魔力が働いてるのはわかるけどなんか中が見えないの。こないだパトロールした時はそんな気にならなかったし、さっきの悪魔が寄ってきてたことも考えると、何かある気がする」


 やや大きめだがここら辺では最も一般的な建築様式で建てられた建物は、その形こそおかしくないが、本当は周りから不自然に浮く程、壁も屋根も窓にかかっているカーテンも真っ黒な黒塗りの館である。そんな様相なのに、透視魔法を使って目を凝らさなきゃ違和感を感じないなんて絶対におかしい。


「たしかに、一度気づくと気味悪い感じが目につきますわね」


 エレノアが振り返って班の三人に言う。まだ会って数日のはずだがこんな状況で四六時中一緒にいれば、比較的人見知りなあたしでさえ、気心がしれ、もはや信頼しあう仲になれた三人だ。

 学園から帰ってすぐに面談予定をとっていたアラン指令部長に直談判をし、翌日の辞令であたしは諜報部員に職種変更することになった。異動先はミニスという国で、イーリス治安舞台に対して非協力的というか反対的な立場を取る国の隣国に位置することから、以前から支部を置いていた国のケープという王都だ。基本的には隣国の情勢把握と何かあった時の対処役という立場に立ち、その反対国を抑制する意味で、もともとこの支部に所属している部隊はイーリアス治安部隊の職員とわかるように隊服や戦闘服を着て身分を隠さずに堂々とすごしている。

 おおっぴらにできる支部があるということはそれだけ支部の結界や警備が強固にできるということになり、今回の一度本部に戻ってから捜索をするという措置の対象外という扱いになった。その分、やや担当する範囲をいつもより広げると言うことで、もともといた情報部員と諜報部員と戦闘部隊一班に加え、エレノアの所属する戦闘部隊一班と諜報部員になったあたしが追加配置されたのだ。それからはやや強行的なシフトで事件の調査にあたっている。

 今日は、エレノアたちの班と諜報部員のあたしで協力して、王都の外れの区域を捜索している。


「やっぱり、そうだよね。ちょっと待ってて」


 あたしはまだ着慣れないダイバスーツ素材の袖をまくると手に吹きかけるように防御と感知魔法を唱える。無事、分厚い毛糸の手袋を身に着けたときのような感覚を確認すると、怪しい建物に対して、右手を伸ばしたまま近寄った。家の壁に触れるまで、あと1mと言うところで手の平にかすかに違和感を感じ、足を止める。違和感に触れてはいないが、例えるなら、ヒバサミで汚いものを掴んだとしてもやっぱり手が汚れている気がするような、何かとてつもなく嫌で汚れた感じがする。


「うん、なんか魔法が張ってある。でも、結界って言うよりは、この範囲に入ったものに対して何かを発動する魔法みたいかな」

「何かはわからないってことですね」

「ごめん、そこまでは見えなくて……」


 エレノアが懐から小瓶を取り出すと、あたしが手を伸ばした数センチ外に中の液体をぽたりと落としながら呪文を唱える。たちまち一滴しか落としていない液体が十数センチの小さな波となって建物を囲うように走り、地面にしみこむと何事も無かったかのように落ち着いた。液体を垂らしたところにすら、なんの染みもない。


「取り合えず、外に結界は張りましたけれども、中のものが何か分からなければどうしようもありませんわね」

「もう強行突破しちゃう?」


 この場にいる戦闘班で一番暢気なケンが言った。あたしとエレノアの様子にややじれているようだ。


「そうですわね……カナさんでも見えない以上、最終的にはそうなるんでしょうけど、一度支部に戻って、この屋敷や周辺の情報を確認してからの方がいいかと思うんですけど、いかがでしょう」


 あとの二人を見ると、二人とも少し思案した後、エレノアの意見に同意する意思を示した。エレノアが一番年下だと言うのに、もうすっかりこの班の実質的リーダーになっているのは配属されて二日目にはわかったことだ。


「わかったよ。じゃ、取り合えず早めに戻ろうぜ。俺、おなか空いたし」


 のびをしながら言うケンに少し呆れた目線を向けつつ、エレノアは頷いた。ウィルに手料理をご馳走していた時から何度も聞いているが、腹が減っては戦ができないと言うのは彼女の確固としたポリシーの一つだ。

 あたし達は十分その建物と周りに神経を配りつつ、用心のために目立たないための目くらましの魔法をもう一層かけると、歩いて二十分程の本部まで急いで戻った。





「……たしかに、その場所は前は個人塾があったようだし、そんな建物はなかったみたいですね」


 小さく背中を丸めながらボッツさんは言った。相変わらず俯いてはいるが、本部の研究室にいたときよりどもることもなく、はっきりとしゃべっている。研究者然とした風貌は変わらないが、以前よりやや痩せていて精悍とした印象を受けた。以前からいる戦闘班の一人に聞くところによると、この支部には二次的な司令部の役割をする情報部員が一人しかいないため、否が応でも責任感と決断力が必要になる。最初はインカムで司令も聞き取れないし、物事もはっきり決めなくて散々だったが、努力してだんだん今の様子になったと言っていた。


「そんなことはわかってますわ。そうでなくて、いつ、なぜ、そんな建物に摩り替わっていたのか、何かしら兆候などはあったのかということを確認いただきたいのですわ。そのためにあらかじめインカムでご連絡をしましたのに」


 ぴしゃりと言い放つエレノアに、ボッツさんは少々たじろぎつつ、手元の資料を見て続けた。


「調査資料とか協力者からの情報から推定するに、10日くらい前までは個人塾だったようです。なぜかはわからないですが、周囲の住人は建物が変わったことに違和感は持ってないようですね。目くらましの術や、意識下に働きかける何かの魔法をかけているか……もちろん、先ほどの話にあったみたいに、周囲の町人がすっかり悪魔と入れ替わってるという可能性もあります」

「10日前ってーと、ちょうどうちの組織のやつらがいなくなり始めたあたりですかね」


 ケンが言うと、エレノアが頷く。


「関係あると断言できるわけではありませんけど、見過ごすわけには行かなそうですわね」

「カナさんはどう見えたんですか」


 ボッツさんに振られてあたしは建物に手をかざした時の手のひらの感触を思い出す。あの、背筋が凍り、全身が汚れたような、洗っても洗っても取れなさそうな纏わりつく嫌な感じ。以前のあたしだったら取り乱していたであろうあの感じを一度は体験したことがあった気がする……。頭のなかを探して、思い出した瞬間に少し震えた自分の身体を抱きこむと、あたしは口を開いた。


「事実だけを言うと、何かしらの強い魔法を確かに感じました。ここからは、あたしの印象と言うか、感覚だけなんですけど……すごく吸血鬼事件で同僚がミイラになって送られて来た時と似てました。あたしたちには想像もつかない悪意が存在する感じ。……なんか感覚とか抽象的な話で申し訳ないんですけど」


 横にたっていたエレノアがあたしの肩を抱いて心配そうな顔を見せる。あたしはそんなにひどい顔をしているだろうか。


「決まりですね。夜よりは明るいうちのほうがいい。今から2時間後、14時よりその建物に調査に入ります。戦闘班は一班が内部に入り、もう一班は周辺でいつでも踏み込めるように待機、諜報部員のお二人も同様に別れて頂きます。ただし、待機の一人はけして館には踏み込まず、周囲への警戒と最悪の事態の連絡係に勤めること。とりあえず、みなさん昼食をとって各自の武具や防具の確認をしてください。60分後に作戦会議をしますので、そのつもりで」


 ボッツさんの指示に口元を引き締めて、みな頷く。不安で、でもどこかやや高揚した雰囲気を感じながら、大仕事前の昼食を取ろうと連れだって小さな食堂室に向かった。

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