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メール屋さんの秘密事情  作者: いたくらくら
第二章 メール屋さんの恋事情
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決心

 翌日、学園に行ってベルグ教授の研究室のドアを開けると、意外な事にそこにアナスタシアさんはおらず、ベルグ教授が自分のデスクに座っているだけだった。


「おはようござい……ます? 」


 途中でそれに気づいたあたしは、そのいつもと違う様子にやや語尾が上がり口調で朝の挨拶をしてしまう。ベルグ教授はそれを特に気にする様子もなく、読んでいた新聞を机の上に置いて顔を上げてあたしの方を見た。


「おう、パン屋。今日はパンはないのか」

「あ、ごめんなさい。今日は本部から直接来たのでありません」


 そう言うと、ベルグ教授はそうかと特にがっかりした様子もなく立ち上がり、コーヒーメーカーとかポッドが置いてある戸棚の下段を漁り始める。大きい袋に入ったビスケットを取り出すとそれを小脇に挟み、自分の机の上にあったものの他に、ひとつ新しく出したマグカップに何かを注いでこちらに来た。


「まー、そこに座れ座れ」


 言われた通りにいつも座る位置に腰掛けると、あたしの前にマグカップが一つ置かれた。黒い液体のそれは見た目からコーヒーだろうと分かるが、湯気も立っておらず、すっかり冷め切っているようだ。


「で?」


 いつもと違い、ファイルを持っていないベルグ教授に聞かれてあたしは首を傾げる。教授はばりっと音を立ててビスケットの袋を開けると、一つ口の中に放り込んだ。


「で?って言うのは……」

「イーリスの司令部だかなんだかから、昨日、今回限りを持って一回実験協力は中止だって連絡が来た。随分急な話だなと思ってたが、今朝、学園長のところで色々聞いてりゃ、イーリスに所属するやつらのほとんどが一度本部に引き上げられたって話じゃねぇか。これでなんもねぇとは言わせねぇぞ」


 いつもながらの怖い顔と噛み付くような言葉口調で、でも糾弾する様子はなくベルグ教授は言う。この人は、たぶん純粋に興味を持って聞いているのだと思うと、あたしは怯んではいけないと姿勢を正して息を吸い、苦笑いをして見せた。


「ごめんなさい。あたしはただのメール室に勤務している内勤職の人間なので、事件とか外のことは詳しくは知らなくて……。確かに組織がバタバタしているみたいなんですけど、学園に来れなくなるのは別の話なんです」


 もし、ベルグ教授が純粋に興味を持っているだけであろうとけして事情を話すわけにはいかない。あたしは今回来なくなっても不自然じゃないように来たのだから、ここで何か言ってみんなに迷惑をかけてはいけないのだ。


「あたし、このたび異動をすることになりまして。それがなんの間違いなのか、諜報部員なんです。あ、なんの間違いがって言うか、お医者さんとかこの学園で測ってもらった能力のおかげみたいなんですけど……」


 昨日から考えて練習してきたセリフ口に出してにっこりと笑って見せると、教授は眉根を寄せて見る。


「胡乱な話だな。白状しねぇのか。言うなら今のうちだぞ」

「白状なんて、何もありませんよ。でも、あえて言うなら本当にあたしは関係ないんです」


 半分は嘘じゃない言葉を言って肩を竦めるとベルグ教授はますます疑いの色を濃くして、ややこちらに乗り出した。さすがに何をされるのか、とあたしが身を引いたところで、研究室のドアが開く。そちらを見ると、いつもより少し疲れた様子のアナスタシアさんが立っていた。いつもは綺麗にしている化粧や髪型が今日はやや粗雑である。それでも有り余るほどの美貌の持ち主ではあるから、妙に色っぽく見えるだけで、相手に不快な印象を与えるわけではない。


「あら、カナさん!すみません。遅くなってしまって」

「あ、いえいえ。とんでもない。大丈夫ですか?」


 バタバタと慌てた様子で入ってきた彼女に思わず声をかけると、彼女はベルグ教授を睨みながら、あたしの横の椅子に腰掛けた。


「はい。どこぞの教授が昨日の夜から、色々調べろ用意しろと無茶振りするもんで」

「俺は今日の夕方までにやりゃあいいぞっつったろ」

「そうはいきませんよ。カナさんがいらっしゃるのに」


 彼女は抱えていたファイルを半ば押し付けるように、ベルグ教授に渡す。受け取った彼はパラパラと確認し、満足そうに歯を見せると一度自分のデスクに置きに席をたつ。

 それを大きくため息を吐いて見送ったアナスタシアさんに「お疲れ様です」と苦笑いをすると、彼女はいつもより少しだけ力なく笑って首を降ろうとすると、机の上にあるマグカップを見てまた眉をしかめた。


「教授ったら!お客さんにそんな冷めたコーヒーとか出して!」

「いえ、そんな!」


 大丈夫ですとあたしが言い終わるより先に、アナスタシアさんがあたしの前に置いてあったマグをさっと持っていってしまう。実験用のデスクについたシンクにそれを流してしまうと、彼女は新しくお茶をいれ始めた

。すでに回収されたものを止めるのもなんだからと見守っていると、デスクに書類を置いたベルグ教授がまた別のファイルを持ってきた。


「まぁじゃあ、とりあえず、今日は問診だけで返してやっから、次に来れるタイミングになったらすぐ来いよ。んで来たら何があったのか教えろよ、お前」

「だから何もありませんってば」


 相変わらず疑わしげな目で見てくるしつこさに、ややむっとしながら言い返すと、アナスタシアさんがカップを持ってこちらに来た。


「カナさんの方、コーヒー飲まれてたんでちょっと濃いめにいれてます。飲みづらかったら言ってくださいね」


 そう言いながらお茶を差し出してくれる。ありがとうございますと御礼を言って受けとると、いつもこの研究室で飲んでいるハーブティーの匂いがした。確かに今まで飲んだより、やや液の色が濃く苦そうだが、いまさらコーヒーを飲んでないと言ってまた回収されても申し訳ないから黙って口をつける。やはりいい匂いよりも苦味がまさってしまい、なんだか漢方薬のようだ。


「やっぱり、もういらっしゃれないんですね……」

「あ、いえ。一度中断と言うだけで。新しい部署に十分馴染んだと思ってもらえればまたお邪魔させていただきたいと……。こちらの勝手で申し訳ないんですけど」


 そう言うと気にしないでと言うように彼女は首をふった。白状しろと不機嫌に迫る教授とは真逆の態度の二人に、どっちが教師かわかりゃしないなどと心のなかで思う。


「おい、とりあえず、問診はじめるぞ」

「あ、はい。じゃあカナさん、私はまだもうちょっと準備の続きしてきますね」


 そう言って出ていくアナスタシアさんを見送ると、教授がファイルを見ながら質問をしてくる。体調はどうだとか、魔力に変わったところはあるかという問いにひとつずつ答えると、さっきまでの不機嫌はどこへやら教授は真面目な顔をしてファイルに細かく書き込み始めたのだった。





「じゃ、以上だな。トレーニングの成果が測れねぇのは悔しいが、成長している自覚はあるみてぇだし、まぁまぁというところか。あ、パン屋、諜報部員だったらそんな心配はねぇと思うけど、トレーニングサボんなよ。あと、指定した以上のトレーニングを何度もするようだったら、ちゃんと記録に残しておいて提出な」


 学生に課題を出すような気軽さで言われてあたしは頷いた。すっかり慣れてしまって、かつ成果がちゃんと実感できるトレーニングに今やあまり嫌な気持ちはない。

 先ほど、いつの間にか戻ってきていたアナスタシアさんが出してくれたお茶に口をつける。朝入れた時にまとめて作っていたのか相変わらず薬のような苦さだ。それでも口をつける度、少し落ち着くような気がするからハーブティーの効果ってすごい。


「諜報のお仕事とか危なさそうですね、くれぐれもお体には気を付けてくださいね」

「あ、はい。ありがとうございます。頑張ります」


 アナスタシアさんが綺麗な顔を悲しそうな歪めて言ってくれるのを見ると、嘘をついていることにやや罪悪感が沸いてくる。あたしは早く退散しようと、残っていたハーブティーを一気に飲み干して立ち上がった。


「じゃ、じゃああたし、色々と異動の準備もありますんで帰りますね!」

「あ、じゃあ送っていきます。魔方陣までですけど」


 大丈夫ですと断ったのだが、最後ですしちょっと寂しいのでお見送りですと可愛らしく言われてしまっては無下にもできず、あたしはお言葉に甘えて見送ってもらうことにした。


「じゃあな、パン屋、死ぬなよー」


 やや呑気な声に見送られて研究室を出ると、アナスタシアさんと二人で苦笑した。


「なんかすみません……あんな教授で」

「いえいえ。とんでもないです。今日もお疲れさまでした」

「カナさん……なんだか顔色良くないですね」


 じっと顔を見られて、あたしは思わず頬を押さえる。確かに、昨日カイリーやウィルに偉そうなことを言っておきながら、夜あまり眠れなかった。それは、マックのことを心配してでもあり、自分が考えたそれを決心をするのに時間がかかったためでもある。


「異動することを考えるとなかなか不安で」

「今まで内勤だったんですもんね。いきなり前線って不安ですよね」


 そう言う彼女に曖昧に笑って返す。不安なんてもんじゃない。長生きしたいと死亡フラグを折るためにだけ生きてきたあたしとしては、みすみす死地に向かうなんて、アイデンティティーの喪失だ。


「ま、まだわからないんですけどね」

「でも諜報部隊なんですよね?場所がってことですか?」


 その質問にも曖昧に笑ったまま返すと、彼女はそうだと思ったようで、やや同情的な顔をした。


「どうか、あまりご無理をなさらないでくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 いつの間にかついていた魔方陣の部屋のドアをアナスタシアさんが開けてくれる。扉をくぐると、ぐっと自分の体に力が入るのがわかる。これから行うことに対して緊張しているのだろうか、手に汗まで浮かんできた。警備のおじさんも目に入らずにまっすぐ魔方陣に向かう。

 

「カナさん!頑張ってくださいね!」


 最後に笑顔で手をふるアナスタシアさんが見える。

 そうだ、あたしも頑張らなければならない。マックが見つかるのを少しでも手助けできるように。まずは

、司令部長に異動を申し出るところからだ。すでに朝のうちに面談の希望は出している。


(ちゃんと、しゃべれるかな……)


 やや苦手に思っている司令部長の顔を思い浮かべながら、あたしは自分が転送する魔力を感じ、目をつぶった。

 

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