へだてのない……①
各部署でも午前中の間にあたし達が聞いたような司令が回っているのか、どこか落ち着かない雰囲気が流れているのを感じつつ、あたしとラースは外部郵便を届けつつ、各部署を回ってボックスを回収する。まだそこまで慌しくはなっていないが、みんな普段の仕事をできるだけ早めに終わらせるように気が急いている様子が見て取れた。
たまに、喫煙室や休憩スペースの前を通れば、聞こえてくるのはやはり事件の噂や不安を募らせるような話ばかりである。
「……なんかすげー動揺してるっすね」
最後の部屋のボックスを回収し、廊下に出ると、ラースが言った。いつもの通りの無表情だが、その声には軽く非難と驚きの色が含まれていて、あたしは苦笑した。
「うーん。あたしもそうだから、なんとも言えないですけどね……。そんなに珍しいですか」
「俺らが前にいたところは、明日支部ごと全員死んでもおかしくねぇようなとこだったっすから」
「極東支部は内乱鎮圧のために設置されたんでしたっけ」
「政府の方にも、レジスタンスの方にも悪魔がついちゃって大戦争勃発的な。俺就職してすぐそこ配属だったから本部で働くのって初めてですけど、みんなこんなに動揺しててちょっとびっくりっす」
確かに、そんな最前線で諜報部隊として働いていた彼からすれば、本部は随分と平和でのんきな場所だろう。
「一般的に、イーリス治安部隊は危険な役割を担っている故にその本部は最も安全な組織だと思ってますから。そう思って、下手な騎士団とかに就職させるよりは良いって、子供をここの事務方に就職させる貴族も、もちろん多いし」
「へぇ、そんなんいるんっすか。預かりっって感じっすね」
「うちもスポンサーってありますからね。多いですよ。エレノアもアリサも元をただせば、そうみたいですし」
マックは自ら志願したんですけど、と言いかけてあたしは口をつぐんだ。今、彼の名前を出すとラースではなくあたしが落ち込んでしまいそうだ。
「の割には、その二人は大活躍っすね」
「女性は特に二~三年くらいでやめる人も多いですからね。十四歳とかで就職してたらそのくらいで適齢期だし、家に連れ戻されちゃう人もいるみたいですね」
「今回のも危ないから連れ戻すぞ!ってな感じにならなきゃいいっすね」
「確かに。各国に派遣していたのを引き上げてるんですもんねぇ。いくら緘口令を敷くお願いもしたところで、耳の早い貴族とかには情報が言っちゃうでしょうし」
「そういや、カナ、明日学園行けるんっすか」
「あ、確かに。アリサに聞いてみようかな。研究協力に関しての取りまとめは彼女がやってるんで」
「じゃ、通り道なんで司令部寄って行けばいいじゃないっすか。俺先メール室帰ってますよ」
派遣されてる人が一度帰ってくるため、送る必要がなくなったからか今日は出された郵便が少ない。とはいえ、全てのボックスを乗せたラックはなかなかの重さがある。一人で押すことができないわけではないが、大きさもそこそこあるから二人で移動した方が効率は良い。少し迷っているとラースが後押しするように言う。
「夜とかみんな帰ってくるだろうから忙しそうじゃないっすか。あらかじめ行っといた方がいいっすよ」
その言葉に頷いて、取り合えず二人で司令部の前までラックを運んだ。
「失礼しまーす」
司令部の扉を開けて中を覗き込むと、意外にも人は少ない。アリサの姿をざっと目で探すが、いつもの定位置にも司令部の室内にも彼女はいなかった。その様子を扉の後ろからのぞいていたラースは、ラックのストッパー機能をかけると、あたしの横を通り過ぎ、優しそうなメガネの男性に近寄っていく。
「マルサン」
「おお、ラースどうした」
マルサンと呼ばれたメガネの男性は、書類から顔を上げて、もともと細い目をより一層細くして微笑む。配達の時に何度も見かけたことはあるが、しゃべっているのを見るのは始めてだ。
「カナがアリサさん探してるんだけど」
「あ、お忙しいところすみません」
親指で刺されて、あたしはペコっと礼をする。すると、マルサンさんは笑顔のまま、眉を少しだけ下げて頬を掻いた。
「あー……今、リー組とマック組が帰ってきたから、ほとんどみんな会議室行っちゃってんだよね」
そう言うと、司令部の奥にある扉を指差す。
「だっせ。お前留守番かよ」
「こら。ダサいとか言うな。俺、一応、司令部ん中じゃ新参者なの。」
仲がよさげにマルサンさんに小突かれたラースを横目に、あたしは会議室の方を見る。
「気になる?」
「あ、嫌……はい」
否定しかけたが、意味はないと思い素直に頷くと、目がなくなっちゃうんじゃないかというぐらいに、マルサンさんはより一層微笑んだ。
「実は俺さ、こっちの耳のインカムで会議の内容聞いてるんだ」
「おーじゃあカナに聞かせてやりゃあいいじゃねぇか」
「いや、さすがにそれはまずいだろ」
手を伸ばしてインカムを取ろうとするラースの手を軽く叩いて止めると、ラースがちっと舌打ちした。顔の表情自体は動いてないものの、ラースが敬語じゃないのもこんなに気を許しているのもはじめてみる。
「でも、会議ももうすぐ終わりっぽいからね。もし時間が許すならここで待っているといいよ。また来るのも二度手間だろうし、君も心配で、友達を一目見ときたいでしょ」
一目見るという言葉に、ウィルやカイリーと話すことは難しいのかもしれないと思う。同時に少しほっとしてしまった自分に気づき、嫌悪した。
こんな時ですら、メインの物語に絡むことに躊躇してしまっている。しかも、なんて声をかけていいのかわからない。心配したよ?大変だったね?そのどれもが彼らの今の状況に対しては薄っぺらくて、むしろ不快に感じるものな気がする。自分という人間がいかに人の気持ちを慮ることができてないかと恥ずかしい。
そんな落ち込んでいる様子に、ラースが「はいはい」と背中を叩いてきた。慰めてくれるのはとても有難いんだけど、若干慣れた雑な手つきにじとっとした目でラースを睨むと、ちょうど会議室のドアが開いた。アラン部長を筆頭に比較的上の方が出てきたのに続いて、アリサとカイリー、ウィル達が出てくる。
「アリサ!」
マルサンさんが立ち上がり、アリサに対して手をあげる。それに気づいたアリサは少し焦った様子で小走りでこちらに近寄ってきた。
「はい。何かありましたか?」
「いや、メール室のカナさんが訪ねてきてたものだから」
そう言うとアリサは、あたしの方を見て、今気がついたような顔をした。マルサンさんとラースに挟まれて目立ってなかったのであろう。
「どうしたの?」
「忙しいところ、ごめん!明日、学園に行くのってどうしたらいいのかな、と思って」
申し訳なさそうに言うと、アリサは「そうだったわね、ちょっと待ってて」と言ってアラン部長の方に小走りで向かう。その後ろ姿を見送ると、アリサを追って歩いてこちらに向かってきていたカイリーがすぐそばに来ていた。
「カナ」
「……カイリー」
あたしの横にたつと、じっと無言であたしを見た。あたしも何も言えなくて彼女を見返す。彼女はしばらく疲れた目であたしをじっと見た後、俯き、ぎゅっとあたしの作業服の袖をつかんだ。
「おまたせ。やっぱり学園側に無用な情報を与えたくないから行って来いって。ただし、今後は業務の加減とか、異動することになったとかってことにして、とりあえず一度中断させてもらってきて。再開時期に関しては、あたしからおって連絡しますって言えば、大丈夫だと思う」
「わかった。ありがとう」
あたしのお礼に頷くとアリサはまた別の人に呼ばれて、ごめんとだけ言ってそちらに向かう。
「マルサンさん、ありがとうございました」
「いいえー。じゃあね」
マルサンさんにお礼を言うと、あたし達はメール室に戻ろうと足を向けた。あたしはカイリーに袖をつかまれたままなので、彼女を引き連れるように慌しい司令部の中をぬって歩き、その後ろをラースとウィルがついてくる。
「お邪魔しましたー」
ラースがそう言って扉を閉めると、後ろからぎゅっと抱きつかれた。長く綺麗に伸びた黒髪があたしの肩に乗る。
「カナぁ……」
絞り出された声に、あたしを抱きしめる腕をぽんぽんと叩いた。肩に乗せられた頭がやや震えているのがわかる。
「うん、頑張ったね。でも、もうちょっとだけ頑張れる?」
静かに肩の上で頭が動いたのを感じて、ラースに視線を向けた。
「いいっすよ。今日は少ないですし、まだ時間も早いし。俺の方でやっときます」
「ご……ありがとう」
この場で謝るのは違うと思い、御礼を言うと、ラースは頷いた。続いて、ウィルを見ると、彼は疲れた様子以上に、どこか痛そうな、苦しそうな顔をしていて心配になる。あたしの気遣わしげな視線に気づいたのか、ウィルは無理矢理と言った様子で痛々しげに微笑み、すぐにまた真顔に戻っるとあたしに大きく頭をさげて、メール室とは反対方向に向かって歩いて行った。
その様子に不安を感じながら、背中が見えなくなるまで見送った後、ラースと別れた。
取り合えず人がいないところ、と非常階段の脇の物陰までカイリーを連れて行き、前に回されていた手を優しく解く。振り返ると、カイリーの顔は、もはやぐちゃぐちゃになっていた。
ちょっと中途半端ですが、長くなりそうなのでこちらまで……




