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メール屋さんの秘密事情  作者: いたくらくら
第二章 メール屋さんの恋事情
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きえるはじまり②

「よし、みんな集まったわね。資料は渡ったかしら?じゃあはじめるわよ」


 声をかけられてから三十分、なんとかラースと二人で分担して保安検査をすべて終えたあたしとラースは、ホワイトボードを囲むようにして集まったメンバーの端っこに座っていた。第四研究室の面々同様、アムネムさんが先ほど持って来た資料も渡されている。


「みんなちゃんと確認してくれたと思うけど、念のためまず今回の事件の認識合わせからね。主に西の地域を中心に国を問わず各地で行方不明者が出ている。行方不明者には性別・年齢・経歴ともに共通点や一定の規則はなく、全員の素性を調べきったわけではないけれど特別恨みを買うような人たちでもないわ。正確な数は出ないけれども、各国の自警団や騎士団からの報告ベースで考えると、たぶん今現在この事件の被害者として五百人強が消えていると考えられているの。詳しい国別の数字は資料に書いてあるけど、正直期間中の分かっているだけの行方不明者数だろうから、ここから多くなるとも少なくなるとも言えないわ」


 渡された資料を見ると、世界地図の一部分が書かれており、それぞれの国のところに数字がかかれている。一番多いのは、先日アリサがウィルたちが派遣されたと言っていた国だ。


「広い範囲に分散して人が消えて行ってる。消えるペースも消え方の特徴も…これも共通点がまだ見つかってないわ。あえて言うなら、なんの痕跡もなくいつの間にか消えているってことと、被害者はまだ誰も見つかっていないってことぐらいね。これだけの人数が消えているのに、手がかりや……死体すら見つかってないわ」

「凶悪な悪魔が、人間を狩って喰っていってるって可能性はないんですか?」

「ありえないわけではないわね。なんせ今回の事件、なんの証拠もないんだもの。すべての可能性がゼロじゃないわ」


 イグさんの質問をひとまず答えつつ、アムネムさんはホワイトボードに簡易的な地図を書く。一度黒いペンを置くと、近くにあった赤いペンのキャップを開けた。赤いペンで一度バツ印を書きかけて、ふと何か思うことがあったのか、指で消すと星印を四つ書いた。


「昨日、正確には一昨日の晩から、この事件の調査のために各地に派遣していた四チームで一人ずつ隊員が行方不明になったわ。行方不明になった隊員が派遣されていたのはこの四つの国。派遣されている場所はバラバラでおのおのの国への行き来には数時間かかるところもある。民間の魔方陣の使用履歴も確認したけれど、直接どころか間接的にもその国の間を昨日だけで移動した人はいなかった。ちなみに、行方不明になったのは、リー、タイソン、マック、テラの四人」


 被害者の名前が出てきたことにあたしははっと息を吸う。今、アムネムさんはなんて行った?マック……と聞こえたのは、あたしの聞き間違いではないだろうか。


「メンバーがいなくなった各チームの詳細は資料の最後につけているわ。この子達も共通点っていうのがなくてね……ただ、全員諜報部隊じゃなくて、表立って調査をしていたということ、いなくなったタイミングが、みんなインカムをオフにしている時……つまり休息をとっていた時というぐらいかしら」


 話もそこそこに震える手で資料を最後のページまで捲る。四つ書かれたチームの番号と、メンバーの名前。そこにはウィル達の名前が書いてあり、マックのところに赤い色がついている。

 じっとその三文字を見つめるけど、何秒たっても資料の上のマックという赤い文字は一向に変わることはない。


「……四人ともうちの中でもそれなりの実力者よ。何の抵抗の痕跡を残さず、そうやすやすと悪魔に喰われるとは考えにくいわ。そうなると、他になにかカラクリがあるか、それとも彼らですら何の爪あとも残せないくらい、今までにないヤバイ悪魔の仕業か」


 アムネムさんの声が遠くに聞こえる。

 彼らは調査に向かっていたのだから、事件に巻き込まれる可能性があるのは当然だ。危険な目にだってあってきただろう。それでも、今までは起こっている事件の結末を読んでいたから、彼らは大丈夫だと自信があった。しかし、この間、あたしが読んだ巻までの出来事が終わってしまったのだ。これから彼らがどうなるかまったく保障はない。このままマックが死んでしまう可能性だって、考えたくはないけど、ゼロではない。

 考えてはいたつもりだったけれど、実際の自分はやっぱり現実的に考えられていなかったことを思い知らされる。不安なのか驚きなのかわからないけれど体の全身が心臓になったようにゆっくりと脈打つ音が聞こえ、目の奥がが重たくて脳だけがどこかに行ってしまったかのようだ。息が苦しいけれど、今空気を吸ってもうまく酸素を吸える気がしない。今、あたしなんかが動揺して周りに迷惑をかけるわけにはいかないのだ。

 じっと息を殺して体に力を入れて座りなおし、資料を両手で握り締めてアムネムさんの話を聞く。浅く鼻で息をしていると、あたしの様子がおかしいのに気がついたのか隣にいたラースが気遣わしげに無言で背中をゆっくり叩いてくれる。そのリズムに釣られて、呼吸が遅く、徐々に落ち着いてきた。しばらくすると、やっと肺まで空気が入ってきた感覚がある。


「さらにね、昨日いなくなったのは四人だけど、今日、定期連絡が来なかったのがまた別のチームから三人いるの。今、そのチームだけじゃなく近隣にいた子達も向かって調査をしているわ」


 先ほどのホワイトボードに今度は青い印で星印を三つ書く。どの国は場所は離れており、各国の特色も治安レベルも違う。七つの星を見ても規則性は見当たらない。


「……悪魔はイーリス治安部隊を狙ってやってるんでしょうか」

「まだなんとも言えないところね。この事件の被害者と疑わしき事例だけでも日に十人程度消えている。うちの組織になんらかの報復や攻撃をするために、囮として今までの数百人を使ったなんて、そんな労力かけるかしらという疑問もあるわ」

「悪魔が結託してかかってきている可能性はありますか」

「今までの例で言うと悪魔は自分の欲と快楽のためのみ行動するわ。そこから推測すると、やつらがそこまで大掛かりに手を組むということはないと思うけれど……。でも、本当に何もつかめていないらしいのよ。全部の可能性に対して、いっさい否定できないなんて参っちゃうわね」


 いつもは元気で明るいアムネムさんの心底疲れた様子に、質問が途絶える。不安も疑問もたくさんあるのだろうが、そのどれに対しても解消できる明確な答えが帰ってこないことがみんなわかったのだろう。救いようがない今の状況に、一瞬の間、誰もが下を向いて沈黙した。


「とりあえず明日からは、人を集中させて、いなくなった隊員のここ数日の行動と接点があった場所や人を洗うことになるわ。ただね、これまでのいなくなった時の状況を考えて、もともと支部として置いていた拠点以外、一度全隊本部に引き上げることになりました。別の調査や警備に回っていた隊も含め、明日からは毎日、全隊員が本部から調査に出かけるようになるわ。効率はもちろん落ちるし、各国からは非難されかねないけれど、これ以上人を失うわけにはいかないもの」


 アムネムさんは唇を噛んで、目を伏せる。


「さてここからはあたし達の仕事の話よ。まず、研究職からも調査隊に何人か加わることになるわ。七人分の穴を埋めるためでもあるし、外での調査の効率が下がる分もう少し調査部隊を拡充したいという司令部の意図よ。メンバーはまだ決まってないけれど、以前、戦闘職種や諜報部隊をやっていた子が中心に選ばれると思うわ。二~三日中には司令部から任命されることになってる。他のメンバーもそれぞれの研究というよりは、道具・武器の作成補充、手がかりが見つかった場合の解析にあたる形になります。もしかしたら一時的に別の研究チームに入ることになるかもしれないし、検証班として外に駆り出されることもあると思う」


 先ほど、特にラースが関係あると言ったのはこのためだったんだ。まだゆっくり背中を叩き続けてくれている彼の方を見ると、いつも通り飄々とした顔をしていた。あたしの視線に気づいたのか、こちらを見て目が合うと大丈夫っすよと小さく笑ってくれる。


「もう、わかったと思うけれど、こんな年食ってるあたしでも五本の指に入るくらい厳しい状況よ。第四研究室誰一人かけることなく、気合入れて総力戦で潰しにわよ!」


 おお!と少し士気の回復したのを見て、アムネムさんは頷くと細かい打ち合わせをするために各チームに分かれるように指示をする。

 あたしとラースは自分たちのデスクに戻る。ちらりと彼を見ると、また大丈夫っすよと小さく笑った。そのいつもと違う様子に、あたしはより一層不安を募らせる一方、落ち着かなきゃと自分に強く言い聞かせるのだった。

名前が赤文字のところはわざとです。不快に感じた方いらっしゃったら申し訳ございません。

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