メール屋さんの勘違い カウントシックス
「カナ、これ特別便」
座ったまま差し出す主任のその言葉に嫌な予感しかしない。受け取りに行って宛名と差し出し人を確認すると、やっぱりあんまり嬉しいお届けものじゃなかった。
宛先はエレノア=シャウムブルク、差出人にはシャウムブルク伯爵の名前。三センチはあろうその封筒は後丁寧にシーリングワックスで止めてある。
「うへぇ」
「気持ちはわからんでもないが、仕方ないだろう、早く持ってけ」
いくら今後いい子になっていくのがわかってるとはいえ、今現在のあたしには学園で彼女の取り巻きに魔法で虐められた記憶しかない。
魔力がなくて無抵抗なのをいい事に、ある日は不思議な水をぶっかけられて拭いても拭いても一向に乾かず、魔法の先生に泣きついて直してもらった。ある日は教科書の人物が勝手にしゃべる魔法をかけられて、授業中に私の声色でその助けてくれた先生の悪口を叫ばれ続けたっけ。
しぶしぶ受け取るといくら分厚いとは言え、紙とは思えない重さに驚く。なんだこれ、金塊でも入ってるのかしら。
「他のは後回しでいいからそれだけで先に持ってけよ」
「へ、なんでですか?」
「シャウムブルク伯は政略的にご令嬢をここに差し入れただけで、実際はいれたくなかったって話だ。資金援助もしてもらってるし、なんか連絡きたらそっこー渡せと言われてる」
「へーそうなんですね。知らなかった」
小説にはお父さんがここのスポンサーの一人であるっていうのは描かれてたけど、入隊に難色示してたってのは初耳だ。
「ま、自分の国の中で自分の位置づけを高くするための一つだろ」
確かに、国に関係なく治安のために働くこの組織は、悪魔相手の事件を解決するという特殊性のため各国に重宝されながら、その強靭な力とどこにも属さないところから各国に恐れられている一面も持つ。
国・個人に関わらず寄付という名の融資は受けているが、娘が所属するということはさらに強い結びつきを感じさせ、国内外問わず権力を誇示するのに役立つのかもしれない。
「もう一人の娘の方に魔力があれば将来継ぐはずだった長女をさしだしたりしなくて良かったんだろうけどな」
「へー、主任、詳しいですね」
「俺は同郷の出身だからなぁ。ここにいるだけでも聞こえてくる話はあるよ」
珍しく丁寧に教えてくれたことに驚きつつ途中までやりかけた仕事をいったん収めると、主任に声をかけてメール室を後にした。
「カナ!」
アリサのいる司令部のあるフロアにつくと、ちょうどマックとウィルとカイリーの三人に鉢合わせた。
私の姿を見た途端、マックは小走りで近寄ってくる。図体がでかい犬…例えばラブラドールとかが思い起こされてちょっと可愛い。
「お前、いい加減休み合わせろよなー」
「メール室は二人だからねぇ。順番で取るとどうしても不定期で変なとこになっちゃうんだよねぇ」
「ちぇ、もう一ヶ月たつのに、いつまでたっても海いけねーじゃん。夏終わっちまうぜ」
唇を尖らせて不満そうなマックの言葉にウィルとカイリーの耳がぴくっと動いた気がする。
「あっ、あ!だってアリサも今司令室が一人産休でほとんど休みないっていってたし」
「そりゃあまぁ、そうなんだけど」
なんとなく感じた不穏な雰囲気に、あわててみんなでの約束だというアピールをする。
さっきからウィルとカイリーがすごい真顔であたしをガン見している。もしかしてマックはすでにBLもNLも花咲かせているのだろうか。両刀?
「ところでエレノア嬢ってどこにいるか知ってる?」
マックとだけ会話しているのが気まずくて、ガン見してくるウィルとカイリーの方を見て笑いかけると、2人ははっと気づいたように表情を和らげた。
「いや、僕たち司令部にいたんですけど、見てないですね」
「エレノアがどうかしたんですか?」
マックと違ってこの二人はあたしやアリサに対して敬語だ。確かに先に入隊はしていたので職務上は先輩なのだけれど、年下だからタメ口でいいのになと思う。なにより、メインキャラ様に一介のモブが敬語使われるとかなんかこそばゆい。
「エレノアのお父さんから手紙が来ててね、比較的急ぎみたいだから、どこにいるかわかれば手渡しろって言われて」
そう言って、持っていた封筒を見せると三人ともその分厚さに少し驚いたみたいだ。そうでしょうそうでしょう、でも持ってみると見た目以上の重さにもっと驚くのよ。
「エレノアなら、昨日一緒に訓練してたときに明日は休みだわ、みたいなこと言ってたので住居棟の方にいるかもしれません」
「ほんとに?ありがとう!」
教えてくれたカイリーに御礼をいって住居棟に向かおうとすると、彼女に止められた。
「ちょうど私も午後休で、部屋に戻るところですし、一緒に行きましょう」
そう言ってくれた彼女の申し出に、一人では会うのはやだなぁと思ってたあたしは二つ返事でお願いしたのだった。
千数百人が住み込みで務める本部の住居棟は広い。主にえらい人や隊員同士が結婚した家族が住んでるメゾネットタイプから、キッチンなしのワンルームまで取り揃えている。
基本的に同じ職位であれば、戦闘員の方が非戦闘員よりいい部屋が与えられる。彼等の多くが事件解決のため何日も帰ってこないのが普通だが、そこは危険を伴う仕事をしてくれていることに対する労いなのだろう。
(…とはいえ、さすがに入って四ヶ月の新人に1番良い部屋であるメゾネットは与えすぎじゃないのかい、本部さんよ…)
カイリーに連れられてドアの前にたつと、部屋の豪華さと彼女への苦手意識で尻込みしてしまう。
「そんなに怖がる事はないですよ」
あたしの気持ちを察してか、カイリーはそう言うと軽くノックをしてドアを開けた。
「どうなさいました」
玄関というか、サービスルーム?に入るとメイドさんがいた。町ではお使いに来ているのを見たことはあるけれど、本部にいるメイドさんとかはじめて見たよ…。
「エレノアに届け物」
「かしこまりました」
カイリーがそう言うと、メイドさんはさっとメインのリビングに入ってしまう。いや、預かって渡してくれればそれでいいんだけれども…。
「おまたせいたしました。どうぞ」
案内されたそこは三十畳はあろうかというリビングで、二階分の吹き抜けになっており天井が高い。
「あら、カイリー御機嫌よう。どういった御用件?」
部屋の真ん中の豪華なソファーに座っていた彼女はカイリーにそう告げると、続けて入室したあたしを見てあからさまに嫌な顔をした。
「メール室の方がお前を探していたからお連れした」
「あ、の、シャウムブルク伯爵からお届けもので…」
「伯 爵 様」
言葉少なに、はっきりと言い直された。同時にばしっと音がなるほど強く持っていた本を閉じられて思わずびくっと飛び上がる。
「あ、シャウムブルク伯爵様からお届けものです…」
おどおどと彼女に近づいて手紙を差し出すと、先ほど玄関にいたメイドさんが来て横から手を出す。
結局彼女が受け取るんだったら、やっぱり預かってくれればよかったじゃんと思いながらメイドさんに手紙を渡すと、彼女はそれをエレノアに渡すでもなく、部屋の隅の小さな棚においた。
「用はそれだけですの?あたし今日はお休みなの」
邪魔しないでくれオーラ満載で言い放つ彼女に礼をして、カイリーとともに部屋を出た。
メイドさんに見送られ、大きな扉を音がしないようにそっとしめると、思わずため息が出た。
「お疲れ様です」
苦笑する彼女に私も笑って返す。
「ついて来てくれてありがとうね」
「いえいえ、そんな。でも、先輩が思っているほど嫌な子じゃないでしょう?」
…確かに、会ってそうそう水をかけられたらやだなと覚悟していた割にはなにもなかった。言い方を直されたのと、ひたすら威圧感があって恐かったけれども。
「あたしのこと、知らないからかなぁ」
「彼女は先輩のこと知ってますよ」
カイリーに衝撃の事実を告げられて、思わずえっと大きな声を出すとしぃと口に人差し指を当てられた。
「私、お昼まだなんですけど、カナ先輩、一緒にどうですか。続きは行きがてら」
続きがひどく気になることを言われたあたしは断れるはずもなく、静かに頷いた。
食堂につくまでにカイリーが話してくれた話はこうである。
エレノア嬢は確かに気位が高く、不遜な態度だが、一方でとても勤勉で負けず嫌いである。学園にきていた周りの貴族たちが手習いや家督を継ぐ義務としてきている中、彼女は本気で勉強をしにきていて、ほぼ全ての教科で学年で1番だった。二番手につけたのはウィルに負けた魔法実技系課目と、カイリーに負けた男女別で考査される体技系の課目だそうだ。
「彼女は総合的に1番だったんですけどね、それは同じ学年って話で」
カイリー曰く、彼女がどう頑張っても追い抜けなかったのがあたしらしい。
「え、あたし総合順位三十番台だったと思うけど」
「それは総合評価の話でしょう、実技系ではない課目に関しては必ず一位だったそうじゃないですか。先生たちが言ってましたよ、どんなに教科書の隅っこに書いてあるものを出題しても正解するし、どんなに難解な参考文献を読み解かないと書けないレポートも完璧に仕上げてくると」
そりゃあ、ここに就職するしかなかったから、学園時代は必死に勉強した。魔力のまったくないあたしとしては、筆記系の課目を頑張るしかなくて、色恋も友情も何もほっといて図書館に引きこもってましたさ。おかげで友達はアリサしかできなかった。
「それを悔しがって、私達が三年生の頃ですかね。彼女はあなたの時と同じテストやレポートを先生に出題させたことがあったんですけどね、彼女も七割…私とかはもう三分の一もとけなくて結局元に戻りました」
「そんな事実があったとは…」
「まー、その一件で、うちの代でも先輩のことが『図書館の君』って有名になりまして。エレノアがあなたを疎ましく思ってるとか噂がたってました」
「え、あたしそんなつもりなかったのに!」
確かにテストは難しかったけども、世界最高レベルの学園だから当たり前なのかと思ってた。普通に猛勉強してただけなのに、そんな風に人様に迷惑をかけていたとは…。
私が頭を抱えるとカイリーは、先生たちも先輩が何を出しても解いてくるから大人げなく熱くなってしまったと言ってました。と笑った。
「私が剣技ではじめて勝っちゃった時も、彼女は普通に悔しがってたみたいなんですけど…疎ましく思ってるって周りが勘違いしちゃったみたいで。なんとか伯爵令嬢に取り入ろうとした貴族の子息たちに虐められました。もちろん返り討ちにしましたけど。もしかして、先輩もそうじゃなかったかな、と思いまして」
「じゃあ…あの魔法でちょいちょい苛められたのは…」
「エレノアの指示じゃなくて、周りの勘違いっていうか…勝手にやったことってことです」
確かに、学園時代の事は小説には書いてなかった。巻が進むごとにいい子になっていくって言うのは、ただ最初は彼女の内面が描かれてなかっただけだとしたらー…
「やばい、あたしすごい失礼な勘違いをしてたかもしれない」
「たぶん、そういうことです」
彼女も人と仲良くするって性格じゃないと思うんですけど、まぁあんまり怖がらないでも大丈夫ですよと笑うカイリーが大人に見えた。あ、大人といえば。
「話、すごく変わっちゃうんだけどいい?」
「なんですか?」
「あのさ、カイリーって16だよね?あたし、14なんだ。職務で関わることもあんまりないし、できれば敬語やめてほしいなー…なんて」
メインキャラ様に敬語使われるのはなんとなく居心地が悪いし、できればそんなかしこまった感じじゃなくてあの元気印のカイリーが見たい。
「あ、確かに。なんとなく図書館の君だからっていうのもあるんですが…」
「いやいやいや、そんな二つ名はじめて聞いたし、柄じゃないから。ね?」
「わかった」
お願いと手を合わせて頭を下げると彼女は笑って頷いてくれた。
「あらためてよろしくね、カナ」
「うん!」
そうして主人公たちが入隊して四ヶ月たってやっと、私はちょっとだけメインキャラの一人と生身の人間として仲良くなったのだ。
ま、メインのメイン、主人公とは全然関わってないけどさ!