きえるはじまり①
神隠し事件の調査もこう着状態が続き、平和ではないが静かだった本部が慌しくなったのは、あたしが筋トレを始めて二週間後。翌日に学園での三回目の検査を控えている日のお昼前のことだった。
「アムネムさんいらっしゃいますか」
几帳面にノックをして入ってきたのは、司令部の大男ことガルデンさんだ。いつも穏やかで温かい彼の声が、随分と疲弊していたので少し心配になり、あたしは作業の手を止めてそちらを見る。
アムネムさんは解析中だった魔道具に一度封印の魔法をかけると、顔をあげた。
「あら、ガルデンちゃん。どうしたの?」
「司令部長がお呼びです」
その言葉に、アムネムさんが眉間に皺を寄せる。
「……アランが昨日言ってたやつの続きかしら?」
「はい……」
「そう。その様子じゃ良くない方みたいね。ちょっとダン、悪いけどこれ急ぎで残りの解析しておいてくれる?調べる項目は横のメモに書いてあるから空欄埋めて。イグ、午後の定例会議は取り合えず中止。代わりにあたしが戻ってきたらたぶん緊急会議することになるから、手分けしてここにいないメンバーにも召集かけといて。みんなはそれぞれキリのいいところで今やってる作業片付けて。事件の概要が書いてある書類、そこに置いてあるから全員確認しておくこと!じゃ、行きましょうか」
てきぱきと部下への指示を出すと、アムネムさんはガルデンさんと並んで第四研究室を出て行く。残された第四研究室のメンバーは、扉が閉まると同時にざわざわと一斉に騒がしく話を始めた。
「どうしたんでしょうね」
その様子を同じように手を止めて隣で見ていたラースに問いかけると、彼は目を瞬かせてあたしを見た。
「そっか。カナは昨日お休みだったっすね」
ざわざわと第四研究室のメンバーが話をしている内容を聞き取ろうとしているのか、顔は研究室のメンバーのデスクの方を見ながら、ラースは口を開く。
「昨日、アムネムさん司令部長に呼び出されたんですよ。隊員がいなくなった可能性があるって」
「隊員って……調査に行ってる人の内の誰かってこと?」
「そうっす。でもその誰かが一人じゃないかもしれないらしいっすよ」
「一人じゃないって言うのは……一隊まるごと行方不明とか?」
「いや、分散的に一人ずつ連絡が取れないみたいっす。マルサンが言ってたんすけど、今回は事件の内容が内容ですから、インカムの通信履歴とか位置情報取得だけじゃなくて毎日の定期連絡を義務づけてるらしいんっすけど、二日前の夜に就寝時にインカムを切ってそのまま翌朝になっても起動されず、定期連絡もなかった人が違う場所に派遣された隊の中から何人かいたらしいんっす。で、同じ隊の人で一日捜索をして何かしらの痕跡がまったく無ければ今回の事件に巻き込まれたとするって事前連絡が各部の偉いさんには昨日のうちに行ってたみたいっすけど……さっきのガルデンの様子じゃ、やっぱ見つかんなかったんっすね」
あたしに説明をしながらも、器用に耳を澄ませていたラースは小さくため息をついて首を振る。
「うーん……誰も新しい情報は持ってなさそうっすね」
「聞き取れるんですね」
彼は当然とでも言うように無言で頷いた。そういえば、極東支部の時は戦闘とか諜報とか活動をする実働部隊にいたんだっけか。
研究室のメンバーもそれぞれ雑談レベルの情報共有は終わったようで、アムネムさんの指示に従い、作業を片付け始め、ファイルをみんなで回し見ている。その様子を確認したあたしは腕まくりをすると、ラースさんに向き直る。
「ラースさん、また忙しくなるかもしれないのでお昼食べながら作業したくて……申し訳ないんですけど早めに買ってきてもらってもいいですか?」
「うす。カナは何がいいっすか」
「おにぎりで。あっさり系のがいいです。あ、重たくなっちゃて申し訳ないんですけど、第四研究室の方の分も聞いてみてください」
「わかったっす」
自分のお財布からやや多めにお金を渡すと、彼はそれをそのままポケットにいれて、みんなで資料を囲んでいる研究室のメンバーに声をかけた。
「イグさん!メール室、昼飯買出しに行くっすけど、そっちの分も買ってきます?」
「お、ありがたい!悪いけど、適当に多めに頼むわ!金は後でアムネムさんが払う!」
ちゃっかりアムネムさんに支払いを押し付けつつ、研究室のメンバーはまた資料に向き直る。ラースは頷くと、やや早足で第四研究室を出て行った。
その様子を見送ってあたしは自分のデスクに向き直る。一回深呼吸をしてから透視の魔法を唱えて、目を凝らした。
一見普通の手紙に見える小さな封筒には、開封した瞬間に近くにいる人が酩酊する魔方陣が書かれているのがわかる。あたしはデスクに置いた手紙に手をかざすと、比較的簡単な封印の魔法を唱えた。中の紙に書かれていた魔方陣の上に重ねるように封印の印が浮かび上がり、無事もともとの魔方陣が効力をなくしたことが確認できる。届け先と差出人と入っていた内容を連絡表に書き出すと、あたしは次の手紙を手に取った。
魔力が芽生えてから、魔法を使って作業をしているが、最近はベルグ教授の言う通り鍛えているためか、魔法の利きも発動の早さもアップし、すこぶる保安検査が捗る。正直、最初は苦痛だと思っていたあのトレーニングもここまで目に見えて成果がついてくれば、楽しくなっていた。
「あと、三十通くらいかな」
透視魔法を発動したまま、手紙を確認・封印する。次に続く二通とも気絶をする、強烈な眠気に襲われると言う意識を失うものだった。
最近は以前に比べ気絶するなどの精神に関与する嫌がらせの手紙が増えた気がする。服が蝶々になって飛んで行っちゃったり、頭が急にピンク色になったり、ずっとクサい台詞を吐き続けてしまうなんていうバラエティ系の魔法も勿論あるにはあるが、割合的にはやや減っているように思う。呪いや嫌がらせにも流行廃りがあるのだろうか。
そんなことを考えながら黙々と作業をしていると、ぽんと肩を叩かれた。
「カナ、おにぎり買ってきたっすよ」
「あ、ありがとうございます」
あたしは手に持っていた手紙に封印の魔法を施してから御礼を言い、透視魔法を解除して後ろを振り返る。
「はい、わかめ混ぜ込んだやつと、梅干でいいっすか」
「ナイスチョイスです。ありがとうございます」
二個を受け取ると、自分用なのだろうか、ラースは同じ袋から残りの三つを取り出す。から揚げ、エビマヨ、焼肉入りと言うチョイスにあらかじめあっさり系と言っておいて良かったと思った。再度お礼を言って、また自分のデスクに向き直り、作業をしつつおにぎりに被りつく。二つ食べ終える間に三通封印するし、ちょうど三通目の連絡表をそれぞれのボックスに投げ入れたところで、研究室の扉が開く音がした。
「ただいま~。ってあら、みんなお昼中なのね」
かつかつと音を鳴らして帰ってきたアムネムさんは、手には重そうな資料の束を持っている。
「三十分後から、食べながらでもいいから打ち合わせするわよ。作業してる子はそれまでにキリいいところで終わらせとくこと。休んでる子達の召集は?今行ってるのね、ありがとう。会議は全員参加よ、いいわね」
資料の束を中央の机にどさっと置くと、アムネムさんは机の上に置いてあった買出し袋に手を伸ばすと、フルーツサンドを手に取ってやや乱暴に包みを開けた。クリームと一緒にイチゴやみかんの挟まったそこそこ厚みのあるのそれを、ぐわっと口を大きく開けて放り込み、二口で食べきってしまう。いつもは上品に、それこそ女性以上に女性らしく物を食べるアムネムさんのその様子に、なんとなく今回の事件に対しての苛立ちとか焦りが伺いしれる。残り半分のサンドイッチも同様に二口で食べきると、アムネムさんはあたし達のほうを向いていった。
「カナちゃん、ラースも参加しなさい。悪いけど、もしかしたらあなたたちも……特にラースだとは思うけれども、借り出されるかもしれないわ」
神妙な顔をしてアムネムさんが言う。それにあたしとラースは無言で頷いた。




