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メール屋さんの秘密事情  作者: いたくらくら
第二章 メール屋さんの恋事情
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魔法もいろいろあるらしい

「ちょっと教授、さすがに8時間通しでやったのはどうかと思いますよ」


 戻ってきた研究室で、アナスタシアさんにクッキーとあったかいハーブティーを出される。その香りから、前回来たときや今朝に頂いたものと同じだと思うが、立ち上る湯気が多く、今回は熱めに入れられているのがわかる。教授が来た時にすぐにコーヒーを出していたり、こういう細かいところに気遣いができていてすごいと思う。

 昼食を軽く取るだけで、実験はほぼぶっ通しで続けられた。最中は、あたしも集中と興奮していたのだろう。時間も何も気にせず魔法を唱えていたのだが、アナスタシアさんが実験の終わりを知らせに来て、さぁ研究室に帰ろうかというところで足の力が抜けて立ち上がることができなかった。アナスタシアさんに支えられてやっとゆっくり歩けるぐらいに、あたしは自分でも気づかず疲労していたのだとその時はじめて実感した。

 両手でマグを持って、熱いハーブティーに口をつける。なんとなく肩から力が抜けるようで、自然とほっと息が出る。


「んなこと言ったって、魔力が切れないそいつが悪いだろ」

「まぁそうなんですけど……それでもさすがに、体力とか精神力とか、そういうところは気遣ってください」

「ハイハイ」


 ベルグ教授用に出されたサンドイッチをもぐもぐと頬張りながらベルグ教授が言う。

 何のことを言っているのかわからず、首を傾げると、アナスタシアさんは自分用のコーヒーを持って、あたしの隣に腰かける。同時に、教授がサンドイッチの最後の一口を自分の口に放り込んで飲み物でごくりと押し込むと、あたしに向き直った。


「よしっ。とりあえず、前回の検査結果から説明するな」


 そうして、ファイルをあたしの方に向けて開くと、ペンで指しながらベルグ教授は話しを始める。


「結局、なんで魔力が目覚めたかはわかんねぇんだけどさ、まず、お前の魔力の性質はちょっと変わってる」


 この世界の魔力と呼ばれるものの強さを測るには、総量と出力という二軸がある。

 総量は持って生まれした魔力の絶対量だ。魔法を使う時に消費され、使わないでいると体力と同じようにまた回復していく。一度に蓄えておける絶対量は増えないが、魔力を回復させるスピードを早めることは可能で、それは訓練によって精神力を鍛え高めたり、休養や回復薬によって回復することができる。

 出力はいわばその魔力の出口で、一度にどれだけの量を魔法に対して使うことができるかに関わってくる。適正として現れてくるのもここで、防御魔法が得意だったり、攻撃魔法の中でも火属性とか水属性が得意だったりというのはここに関わってくる。ただし、こちらは総量と違って経験や努力によっていかようにも鍛えることができる。

 最初に勉強した時には、ゲームで言うとMPは限界値こそ増えないけど自動回復をするようになっていて、魔法は使えばレベルアップして使えるようになるのね、と思ったものだ。もちろん、ステータス画面とかで確認できるようなものではないけれども。


「パン屋の場合は、出力はまったくの普通。防御と感知が突出して高い。他の魔法は下の上って感じ」

「あ、それ本部のお医者さんにも言われました」

「ま、普段仕事で使ってるって言ってたし、魔力が無い時代に使用していた分も経験として力をつけてたのかもしれねぇな。で、変わってるってのは、総量の方」


 ファイルの一ページを開き、あたしの方向へ向ける。そこにはグラフのようなものが書かれているが、縦軸の真ん中あたりを青い線が一本、まっすぐ横に走っているだけだ。


「これが、パン屋の魔力の量を計測したもの。縦軸が魔力の量で、横軸が時間軸な」

「ずっとまっすぐですね」

「そ。これはこないだずっと火をつけ続ける実験したろ。あれの時に測ってたやつ。あれは本来は、強いストレスをかけた環境を用意して、魔力の回復力を下げ、魔力が空になったら通常の環境に戻して回復力の強さを測る実験なんだよ」


 嫌がらせとしか思えない前回のサウナ室でろうそくに火を付ける実験に、意味がちゃんとあったことを知ってちょっと驚く。


「で、お前はずーっと空になんねーの。そんなやついねーだろと思って粘ったんだけどさ、俺吹き消すのに疲れたから途中で諦めたんだよ。で、数値結果を出してみたら、やっぱり魔力が減ってねぇ」

「魔力を使ってないってことですか?」

「いや、これグラフで見たらほぼ一直線だけど、数値で見るとすげえ少量、微減微増してる。つまり、お前の場合は回復力も回復スピードも尋常じゃなく強いと考えられる」


 回復のスピードが早い人は、魔力を一気にドカンとは使えないけどなかなかゼロまで底つかないため、持続型と呼ばれる。あたしの場合はそれがさらに強く、絶えず魔力を回復させており、常にほぼフルの状態になっているそうだ。


「今日もさすがに途中で切れるだろと思ったんだけど、全然魔力尽きないし」


 ファイルを見て首を傾げながら、がしがしとペンの背で頭を掻く。


「あれ?でもあたし、難しい魔法使えませんでしたよ?」

「それは、出力の問題な。魔法唱えた時にまったくなんも起こらなかっただろ?魔力が切れる時は、その分の魔力で出せる威力の魔法が出るから」


 例えば、魔力が切れかけている時に火炎放射の攻撃魔法を唱えたら、思ったほどの威力はなくマッチくらいの火がぽろっと出る、という現象になるそうだ。


「だからパン屋は出力の方を鍛えれば、もしかしたら自分の魔力の総量を超えた強さの魔法がつかえるようになるかもしれね」


 アナスタシアさんもファイルを覗き込んで今日ベルグ教授が書き込んでいた内容を除き見て、口を開く。


「そうしたら総量という概念自体に一石投じることなりますから、研究として面白いですね」

「おー。行動や魔法の詠唱を邪魔せずに回復し続けることができれば、理論的にはどんな強力な魔法も使えるってことだ。有用性も汎用性も高い。なんで魔力が目覚めたかも調べてぇけど、こっちの方が面白そうだ」

「そうですね。仮説検証も、まだ容易そうですし」


 その後も二人は、物体に宿したら永久機関ができるんじゃないかとか、医療、兵器、生活にどう応用するかなど話がどんどんと展開していく。実験中や実験の話をしている時にベルグ教授が楽しそうなのはいつもだが、アナスタシアさんも今までの落ち着いた印象と違い、早口で少し声も高くなっているところから興奮している様子が伺える。


「なんか……凄いですねぇ」

「なんだパン屋、乗り気じゃねぇなぁ」

「あ、いえ。どんどん壮大な話になっていったので、なんだか自分からは遠い事のような気がして」


 そう言うと、ベルグ教授は目を瞬かせてこちらを見た。


「何言ってんだ。お前あっての実験だろ」


 ペンの背で弾くようにおでこを刺された。いくら尖ってないとはいえ、完全に無防備だったからかなり痛い。


「は、はぁ……」

「というわけで」


 ベルグ教授はにやりと笑うとファイルの中から一枚の紙を取り出す。一枚ペラの書類だが、何やらびっしりと細かい文字が書かれている。


「なんですか、これ?」

「明日からのトレーニングプログラムな」

「え!?」


 紙を受け取ってよく目を通すと、腹筋50回やランニング十キロと言った体力的なものから、あたしがぎりぎり出せたレベルの魔法が、この魔法は15回詠唱、この魔法は20回詠唱……と、細かく時間や回数が指定されている。トレーニングとかしたことがないからわからないが(なんせ実技は練習しようがなく、ほぼいつもゼロ点だった)、魔法の部分はともかく腹筋とかランニングとか、これ、あたしにしたら結構きついプログラムだなんじゃ……。


「これ全部ですか!?」

「そう、明日から毎日しっかり必ずやれよ。サボったら実験の意味無いからな」

「え、でも魔法の詠唱とかどこですれば……しかも仕事もあるし……」

「イーリス治安部隊には、先ほどお伺いして事情と施設を貸していただけるように頼んでおきましたので安心してくださいね。本部の部長さんでしたかね?アランさんが、研究に貢献できるのも戦力が増える可能性があるのも喜ばしいって言って、アリサに補佐するように指示されてました」

「本当ですか……」


 言外にサボれないということを匂わせたアナスタシアさんににっこりと微笑まれる。あの司令部長に話をそんな話をつけるとか裏から手を回されてしまっては、あたしはただただ頷くしかできなかった。項垂れて頭を抱えるあたしを、可笑しそうに笑うベルグ教授をちょっと恨めしく睨んで、あたしは出された紙を自分の鞄にしまった。


「じゃ、ちゃんとやってこいよ!」


 にこにこと笑うベルグ教授に見送られて研究室を出ると、前回同様アナスタシアさんが魔方陣のある部屋まで送ってくれる。本部についたのはもうすぐ二十時になろうかという時間だった。もともと慣れないことをして疲れていたが、なんだか最後のトレーニングの話でぐっと疲労が増した気がする。


 死亡フラグが無事に折れたのは喜ばしいが、平凡な人生を望んでいたはずなのにどんどんおかしい方向に行っていると思うのは、あたしの気のせいだろうか……。

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