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メール屋さんの秘密事情  作者: いたくらくら
第二章 メール屋さんの恋事情
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仕事観

 ウィルを見送った翌日、午前中に各執務室から回収した書類は、どこの室の分も規定のボックスから溢れんばかりになっていた。


「なんか今日は内部の書類すげー多いっすね」


 いつも眼光鋭く表情の変化が分かりづらいラースだが、言葉に明らかにうんざりだというニュアンスが出ている。


「あ、ラースさん来てからは大きな事件とかありませんでしたっけ。夜中に派遣が決まったりすると、翌日の朝はこうなんですよねぇ……。速達要員として走り回らされるよりは楽なんですけど……」


 とりあえず、一番多い司令部のボックスから手をつける。いつも配達は午前中の一回だが、この量と書かれているであろう内容を考えると、今日はもう一度配達に行かなければならなさそうだ。となると、昼休み返上かつ夜までの残業覚悟か……とあたしは思わずため息をついた。


「ラースさん、昼食行って来てください」

「カナはどうするんっすか」

「とりあえず、就業時間内にもう一回配達できるように仕分け始めちゃいます」

「え、これ、今日中に配達しなきゃいけないんすか」


 眉を顰めて聞かれてあたしは一瞬返答に困る。


「配達しなきゃいけないって決まりは別にないんだけど、今回の調査に関わる内容もすごく多いので……」


 できれば配達してしまって、あるべき人の手元に書類がある状態にしたいと思う。果たして届けられた人が今日中にそれを必要とするかはわからないが、一人でもそれで助かったり、仕事が進むかもしれない。

 配達物が半日早く届くだけなんてとても小さな事ではあるのだが、何の力もないあたしがこの組織に貢献できる、つまり戦ってるウィルたちの助けになるかもしれない数少ない事だから、できればそうしたいと思う。でも、それはあたしのエゴだ。


(押し付けるのも、良くないよね……)


 そう思って、あたしはラースににっこりと笑いかけた。


「間に合ったらそうしたいなと思うくらいなので、本当にお昼行ってきてください。早くしないと混んじゃいますよ」


 話もそこそこに、よいしょとボックスを持ち上げたあたしを見て、「うす」というとラースはさっさと第四研究室を出て行く。


「さてーやりますか!」


 大きな独り言で気合を入れたあたしに、第四研究室の何人かが笑って頑張れと返してくれた。それに笑顔で返事をして、机の上に置いたボックスに向き直る。

 司令部にあったそのボックスは、一見綺麗に収められているものの、きちんと束ねていれないと入らない量だからという理由なだけで他のどの溢れんばかりのボックスより内容量が多い。

 ただただ無心に届け先の振り分けをし、ようやくその司令部からの分が終わろうという頃、ラースが戻ってきた。


「あれ、早いですね?」

「うす。はい、これカナの分っす」


 そういう彼の手には二つの小さな紙袋があった。もう片方はきっと彼の分なんだろう。


「わ、ありがとうございます!助かります!でも、ラースさんは普通に食べていただいてよかったのに……」

「二人でやった方が早いですし。それに、俺の仕事でもあるんっすから、「あたしはこうします」じゃなくて、「こうしましょう」とか「こうしませんか」とかって言ってくんねぇと困るっす。一人でなんでもできるわけじゃないんすから、気ぃ使ってんのか何なのかわかんねぇっすけど……そうやって人を頼んないのは、きっと仕事の質を落とすっすよ」


 彼にしては珍しく厳しい口調で言う。まさしくその通りという話で、自分の未熟さを思い知らされて返す言葉もない。


「……ごめんなさい」


 頭を下げると彼はこれまた珍しく少し笑って、あたしと同じように頭をさげた。


「すんません。知り合いに似てたもんで、言い過ぎました」

「知り合い?」

「極東支部ん時の後輩っす。カナの方がリーダーなのに同じ扱いして、すんません。はい、じゃあこれ。」


 再度差し出された紙袋をようやく受け取って中を見ると、おにぎりが2個とお茶まで入っている。


「それにカナはただでさえ、ちんまいっすから食べる時はちゃんと食べた方がいいっすよ」


 この雰囲気を打開したいのだろうか、少し冗談めかして言われる。

 そういえば、以前エレノアにも貧相だとか言われたことがある。そんなにかしら、と自分の体を見下ろしかけたが、なんだかとても悲しくなりそうな予感がしたので途中でやめた。


「すみません、ありがとうございます」

「いいっす。じゃ、やりましょうか」


 いつもと変わらず眼光鋭いぶっきらぼうな様子に戻ってそう言うと、彼はまだまだある仕分けが終わってないボックスを持って自分の机に向き直った。あたしも、新たに一つ手に取ると自分の机に置く。彼にもらった紙袋の中を取り出すと、肉巻きとツナマヨ、どちらもがっつり系という何処かで見たことあるチョイスだった。







「ただいま帰りましたっす」


 後ろから声をかけられて振り返ると、空のボックスを乗せたキャスターに手を掛けるラースがいた。


「お帰りなさい。ありがとうございます」


 彼がすごい量の配達を一人で行ってくれることになり、すべて任せて保安検査をしていたため、だいぶ捗り、あと残すところ数通となっていた。


「あとちょっとで終わるんで、片付けとか終わったら先帰ってくださいね」

「了解っす」


 キャスターを所定のところに直し、自分の机を片付けに行ったかと思いきやラースは椅子を引き寄せて保安検査中のあたしの隣に腰を下ろした。


「どうしました?」

「そーいや、カナって保安検査で失敗しねーなと思いまして」


 手元をまじまじと見られて、思わず苦笑した。彼はここにきてしばらくは毎日複数回保安検査に失敗し、今でも3日に一回は失敗している。とは言ってもすごく運がいいのか、髪の毛の色が一房変わったり、爪が伸びたり、口笛が止まらなくなるぐらいの可愛い被害しか受けてない。


「やっぱ経験による勘っすか?」

「あー、でもあたし就職した時から保安検査に失敗したことないかもしれないです」

「おぉ、すげぇっすね」


 素直に尊敬の目を向けてくれる彼に苦笑で返した。


「あたしが就職した時にはノルドさんって主任がいましてね。最初のうちは保安検査とか全部主任がやってくれてたし」


 そう言うと、流石に主任の事件は知っているのか、ラースは複雑そうな顔をした。


「でもあれかな。あたしがすごい臆病だってのもあるかも」

「確かにカナってすんげぇびびりなとこありますよね。気をつけすぎっつーかなんというか。手負いの小動物的な感じっすか」


 彼の例えはよくわからないが、警戒心が強いと言いたいのだろうか。


「まぁ、実際あたしは魔力もなかったから何か発動しちゃったら、咄嗟に止めることもできないだろうし。そこは、力がない人間だって絶対的な自信があるのよ」


 ラースはふーんと納得してない顔で頭を掻いた。

 保安検査対象の最後の一通を手に取る。人間長く生きると、身の丈を知るもんだと言ったら、伸びると信じないからカナは伸びないんっすよと返される。違う、そっちじゃない。失礼な。

 最後の一通にかかっていたささいな嫌がらせの魔法をきちんと封印し、連絡票を書き込むと、それぞれのボックスや袋に放り込んだ。


「おーしまいっ。さて、帰りましょうか」

「うす」


 それぞれのデスクを簡単に片付けると、第四研究室のみんなに挨拶をして二人で一緒に退室にする。

 腕の時計を見ると、長い残業を覚悟していた仕事は定時を一時間過ぎただけで終わっていた。

数年目くらいの時にありがちなやつ。

ラースの方が大人です。

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