おみおくり①
長くなってしまったので二つに分けたらこっちが短く……次話すぐに投稿します
「あら、おかえり」
心配する警備のおじさんを誤魔化して逃げ、魔法陣の部屋から自室に向かっていると、ちょうど執務棟と住居棟の間でアリサに会った。
「ただいま。あれ?なんかあったの?」
時刻は20時になろうとしているが、彼女はまだ隊服を着ている。化粧だって落としていない。なにより、いつもおろしている長くてウェーブした金髪が後ろで一つに束ねていた。彼女が髪型を俗に言うポニーテールにしている時は、気合を入れなければいけない時であり、司令部の彼女が気合を入れる時というのは即ち何か大きな事件が発生した時なのである。
「そうなのよ。またちょっと厄介そうなヤツがね。まったく、こないだ一つでかいのが終わったと思ったらまたすぐに、よ」
やれやれと顔をしかめて、ため息をつくが、そこまで心底嫌がってるわけではなさそうだ。そういえば、以前カイリーと話していたが、どちらかと言うと彼女は暇を嫌がるタイプだった。
「大変だねぇ」
「あたしもだけど、それ以上に諜報部隊とか、戦闘部隊がねぇ……ウィルたちもエースとはいえ、一ヶ月くらいでまた長期派遣ってかわいそうよねぇ。なかなか落ち着かなくて」
「今回も長そうなの?」
「まぁはっきりはわかんないけどね。悪魔のせいだって可能性は高いのに、尻尾も何も掴めてないから、その可能性は高そうだわ」
「そうなんだ」といつも通りに返したあたしに、アリサは一歩近寄ると頬を思いっきり左右に引っ張られた。
「ひゃ、ひゃに!?」
ろくに喋れないあたしに、アリサは今度こそ本当に嫌そうな顔をした。
「余裕なのか卑屈なのか、両方なのかわかんないけどね。あんまり、なんでも流れに任せて受け身でいても良いことないと思うけど」
「?ひゃ、ふん。ほ、ほめん」
訳も分からず謝るあたしに、アリサはため息ひとつついて、頬を解放してくれる。離されてもじんわり痛いからよほど強い力で捻られたのだろう。
「あんた、ウィルに言われたこと、なあなあにしてるでしょ」
「なんで知ってるの!?」
言ってからしまったと口を抑えたあたしに、「あんたに引っ掛けとかしなくても丸わかりだから大丈夫よ」と呆れた顔を向けられた。
「ま、いいわ。今はあんまりゆっくり話してる時間もないし、また今度、女子会するわよ。そうそう、ウィルたち、装備揃えて今日の24時に出発だから。会いたいなら会えばいいし、会いたくないんならさっさと寝なさい。そんだけ」
あたしのおでこに一発デコピンをして、アリサはかつかつとヒールで音をたてて司令室に向かう。あたしはまだ痛む頬を抑えつつ、もやもやとしたような、情けないような気持ちでそれを見送ったのだった。
「ど、どーしようかなぁ」
部屋に帰って来てから隊服をジャージに着替えたりなんだりして、今、時刻は21時になったところだ。
アリサが言うウィルたちの出発時間にはあと三時間あるが、会いに行ってもいいものなのだろうか。でも、そもそもどこにいるかもわからないし、装備を整えたり任務の内容を確認をしたり、彼らは忙しくしているんじゃないだろうか。そんな仕事で準備をしているところに、無関係の自分がのうのうと入っていく自信はない。
(そもそも、あたしは、会ってどうするつもりなんだろう…)
一目会いたいだけ?頑張ってって応援する?また、大丈夫って手を握らせてもらう?
そのどれもが、モブキャラのあたしがメインキャラにするには恥かしい……というか、おこがましい気がして尻込みしてしまう。
そうやって自分でも笑ってしまうくらい、うじうじと悩んでいて、ふと気づく。今まではそうおこがましいと思って何にも関わらずに生きていたのに、今、こうやって悩んでいる。悩むということはたぶん、あたしは会いに行きたいと思ってるのだ。
『あんたはどうしたいの』
『なんでも流れに任せて受け身でいても良いことないと思うけど』
そう言ったお母さんの声とアリサの声が聞こえた気がして、あたしは立ち上がった。
(どうしたいかなんて、決まってないけど…)
会わなかったらきっと後悔する、と思う。何を言うとか、どうしたらいいとかそんなのはとりあえず司令部に向かうまでに考えればいい。
そう決心して部屋のドアを開ける、と。
「……うぃ、ウィル?」
「……せんぱい」
ちょうど、あたしの部屋のドアをノックしようとしてたかのように、片手を上げたポーズのウィルがいた。




