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メール屋さんの日常 カウントセブン

 主人公たちが入隊して早三ヶ月がたった。

 そういえば、メインキャラの三人と挨拶した翌日、エレノアも無事に入隊したようだ。連れてきたお付きのものと運び込んだ家具の量が半端じゃなく、一騒ぎあったらしいけれども。




「カナ、こっち終わったぞ」


 相変わらず気だるげに主任に声をかけられて、全てボックスで埋まったキャスター付きの棚を押してあたしはメール室を出た。




 ウィル達の入隊からの時間を考えると、今はちょうど一巻が終わる頃だと思う。

 一巻では、この本部にほど近い街で若い女性の変死体が連続で見つかるところからはじまる。腹を獣に食いちぎられたようなその死体から、事件は狼男事件と名づけられるが、その実は悪魔に付け入られた普通の男性が犯人である。

 ある貴族の娘を孕ませた男が娘に駆け落ちを迫られ、そんなつもりはなかったと苦悩する。貴族に対するコンプレックスと友人たちとの賭け事の罰ゲームで彼女と恋仲になっただけの彼は、つい悪魔の囁きにつけいられてしまう。邪魔ならば殺してしまおう、そうだ、腹がない死体だったら、妊娠していたこともわからない、と。

 狼男事件と名付けられる元となった特徴的な腹を食いちぎったような跡は、実際には先端が鋭い牙のようになった入れ歯型の大きなハサミで腹肉を挟み切られたものだ。

 悪魔の仕業に見せるために、カモフラージュとしてターゲットの貴族の娘以外の若い娘を殺していくうちに、その行為自体に快感を覚えてしまった男は、ただの連続殺人犯になっていく。

 悪魔から渡されたその道具を使うたびに闇に染まっていったそいつは、最後ウィルたん達に追い詰められて本当の狼男…悪魔になってしまうのだ。

 二次元と言うか、小説で読んでいる時でも、何度も何度も腹を挟み引きちぎる描写はエグかったのに、今のあたしにとっては三次元なこの世界で起こるなんて考えるだけで、見てもいないけれど身震いする。

 一巻はその事件を解決したところで終わり、二巻を開くとすでに事件の二ヶ月後の話になっていたので描かれなかったが、主人公たちは精神的に病んだりしないんだろうか。ヒーローだから平気なのかな。




(さてさて、次はとー…)


 残りのボックスの宛先を確かめていると、不意に肩を叩かれた。


「ぎゃあ!」


 色気もへったくれもない声を上げて振り返ると、そこにはかのメインキャラ様、マックがいた。


「うわ、色気ねぇ」


 彼は目を見開いて何度か瞬きをしてから、彼はわざとらしく、うぇーっと嫌な顔をした。変顔レベルのその表情では折角のイケメンも台無しだ。

 学園にいる頃はまったく話したことがなかった彼は、入隊してからというもの意外によく話しかけてくる。まぁ仕事中偶然顔をあわせたら、話しかけられるだけで、別にめちゃくちゃ仲良くなったわけじゃない。食堂のメニューがどうだったとかこないだこんな事件があったらしいとか、そんな世間話をする程度だ。


「いや、気配なく肩叩く方が悪いでしょー」


 わざと眉間に皺を寄せてから、へらっと笑い返すあたしに、マックも笑い返してくる。


「気配消してたことはないと思うんだけど…カナがぼーっとしてただけじゃない?」

「失敬な!真面目に仕事してた先輩に何を言うか!」

「カナは通常運転がボケてんだよ」


 あたしより20センチ以上背の高い彼に、ぽんぽんと頭を撫でられる。何を自然にリア充モテ男みたいなことしてるんだ。※ただし、イケメンに限るの条件をクリアしてるからって調子に乗るなよ、このやろー。あたしじゃなくてウィルたんにしろなんて思いながら不満そうな表情をしたあたしに、マックはごめんと肩をすくめた。


「で、最近仕事はどーよ」

「まぁ、マックたちと違って毎日同じことの繰り返しだし。そっちこそ、なんか大型事件や解決したんでしょ?お疲れ様」


 いつもの彼らしくない歯切れの悪い質問になんとなく気まずくて、タイムリーな質問を投げかけてみる。


「あ、なんかもうカナまで知ってんだ。今日帰ってきたばっかなのに」

「昨日アリサと一緒に夕飯食べたからね。今年の新人君達はすごいって褒めてたよ」


 どちらかというと警備的な意味合いで派遣されたはずの彼らは事件現場に遭遇し、もう一人いた先輩キャラと四人組で事件を解決させた。彼らにとっては偶然だけど、物語としては必然だ。

 主人公の周りばっかで難解な殺人事件が起こるようなあれ、つまりご都合主義としか言えない偶然の出来事で事件を解決した彼らは、本部の中でも話題になっているらしい。現実になってみると、かわいそうな体質だと思うけれど。


「そー、まじで死ぬかと思った。話には聞いてたけど、やっぱ目の前でぐっちょぐちょの死体とか見ちゃうのはきついよなぁ」


 小説の中ではムードメーカーで軽いけれど、その実一番大人で努力家の彼から心底参ったような声が出て意外だが、今のあたしにとったら登場人物でなく現実の人間なんだと思い直す。


「本当お疲れ様。ありがとうね」


 なんと労ったらいいのかわからず、御礼を言う。こんな時、モブの私が彼になんて声をかけていいのかわからない。前世でもし大人になるまで生きてたりしてたら、身についたスキルなんだろうか。


「おお。何か礼言われるとか新鮮。とんでもない」

「少し休めるの?」

「今日明日は。休みっても出かけるところねーから、書類まとめたりするだけだけど」

「そか。待機休暇とかじゃないなら、どっかいったらいいのに。外出自由なんだから」

「そーいうカナだって出かけねーらしいじゃん」


 基本的に外に出ている戦闘職種のマックも知ってるほど、あたしの引きこもりっぷりは有名らしい。


「おうちが好きなのよ」

「そう言うにも、限度があるって。そうだ、今度休みがあったら出かけよーぜ。…アリサとかウィルとかみんなでさ」


 なに!?デートのお誘い!?とか思って、一瞬ちょっとどきっとしてしまったのが恥ずかしい。そうだ、あたしみたいなモブキャラがメインキャラ様に誘われるわけないじゃないか。みんなで、だ。むしろアリサと行きたいのかもしれない。


「そうだねー。もうすぐ夏だしねぇ」


 季節は七月も半ば。前々世のあたしは夏休みにはプールや遊園地に出かけてた。前世だって店の手伝いをしながら友達と川に水遊びに行ったり夏祭りを楽しんだりしたものだ。


「そうだよ、海とかいこーぜ」

「いいねぇ。…あ、しまった」


 わざとらしく時計を見て呟く。仕事中なのは勿論だけど、この話をこのまま続けるのはあまりよろしくない。


「あ、仕事中だよな、悪い!」


 大げさに肩をすくめるマックに気にしないで、と手を降ると、私は荷物の入った棚に向き直る。


「じゃあな、海の件、楽しみにしてる!」


 そう手を降る彼に曖昧に笑いかけると、私は次のお届け先に向かった。


(…とりあえず、マックとは休みがかぶらないようにしないと)


 メインキャラ様の割れた腹筋…もとい水着はぜひとも拝見したいところだが、そんなことに命はかけてられない。今生は何より長生きすることがテーマなのだから。


やっとこお話っぽくなりはじめました。全然生々しい描写ではないのですが、念のため、残酷描写ありに変更してます。

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