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メール屋さんの秘密事情  作者: いたくらくら
第二章 メール屋さんの恋事情
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きたく2

「あんた今回は本当に任務じゃないんでしょうね」


 隣でパン種をこねる母から鋭い視線が投げかけられる。昨日晩に帰宅して以来、父と母合わせると今ので十回目の同じ質問だ。そのうち八回は父だけど。

 折角本部から外に出るのだからと思い、昨日終業後すぐに支度をし、実家に帰省した。

 今日の9時には家を出て学園に向かわなければならないが、なんせパン屋の朝は早い。朝四時に叩き起こされ、家にいるなら手伝いなさいと工房に引きづりこまれてから三時間は経っている。


「違うってば。だから、あたしが急に魔法が使えるようになっちゃったからそれの検査を学園でするの」

「ああ、あんたの家出先ね」


 その言葉にあたしはうっと言葉が詰まった。五歳の時に勝手に試験を受け、合格通知を持って泣きついてだだをこねて入学したのは、やはり母親的には家出と評するほどのことだったようだ。


「すみません……」

「冗談でも嘘でもないけど、こうやって帰って来るようになったんだったら良しとしてあげよう」

「そうだよ。ママ。かなちゃんはきっと長い反抗期だったんだよ」


 パンの中身に入れるラタトゥイユをの鍋をかき混ぜていた父が口を挟む。

 精神年齢45歳としては、今更反抗期なんて言われると恥ずかしくて仕方ないのだけれど、確かに親孝行を全くせず自由にしていたのだからその評価は甘んじて受けなけれべならない。あたし何も言わず母の隣でこねていたパン種に向き直る。

 その様子を見て、母はあたしの手元を覗き込んだ。


「しかし、あんたがパンが作れるとは思わなかったわ」


 少し感心した様子でそういうと、母は指を出してあたしのパン種を指でつつく。


「うん、悪くない。あともうちょっとね。本当、うちのやり方とかどこで覚えたんだか」


 まさか、前世でみっちり叩き込まれました!と言うわけにもいかず、あたしは曖昧に笑って誤魔化した。


「やっぱり、子供は親の仕事を見てるんだよ。カナちゃんは勉強が本当に好きだったけど、ちゃんと僕らのことも見てくれてたんだねぇ」


 そう言って涙ぐみ始める父に、母は首にかけてたタオルを投げかけて洗面所の方を指さし、「退場!」と言った。言われた時にはすでに完全に泣き出して、鼻を垂らしそうになっていた父は大人しく工房を後にする。


「しかし、あんた本当に昔から不思議な子よねぇ。魔法が使えるようになるのって珍しいんでしょ?」

「あ、うん。なんかかなりのレアケースだって言われた」

「ちょっと使ってみてよ」


 ちょっと困りつつあたりを見回すと、先ほどまで父がかき混ぜていた火にかかったままの鍋が目に入る。

 あたしはパン種から一度手を離し、鍋に近寄ると木べらに対して簡単な魔法をかけた。木べらは勝手に円を描いて動きだし、火にかかったままの鍋の中身をかき混ぜ始める。


「あらまぁ。すごいわね」

「あ、たぶんあんまりすごくないやつ」


 術者が近くにいる間、同じ動きを繰り返すような魔法であれば素質など関係なく、比較的簡単だ。これが、術者と対象の距離が遠くなったり動きが複雑になったり、一番難しいのは半永久的に動くよう魔法を物体に固定させる……つまり魔道具にするとなると格段に難しくなってくる。そう思うと、やっぱり主任は凄かったんだなぁ。


「まー、そんなこと言ったって父さんも母さんも魔法なんて使えないんだから十分すごいわよ」


 あまり褒めない印象の母に褒められて、ちょっと照れる。


「勉強好きでいい学校行くところといい、魔法が使えるというところといい、本当あんた誰の子かしら」

「ママ、ひどいよ!カナちゃんは僕とママの子じゃないか!よその子なんかであるものか!」

「当たり前よ、冗談でしょ。あんた、まだ泣いてんじゃない、再退場!10分以内に戻ってきたら蹴飛ばす」


 犬にハウスとでも言うように再度洗面所を指差され、父はとぼとぼと引き返していく。

 誰の子と言われたら間違いなく父と母の子なのだが(なんせ、生まれた瞬間からあの白い死神に話しかけられて記憶がある)、正直、魔法のこととかは、あたしも自分のことなのに確信と自信は持てないので、なんとも言えないなぁと思う。


「そういえば、あんた、こないだ来たイケメンとはどうなのよ?」


 どうなのよと言われて誤魔化したくて首を傾げてとぼけたフリをすると、母は何時ぞや見たにやにやと人の悪い笑みをうかべた。


「とぼけてんじゃないわよ、どうみたってあのイケメンはあんたに気があったじゃない」


 母親って怖い。アリサですら触れてこないところに踏み込まれて、あたしは苦笑して返すしかなかった。


「そんなことないと思うよ」

「あら、なんか気まずそうね。なんかあったの」


 もごもごと言い淀むあたしを無言で待たれてしまい、あたしは観念して口を開く。


「あの事件の後、いい雰囲気ではあったんだけど、ウィルがすぐ長期任務に出て。帰ってきたらそんな感じもなかったから、たぶん事件の時のテンションとか、優しいから事件の被害者に対してこう庇護欲に駆られたとかだと思うんだよね。吊り橋効果ってやつかなぁって……」


 そう言うと、、ものすごい冷たいというか呆れた目で見られた。


「あんたねぇ、それ本人に聞いたり、アリサちゃんに相談したりしたの」

「……いや、そんなの聞きづらいし、言いづらい……」


 盛大にため息をついた後、母は目を閉じてこめかみを抑えて何かブツブツ言っている。ほとんど内容は聞こえないが「本当にあたしの娘なのかしら、いや、あいつの血も引いてると思えば納得が……」とか言ってるのは聞こえた。いくら前々世からの記憶があるとはいえ、普通に母を母として慕うあたしとしては何度も言われると、流石にちょっとショックである。


「まぁいいけどね、あんたはどうしたいの」

「どうしたい?」

「……じゃあ、例えばあのイケメンの子のことは置いといて、彼氏にしたい子がいたり、それ以前にそもそも恋人が欲しいとか思う事はあるの」


 なんだかだいぶ投げやりに言われた。前々世でリア充の友達、あーちゃんに言われた時とそっくりの言い方だ。


「そりゃあ、あるよ!将来結婚もしたいし、子供も欲しいもん」

「ふーん、じゃあどんな人が好みなの」

「そこまでイケメンじゃなくてもいいし、体型は気にしない。普通に優しくて、お金持ちなんかなれなくてもいいから、何より慎ましやかに一緒に生きていける人」


 母親相手に何を語ってんだとは思うが、思いつく限り指折り出して行くと、先ほど以上に大きなため息をつかれた。かなりわざとらしく。


「やっぱり、首に縄つけてでも五歳の時に手元から離すんじゃなかったわ」

「そうだよねぇ、寂しいもんねぇ」


 ひょこっと洗面所から父親が戻ってくる。壁にかけてある時計を見ると、ちょうどきっちり10分経っていた。


「そういう話もあるけど、そういう話じゃないわよ」

「じゃ、カナちゃんはもっと甘ていいんだよって話だ」


 父親はにこにこと笑いながらそう言って鍋が置いてあるコンロに戻ると、勝手に動いている木べらを見て慌てた。


「え!?え!なにこれ、ママ大変!勝手に動いてる!」

「あたしはあんたのそのバカさと鋭さのバランスがすごいと思うわ」


 あたしが魔法をかけるのを止める木べらが動くなると父親はほっと息をついてコンロの火を止めると、こちらに向き直る。


「僕は思うんだよねぇ、カナちゃんは頭いいし、すごい仕事もしてるし、可愛いし、それこそ僕らの子供とは思えない位立派なのに、いっつもちょっとわがままが言えないというか、言っちゃダメと思ってるふしがあるなぁって」

「可愛いのところは親の贔屓目だとは思うけど、でも本当そうよ。あんたはもっと我儘言いなさい。あたしたちの自慢の娘なんだから、そうしたってバチなんか当たんないわ」


 母の小麦粉がついた手で耳を引っ張られた。アリサといい母といいどうしてこう照れた時とか呆れた時は暴力的なんだろうか。

 今世では本当に親不孝ばかりしてきたから、自慢の娘と言ってもらえたことがすごく嬉しくて、父親じゃないけどじんと鼻の奥からこみ上げるものがある。


「泣きなさんな、泣くやつは退場!あと、あんたあと一時間で家出るんでしょう?ついでに支度してきちゃいなさい」


 笑ってる父親からタオルを借りると、あたしは顔を隠したまま頷き、洗面所に向かった。

母とアリサは同系統。

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