ふれないこと
学園からの案内は、隊内で最後の検査が終わった三日後に手紙で届いた。
いつも通り午前中の配達で第三研究室の彼女に届けに行くと、後ろの名前を確認してすぐに封を切る。一通り目を通した後、あたしに中身を全て渡してきた。
中には構内の地図と二週間後の日時が書かれた地図の他、几帳面な字で挨拶と協力への感謝が書かれた手紙が入っていた。最後は教授らしき人とアナスタシアの署名で締めくくられている。
当たり前だけど封筒は普通の茶色いもので、いつもウィルに送られてくる女性らしい高そうな封筒ではなかった。
「へぇ、あんた学園に帰るんだ」
「あ、うん、再来週からだけどね」
「再来週からってことは、カナ、継続的に行くことになるってこと?」
今日は、ウィル達が約五ヶ月間の長期任務に行って帰ってきたということで、ちょっと遅ばせながらのお疲れ様会を開くことになり、エレノアの部屋で集まっていた。一ヶ月ほど遅くなったのは、任務の間全く休みがなかった彼らが、三週間ほどまとめて休みを取らされたためである。
休みの間は就職してからはじめての長期休みと言うことで、各自それぞれ地元に帰っていたらしい。長期任務の苦労話をした後、先ほどまでその話で盛り上がっていた。
ちなみにエレノアの妹は助けられた後、自宅で療養をし、今ではまた社交の場に出れるまでになったそうだ。彼女の宿命と言うかなんというか、またも性に対して奔放な生活をおくっているらしく、エレノアが珍しく愚痴をこぼしていた。
いくらあの死神が言ってたように、彼女が世界の汚れを吸い取るために派遣された人なのだとしても、そうやって生きることを運命づけられていると思うとなんとも言えない気持ちになってくる。エレノアに今度会いに行きたいと言うと、妹もカナさんのことを覚えていたので喜びますわと返された。
「まだ継続的に行くことになるかとかはわからないんだけどね。研究室で聞いた感じでは、一回じゃすまなさそうかなぁ」
「へー…でもいいなぁ。学園かぁ、懐かしい!時間あったんだから行けば良かったなぁ」
「俺、休みの間に行ったぜ」
残念そうに言うカイリーに、マックがビールを片手に言う。
「え!?ずるい、なんで?」
「ほら、俺は高等部にも行ったからさ。そん時の仲間とは殆ど研究室とかに残ってんの」
「あー、なるほど。あたし達の代は飛び級とかしてなければまだ高等部にいるのかぁ」
カイリーは高等部にいる誰か仲良い子がいないかを思い浮かべようとしたようだが、どうやら見当たらなかったようだ。
「ウィル、うちの代って誰かいたっけ?」
「俺もあんまり知らないなぁ。特に実技系が得意なやつはみんな早々に就職していったし」
「何人かいますけどね。私達の代は進学者が少なめとは聞きましたわ」
貴族の子息が学歴のために手習いとして来たり、魔力が一定の基準以上に高い子がそれをきちんと自制することを学ぶために来たりする幼稚舎とは違い、高等部は本当に何かを勉強をしたい人が行く。そのため、進学者は各学年によって大きくバラつきがあり、少ない時では一クラス分の20人を満たない時もある。
「カナ達の学年は多いんだよね?」
「そうそう、誰かさんが課題のレベルとか釣り上げてくれたおかげで、勉強することに目覚めちゃったエムっ子たちが多かったってもっぱらの評価よ。その割りに本人はさっさと就職決めちゃうし」
「ちょ…」
アリサからの冷たい視線に言い返そうと思ったが何も言えない。
「あたしの仲いい子たちって結構まだ学園にいんのよねー」
「あ、確かに。なんかアリサって高等部に行った子達と仲良かった気がする」
「将来有望な方々とはお近づきになっといて当然でしょ。あと話してても面白いし。あたしはあんたも高等部に行くもんだと思ってたわ」
その言い方だと高等部に行くと思ってたから仲良くしてくれたみたいじゃないかとショックを受けたら、それを見透かしたかのように「大丈夫よ」と宥められた。
「あんたとは趣味が合って、予想外に仲良くて親友になっちゃったんだから」
「アリサぁ!」
微笑む彼女に嬉しくて抱きつくフリをしたら、思いっきり後ずさりされた。酷い。
「じゃあアナスタシアも知り合い?」
「あぁ、うん仲良いわよ。何、どうしたの」
「あ、今度学園に行く時に彼女を訪ねてくださいって言われて」
「あら、そうなの。さっぱりしてていい子よ」
「アナスタシアって、あのブロンズショートでセクシー系の?」
横から口を挟んで来たマックにあたしとアリサは頷いた。
「おー!あの子、可愛かったよなぁ」
「あら、マックも知ってるんだ」
「アリサのことも知ってたけどな。なんか、二大美少女的な扱いだったじゃん」
「あら、それはありがたいわね」
アナスタシアの話で盛り上がる二人をよそに、あたしはウィルの様子をちらっと伺う。
彼は興味なさそうに、ビールを片手に、エレノアのメイドさんが用意してくれたナッツをつまんでいた。
手紙のやりとりをしているのを知っている身としては二人の関係性が気になるのだけれど、どうやら話に参加する気はなさそうだ。
「みなさん、そろそろいいお時間ですわよ」
エレノアに促されて時計を見ると、針は23時を指そうとしていた。あたし達は簡単に机の上を片付けると彼女に御礼を言って、階段を降りる。
「じゃあね、お休み」
「ゆっくり休めよー」
あたしと同じ時期に昇進して一つ上の階に移ったアリサとマックと別れ、一度共同キッチンに飲み物を取りに行くと言うカイリーとも別れる。つまり、あたしとウィルは二人になってしまった。
なんとなく、気まずくて目が合わせられないでいると、ウィルから口を開いてくれる。
「先輩、僕らがいない間に部屋移ったんですよね」
「あ、アリサ?」
「いえ。アリサもカナ先輩も」
そう言う彼に、「昇進できてね」と説明してからしばらく気になっていた事を聞いてみた。
「そういえば、なんでアリサは呼び捨てなの?」
「あの事件の時に、エレノアの家に行ったりとかアリサも現場に出てたじゃないですか。シャウムブルク伯爵が事件に巻き込まれていると思われたくないって言ったこととかは知ってます?」
あたしは頷く。
「彼女を訪ねてきた客人という形でシャウムブルク家を訪ねたりしてたのですが、どうみても彼女の方が年下なのに、先輩って呼んでるのも少し違和感あるねって話になって。念を入れるに越したことはないので、任務中には呼び捨てで、となったのがそのまま定着しまして」
「あ、なるほど!そうなんだね」
あたしも先輩をつけなくていいのにと言いたかったのだが、事件の関係でと言われると何も言えなくなってしまう。
今まで、自分が生き残ることに必死だったのとこの世界自体に現実感を感じられてなくて…良くないことだが、あまり事件に関わることに興味を持っていなかった。
ましてや、その渦中に飛び込むことなど一般モブのあたしができるはずがあるまいと当然のように思っていたが、今回のように長期任務でみんなずっといなかったり、事件に関わる話で盛り上がっているのを聞くとちょっと羨ましいなと思ってしまう。
あたしもチート転生をしていたらこの人生の生き方も違っていて、みんなと一緒に悪魔と戦って活躍したりできていたんだろうか。そんなこと考えても仕方ないのだけれど。
「あ、あたしの新しい部屋ここなんだ」
「はい。では、ゆっくり休んでください。今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとう。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
部屋の前まで送ってくれたウィルに手を振ると、彼は来た道を少し折り返し、自分の部屋に入っていった。