メール屋さんがもるもっと?
イーリス治安部隊には四つの研究室がある。主に武器や防具と言った戦闘職や諜報部隊に必要な装備を作る第一研究室。実際に現場に赴き、解析や見分を行う解析班の第二研究室。悪魔や魔力そのものの研究を行う第三研究室。呪いや魔道具、薬の作成を主とし、その他何かあれば最終的に受け皿となる、何でも屋的な第四研究室。
普段はメール室が間借りしている第四研究室に出勤するが、今日は朝から第三研究室に向かった。
「おはようございます」
挨拶をしながら入ると、みなさん自分の手元から目は話さず返事をしてくれる。
「カナさん、今日はB室だそうですよ」
「あ、ありがとうございます」
一番若手の人に教えてもらって、あたしはそそくさと部屋の中にある実験室に入った。
研究室はその室によりだいぶ雰囲気が違う。第一研究室は戦闘職から職種転換した人も少なくないため、ボッツさんみたいな理系の人もいるけど、やや体育会系が強いような雰囲気だ。第二研究室は諜報部隊出身の人もいて、みんな物静かできっちりしているイメージ。第四研究室は…アムネムさんが副室長をやっていることからわかるように、いい意味で和気あいあい、ワイワイガヤガヤしている。今日来た第三研究室はなんと言うか…マッドサイエンティストらしい変わったな人が多くて、正直、ちょっと苦手である。
荷物を届けに来た時に、実験室からなんか歯医者のドリルみたいな機械音と高らかな笑い声とかすかな叫び声が聞こえたら誰だってちょっと怖いと思う。
「お疲れ様ですー」
「あ、お疲れ様です」
ガチャリと実験室の薄いドアを開けて入って来たのは、担当してくださっている女性研究者の人だ。
「今日はちょこっとだけ数値をお測りして…基本的にはお話をお伺いするのがメインになりますので、楽になさってくださいね」
言いながら椅子に腰掛ける。机の上に持っていたファイルを置くと、彼女はメガネを掛け直してながら残念そうに眉を下げた。
「ちょっとうちでは、これ以上調べることができなくて、次から学園の方に行って頂きますってもうお話してましたっけ?」
「あ、はい。前回お伺いしました」
「本当、なんでなんでしょうねぇ。カナさんに魔力が目覚めたの」
心底不思議そうにこれまでの資料を見返す彼女に、あたしはとりあえず苦笑で返す。
そう、吸血鬼事件を境に魔力が目覚めてしまったあたしは、お医者さんの言うとおり研究に協力することになった。研究される対象として。
本来この世界には魔力がゼロと言う人は非常に少ないらしい。それこそ一千万人に1人いるかいないかぐらいの割合だそうだ。そして、そういう人はまず間違いなく死ぬまで魔力が目覚めないのが普通らしく、もともと全く魔力がないあたしに魔力が目覚めたのはレアケースどころか世界初なんじゃないかと言われた。
個人的には、あたしに魔力が目覚めたのはあの真っ白い服を着た死神があたしを七つの大罪のひとつにカモフラージュをするために隠していたものを必要なくなったから解放したんじゃないかと思っているが、死ぬか仮死状態にならない限り、彼には会いようがないみたいだから確認はできない。なんだったら、その一千万に1人という人さえ、何かあいつが絡んでいる人たちなんじゃないかと前回話をした経験で思うところだ。
とはいえ、そうも言えないから、あたしは黙ってこの研究の対象として、半年間研究をされている。いつか、謎が迷宮入りして、みんな諦めてくれるといいな。それまで、サラリーウーマン頑張ろう。
「この謎が解けたら、今以上に魔法を増強したり、持ってない資質を伸ばしたり…色々な革新的技術が期待できるんですけどねぇ…」
そうは言ってもあたしだってなんでいきなり魔力が出てきたのか、想像の域を超えないから、どうしようもない。たぶん研究しても解明されないんじゃないかということだけは予想がつくところだが。
「はぁ…すみません」
「いえいえ、カナさんに謝られるところではないので、お気になさらず。では、始めましょうか」
両腕とこめかみと首にジェルのようなものが塗られたパットを貼られたまま、彼女から質問を受ける。
この機械は脳波やらと魔力の関連性を調べるものらしい。いわく、ストレスが魔力の発現と成長に関係があるのではとかそんな話らしいが、今のところ何も関係は見られてないようだ。
「やっぱり、ストレス値は常々高めですね」
そんなつもりはないのに彼女と話をしているだけでストレス値が高いとか、なんか申し訳なくなってきてあたしが謝ると彼女は苦笑した。
吸血鬼事件の当時の話とか、普段どういう生活をしているかとか、彼女に絵が書いてあるカードを見せられてこれについてどう思うかと言った問診が三十分ほど続けられる。
特にカードのやつはどういった役に立っているのかまったく検討もつかないが、彼女はあたしが答える度に一つずつファイルに何かを書き込んでいた。
「そういえば、カナさんは、マーティン学園のご出身ですよね」
「あ、はい。と、言っても幼稚舎までですけど」
「あれ?貴族のご出身でしたっけ」
「いえ、しがないパン屋の娘です」
「あら。でも魔力もなくて、それでご入学されたのでしたら凄いですね」
学園の幼稚舎には、貴族のおぼっちゃまおじょうちゃまが学歴のために、各家が寄付をして入学する他は、基本的には魔力の高さが認められた子達が入学してくるため、あたしのようなヤツは稀と言うか一人しかいなかった。
そりゃあ、現代日本の15年間に加えて、この世界の十五年間の知識と経験を持ってすれば、五歳児の時はチートレベルだ。5歳まで母にワガママを言って近所の図書館の本をほぼ全て読み漁るという努力の甲斐もあって、殴りこむように門戸を叩いたあたしに、特別に課された試験の問題は、全問正解していたと思う。
ま、残念ながら子供の頃は神童でも、年を食うごとに周りの皆さんも成長されて、元通りの平凡になっていったわけですけれども。
「そういえば、学園に行くって、いつ頃になるとかどこを尋ねたらいいとかって、もう決まってるんですか?」
「あ、そうそう。今日それもお話ししようと思ってたんです。いつって言うのはちょっとまだ決まってないんですけど、こちらに今ある書類をまとめて送付してからになりますので…二週間後くらいですかね。曜日的には水曜日と日曜日がいいんですよね」
彼女の確認にあたしは頷いた。完全にここを離れるのであれば、できればラースさんに何かある確率が低い、配達量の少ない日がいい。
「では、二週間以上先で聞いておきますね。あと、行くのは人の魔力についての研究を専門にしてる研究室なんですけど、アナスタシアさんを訪ねてくださいと来てました」
「アナスタシアって…」
「あぁ、カナさんの同級生だって書いてらっしゃいましたよ。お知り合いですか?」
向こうはあたしのことを知らないかも知れないがあたしは向こうのことを知っている。彼女はあたしの代でアリサと並んで美人と称されたセクシー系…そう、ウィルと手紙のやりとりをしていた一人だ。そういえば、最近手紙はめっきり来なくなった気がする。
こんなタイミングでそんな縁があるとは、と驚いて言葉のないあたしに、アナスタシアのことがわからないと解釈したのか、大丈夫ですよと目の前の彼女は笑った。
「詳しい時間とか日時とか決まったら連絡しますね。一応、場所も聞いておきますから」
「あ、ありがとうございます」
そうして、パッドを外されたあたしは、少しもやもやとした気持ちを抱えながら、彼女に礼をして研究室を後にした。




