メール屋さんになりまして
「カナ、これって、こんな感じでいいんっすか」
振り返ると、銀髪の青年が小箱を手にあたしの机に近づいてきた。
どうやら、外にだす荷物の伝票のことを聞きたいらしい。
「どれですか?」
彼の手元を覗き込むと指差し確認をする。
「あー、内容物の記載が備品だけだと、駄目って言われるかもですね」
「っすよね。誰だこれだしたの」
「第一研究室のボッツさんですねぇ…わかります?」
そう聞くと、彼はかぶりを振った。まだここに来てから二ヶ月くらいだから、個人個人の名前まで覚えてないのは仕方ない。
「じゃああたし行ってきましょうか」
「いや、勉強のためにも俺も行くっす」
そう言って頭を下げる彼に、了解と頷くとあたしたちは2人で第四研究室を出た。
メール室に彼ことラースが配属されたのは二ヶ月前のこと。
急な辞令が出され、今回も自分は関係ないだろうとタカを括っていたら総務部に呼び出され、彼、ラースの簡単な経歴と自分が昇進し役職がつくことを告げられたのだ。
正直、自分にとっての『主任』はあの主任だから、自分が主任になるのは若干違和感があったが、断る理由はなかったので有難く拝命した。
ちらり、と横の男を見る。司令部の大男と言われるガルデンさんよりは小さいがそれでもかなり上背がある。
自分の故郷ではあまり見ない銀髪と色素の薄いグレーの瞳に珍しいねと言ったら、「俺の生まれたところでは普通です」と返された。ちなみに、よくゲームとかにいる銀髪のイメージとは違い、ロン毛ではなくスポーツ刈りだ。そして、体系もやや逆三角形的で、モテジャンルの細マッチョをちょっと超えてしまったマッチョだ。
「ラースさんさ、年上なんだし敬語やめて頂けると…」
「でもカナのがリーダーっすから。職務中は」
部屋のランクから考えても彼の方が役職も上だ。
もうすでに何回かお願いしたことだが彼は頑なに辞めてくれない。職務中はと言う割りにプライベートで会ったことがないため、職務外ではタメ口なのか確認しようがない。でも、敬語を使っているのに名前は呼び捨てなところからすると、確かに、リーダーには敬語という、彼なりの職務態度を全うしているのだろうと思えるところだった。
「というか、あれっすよね、最近時々荷物持ってくる男も年上なのに敬語じゃないっすか」
「あー…うん。そうだね。あ、彼の名前はウィルだからね」
「っす」
そうなのだ。主任がいた時は、あたしが一人で働いている日だけに荷物を持ってきてくれていたウィルは、最近ラースがいる日でも荷物を持って来てくれる。最近では、むしろ、ラースがいる日にちのが多いぐらいだ。
「ウィルさんですね。うぃるうぃる…」
ラースが隣でメモをしながら数回復唱している間に、目的の部屋にたどり着いた。ノックをして、返事を待ってから部屋を開ける。探している人はたいてい窓際の席に座ってるはずだ。
「ボッツさん」
目的の人を見つけて、近寄る。眼鏡をかけているその人は、いきなり話しかけられたことに、びくりと肩を震わせた。
「な、なんですか!?」
眼鏡を掛け直しながら、振り返られる。漫画に出て来そうなザ・研究員の彼は、小説でも最新刊まであわせて、三回位は名前が登場していたと思う。
「あの、今日出していただいた荷物の適用欄、備品だけじゃ回収してもらえないかもしれなくて。中身をお伺いに参りました」
「あ…あ!あの、はい。中身はしょ、書類と魔道具です」
「魔道具は何ですか?」
「ち、治癒魔法を増幅する、い、石です」
「増幅系なら大丈夫ですね。すみません、お忙しいところありがとうございました」
「い、いえっ。こちらこそっ」
ボッツさんに2人で礼をして、第一研究室を後にする。ドアをそっと閉めると、まってましたとばかりにラースが口を開いた。
「なんか、すげーおどおどしてる人っしたね」
「いつも、あんな感じの方なんですよね。でも、治癒系とか、その真逆の毒物の魔道具を作ったりとか、そういうのの解析に関してはスペシャリストみたいですよ」
「へー…」
あまり興味がなさそうに、それでもメモをちゃんと取るラースに、あたしは少し前の自分を重ねて苦笑した。
吸血鬼事件が起きるまで、ただひたすら死亡フラグを折ることに執着していたあたしは、まわりの人なんて仕事のために名前と顔を覚えればいいと思ってた。勿論ウィルとか小説に出てきたキャラクターは見てハスハスしてたけど、モブはモブだと思っていたのだ。今思えば、お前もモブなのに何様だと言う話だと思うし、やっぱりこの世界を小説のもの…つまり現実ではないと思っていたと思う。
でも、主任がいなくなって汚い面も知って、あの事件があって…ウィルに好きと言ってもらえて。あたしはこの世界を、小説でもゲームでも夢でもなくて、現実だとやっと本当に思えたのだ。
今は、この先も良くわからなくて、思い悩むこともいっぱいあって、でもそれが幸せなことだと思う。
「そういえば、カナは明日研究の方すっよね」
「あ、そうそう。そうなんです。すみません。今回は大丈夫そうですか?」
急に話題を変えられて、やっぱり興味がないんだなぁと思いながら返答する。
「わかんないっす。でもまー、アムネムさんがやたら、確認しに来てくれるんで多分平気っす」
そうなのだ。いつぞや手伝ってくれた新人君とは違い、アムネムさんはやたらこのラースを気に入っている。理由は…ちょっと聞きたくないので、触れないようにしているが、なんとなくアムネムさんのいつも以上に甘い声に想像がつくところだ。腐女子と言っても汚超腐人どころか、貴腐人までも行ってないあたしは、綺麗どころなら目の保養と歓迎だけど、おっさん(オネェ)×ガテン系マッチョ、もしくはその逆とか触れたくない。しかもリアル。
「でも大変っすよね。研究って何されるんですか」
「うーん、難しい事とか嫌な事があるわけじゃないんですけどね。この魔法を唱えてみてくださいとか、あれできますかこれできますかとか。あとカウンセリングみたいな感じですかね」
「それに、半年つきあうって優しいっすね。俺無理っすわ」
珍しく心の底から言うような彼に、「サラリーウーマンだからねぇ」と返すと、彼は眉をしかめた。二ヶ月みてわかったが、どうやらあまり組織に縛られたくないタイプのようだ。
「あ、でも今回の検査で研究書をまとめて、その後母校の研究室に預けられるみたい」
「母校って…確かすげー頭いいとこっすよね」
「まー、あたしは高等部までも行ってないけどね、やっぱり、そっちの方が色々設備もあるみたいで」
先ほどと同じ顔で嫌そうにする彼に、「まかせてごめんね」と言うと、「アムネムさんがいるから余裕っす」と返された。
本当にこの二人がデキてたらどうしようと言う不安に、あたしは一瞬言葉を返すことができなかった。




