メール室主任の執着 カウントワン
※主任視点の話で、嫌なところ?バカなところ?のお話なので、読み飛ばして頂いても構いません。
2週間と間をあけず届くその手紙には、相変わらず何の魔法もかかっていなかった。
何の変哲も無いが、あからさまに怪しい真っ黒い封筒。差出人はかかれておらず、宛先は司令部となっており個人名はかかれていない。
小さな結界を張りながら手紙を開くと折りたたまれた上質な紙を開く。そこにはやけに気取った口調で短い詩のようなものが書かれていた。その字面からだけでもいけ好かないヤツなのがわかる。
(齢15の子羊…ねぇ…)
内容は要約すれば、この組織が匿っている彼女を我々は欲している。彼女が来ないならば、無駄に命が失われていくだろう、という脅迫のようなものだった。
この組織には変な手紙が毎日必ず来る。部隊の特殊さと権力の割りに、組織として有名すぎるのだ。敵討ちのような悪魔からの呪いもあれば、変なやつからの嫌がらせや、恋のおまじないと言ったばかばかしいものまである。
俺はデスクの脇机の最上段に手をかざすと短く呪文を唱えた。金属でできている引き出しとは思えない柔らかさで蠢いたのを見守った後、引き出しを開けると通常とは違う隠し棚の中身になっている。
中から同じ封筒の手紙を出す。今回のもので3通目だ。
それを来た順番に並べる。
それらはほとんど同じ文面だが、一箇所だけ子羊に対する形容詞が違った。
(ゴウヒ国のアズサ、パン屋、15歳ってなりゃあ…)
思い浮かぶのは一人しかいない。俺は今日休んでるそいつの顔を思い浮かべると、ため息をついた。
最初、この手紙が来たときはくだらない嫌がらせだと思った。
何の魔法もかかっていないし、お前がこなきゃ人が死ぬぞなんて脅し文句を字だけで並べられたところで現実味もなく、効果は薄い。
ゴウヒ国のアズサに関係あるヤツがどっかで恨みでも買ったかなと思ったが、ゴウヒ自体がなかなか辺境にある小さくて平和な国だから、うちにはいるやつなんてそういなさそうだった。昔馴染みの司令部のヤツに聞くと、現在の戦闘職種ではゴウヒ国に関係あるやつの人数なんて片手で足りるだろうと思うと言われた。
次に二通目の手紙にはパンを焼く子羊と書いてあった。最初はなんのこっちゃかと思った矢先、同僚の少女が昼にバケットだけを齧っていたのが目に付く。
「お前、よく飲み物もなくそんなのだけで食ってられんな。咽が渇きそうだ」
普段あまりしゃべりかけない俺が声をかけたのに少し驚いたのか一瞬の間がある。口の中のものを咀嚼して飲み込んだあとまだ幼い彼女は笑っていった。
「あたし、パン屋の娘なんで、こういうパンだけ食べるのなんて余裕です」
その言葉に引っかかり、彼女の出身を聞くと「ゴウヒです」と答えた。
「王都にあるパン屋なんですけどね。遠方から買いに来る人もいたりして結構有名なんですよ」
出身地を聞かれたことを店の場所を聞かれたのかと勘違いしたのか、彼女は自分の両親がやっている店がいかにすばらしいかを語り始めたが、正直俺の耳にはほとんど入って来なかった。
その時、俺は30歳になったばかりだった。
入隊以来、十数年の間、戦闘職種を続け、組織の中ではまずますの中堅どころとして活躍していた。同期としては同じ時期に4人入隊したが、そのうち2人は戦うことに疲れて、田舎に帰っていった。数年上の先輩達は、田舎に帰る人もいれば、現役を引退し別の職種についている人もいた。
その多くは総務や経理、外渉、はたまた組織運営として警備や管理など事務方に回っている。極に司令部や、さらに希少なケースとして研究職や諜報部隊に異動になるやつもいるが、それは極一握りの頭がいいか魔力が凄まじい奴らで、多くは戦いに疲れ、肉体や魔力の衰えを感じてドロップアウトしていったやつがほとんどだと俺は思う。
「お前はいつまでそうやって無謀に飛び込んでいくつもりだ」
いつものように事件を解決した後、同期のアランにそう声をかけられる。その声音には咎めるような色が含まれており、不快に感じた俺は眉をしかめた。
「ああ?俺が敵の隙をついて特攻したから、倒せたんだろうが」
そう言うとやつは、俺にもはっきり聞こえるようにわざとらしいため息をつく。
「隙をついてなどいないだろう。あれはお前の言う通り特攻だよ。意味知ってるか?捨て身による体当たりのことを言うんだよ」
ただでさえ偉そうな顔なのに、それに加えて、偉そうな言葉を吐き出す。こいつのこういった偉そうな態度が気に入らず、入隊以来同じ部隊で動いていても、俺とやつが相容れることはなかった。十年以上組んでやっと最近、作戦の時には頼りになるなと思えたぐらいだ。
「なんだと!このやろっ」
「まぁまぁ、二人とも、無駄口を叩くようだったら本部につれて帰ってあげないわよ」
そう言ったのは同じ部隊にいるセシリアだ。歳は俺達よりはるかに上ですでに45を超えている。魔力の強さは並といったところだが魔法を操ることが得意で、その持ち前の器用さと培った経験で未だに現役を続けている。さすがに体力は衰えて来たのか戦闘には遠隔からの参加が多いが、転送や治癒・感知などのスペシャリストとして作戦では重宝されている。
その言葉に、謝るでもなくアランも俺も黙ると、彼女は「まったくしょうがない子達ね」と呆れてから、手を大きく動かして呪文を唱える。一瞬体に大きく重力が感じた後、目を開けると俺達は本部の入り口についていた。
俺とアランとセシリアは、珍しく3人チームとして活動していた。それはその時期の組織の人手不足のせいもあったかもしれないが、それでも十分にやれるチームだと言われているようで、少し満足していた。前衛型の俺と、後方支援のセシリア、ボランチ的なアランと、すごくバランスが良いチームだ。
いつも案件を解決すると、アランが俺の戦い方に注文をつけ、セシリアが宥める。そんなことを繰り返して二年たったある日、当時の司令部長からいきなりチームが解体されると告げられた。
「なんでですかっ!普通チーム編成は面談があって編成されるじゃないですか!俺らは実績もあげてるし、バランスも…」
呼び出されていきなり告げられたことに、憤る俺に、司令部長は迷惑だと言いたげに目を細めてこちらを見る。
「二人抜けるんだから、仕方あるまい。それとも、君は何も聞いてないのかね?」
そう言われて振り返ると、セシリアは気まずそうに目を逸らし、アランはいつもと変わらぬ様子で立っていた。
「セシリアはそろそろ年齢のことも考えて支援や教育の仕事に回りたいそうだ。俺は、兼ねてからの希望通り司令部に異動する」
いつもとまったく変わらず偉そうな態度でそう言うと、司令部長に対して失礼しましたと頭を下げる。司令部長は少しだけ同情的な目を俺に向けると、そのまま自分の執務室に帰って行った。
呆然とする俺に、アランは一歩近づいて射抜くような視線を見て言う。
「お前もいつまでもゲーム感覚で、悪魔を倒せば勝ちと思うな。広い視野を持って、組織と治安のことを考えろ。それができなきゃ、ただの老害になるのみだ」
そう吐き捨ててこの場を後にする。いつも宥め役に回るセシリアが、しばし慌てた後アランを追って行ったのを見て、俺はやつが言うことが正しいのだと言うことを思い知らされた気がした。
そうして、俺の思う最強のチームが解体した次の案件で、俺はいつものように特攻し、脚を失ったのだった。
それからの20年は地獄だった。足を失った俺は傷が完治するのに一年、義足を作ってもらうのに二年、それで歩けるようになるまで一年かかった。五年たってやっと普通に動けるようになった頃、ちょうどメール室を作るという話があり、さほど激しく動かなくていいということ、外部に出る必要がないということで、俺にお鉢がまわってきた。
むしろ、司令部によって、俺のために作られた部署なのかもしれない。その頃同期のアランは歴代最年少で司令部長になっていた。
やつのその姿を見て、この五年の歳月で開いた差の大きさに、やはりヤツの言ったことが正しかったのだと言われているようで腹立たしかった。せめてメール室として、ただ粛々と間違いのない仕事をするしかないと、思っていたが…
(ひさびさの、俺の、案件だ)
今まで、お互いただの同僚だと思っていたから知らないが、明日、あの幼い少女に年齢を聞いてみよう。
あいつはきっとこう答えるはずだ。
「今、15歳です」
俺は久しぶりの案件にごくりと咽を鳴らした。自然に笑みがこぼれるのがわかる。
もう失ったはずの足が、早く駆け出したいと疼いた気がした。




