主人公さんと三通の手紙 カウントツー
「カナ先輩、お疲れ様です」
食堂で昼食を取り、訓練室に戻ろうとすると、前方からこちらに向かうカナ先輩を見つけた。一回大きく息を吐いて落ち着いてから声をかける。ちなみに、こうやって彼女に声をかける時は名前で呼ばないと、先輩はほぼ確実に気がついてくれない。
「あ、ウィル、お疲れ様。今日の魚定食、なんだった?」
「ヒラメの煮付けでしたよ」
「わーい、美味しそう!魚にしよーっと。じゃあまたね」
にこにこと手を振ってから、スキップでもしそうな勢いで食堂に向かって行く。
最近、やっと廊下で見かけたら挨拶ができるくらいの仲になった。とは言っても、同期のカイリーやマックの方がよっぽど仲がいいのが悔しくて歯痒い。カイリーはたびたび女子会と称して夜通し話をしてるようだし、マックなんかこないだ頭を撫でていた。
どうにも、先輩の前に出ると緊張してしまって、言葉数が少なくなってしまってだめだ。
小さい頃からなぜか男女問わず言い寄られたり迫られたりする事が多かった俺は、もてない方ではなかったと思う。でもそのおかげで、すっかり断ったり回避する方ばかりに長けてしまって、自らアプローチをかけるのはとても苦手だ。
「まーたスルーされてんの、ウィル」
意地の悪い笑みを浮かべたアリサに後ろから背中を叩かれた。
「スルーはされてませんよ、スルーは」
そう言い返すと、年下の先輩はケラケラと笑った。外見だけ見ると金髪の美少女…天使としか言いようのないこの少女の中身が、実はとても意地が悪いと知ったのはここ数ヶ月の事だ。
「ま、あの子はねぇ、とことん自分は蚊帳の外だと思い込んでるから」
「そうなんですよねぇ…」
「こないだの手紙作戦はどうなったの?」
手紙作戦というのはカイリーが言い出した話にインカムで聞いていたアリサ先輩が乗って、ほぼ自分が関わりのないところで始まってしまった話である。カイリーいわく、「あれ?あたしなんかもやもやする!これってもしかして恋!?」作戦だそうだ。
作戦内容は単純で、アリサと仲が良く、ノリも良い諜報部員や外部協力者からアリサへの報告書類や情報を、それらしい封筒で自分宛に送ってくるというものだ。ちなみに、どうやら向こうへ送る書類なども自分の名前で送られているらしい。
「どーもこーも…手紙を気にしてる様子だから気になりますか?って聞いたら、人のプライベートに介入してごめんね!気にしないで的なこと言われましたよ」
「あらまぁ。まさかそんなに相手されてないとは」
あたかも驚いたかのように言って、自分に追い打ちをかける彼女に、俺はじとっとした目を向けた。
「思ってもないのに、よくそんなこと言えますね」
そう、この先輩は完全に面白がっている。純粋に応援して空回りしているカイリーもそうだが、完全にどういう結果になるかをわかってる上でつつきまわしてるから、この先輩の方がはるかにタチが悪い。
「まぁねぇ、そうなるかなーとは思ってたけど。あ、言い出しっぺはカイリーだからね。あたしはあくまで協力してあげただけだから」
言外に、だからあたしは悪くないわよ、と含ませてアリサ先輩はにっこりと笑った。いや、人の恋路をかき回して面白がるのは十分に悪いんじゃないだろうか。
「さっさと、好きだなりなんなり言っちゃえばいいじゃない」
「それができれば苦労はしませんよ」
「あの子は超絶鈍いからねぇ…はっきり言わないと伝わんないと思うけど」
口を尖らせて呆れたような目で見られても、まったく相手に見られてないのに玉砕覚悟でつっぱしれるほど、自分の片思いは短くないのだ。
「あ、でもあれよ。アプローチかけるのはいいけど、あの子が「あたしは大勢いるうちの一人」とか勘違いしたら、ウィルを本気でぶん殴るからね」
急に物騒な事を言われて、意味がわからず俺は首を傾げる。
ちなみに、アリサ先輩は情報系職種でありながら、肉体強化の魔法も同じくらい秀でているのだとこの間同じ班の先輩に聞いた。そんな人に本気で殴られるなんて恐ろしすぎる。
「あの子さぁ、自己評価が低いというか、自分を卑下しがちなのよねぇ…。あたしなんかって口にしてんのもよく聞くし」
「あ、はい」
確かにカナ先輩はよく、あたしなんかとか所詮あたしだし、とか口にする。まるで、自分は関係ないかのように話す事もしばしばある。
「あれって正直聞いてる方も気持ちいいもんじゃないでしょ。だから、これ以上あの子の自分卑下に拍車をかけてほしくないのよね。あんなにいい子なのに損だし」
言葉は少々キツイが、カナ先輩を思っての事だろう。俺はアリサ先輩の言葉に頷いた。
先輩は長々と喋ってしまったことに対してか、バツが悪そうな笑みを浮かべるとぐっと伸びをする。
「じゃ、そういうことで。そろそろお互い戻りましょ」
ひらひらと手を振りながらその場を離れる先輩の後ろ姿に、「ありがとうございます」と声をかけると、彼女はにやりと人の悪い笑みを浮かべて振り返った。
「そうそう。手紙作戦みたいに余計なことされたくなかったら、もうそろそろインカム使ってまわりを牽制するのやめなさいよ。そろそろカナが不憫だから」
まさか気がつかれてるとは思わず驚く俺に、それはそれは見事としか言いようがない綺麗な笑みでウインクをすると、彼女はまた司令部に向かって歩き出した。
意地悪(情けない系男子)VS意地悪(知略を操る系女子)
この二人は大人なので仲良くしますが、最終的に相入れないタイプです。




