主人公さんの通信履歴 カウントフォー
『でさでさ、ウィルはなんでカナが好きなの?』
時刻はちょうどお昼時。昼当番で司令室に待機していたアリサは、室内に響いたカイリーの声に思わずぶっと吹き出した。慌ててあたりを見ると、昼食に行ってる人が多いようで、室内には数人しかいなかった。
『なんでってお前…。というか、お前何時の間に先輩のこと呼び捨てになってんだ』
少し不機嫌な声でウィルが返す。相変わらずこの新入り班はインカムがずっと通信してるって意識が薄い。薄すぎる。
「すみませーん!毎度のことながら、あたしの管轄班が失礼しました。切り替えまーす」
特別問題がない時は中央のスピーカーは一番新人の班の通信を流しておくことになっているが、こういったプライベートな会話の時は切り替えても怒られないことになっている。
この班はしばしばこういった迂闊なプライベート話を始めるから、その場合は一言断って別の班の通信に変えるようにしていた。と言っても、各々つけてるインカムは自分で自由にチャンネルを選べるから、続きが聞きたい何人かは、自らの意思でこの通信を聞き続けるだろうが、それを止めることはアリサにはできない。
とりあえず、スピーカーの音声を一番ベテランの班からの通信に切り替えると、そちらは孫がどうだとか嫁が更年期で大変だという話をしていた。今日はどこも平和なのだなぁと思いながら、アリサは左耳の音声に集中する。
『仲良くなったの。カナのが年下だし。なによ、ウィルも呼べばいいじゃない』
『ようやく話せるようになったっていうのに、そんな簡単に行くか』
『6年来だっけ?長いよね~』
ぐふふ、とけして上品じゃない堪えた笑いが聞こえる。
『うるさい。馬鹿にするなら教えない』
『あ、嘘だってばぁ、ごめんごめん!こないだ女子会で聞いたカナの情報教えてあげるからぁ』
アリサはこんなところで売られている親友に心の中で合掌する。この間自分の部屋で集まった時、やけにカイリーがカナに質問しているなと思ったが、こういうことか。
少し間の空いた後、ウィルがぽそぽそとしゃべり始める。その声の小ささにアリサはインカムの音量を少しあげた。
『…学園の入学式の前の日…ほら、マックって面倒見いいし、あいつもう四年生だったからさ、学園の中案内してもらってたんだよ。で、図書館で勉強していた先輩を見かけた。以上』
『えー…つまんない。それだけ?一目惚れってこと?』
『いや…そうじゃないんだけど…』
『なになに、じゃあどこで好きになったのよ。そんな話じゃあカナ情報は教えらんないなぁー』
『…お前本当に…たいした話じゃなかったら怒るからな』
そう言いながらも話し始めるこの青年はよっぽどカナに飢えているのだろう。アリサはちょっと可哀想に思った。
『そん時はマックも、あそこの席は図書館の君って言う友達いないガリ勉の指定席だから、座ってやるなよって感じだった』
『え、今のマックのカナへの態度からしたら意外』
『ま、学年も違うし、そん時の先輩って人を寄せ付けない感じがあったし…あいつも人から聞いたのを気にせず言ってたんだろ。むしろ今はそれを悪いと気にしてるんだと思う』
ウィルたちが入学する頃と言ったら、自分たちは三年生になりたてだから、まだカナと仲良くなる前の時期だとアリサは思い出す。
と、そこで、昼食を取りに行ってた組がぞろぞろと帰ってきた。隣の席の先輩に、代わるから行ってくれば?と声をかけられたが、今、うちの班から耳が離せなくてと言ったらすぐにわかったようだ。先輩も慌ててインカムをつけ起動魔法を唱えている。
『で?』
『入学してすぐの頃ってさ、俺ら結構虐げられてたじゃん』
『あー、入学した年齢が遅かったしね…。なんか貴族のボンボンとかに物隠されたり、授業の妨害されたりしたよねぇ。あいつら年下のくせに』
『そうそう。で、あいつらにもらったばっかの教科書、一ヶ月もたたない間に隠されて。それがまた社会学のやつだったんだよ』
『あー、あの眼鏡ばばぁのね』
彼らの学年の社会学の先生といえば、自分も貴族の出だからと貴族贔屓で有名で、一般の生徒が宿題忘れたら折檻、備品壊したら折檻、教科書なくしたら折檻、という最悪な教師だった。
『でさ、次の日までの宿題も出てたしどうしようかなと思って、とりあえず図書館行ったんだけど、やっぱりなくて。半分諦めてた時に、ちょうど図書館にいたカナ先輩が急に顔あげて「教科書なくした?」って』
『え、なんでわかったの?』
『俺もそれ聞いたら、「去年もこの時期にはそう言うイジメがあったのよねぇ、あたしもやられたし」って言ってた。で、なくなった教科を聞かれて答えたら、ちょっと待っててねって、カバンとか荷物全部置いてどっか行っちゃって。荷物とかあるから離れられなくて待ってたら、すごい息切らして、自室から持ってきたやつ差し出して「どうぞ」って』
『貸してくれたんだ?』
『いや、もう全部覚えてるからってくれた』
そう言えば仲良くなってから、やけに慌てた様子で古い教科書を使わないならくれないかと言われたことがあったのを、アリサは思い出す。今思えば、ウィルだけじゃなく、同じような生徒を助けていたのだろう。
『で、その優しさに恋に落ちたの?』
『いや、そん時はありがたいなぁくらい。学年終わって使わなくなったら御礼と一緒に教科書返しに行ったときもそんなしゃべんなかったし』
『なんだぁ、で、その後何で好きになったの?』
若干の間があった後、なんだか言いにくそうにウィルが口を開く。
『…たから』
『え、何?』
『三年生になった頃から、先輩が、やたら俺のこと見てたから!』
それを聞いたカイリーが、えーっと不満そうな声を漏らした。
『何それ、自意識過剰なんじゃないの!?』
おいおい、それを面と向かって言っていいのかとつっこみながら、自分の内心を代弁したかのようなカイリーの言葉に、いっそう耳を立ててウィルの回答を待った。
『いや、でもほんと!視線を感じたら、こっちを見てる先輩がいて!目があったらパッとそらされて、顔も赤いし!こっちも教科書の先輩だとわかってるから気になるじゃないか』
その視線の理由には、心当たりがある。なぜならば、それがアリサとカナ、二人が仲良くなるきっかけだったからだ。しかもウィルが三年生と言えば、自分たちは五年。時期もちょうど合う。
よく言えばミーハー、悪く言えばオタクな彼女は、ウィルたちが何かを見るたびに「はすはす」とか「萌え~」とか言っていた。
最近でこそ、言葉を交わすようになったからかなくなったが、以前はウィルのことをウィルたんと呼んでいたほどだ。
間違っても、恋する乙女の視線ではない。断じて。
『で、そのうち、好きになっちゃったの』
『…気にしてみたら、先輩ってすごい優しいし、小動物みたいで可愛いし。そのくせ、俺が話しかけようとしたら、さもあたしが話しかけられるわけないわ、みたいな顔してどっか行っちゃうし…』
気にするなって方が無理だ、と絞り出すような声を聞いて、ウィルが頭を抱えているのがわかる。アリサの親友はどこか達観しすぎていて、自分のことには驚くほどに疎い。
『で、学園では接点のないまま…先輩を追っかけて、イーリス守護部隊に就職したんだ』
『いや、追っかけたって訳じゃないけど…7:3な。ななさん』
『7がカナ?』
『…もうそこは想像にお任せするよ』
そろそろ会話も一段落つきそうだし、昼食でもとろうかなと指示用のデスクに広げた書類をまとめ出す。
『で、先輩の情報ってなんだよ』
『あ、ウィルとマックどっちが好みか聞いたら、どっちも選び難いって言ってた』
『…そんなん、聞かなくてもわかってるから、塩を塗りこむようなこと言うな』
『えー…じゃあねー、あ!カナは寝るときはブラつけない派だった!』
カイリーの発言の後、インカムの中からとは別に、司令部でもぶっと吹き出す音がいくつも聞こえてきた。それには司令部長であるアランも含まれていて、アリサは少し冷たい目線を送っておく。
『な、お前なっ!』
『え、男の子にとったらいい情報じゃない?駄目?』
無邪気というか、中身がおっさん&天然な少女に売られた親友に、またもや心の中で合掌しつつ、アリサは平和を実感するのだった。
メール屋さん、女子会のちょっと後くらいの話。
本編でアリサが『ニヤニヤする通信内容』と言ってたのは、ウィル×カイリーではなく、ウィルとカイリーの恋バナというオチでした。