エピローグ2(おしまい!)
軽くシャワーを浴びた後、作業服に袖を通す。何かお腹に入れようかと考えて、そういえば本部に帰ってきた後、強制的に医務室に連れていかれたから忘れていたが飲み物とパンをウィルに預けっぱなしだったことを思い出す。
今日の昼か夜にでもウィルを探して謝罪とどうしたか聞いてみようと思いつつ、あたしは部屋を出て研究室に向かった。
数日ぶりに見たデスクは出て行った時とまったく変わらず綺麗なままだ。唯一気になるところといえば、総務部の彼に貸したゴーグルにひびが入っていたり、手袋が著しく汚れていることだろうか。もともと予備としておいておいただったが、これでは返してもらったところでもう使い物にならないかもしれない。
「あーーー!カナさん!おはようございます!」
そんなことを考えていると、ちょうど総務部の彼が第四研究室のドアを開けて入ってくる。その顔ははじめて顔をあわせてから間もないが少しやつれたように見える。
「よかった!!戻ってきてくれてよかった!」
手を掴まれて、ぶんぶんと握手をされる。その目には本当に涙が浮かんでいて、彼の言葉の重みを思いしらされた。
「あ、うん。ごめんね」
「ほんとですよ!事件の真相を知って自ら行かれたみたいな事を聞きましたけど!僕にこの仕事なすりつけるつもりだったんですね!?」
一転して泣きながら怒り出した彼を宥めながら話を聞くと、どうやらこの3日間は散々だったらしい。
まず初日に手紙から生えてきた謎の植物にキスをされて取れなくなり、次の日には左手がアイドルっぽいダンスをして止まらなくなり、あたしが帰ってきた昨日は首が360度回りつづけ、足がずっとムーンウォークをしていたそうだ。もちろん、そのどれもが研究室の人たちによって速やかに治されたそうだけど。
「あれ?でも保安検査は研究室の人に任せたような…」
「その前に仕分けくらい自分でやろうと思ったら、発動しちゃったんですよ…」
詳しく聞くと、どうやら彼は魔力はあるのに魔法の才能がないらしく、唱えた呪文呪文が裏目に出ていたようだった。
「僕、正直メール室ってちょっと楽そうだなー、ラッキーって思ってたけど、カナさんがどんだけ大変な仕事してたかわかりました…」
たとえ本当にそう思ったとしても、本人の前で言っちゃいけないんじゃないかなぁと心の中で突っ込みつつ、未だ大変さを泣いて語る彼を笑って慰める。始業時間の五分前までそうして話し続けると、彼はスッキリしたのか、あたしと第四研究室のみんなに笑顔で挨拶をして総務部に帰っていった。
「やーん、あの坊やも災難だったわよねぇ…」
言いながら近づいて来るアムネムさんにあたしはじとっとした視線を送る。
「助けてあげてくださいよ」
「あらやだ、坊やが呪いにかかったのを治してあげたのはうちよぉ」
「いや、そうじゃなくて…」
ここの人たちだったら魔法が発動しそうになった瞬間に停める事だって出来るはずだ。それなのに彼が散々な目にあったのは偏に…
「面白がってあんまし害のない魔法だけ、スルーしたでしょ」
「あらぁ、ばれちゃった」
肩を竦めてぺろっと舌を出される。言葉や声は可愛いが、正直外見はどう見てもただのおっさんなので、そう言う動作は辞めて頂きたい。
「だってあの坊や、こんな仕事余裕だぜ、みたいな顔してたからさぁ。社会勉強させてあげようと思ってぇ」
「確かに、それは効果絶大だったみたいですけど…。どうするんですか、これでメール室に人員が来なくなったら」
がっくりと肩を落とすあたしに「たいした事ないやつなら来ない方がましでしょ」と彼はウインクして、自分の席に戻っていく。
その後ろ姿を恨めしい目で見たけれど、視線には気付いているだろうに彼は振り返らなかった。
通常どおり一日かけてメール室の仕事を終えてから、司令部に寄り、いくつか聞き取りをされてから開放される。一番はなんであんなに詳しく手紙に書けたのかという点だったけど、そこは夢に見ました。でやり過ごした。しつこく聞かれるかと思ったが、昨日の検査の結果も相まって、なんだか不思議な存在とされてしまったようだ。どうしよう、この先の事とか全く知らないんだけど。
「カナ先輩!」
司令部を出ると、ウィルが後ろから追いかけて出てきた。あたしの横に並ぶと彼は一緒に並んで住居棟の方に歩き出した。
「あれ?ウィル。今日はもうあがり?」
「あ、はい。というか、終わってたんですけど、先輩が取調室入っていったの見てたから待ってました」
どうでした?と聞かれてあたしは、うーんと首を傾げる。
「解決した事件だからねぇ、とりあえず資料としてって感じなのかな。アリサがあたしが帰省するなんておかしいと思って本部に言ってくれたとか、アムネムさんが部屋に入ったとかだいたいの流れとか聞くのが主だったかも。あー、あと何で犯人の情報を知ってたのかはよく聞かれたけど」
「あー、それは確かに…」
へへへっと笑って誤魔化すとウィルはそれ以上言及するのを辞めてくれたようだった。アリサよりは断然付き合いが短いが、こういうあたしが聞かれないこととかを悟ってくれるところが優しいと思う。
「あ、それでごめん。待っててくれたのってパンのこと?」
「あ、いや…あ、はい」
ウィルは頷いてくれたが、なんだかちょっと歯切れが悪い。
「どうかした?」
「あの、今回の件、俺、本当に心配しました」
ウィルは会話の中で時折自分のことを僕じゃなくて俺という。彼が出て行く日にあたしの部屋であった時もそうで、きっとこっちの方が素の彼なのだろう。
「あ、うん。本当にごめんなさい」
今日一日、第四研究室の人にも、配達に行った先の人にも、マックにもカイリーにもエレノアにも、ひいてはエレノアのメイドさんにまで怒られた。あの時はそうするしかないと思ったけれど、たしかに別の方法もあったんじゃないかと反省している。
「俺、先輩がその…吊るされてるの見たとき、心臓が止まるんじゃないかと思いました」
ウィルは右手を延ばしてあたしの左手を絡め取るとぎゅっと握られた。なんだかここ最近の彼は特別スキンシップが激しい気がする。
それに対してなにかを期待をするような乙女心は持ち合わせていないが、それでもこんなに綺麗な人に触れられると不可抗力で顔に血が登りそうなのがわかる。それを悟られたくなくて、なんて事ないかのように前を向いて歩いた。
あたしが繋がれた手に気を取られたからかもしれないが、暫く無言が続く。なんだかいたたまれなくて、ちらと彼の方を見るとなんだかちょっと不機嫌そうな顔をしていた。
「あの…そんなに怒ってる?」
おずおずと切り出すと、彼は大きく肩を上下させてため息をついた。
「いえ、怒ってるわけではなくて…」
彼の顔を見上げながら、次の言葉を待つと、今度は困ったようにぎゅっと眉根を寄せられた。そんな顔をしてもイケメンだなんてずるいと思う。
「あの、わざとじゃないんですよね?」
「なにが?」
「あー…やっぱりそうですよね」
彼は一人納得すると、あたしを引っ張ったまま、ずいずいと早足で歩いて行く。いくつも並んだ同じようなドアの一つの前にたつと、鍵をあけて中に入った。もちろん、手を繋がれたままのあたしも一緒に。
「あの、何もしないんで、聞いてください」
青を基調にした物の少ないこの部屋は彼の部屋なのだろう。中に一歩だけ入り、手をつないだまま彼は振り返る。後ろでドアが閉まる音がした。鍵はもちろんかかっていない。
「いい加減気付いてくれないかな、と思ったんですけど…全然気付いてくれないというか、対象にすら見てくださってないって言うのは痛いほどわかってるんですけどっ」
そこで彼はもう片方の手も取って、その綺麗な紫色の瞳であたしを見る。
「俺、カナ先輩のことが好きなんです」
なんとなく感じてはいたけど、そんなわけがないだろうから期待をしちゃいけないと思って打ち消してたこと。それを真正面からはっきりと言われて、先ほど以上に顔が熱くなったのがわかった。何か言おうと思ったけど返す言葉がなくて、自分の口がパクパクと動いたのがわかる。
対するウィルはあたしの方をじっと見つめた後、ちょっと寂しそうに微笑むと、手を離して奥からパンを持ってくる。
「これ、昨日お母さんに頂いたやつ。二つほど美味しそうなの頂いちゃいましたけど、大丈夫ですか?」
とりあえず、まだ声は出せないまま、こくこくと頷くとじゃあと背後のドアを開けられる。
「すみません。お疲れのところ、引き止めてしまって」
「あ、いや、うん」
「じゃあ、お気をつけて。あ、返事とかは今のところ構わないので、とりあえず、そうなんだってこれから意識してくださいね」
にっこりと微笑まれると、彼はじゃあと言って手を降って部屋に戻った。あたしはとりあえず、この場にいるのがいたたまれなくて、走って自分の部屋に戻るとパンを机に放り投げ、自分はベッドに飛び込んで布団を被る。
「いったい、今世はどうしたっていうのよー!?」
布団の中でそう叫んでも、返事はもちろん返って来ない。
一事件解決したものの、どうやら、まだまだただのモブでは終わらなさそうである――…。
fin.
長いような短いような間でしたが、ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。
今後は、含ませといて本編で書いてなかった事実とか、日常話とか、ウィルとカナのその後的な話を番外編としてのんびり投稿していければいいなと思います。と言いながら、毎日投稿が癖づいてて我慢できず、すぐに書き始めてしまいそうですが。笑。
それでは、また近いうちに。
本当にお付き合い頂き、ありがとうございました。
いたくらくら