こんにちわはじめまして(ほぼ一方的に)
アリサに連れられて食堂まで来ると、ちょうど主人公たちが建屋内の案内を受けがてら昼食をとるとこだった。さすが司令部所属、組織の最高責任区として全ての情報を把握してるだけの事はあってナイスなタイミングだ。
(やっばい!ウィルたんもマックもカイリーも隊服似合う!鼻血出る!)
興奮のあまり鼻を抑えつつ視線を反らすと隣のアリサも同じ事をしていた。その姿にやはり彼女は残念すぎる美少女だと思う。
この年、入ってくる新人は六人いる。そしてそのうち戦闘職種の四人がメインキャラだ。通常、戦闘職種・非戦闘職問わず計三人が平均と言われるうちの年一回の定期入隊で、倍の六人、さらに四人がメインキャラ級の活躍をするとなれば今年はたいそう豊作の年と言えるだろう。
一方でそれは本篇の始まり…つまり、治安の悪化や大事件の発生を告げているのだが。
(ま、なんにせよ、今世のあたしには関係ないもんね!)
日がな一日、本部内を走り回っているだけのしがないメール屋の私には遠い話だ。
本部は主人公たちの日常のワチャワチャや淡いラブ話のためにあるのだから、それをしっかりと拝ませてもらおう。
「やーっぱ、隊服いいわよねぇ…。学院の制服も良かったけど、白い詰襟って言うのがたまんないわぁ…」
じゅるりと音が聞こえそうな顔でそうつぶやいたアリサには全面的に同意せざるを得ない。学院の幼稚舎は茶色のブレザーだったから、隊員の正装である白の詰襟は全く違う趣きがあって主人公オーラ三割増しだった。
この物語、もといあたしの好きな小説の主人公はウィリアムという。愛称はウィルで、小説内でも本人がウィルと名乗ることもあり、必ずウィルと表記されていた。本当は、とある国の王の子供なのだが、王が昔ハーフサキュバスという人間と悪魔のハーフの女性との間に作った子供のため、母親は妊娠がわかった後に身を隠し、産まれた後は人間の叔父夫婦の息子として何も知らずに育てられた。
最新刊でその事実を知り、思い苦しむ姿や周りに避けられたりする姿を読んで何人が心を痛めたか。そして、その彼を慰めるという口実であれやこれやする二次創作BLがどれだけ出たことか。
ありがちな設定だと思うけど、小説を読んでる時は不憫で不憫でならなかったなぁ。ま、主人公だから仕方ないし、二次創作が飛躍的に増えたからいいんだけど。
転生して気がついたのは、彼はサキュバスの血が4分の1でも入ってるからか、とんでもなく色気があるということだ。
茶色のストレートの髪は短く切りそろえられ、それが地毛と証明するように同じ色の長い睫毛は彼が少し目を伏せるたびにキラキラと輝く。すっと切れ長の紫の目が特徴的で、どちらかというと塩顔の美人さんだ。色素が薄くて線も細くて、なのにお色気むんむんで脱いだら細マッチョ。そりゃあ腐女子様歓喜の受けなわけですよ。
同じく同時期に入隊するマックは、主人公の親友だ。
お貴族様の出だが爵位は低く、明るい性格で町の人に愛されている。
こちらはどちらかというと典型的な努力型ヒーロー。入隊の時こそあまり力がなく貴族という生まれが加点になって入隊できたようなものだけど、着実に努力して強くなり、主人公と共に強敵に立ち向かって行く姿は感動を誘う一方愛の力としか思えないとも言われている。
小説では赤髪ソバカスで主人公と対比されそんなにイケメンじゃないみたいな描かれ方だったけど、そこは勿論メインキャラ様。どう書かれていたところで所詮はかっこいいのだ。
もう一人、この場にいるのがカイリー。ウィルと同級生で学園を卒業した男勝りな女の子だ。ウィルとはお互い庶民の出ということもあって助け合って生活してたみたいだけだ、マックにはやけに喰ってかかる。
それがウィルと仲良くしていることへの嫉妬なのか、それともマックへの好意の裏返しなのか…小説ではまだ描かれていないがファンとしては気になるところである。
入隊当初の今はまだベリーショートでお猿さんみたいだが、あたしの読んだ最新刊つまり三年後には艶やかな黒髪ロングヘアーを靡かせしなやかに戦う魔法剣士になるのだ。
「あれ、一人足りなくない?」
登場人物一人一人を見ていて気付いたが、メインキャラのうちのもう一人お嬢様キャラのエレノアがいない。
「シャウムブルク伯爵令嬢は入隊準備に時間がかかって明日到着するんだってさ。嫁入りかっつーの」
「あらまぁ。らしいっちゃらしいねぇ」
「いない方が私としちゃいいけどねぇ」
アリサが明らかに嫌な顔をする。残る一人のメインキャラ、エレノア=シャウムブルクは伯爵の娘で、ザ・嫌味なお嬢様だ。庶民を見下し、自分より下の貴族を顎で使う。学院にいる時はいくら二学年上と言えどもあたしも何度か嫌がらせをされたのが懐かしい。勿論、ウィルやカイリーも痛い目にあっていた。
とはいえ、入隊してからの彼女は貴族とはなんぞやという精神とか、仲間との絆を得て立派に成長して行くのだから、もうちょっと優しい目で見てあげて欲しい。
なんて、そんな事を知っているのはあたしだけなんだけども。
メインキャラを見つつ、食堂の列に並ぶ。二種類の定食から魚の方を選ぶとあたしとアリサは主人公たちから少しだけ離れた席に座った。会話は聞こえないけど姿は見える、そんなベストポジションだ。
「なんか二年見ない間に、ウィルもマックも男っぽくなったね」
「確かに。アリサとあたしが卒業する時に、彼らは15歳だったから、今17歳か…一番の成長期を見てないんだねぇ」
「カイリー嬢もいまや16歳だもんね。私達が卒業する時は少年のようだったのに、すっかりボンキュボンになる準備ができてる感じ」
今日の肉定食のメインであるスペアリブをワイルドに頬張りながらアリサが言う。
本当、小説読んでる時は腐女子だとも思わなかったし、こんな風に骨付き肉を頬張るような女の子だとは思わなかった。小説ってのは主人公をメインにしているだけで、描かれてない部分が多くあるようだ。
彼女はオンオフがしっかりしているだけで、オフの姿を人前では隠しているというわけではないのだが、そこは所詮脇役ということで描かれなかったのだろう。
「そういや、夕方司令部の方で研修があって私押し付けられちゃったのよねー。いくら萌えの対象とはいえ、年上ってちょっとやり辛いわ」
「あー、確かに年上に教えるとか難しいねぇ」
「そうそう。ただでさえ、萌えの対象を目の前にして、研修しなきゃいけないとか落ち着いていられるか心配なのに…」
そう、こんな風に萌えとかハスハスとか言ってるけれど、彼らは年上だ。
幼稚舎に入れる最低年齢を満たした6歳に速攻入学したあたしと、お貴族様として7歳に入ったアリサはそれぞれ12歳と13歳の時に卒業して、就職して二年、今14歳と15歳だ。
一方能力開花してあたし達の二年後に入ってきたウィルとカイリーは、11歳と10歳の時だから今17歳と16歳。
アリサと同じく7歳の時に入学したけれども、ウィルが入学すると知り幼稚舎から高等部に上がって四年過ごしたマックも、ウィルと同じく17歳だ。親友のために不要な勉強しつつ学院に残り、同じ年に就職するとか何それ、愛だろ。
アリサと二年前との彼らの違いを観察して言い合ったり、学園にいなかった二年間の噂話や妄想に花を咲かせたりしていると、主人公たちは食べ終わったようで席をたって食器とトレイを片付けに行った。
ああ、こちらの話が聞こえないような距離がある席をとったのはこちらだけど、少しぐらい声聞きたかったなぁ。だってアニメ化決まったけど、情報がこれからって時に死んじゃったんだ。学園でしゃべる機会なんて勿論なかったから、誰が声優なのか…もといどんな声をしているのか知りたい。
そんな風に残念がってたら、なんと片付け終えたご一行様がこちらに向かってきて、あたし達の席の横で足を止めた。
「アリサ」
話しかけてきたのは、総務部の先輩。小説でも案内役は名前が出てこなかったモブだけど、この人が担当だったのか。
「…はい。」
口に入ってるものを飲み込むようなフリをして、落ち着く間をとったのだろう。ゆっくりと返事をしてアリサは立ち上がる。
呼ばれてないけれど、一応先輩に声をかけられたのだからあたしも立ち上がってそちらに体を向けた。
「彼らが今日入った新人の、ウィル、マック、カイリーだ。こちらが司令部のオペレーターのアリサだ。今日の夕方研修でお世話になる、諸君より年下に当たるが、先輩だ。失礼のないように」
総務部モブは姿勢を正すと、主人公たちにアリサを紹介する。主人公たちに向き直るそいつは、腰に触れんばかりの近さでアリサの横にたった。
そういえば、こいつアリサのことしつこく狙ってたっけ。概ね、見つけたから話しかけたかったか、もしくはイケメンな新人君達に自分は親密なんだぞとでもトゲを刺したかったのだろう。
アリサは近すぎる距離感に一瞬眉を潜めるも、お得意の美し過ぎて逆にクールな美少女スマイルで主人公たちに向き直る。
「はじめまして。アリサ=マルクです。司令部でオペレータを務めています。戦闘職種、そして年上の皆様に先輩なんて恐れ多い…精一杯サポートさせて頂きますので、なんでもいつでも聞いてくださいね」
さっと総務部モブから一歩離れるとゆっくりと頭を下げる。どっからどうみても優雅な貴族の美少女だ。さっきまで萌えとか高まってたのが嘘のよう…。さすがだわ。
「あ…あ、で、こちらがメール室のカナだ。書類とか荷物を届けたりする」
3人がアリサに見とれているからか、総務部モブにオマケのように紹介された。なんだこのモブやろう、ま、あたしもモブなんだけれども。
「はじめまして。メール室のカナです」
なんとなく、メインでも脇役でもないあたしが言葉を交わすのが恐縮で、簡潔に言うと頭を下げた。
「はじめまして!マック=ラースです。よろしくお願いします。」
「はじめまして。今年度入隊しましたウィルです。よろしくお願いいたします」
「同じく、カイリーです。よろしくお願いいたします」
マックがちょっと砕けて、ウィルとカイリーが真面目に挨拶を返してくれる。
「では、行くぞ。アリサ、また後ほど」
そう言って去っていく総務部モブを見送って私達はへたり込むように椅子に座った。
(声聞いちゃったよー!ウィルたんめっちゃいい声だった!想像通りー!)
一人興奮している横で、アリサは疲れたようにため息をついて呟く。
「いきなり来ないでよ、あのくそ野郎…。あー…ボロが出ちゃわないように、いつも以上にお仕事モードで気をつけなくちゃだわ」
彼女の一言に、あたしは小説版の彼女がなぜクールビューティーだったかを理解した。
つまり、萌えを隠すために必死だったってことだったのね…
前二話に比べて、ちょいと長めにして更新してみました。どの位が読みやすいのでしょうか…