彼の舞台
「おっ、ひさしぶり」
正月に親戚の集りにきた子供を迎えるおっさんかのような軽さでそいつが言ったので、あたしは思わず足が出そうになった。
「ちょ!君はなんで俺にばっかり暴力的なんだよ」
「あんたがしたことを考えろ」
盛大に後ずさりをして逃げられて、あたしは一度あげた足を下ろす。
20代くらいのいかにも優男風な茶髪の彼は、全身真っ白のスーツのような服を着ている。帽子も白、靴下も白、靴紐だって白で統一されていて、一目で普通の人ではないとわかる。
「まぁまぁ、とりあえずまだ時間はあるんだし、落ち着いたら」
その場に座るように促されて、あたしはお花畑の中に腰を下ろした。
ここにくるのは2回目だが(最初のときもここに来たそうだが、気を失ったまま転生していったそうだ)、いつ来ても奇妙な場所だと思う。あたしたちがいる周辺のお花畑意外、空もすべて真っ白でいったいこの世界がどこまで続いているのかわからない。暑くもなく寒くもなく、風もなく、音も無い。不快なことは一個もないが、逆に無さ過ぎてどこか孤独感を感じる奇妙な世界だ。死後の世界のイメージには合っているが、残念ながら三途の川は見当たらない。
はぁと大きくため息を腰を下ろすと、彼はどこから出したかイチゴミルク味のパックジュースをあたしに寄越した。
「やーカナさん!今回もお疲れ様でした」
「冗談じゃないわよ、もう一回やりなおしたところで結局被害者になるんじゃない」
「まーまー…そういう運命の人生じゃ、仕方なかったって事で」
あっけらかんと笑う彼に怒るどころか呆れてしまって、あたしは諦めてジュースに口をつけた。小説の世界にはパックジュースとかなかったから、すごく久しぶり…30年以上ぶりに見た気がする。ストローをさすときに若干中身が出てきてしまったのは、見なかったことにしていただきたい。
「そんなの詐欺じゃないの。転生させられたせいで、狙われるなんて」
「そこについてはさ、まぁ俺もそんな風にするヤツらがいるなんて想定外だったわけよ」
「じゃああいつの言ってた魂がどうのこうのっていうのは本当なのね」
「んー、ま、半分正解で半分不正解かな」
そう言うと彼は空中に向かって手をふる。小さな霧が発生したかと思うと、そこにあの吸血鬼男の棲家の天井に書かれていた七つの大罪の絵が目の前に映し出された。今度は真ん中には何も描かれていないバージョンだ。
「俺は死神なんだけどさ、まぁ実際のところ死神っても、神って言うより天使的な?お役所づとめ的な立場なわけよ。で、各々役割分担があって、あの男の言うとおり、俺は七つの大罪に関わる仕事をしているんだよね」
パチンと指を鳴らすと、目の前の霧が一瞬にして黒くなり、重みを持ってお花畑の上に落ちた。地にあたるとそれらははじけ、塵のように広がって、周辺を汚す。
「でも俺は、死に至る罪を見つけて、とにかくどんどん殺して回ってるわけじゃない。彼・彼女たち7人はいわば…磁石みたいなものでさ」
左手をさっとなでると、小学生の理科の実験で見た赤と銀の棒…磁石が出てきた。それをぽとんと地面に落とすと、あたりにちった塵がいっせいにそれに向かって集まってきた。塵は砂鉄だったのだろうか。
「こうやって綺麗なままで生れ落ちると、あたりにあるちょっと過剰すぎる世界の欲の種を引き寄せていってくれる。この欲の種っていうのは人とか事件とか物理的な現象のことじゃなくて、世界に漂う穢れの事ね」
塵で両端がいっぱいになった磁石をひょいと持ち上げると別のまだ塵の残っているところに落とす。今度はもう磁力が弱いのか、あたりの塵はよってこなかった。
「でも磁石もこうやって砂鉄がいっぱい付着してしまうと、もうそれ以上の砂鉄を吸着できなくなるだろう?しかも、これ自体は限界まで穢れがたまっているものになってしまう。だから、一回一回回収して、ちゃんと綺麗にして、次の穢れが多い世界を探して落とすって作業をしているんだ」
落とした磁石を拾い上げ、両手で挟むと塵の部分は瞬時に彼の中に消えていき、磁石だけが残った。彼はまたそれを放りなげる。先ほどと同じように、磁石の両端に塵がざっと寄って付着した。
「それ…その人たちの魂はずっとそうやって使われるってこと?」
「あ、同情した?それとも自分もそうなるのかって心配した?大丈夫だよ、彼らはもともと人ではないし、ここに戻ってきたときにはそれが任務だって事とか今までのこととか全部思い出して、次の世界行く準備を自らするから」
彼が両手広げると、磁石もまだ残っていた塵も一瞬で消え、あたりはまた綺麗なお花畑だけになった。
「まあそんな感じでいろんな世界の穢れを回収して回ってあげてるのに、あいつらったら魂をしばりつけちゃうんだもの。これだから魔法とか神話とか非現実的なものが存在がある世界って嫌いだ。ちょいちょい俺らの邪魔をするんだもの」
まったくお手上げだとおおげさに外国人のようなポーズをして彼は言う。でもその顔は眉はしかめられているものの口がしっかりと笑っているから、本当はそう思ってないことがわかる。
「だからさ、ちょっと君には悪いんだけど、僕は君が以前いた世界から、最後に転生させるはずだった色欲と間違えて 、君を転生させたんだ。もちろん、ちょっと色々カモフラージュのために細工はしたけれども」
「確かに、間違えたって言ってたけど…なんであたしなのよ」
「君の通ってた中学校の同じクラスに色欲の魂がいたんだよ。で、身長体重・住んでるところも近いし、同じ高校に行くのを調べたら君しかいなかったし、共通点が多いから間違えたって上司にも言いやすそうだし。あと君はあの、なんていうの?あ、オタクだし…喪女っぽそうだったからさ、色欲のまったく反対だし、面白そうかなーと思って」
中学校の同じクラスで近所に住んでて、同じ高校に行くといわれれば、確かに一人思い浮かぶ子がいる。清純そうな見た目をしていたがその実不良男たちと仲良く、援助交際をしているとか先生を誘惑して辞めさせたとかそんな噂が絶たなかった子だ。同じ高校に行くと知ったときは、同じ中学ってことで一括りにみられて友達できなかったり、まさか話しかけられたりしたらどうしようって勝手にびびってたっけ。確かにあたしと彼女では正反対ではある。
「で、目論見は大成功。一回目の時は君が死んで、その後あの女たちは治安部隊にやっつけられて、事件は解決。魂はちゃんと開放されて、僕は無事7つとも回収して、また普段どおりのお仕事に戻るはずだったんだけど、君がねぇ」
呆れた顔であたしの顔を見られた。
「ここにきた瞬間に『ふざけんな、死亡フラグなんか折ってやる、もっかいやり直せ』ってしつこくしつこくしつこーく…自信満々に言うじゃない?確かに勝手に巻き込んだ罪悪感はあったから、ちょっと時間の神に頼んでこの世界をループしてもらったの。そこまで言うなんて面白そうだし、もう一回くらいいいかなぁと思って。そしたらさ、びっくり」
はぁ、と適当に相槌をつくあたしに彼は至極面白そうにパンパンと手を叩いた。
「あんまりに君が捕まらないからってさ、あいつら君の影で偽装して転生させてた色欲の魂つかまえちゃうじゃない!」
「まさか色欲の魂って…」
「そう、エレノアの妹として転生させといたよ。ちょっと細工して前の世界でついた穢れを弱冠残して磁力弱めておいたのに、相変わらずのビッチだったでしょ。いやーまさか君が死亡フラグ折りすぎて、まともなルートに入っちゃったのかと思ったよ。いやぁ危なかった。助かった。よかったよかった!」
両手を取られて立ち上がるように上に引っ張りあげられると、彼は心底楽しそうにぐるぐると踊りだした。勿論、両手をつかまれているあたしも自然と踊る…というか彼に振り回されるようになる。
「ほんと、よかったよー」
「あたしにとっちゃよくなかったけどねぇ」
自分でも苦虫を噛み潰したような顔になっているのがわかる。正直、どっちにしたって死んだのだからあたしにとったらバッドエンドだ。
「え?なんで?僕は六つの捕まってた魂を回収できて、色欲の魂は囚われずに済み、君は助かったんだよ?」
彼の一言に、あたしは驚いて思わず立ち止まる。彼もあわせて動きを止めると、得意そうに笑ってあたしの手の甲を取った。以前ウィルにキスされたそこに、同じようにキスをしながら礼をして顔をあげると、得意そうにウインクする。
「助かったんだよ。エレノアの妹も…君も」
そう言われた瞬間、足元が崩れ、急激に下に向かって落ちていく。
とっさに上を見上げると、白いお花畑の世界であの白い死神がにんまりと笑って手を振る姿が見えた。
さてさてあとはエピローグです。




