表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/73

あたしの舞台②

 実家の煙突からはすでに煙が出、あたりにはパンの焼ける香ばしい香りが漂っている。

 両親が起きていることがわかるとあたしは厨房につながる裏口側にまわり、そっとドアを開けた。


 「ただいまぁ…」


 おそるおそる扉を開けて中を覗き込む。中では父親と母親がパンを作る手を止めてこちらを見たまま幽霊でも見るかのような顔をして固まっていた。


「あ…あの、お休みもらったので帰ってきてみました」


 まったく動かない父と母に不安になり、てへっと音がつきそうなほどおどけて言ってみるけど二人とも相変わらず動かない。


(もしかして、やっぱり怒っているんだろうか…)


 前世では親子仲は超良かった。

 父は一人娘として大事に大事に甘やかせまくって育ててくれた。うちの子が世界で一番可愛い!とか我が家のお姫様!とか言う痛い発言と、やたらかわいらしい服を買ってくる点を除けば、家族愛に溢れた仕事も一生懸命こなすいい父親だった。

 母親はここ一番の美人(この点では転生だからって外見を似させてくれなかった死神をすごく恨む)だけど、性格は肝っ玉かあちゃん。前世ではあたしにパンつくりのイロハはもちろん、お得意様の作り方とか簿記的な考え方とか商売の仕方を叩き込んでくれたやり手の商売人でもある。しかるときはしかるけど、情に溢れてていつもあたしのことを考えてくれていた。

 でもその記憶は前世のときのもの。

 今回の人生では取り合えず生き伸びようと、町にいた頃も、部屋にこもって本ばっか読んでたり、図書館に行って一日帰ってこなかったりした。何より6歳になった途端、学園に行きたいと言い出し、家出をするように飛び出てしまったのだ。

 前世で愛してくれたからって、そんな生んでくれた両親に対して後ろ足で砂をかけるような行為をしている娘を今世でも愛してくれてるとは限らない。現に、学園に行ってた時はたまに来た手紙もイーリス治安部隊に入ってからは一切実家から来なくなっていた。

 そんな不安を抱えつつ、あまりに二人に反応がないものだから、ゆっくりと体を中に滑り込ませた途端…


「カナぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 父親があたしの名前を叫びながら飛びついて来た。


「ああああ、わああああ、僕のマイプリンセス!あれ?あ、僕のプリンセス!もー心配したんだよぉ…学園卒業した時も帰ってこないまま、イーリス治安部隊とかなんか怖そうなところに就職しちゃうし!治安部隊とか手紙送ってもいいもんかどうかわかんないから送れないけど、カナからも来ないし…もうもうもう!」


 抱きしめてくれるのはいいけれど、顔から涙と鼻水に加えてなんかよだれとかも全部出てて汚い。一応ここ厨房なんだけどいいんだろうか。なんとかそれらがつかないように父親の腕の中で小さくなっていると、べりっと父親が離れた。どうやら母が助けてくれたみたいだ。


「ちょっと、ここ厨房。嬉しいのはわかるけど、顔洗ってくるまで入ってくるの禁止」


 そう言って家のにつなぐ扉を開けて、父親を突き飛ばす。えーと不満げな声を出しながら、急いで水道のところまで向かったのだろう、バタバタと大きな音が響いた。


「さて」


 母は腕に手をあててため息をつきこちらに向き直る。その顔はちょっと、というか普通に怒っていた。


「た、ただいま帰りました」

「ほんとよあんた、どの面下げて」


 母に言われて俯く。やっぱり今回のあたしの身勝手っぷりに彼女は怒っているのだ。


「ごめんなさい…」


 しょんぼりと肩を落として頭を下げると頭の上で噴出す音がした。


「え?」

「嘘よ、冗談。やだ、あんた何謝ってんのよ」


 お母さんは手を口にあててくすくすと笑うと、あたしの頭を撫でてくれる。


「そんなにしょぼくれる必要ないわよ。こんな田舎国のしがないパン屋であるあいつとあたしの子供が学園を優秀な成績で卒業して、イーリス治安部隊に勤めてるなんて、鼻高々だわ。近所からも良くすばらしいお子さんを持って!って言われるのよ。ま、送り出した時はこんなに家に帰ってこない不良娘だとは思ってなかったけど」


 いつもアリサにやられるみたいにほっぺたをぐっと引っ張られる。ごめんなひゃいと謝ると、あたしをぎゅっと抱きしめてくれた。小麦と酵母の懐かしいお母さんのにおいがして、あたしも抱きしめ返した。


「あああああ!僕ははがされたのに、ずるい!」


 顔を洗って帰ってきたのだろう、前髪がちょっと塗れたお父さんは反対側に回り込むと、ぐっと手を伸ばしてあたしとお母さん二人を抱きしめた。


「「おかえり、カナ」」

「ただいま!」


 10年間の不安がなんだったのだろうと思うくらい、あたしは暖かく両親に迎えられたのだった。







 朝の仕込みを終えて、店を開けたりなんだかんだし、ひと段落ついたのはお昼ごはんのお客も終わった14時頃だった。

 久しぶりにあたしレジの手伝いにたたされる。近所の人たちはあたしが帰ってきたと聞いて買いに来てくれた人も多かったようだ。ちなみに服は隊服のままである。母曰く、そっちのほうがみんなあたし見たさに買いにくるからとのことだった。その言葉通り、現時点での今日の売り上げは個数比で前日210%だそうだ。さすが商売人…。


「で、あんた急に帰ってきてどうしたの」


 母親が自分用にはブラックコーヒー、あたし用にはココアを持ってきてくれる。

 この町にいた頃の大好物というか、まだ舌が子供だったからコーヒーとか飲めず、これかホットミルクを飲んでいた。あれからコーヒーも紅茶も飲めるようになったけど、まだあたしのためにわざわざココアを入れてくれる気遣いが嬉しくてくすぐったくて、それを素直に受け取った。


「急にお休みが出たの」

「っていったって、あんた今まで全然帰ってこなかったじゃないか。まさかクビになったんじゃ…」

「ないない。纏まったお休みってはじめてなんだよねぇ」

「あらまぁ思ってた以上に大変ねぇ…あ、いらっしゃーい」


 からんからんと音を立ててドアが開く。扉の方を見ると近所のおばさんだった。


「あっらまー、カナちゃんえらいおっきくなって」

「でしょでしょー、ちょっとあたしに似てきたと思わない」

「あんたより素直そうでいいお嬢さんしてるわよ。あらまー、イーリス治安部隊で働いてるって本当なのねぇ。よく似合うわぁ」


 手放しで褒められて、優しいけれど遠慮ない視線で見られると、本当に恥ずかしいからやめて欲しい。ただでさえ、こっちはちょっとしたコスプレ気分なのだから。


「そうでしょ、そうでしょ」

「あ、でもそうそう。カナちゃん、最近この辺もちょっと物騒だから地元だからって気をつけなさいよ」


 きた。

 立ち上がらなかったのを褒めたいくらい、自分の体に力が入ったのがわかる。


「物騒って数ヶ月前からのやつでしょ。結局何も起こってないじゃない」

「でもさ、年ごろの娘さんが夕方誰かにつけられたり、髪の毛を引っ張られたりしてるのよ。怖いじゃないの」

「髪の毛を引っ張られるっていうのは…」

「あ、なんか乱暴されるわけじゃないのよ。でもこう夕方歩いてると誰かにつけられてる気がずーっとするんですって。で、髪の毛をきちんと結ってた子がそれを外されたりね、一本だけ髪の毛を取られた気がする、なんて子もいたりするの」


 襲われたりするわけじゃないから逆に君が悪くて不安よねぇとおばさんは腕を組む。


「ま、ここ最近は起こったって聞かないし、大丈夫よ」


 明らかに顔をしかめるあたしを見て、お母さんがばんばんと背中を叩いた。

 結局おばさんはその後も、どこの子が今適齢期であたしにぴったりだとかいう話から派生して、ご近所の恋愛事情をお母さんとしばらく話し込むと、いつもより多くバケットやサンドイッチを買って出て行った。






 うちの店は夜の5時になるとしまる。一応王都で城下町なのだけれど、そもそもが田舎の国だから外灯とかが少なくて、夜5時を過ぎるとあたりはずいぶん暗くなり、出歩く人が少なくなるからだ。


「カナ、ご飯何食べたい?」


 聞いてくれることに甘えて、前世で一番好きだった白身魚と豆のスープと香草を使ったサラダとパンと言うと、あんたがいた頃には作った料理なのにと不思議がられた。ちょっとまずいかなと思ったけれど、最後の晩餐ともなりかねないのだから、まあよしとしてもらおう。


「あ、お母さん、懐かしいからあたしちょっと町を見てきてもいいかな」

「ああ、良いけどあんまり遠くに行っちゃ駄目よ。昼間のおばさんじゃないけど、最近物騒なんだから」

「はーい」


 返事をして勝手口のドアを開ける。比較的平均気温が高いこの地域では、夕方のこの時間になると山から風が吹いてきてとても心地いい。あたしは手に持っていた帽子を深く被ると、裏庭を抜けて家の外に出た。

 ちょうど夕日が沈むところで町は一面オレンジ色に染まっている。

 中世を思わせる、でもどこか和の雰囲気が混じるこの町を最初見たときは、あまりに素敵でとても興奮したのを覚えている。なんてことない民家ですら写真を撮りたくなったほどだ。実際には携帯がなくてどうしようもなかったけど。それは前世で15年間住み続けた後も変わらず、大好きな町だった。

 表通りに回るとまだそれなりに歩いてる人がいた。隣の八百屋、魚屋、薬屋と中には入らず、ぶらぶらと見て歩く。小説に出たものはある、というこの世界では見たことあるものも多いけど、それと同じくらいに前々世では見たことがないものもあって、なんど見ても見飽きなかった。


「あれ、カナちゃん、どうしたの」


 先ほどうちに来てたおばさんに声をかけられる。


「今日一日手伝いだったので、懐かしいなぁと思ってちょっと散歩に」

「あらあら、そうよね。カナちゃんのお母さんったら帰ってくるなり、手伝いさせてねぇ」

「いえ。でも今まで何にも手伝ってこなかったので、孝行とまではいかないでしょうけど、ちょっと手伝いができて嬉しかったです」


 そう微笑むと、おばさんはおおげさに感極まったような顔をした。


「いつまでいるの?」

「まだ決まってないんですけど、でも仕事を預けてきてしまったので、早めに戻れればいいなと、ほんとは思ってるんですけど…」

「あら、やっぱりそういうの厳しいのね」


 おばさんとなんてことない会話をしていると、ふいにあたしが被っていた帽子が落ちた。


「あらあら、キレイな帽子なのに汚れちゃう」


 おばさんは慌ててしゃがむと、帽子を拾ってくれる。


「おばさん、ありがとう。じゃああたしそろそろ家に戻りますね」

「そうよね、もう暗くなるし、気をつけてね」

「大丈夫ですよ、すぐそこですし」


 そういっておばさんと別れると、あたしは帽子を握りしめたまま走って家に向かう。

 裏口よりも近い店の表玄関に飛び込むように入ると、急いで鍵をしめた。そのバタバタとした音に驚いたのだろう、お父さんが厨房から顔を出す。


「どうした?」

「ううん、なんでもない」

「そうか。そろそろ夕飯ができる頃だと思うし、キッチンに行って配膳とか手伝っておいで」

「はーい」


 店の入り口のカーテンをぴったりと閉めると、あたしはお父さんの言うとおりキッチンに向かった。

 先ほどぷちりと音のした、右の襟足をさすりながら。







 実家に泊まった次の日、予想はしていたことだが、あたしは4時にたたき起こされた。

 半ば強制的に厨房につれてこられると、仕込みの手伝いをするようにと生地を渡される。

 昨晩のうちにお父さんが仕込んでいた生地はあたしが作ったものとは比べ物にならないぐらいつるすべで、手で遊ばせていてとても気持ちいい。

 取り合えず言われたとおりにバケットを成形しスリットを入れていく。


「あんた、どこでそれ覚えたの」


 お母さんの言葉の意図がわからなくてあたしは首をかしげた。


「いやはじめての割りに手際がいいし、でもちゃんとうちと同じ作り方だし」


 不思議そうに言うお母さんに、学園に行きはじめて、もとい就職してからも自分でパンを作っていること、作り方はたぶん家を出る前の小さい頃に見ててなんとなく覚えてたんじゃないかなと言うと二人ともひどく喜んでくれた。……実際は前世でお母さんとお父さんに叩き込まれたんだけどさ。

 また顔がぐちゃぐちゃになってしまったお父さんを一度追い出して、また成形に取り掛かる。


「あんた、うちを継ぐ気とかあるの?」

「うん、そう思って練習してた」

「そっか。じゃあますます頑張って王都一じゃなくて国一のパン屋にしておかないとね!」


 お母さんは腕をまくりなおして、気合をいれるといつも以上の丁寧さでパンをどんどんと仕上げていく。その姿に申し訳なくなりながら誤魔化すように笑うと、あたしもバケットの成形に集中した。






 お母さんに隊服に着替えるよう命じられて、今日もまた隊服で店にたつ。

 昨日よりは物珍しさで来る人は減ったけど、昨日来てくれた若い男性のリピートがすごい多かった。変な人だと朝来て昼来て3時頃にも来た。お母さんにそれを言ったら「うちの子が可愛いからよって言いたいけど、この辺じゃそんなミニスカで変わった服着てる若い女の子なんていないからね」と言われた。やっぱりコスプレ効果でしたか…。


「えー!?これからですか?」


 客足もまばらになり、もうすぐ閉店という時間になったので、厨房でお父さんの仕込みの手伝いをする。あたしは材料の軽量と担当し、小麦粉をそれぞれ分けてボールにいれていると店の方から大きな声が聞こえてきた。何事かとお父さんと顔を見合わせ、一緒に店内を覗き込むと、一人のおじさんがお母さんと話している。


「どうしたの?」


 お父さんが声をかけると、執事さんがこちらに気づいて頭を下げた。


「いや、ジウス伯爵のところに急なお客さんが来ちゃったらしくって。うちのパンを食べさせたいって話をしてくれてるらしいんだけど、それがまあちょっとした量なのよ」


 そう言ってお母さんがメモを見せてくれる。10数人の何日か分はあろうかという量の注文はありがたい反面、昨日今日と繁盛していたこともあって在庫では足りない。


「そこをなんとか、お願いできませんでしょうか」


 頭を下げてくる白髪の従者さんは何度か見たことがある。ジウス伯爵はうちの上得意様で、前世であたしは良くお使いに行っていた。そして、あたしが死んだ日もこの家の急な注文で配達しに行くところだったのだ。


「ねぇ、いつもお世話になってるんだし、なんとかできないかな」

「んーカナがそういうなら…」


 お父さんはメモを手にして一度厨房に戻る。しばらくして戻ってくるとそのメモに何か書き足して執事さんに渡した。


「これだけは焼きあがったものがあるのでお持ち帰りください。これとこれは、多めに作った種があったのでこれから焼き上げます。ここから下は明日の朝用のものみたいなので、これから仕込んで明け方にお持ちします。とりあえず、今晩用のものは焼きあがり次第いつもみたいにお持ちしますね」


 お父さんがそう言うと従者さんは助かった!とばかりに笑みを見せて、あたしにも、ありがとうと頭を下げてきた。


「これ、ほんのばかり多めですが、無理をお願いしたこともありますので…」


 そういって置いた袋の中にはほんのばかりではなく、かなり多めの金額が入っていて、それを見てお母さんも仕方ないと気を納めたようだ。


「では、また後ほどお願いいたします」


 そういうとある分のパンを持って従者のおじさんは慌てて出て行った。


「さて、じゃあカナも言いだしっぺだし、協力してくれよ」


 そう言うお父さんに力強く頷くと、あたしたち3人は厨房に戻った。





 従者のおじさんが来てから約1時間半がたってパンが焼きあがった。それを袋につめながら、あたしは意を決して二人に言う。


「あたし届けに行ってくるよ」

「駄目よ。あんた物騒だって昨日散々聞いたでしょ。危ないわ」


 速攻で反対するお母さんにあたしは首を振る。


「だって、明日の注文分も種類いっぱいあるし、大変じゃない。通常のお店用のもこれから仕込まなきゃだし。それに、こう見えてあたし、イーリス治安部隊の隊員だよ?全然大丈夫だよ!」


 実際には大技は痴漢対策講座レベルの護身術しかできないし、魔法に関しては使えないどころか、魔力がすっからかん。勤めてやっている仕事はメール室で郵便や組織内の書類を届けるような仕事なのだが、親からすればそんなのわかりゃしない。

 ちょっと迷った後に、おかあさんはそうね、と呟いて、あたしにパンを入れた袋をくれた。


「いい、ささっと行ってすぐ帰ってくるのよ。できるだけ裏道はあるかないこと」

「はーい。あ、ちょっと忘れ物」


 返事をすると、あたしは一度部屋に戻って、準備しておいたそれをポケットに入れる。


「じゃあ、行ってきます!」


 振り返って二人を見ると、忙しいはずなの揃ってあたしを見送ってくれる。あたしが帰ってくると疑わない笑顔が嬉しくて、目に焼き付けるようにじっと見つめたあと、あたしはジウス伯爵の家まで歩き出した。





 ジウス伯爵の家までは歩いて10分の距離だ。うちからだとほとんど表通りだけを通って行くことができる。

 まだまばらではあるがいくらかは人がいる往来をのんびり歩き、この町の風景もゆっくり楽しんだ。学園や本部など少ないながらにこの国の別の地域や建物も見たが、やっぱりこの町が一番好きだ。

 無事、先ほど注文に来た従者さんにパンを渡す。すごく感謝してくれて、先ほどもらった御代とは別にあたしにお駄賃をくれようしたが、またうちを贔屓にしてくだされば嬉しいですとそれは断った。するとそれでは気持ちが治まらないのか、その従者さんはもちろん、近くにいたメイドさん達まで、ちょっとしたお菓子やら紅茶やらを少しずつ分けて包んで握らしてくれた。

 そんなやりとりがあったこともあり伯爵の家の勝手口を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。


「さて、行きますか」


 あたしはポケットを探ると、本部からこっそり持って来たマスクを取り出して装着する。小さな声で魔法を唱えると無事発動してくれたようだ。防護の中でも比較的高等な呪文だったからこのマスクじゃ発動しないんじゃと思ったのだが、やはりさすが主任が作ってくれただけのことはある。

 あたしは3分ほど来た道を戻り、そして途中でわき道に入った。

 そう、今思えば馬鹿なのだけれど、前世であたしが死んだあの日も、こんな風に時間が遅くて暗くなってしまったために、あたしはショートカットをしようと裏道を通った。


(たしか、この角のはず・・・)


 ぐっとこぶしを握ってまがると、やっぱり記憶の通り。

 そこには綺麗な顔をした男性・・・”吸血鬼”がいた。


 「お待ちしてました。私の七番目の子羊様」


 彼はいかにも貴族といったように礼儀正しく頭を下げるとあたしの手をとる。

 もとより逃げるつもりなんてないあたしは、彼にされるがまま、だけど、彼をきつく睨みつけた。

 その視線に気づいていながらも相手にしないように柔らかく笑った彼は、つないだ手を強く引っ張ってあたしを抱きこむと、大きく口を開けて首筋に噛み付いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ