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あたしの舞台①

 始業一時間前の総務部には、まだ殆どの人が出勤していなかった。とりあえず入り口の近くにいたお局様に近寄ると、せっかく集中するために朝早くきたのに話しかけてくるなオーラを半端なく出されたが、気がつかないふりをして話しかける。


「すみません、ちょっと急遽休みを頂きたいんですけど…」

「…メール室の方ですよね?どうしました?」


 渋々ながらだが、彼女が答えてくれてほっとする。やはりお局様は気遣いの人だ。


「昨日実家から父が倒れたという連絡がありまして…」


 少し目を伏せながら言うと、彼女は慌てて態度を和らげ、その目に同情的な色を出してこちらを見る。貫徹した肌状態や、やや泣きはらした目はあたしの言葉に真実身を帯させたのだろう。

 彼女は立ち上がると打ち合わせスペースまであたしを案内し、暖かいコーヒーを出してくれた。


「それで、お父さんのご用体は…」

「倒れてすぐに医者に運ばれたようで、とりあえず一命は取り留めているようなのですが、意識はないようで…お医者さんの話だと数日持つかどうかわからないと…」


 ぎゅっとズボンの服を握ると、お局様はそっと手を添えてくれた。なんだか申し訳ないが、こんなにうまく騙されてくれてちょっとほっとする。


「あの、それでメール室に今一人しかいない中、大変申し訳ないんですけど、明日から2日だけお休みを頂きたくて…」

「わかったわ、大丈夫。もともと貴方がまったくお休みをとってないのもみんなで心配していたの。朝一で総務部長に相談して、誰かしら代わりを務めるようにするわね」

「あ、ありがとうございます!」


 添えてくれた手を両手で包んで感極まったように言うと、お局様は満足そうに頷いた。

 今日の夕方には誰かしらを引き継ぎにくれる都言う約束を取り付けると、あたしは再度頭を下げて総務部を後にした。




 次に向かったのはあたしの今の職場、第四研究室だ。

 しばらく今日の仕事の準備をしていると、アムネムさんが出社してくる。彼がデスクについて一息ついたのを見て、近づいて行く。


「アムネムさん、おはようございます」

「あら、カナちゃん、おはよう。どぉしたの?」

「実はご相談があって…」


 先ほど総務部でお局様に話したのと同じ内容を言うと、アムネムさんもあたあしに同情的な目を向けた。


「朝、総務部に言ってきたらどなたかがお休みの間代わってくれるとはおっしゃってたんですけど…」

「わかったわ、郵便系のチェックはあたしたちが全てやっちゃってから返したらいい?」

「色々とお忙しいときに本当にすみません…」


 頭を下げると、下を向いた後頭部にアムネムさんの手が下りてくる。ごつくてちょっと荒れた男の人の大きな手で、そっと撫でられた。


「いいのよ、困ったときはお互い様だし、カナちゃんはもう第四研究室の妹みたいなものだもの。ね!なんだったら、カナちゃん全然休んでなかったし2日といわずもっとゆっくりしてくればいいのに」


 アムネムさんが言うと、近くにいたみんながそうだそうだと頷いてくれる。ここにメール室を移してからそんなにたってないけど、ここの人たちはよく面倒を見てくれて、本当に感謝しても仕切れない。今だってあたしのわがままに付き合ってくれた上に、気遣ってくれているのだから。


「でもあれよ、こんなご時勢だから気をつけて行って帰ってこなきゃ駄目よ」

「はい。でも実家は今回の事件の国とはだいぶ離れてますし、大丈夫ですよ」


 にこりと笑ってお礼を言うと、ちょうど第四研究室の扉がノックされる。アムネムさんが返事をすると、総務部の若い男性が一人入ってきた。


「すみません、カナさんは…」

「あ、あたしです」

「あ、僕お休みの間メール室業務をやらせていただくよう部長に言いつかったんですが…」

「あ、はい!こちらに…」


 アムネムさんと周りのみなさんに再度礼をして自分のデスクに彼を案内するとあたしは彼に引継ぎを始めた。






「~で、水曜日と日曜日は配達量が比較的少なめです」


 総務部の子はどうやら今年の新人さんのようで、おとなしくて真面目な子だった。あたしが言う事をきちんとメモを取ってくれる彼に安心して、一つずつ説明をしながら午前中の配達をする。


「あ、はい。でもカナさん2日くらいで帰ってくるんですよね?」

「うん、そう申請してるんだけどね、死んじゃったら帰ってこれないでしょ」


 誰が、とは言わなかったら父親のことだと思ってくれたようで、「あ、すみません」と謝られた。本当はメール室業務を押し付けるように任せようと思っているのはこちらなので、あたしも「ごめんね」と謝る。


「さて、こんなふうに部署ごとにわけられたボックスから各人のデスクやロッカーに届けたら午前中の作業は終わりです。午後は保安検査と仕分けになります」

「はー、結構歩き回ったり、人の名前と席覚えたり大変ですね」

「うん。でも楽しいよ。いろんな部署の仕事見れたり、話ができたりさ」


 いつもはデスクワークが中心なのだろう、新人君はぐっと伸びをして肩をならした。


「じゃ、とりあえずささっとお昼食べにいこうか」


 そういえば、ここのお昼を食べるのも今日で最後なんだなぁと思うとちょっと感慨深い。あたしの好きなメロの西京焼きだといいな、なんて思いながらあたし達は第四研究室を後にした。





 午後は組織内の手紙の仕分けを終えた後、保安検査を教えることにする。


「一応、いない間は第四研究室でやってくださるって言ってたんだけど、念のため覚えてね」

「あ、はい」


 予備で置いてあったゴーグルと手袋とマスクを渡す。


「これらは防護用でもあるんだけど、魔力を付与したり増幅してくれる役目もあるの。ちなみに魔法は?」

「あ、使えないです。ほぼまったく」

「じゃああたしと一緒だね。魔法の勉強は得意だった?」

「いや、使えないので正直あまり…って感じですね」


 肩をすくめてちょっと不安そうにする彼に、大丈夫と笑いかけてあたしはノートを一枚ちぎった。


「ここに、使いそうな魔法を書いとくね。マスクをして唱えればほぼ間違いなく発動するから」


 透視の魔法、防護の魔法、消毒の魔法…など、初級の呪文の中でも特に簡単に扱えるものを書きだしていく。その間に彼にはゴーグルとかを装着してもらう。

 書き終えたメモを彼に渡してその中の一つを唱えてもらうとどれもきちんと発動したようだ。


「すごいですね!これ!僕が魔法使えてる」

「そう、主任が作ってくれたんだよ」


 興奮している彼にそう言うと、今の事件の状況を知っているのか大人しくなった。


「あたしのとその予備しかないから大事に使ってあげてね。じゃ、はじめようか」






 基本的に彼にまずやってみてもらいあたしはその隣で見守る、という形で進めたのだが、やっぱり中々難しいものらしい。くっさい台詞が口から出て止まらなくなること二回、髪の毛がショッキングピンク色になってしまうこと一回、着ていた服がハムスターになってしまいそうなこと一回あった。

 そのたびにあたしが拡散や進行を止めて、第四研究室の誰かが治してくれる、の繰り返しである。おかげで新人君も第四研究室の人々とすっかり打ち解け、新人君は自分に何か起こったら泣きつくor叫んで呼ぶという技と覚えたので、結果良ければすべて良しとしよう。


「あ、もうこんな時間」


 仕事を教えながら、全ての保安検査と仕分けが終わるころには時刻はすでに23時を回っていた。


「ごめんなさいね、こんな時間まで」

「いえ、大丈夫です。明日から頑張りますね」


 散々な目にあったにも関わらず前向きに言ってくれて本当にありがたい。デスクを片付けて、第四研究室を後にすると、住居棟まで一緒に歩き出した。


「カナさんっていつ出発するんですか?」

「明日の朝一で転送魔法で家の近くまで飛ばしてくれるみたい」

「あ、じゃあ今日これから支度とかですか?」

「うん。いろいろ準備しなきゃいけなくて」


 大変ですねと言う彼に、そちらこそ大変だよね、ごめんねと返すと、肩身が狭いんでいい加減謝らないでくださいよと苦笑された。一度主任がいなくなった時に、この世界は小説よりキレイじゃないなんて思ったけど、やっぱりいい人が多いなと今となっては思う。


「じゃあ、あたしの部屋ここだから」

「はい、おやすみなさい」


 新人君と別れて部屋に入ると、あたしは灯りをつける。

 人に教えながら仕事をするのはなかなか大変で、しかも今日は徹夜明けだから、本当はシャワーだけ浴びてベッドに飛び込みたいのをぐっとこらえてあたしは机の中を漁った。

 確か入隊するときに日用品一式として持ってきたはずのそれを探す。


「あった」


 手にしたのは白いレターセット。白いといっても貴族が使うようにいい紙のものではないから、小学校で使ってた藁半紙みたいな手触りでうっすら茶色がかっている。中を確認するとちょうど1通分封筒があった。

 頬をたたいて気合をいれ、机に向かうと筆を取る。

 あたしがこうすることにした経緯とこれからすること(もちろん転生とかの部分は伏せている)、あとあたしが記憶にある限りの吸血鬼事件の犯人の特徴を、できるだけ簡潔に便箋3枚に書く。宛名は司令部としておいた。あたしが帰ってこなくても主任みたいに自殺だと思われないための予防策で、この内容がどんだけ信じてもらえるかはわからないけれど、物語のとおりだったらあたしが最後の被害者になれば事件は発覚するはずだ。この手紙が少しでも事件の解決を早めてくれたら嬉しい。

 その後はざっと部屋の掃除と荷物の準備をする。

 あたしが出て行って帰ってこなければ家宅捜索が入ることは容易に想像がつくから、できれば下着は全部持っていきたい。あとは、特に見られて困るものとかないはずだ。

 この世界に薄い本とかポスターとか画集とかの文化がなくて本当によかった。あったらベッドの下のそれらの処分に困っていたことだろう。あ、でも前々世の時とか家族に見られたんだろうな。お母さんBL本見てショック受けてないだろうか。中にはちょっとすごいのもあったけど…。

 そんなことを考えながらあたしは手際よく準備をして、深夜2時を過ぎたころあたしはベッドに入った。





 5時に起きることができるか不安だったが、緊張をしているようで目覚ましをかけていた5分前に目が覚めた。それでも夢を見ずにぐっすりと眠ることができて、寝覚めは良い。

 昨日のうちに部屋の掃除と持って行く荷物の準備は揃えたので、あとは着替えさえすれば部屋出ることができる。

 作業服やジャージで町を歩くわけにも行かないので、衣装ケースの奥から正装用の隊服を出してくる。普段は隊服といっても作業服、寝るときと休みの日はジャージのあたしは、あまり袖を通したことがない代物だ。

 正装用の隊服はメール室などの事務方も、司令部や戦闘職と一緒のデザインになっているため、なんだかおこがましいと思ってしまうというモブの僻みと散々ビジュアルや挿絵で見た服を着たときのコスプレ感に対する羞恥心に堪えられなくて着ていない。あとこういうのにありがちな、女の子はミニスカっていうねところがね…。

 他に着るものがないことに諦めて手を通す。1年半前にリサイズで新調したものだが、着ることができて安心した。


(よし)


 鏡を見てへんなところがないか確認すると、部屋の真ん中の中央の卓に手紙を置き、あたしは部屋を出た。


「お疲れ様です。おはようございます」


 警備室を訪ねると、今日は警備員の中でも一番のおじいさんだった。これでも歴戦を乗り越えた戦闘員で、ちょっとした魔物や悪魔が本部に来ようとしても瞬殺だというからすごい。おじいさんは良く来たといわんばかりに迎えてくれると、魔方陣がいっぱい書いてある倉庫のような場所に案内された。

 魔方陣の前には気持ちばかりのポールと紐が置かれている。良く並ぶ時に列を区切られるようなあの紐だが、これが魔方陣がつながっている向こう側からの進入を防いでいるというから驚きだ。


「カナさんはどこだったかね」

「ゴウヒ国のアズサだよ」

「おー、アズサは一回の転送でいけるからよかったね」


 中には埃を被っているような魔方陣もある中、ゴウヒ国行きの魔方陣は比較的綺麗だ。


「ノルドの事件の手紙がゴウヒから来たって一回は危険地域扱いになってたけど、カーティス王国みたいだってなってよかったね」


 おじいちゃんの言葉に頷くと、彼は紐をはずしてあたしに中に入るように促した。


「じゃあね、気をつけて行くんだよ」

「うん、ありがとう!」


 お礼の『う』を言うか言わないかのうちにあたしの目の前の景色は凄まじい速さで移動し、気がついたときには古びた空き家の中にいた。ここは本部が魔方陣を隠すためだけに買い上げている空き家で、ぱっと見ただのボロ屋敷だけど、中で何か合言葉を唱えたりしたら武器が出てきたり、隠し通路が出てきたりするらしい。一介のメール屋はそんな合言葉知らないけど。

 裏口からそっと外の様子を伺う。まだ6時前だが、市場は開いているようで、道にはすでにまばらに人がいた。誰もこちらを見ていないタイミングを見計らって外に出ると、あたかも今までその道を歩いていたかのような顔をして、あたしの実家に向う。


 約10年ぶりとなる町並みは驚くほど変わっていなくて、なんだか嬉しくなった。

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